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67 告白

 現国王じゃなくリノさんが俺を召喚したのなら、俺が召喚された当初意識を失ってたのは確定的だ。俺が初めてこの世界の景色を見た時、彼女はいなかったんだから。


 なら、リノさんは意識のない俺に対し何でもし放題。


 それこそ――――洗脳さえも。


「リノさんにばかり白状させるのもフェアじゃないから、俺も吐露するけど……実は俺、おばあちゃんっ子だったんだ。だから年配の女性に対して妙な安心感を持ってるところがある」


「トイ、それもう大分前から知ってる」


 ……まあ、バレてるのも知ってるけど。


「でも、それにしたってリノさんに対して俺は無条件で信じ過ぎているきらいがあると思うんだ。あくまで客観視した限りでは、だけど」


 実際、俺の中の価値基準としては、若い女性より年配の女性の方が信頼出来る、ってのは確実にある。だから助手にリノさんを指名したのは、今でも不思議じゃないし後悔もしていない。


 ただ……その後のリノさんへの絶対的な信頼は、少し度を過ぎているような気がする。勿論、自分自身で思慮し判断している筈なんだけど、出会って間もない相手をここまで信じられるような人間じゃなかったと思うんだよな、俺って。


「もう一つ白状すると、俺は自分自身も含め人を信じない。そういう人間が探偵なんて仕事に就くと思ってる。その俺が――――どうにもリノさんに対しては無防備過ぎるんだ」


「そんなの、探偵さんの気持ちよう一つなんじゃないの?」


「そうなんだけど……どうにも自分らしくないっていうか、俺っぽくなくてな」


 自分の事は自分が一番良く知っている。もし俺が無条件で他人を信じるとしたら、それは相応の打算的な理由がある時だけだ。例えば、疑心を抱いたら即刻バレるくらい洞察に長けた相手で、それが非常にマズい……ってケース。これならリスクと天秤にかけた上で、疑いを一切持たない事も考えられる。


 リノさんは確かに良く気が付く人だ。でも無理してまで疑心を捨てる必要もない相手だ。ならやっぱり、俺の彼女への信頼はどうにも俺らしくない。そして、その理由を俺自身が説明出来ない。


 なら、そこには何らかの外的要因があると考えるべきだ。


「……トイはいつも鋭いね」 


 観念したような声。


 そうか。やはりリノさんは、俺に――――


「最初から話そっか。その方がわかりやすいよ、きっと」


「リノ……!」


「ごめんねマヤ。あーし、マヤに嘘ついた」


 夜が明けるまで、まだまだ時間がかかる。だからリノさんが今どういう表情をしているかは、恐らく最後までわからないだろう。 


 ただ、そのマヤに向けた声は、いつものリノさんの嗄れた声だった。


「トイの推測通り、召喚には言霊を使うんだ。というか、元々言霊はその為に使われていたみたいだけどね」


「言霊は、召喚の為の力だった……って事か」


「そう。とても大きな力。大昔は『等価交換の儀式』って言われてたみたいだけど」


 等価交換……?


 確かに水晶を消費する能力だし、水晶はそれなりに高価ではあるけど……


「最初の頃は、自分の命と引き替えに、願い事を叶える力だって言われてたみたい」


「何だって……?」


 確かに、昔の言霊は今とは違っていたと予想はしていた。でもまさか、命と引き替えにした力とはね。


 ……っと。


 やはり俺は無条件でリノさんを信じようとする。そりゃ状況的に、ここでリノさんが嘘の説明をするとは思えない。でも、それにしても無防備だ。


 どうも俺には、そういう暗示か呪いかが掛けられているらしい。


「でもその後研究が進んで、必要なのは命じゃなくて、願い事と等価値の所持品だって判明して。それがわかるきっかけになったのが、召喚だったらしいよ」


「何故そうなる?」


「とある人が《こことは違う世界に旅立ちたい》って言霊を使った時、その人が消えて別世界にいた人が現れたから」


 成程……そういう事か。


 人の命の価値が全て等しいかどうかは、有識者から子供まで数多の人間が考え、論じてきた議題。勿論結論なんか出ない。結論が出れば、人の命に値段が付くようなものだから、まあ出されても困る。


 ただ、一人の人間が世界から消え、新たに別の世界の住民が呼び寄せられたのなら、それはつまり、人と人との等価交換に他ならない。それが召喚の正体だって言うのか。


「だったら命じゃなく他の物を消費する事で等価交換が出来ないかって研究が進められて、最終的に水晶が一番幅広く願い事を叶えられる消費物になるってわかったんだって」


 何故水晶なのか……は、ここで俺が考えても答えなんて出ないだろう。そもそも元いた世界の水晶と同じ物質とは限らないしな。生命エネルギーとか関わってそうだし、多分違うだろう。


 何にせよ、召喚と言霊の関係性には納得した。


 だとしたら――――


「誰かが俺の代わりに、この世界から消えたのか」


「ううん。消える予定だったんだけど、消えなかったんだ」


 その一瞬、背筋が凍った。


 俺を召喚したのは、少し離れた場所で佇んでいるあの人。


 老婆の姿をした少女――――そう、リノさんだ。


「どうして……消えようとしたんだ? 老婆の姿になって、当面の危機は去ったんじゃないのか?」


「うん。マヤの好意は嬉しかったし、ワルプさんの意向もありがたかった。あ、ワルプさんって言うのは……」


「リノと入れ替わったお婆ちゃんの事。わたしが相談して、リノの代わりに国王からエロい事されるのを了承してくれた人だよ」


 ここに来てようやく、ずっと見てきた老婆の本名が明らかになった。


 素性は恐らくリノさんの上司で間違いないだろう。少女の姿をしたワルプさんが、リノさんと一緒に水晶を運んできたのはこの目で見ている。


「あの人は昔、国王の妾だったらしくてね。だから頼んでみたら、簡単に引き受けてくれたよ」


「そうか……」


 妾が年老いても尚、使用人として手元に置いていたって訳か。なんというか……壮絶な世界だな。俺には全くわからない感覚だ。


「リノさんは、そのワルプさんに自分の身体をあげたかったのか」


 でも、リノさんの思惑は容易に理解出来た。というか、これ以外に何も思いつかない。


「自分が消えてしまえば、ワルプさんは少女の身体のまま生きる事になる。年老いて老い先短い彼女にとっては、何よりの贈り物になるだろう」


「……あーしみたいな貧相な身体を欲しいかどうかはわからなかったけど、入れ替わる事を快諾してくれたから、きっと嫌じゃないって思ったんだ」


 リノさんは――――絶望していたんだろう。


 だから消えてしまいたかった。


 マヤの発案で難を逃れても、その絶望は彼女を見逃してはくれなかった。だってそうだろう、心はずっとそのまま残っているんだから。身体は入れ替わっても、リノさんの人格も、記憶も、感性も、全て残っている。絶望もまた然りだ。


「あーしが陛下を殺した」


 リノさんは、そう言い切った。先程とは真逆の言葉を。


 隣のマヤは……絶句したまま動かない。何も言わない。言えないんだろう。


「方法も動機もトイが推理した通りだよ。エミーラ様が犯人として捕まる筈だった。だから、あーしは心残りなくこの世界を去ろうとしたんだ。そうじゃなかったら、ワルプさんが疑われちゃうから」


 王太后に疑いが掛けられなければ、元国王に目を付けられていたリノさんは容疑者の候補にリストアップされるだろう。現国王やエロイカ教のニセ開祖と同等の強い動機がある。そうなれば、身体を入れ替えたワルプさんには迷惑がかかる。そうならない確信があったからこそ、リノさんは旅立つ決心をした……か。


「確信の理由は水筒か?」


「それもあるけど、それだけじゃないよ。トイならわかるかもね」


 そう言われた以上、こっちも後には引けないな。


 まあ……想像はつく。


「現国王と話がついていたんだな」


 リノさんが俺を召喚したのなら、目覚めた俺の傍にいて、俺を召喚したと嘘をついた現国王が無関係の筈がない。協力関係にあったと考えるのが自然だ。


「やっぱり鋭いねトイは。そうだよ。だからエミーラ様が犯人になるって確信したんだ。だって、次の王様がそうなるって言ったんだから」


 国王の権力をもってすれば、母親にさえも無実の罪を着せられる……って訳か。


 そこまで憎かったのか。彼女の事が。


「でも、あーしは旅立てなかった。言霊はちゃんと使ったし、トイもこの世界に召喚された。服装で直ぐ異世界の人なのはわかったけど、どうして等価交換にならなかったのかは今もわからない。ちゃんと古の言霊を使った筈なのに」


 本来なら、リノさんが俺の元いた世界へ行き、そして俺がここに来る筈だった。でも、リノさんは残り、俺だけが召喚された。


 それが等価交換の儀式の結果だと言うのなら――――


「俺が無価値だったって事だろう」


「え? ち、違うよ。トイが無価値な訳ないじゃん」


 わかってる。多分そうじゃない。


 言霊は自分自身に作用する。それ自体は昔の言霊でも変わらないだろう。


 つまり、リノさんが別世界へ転移する事こそが、その言霊の主旨。主旨を無視して代価だけが支払われるのは無理がある。


 恐らくリノさんは何かを失っている。身体を入れ替えている状態だったのが原因かもしれない。兎に角、リノさんの中の何かが俺の元いた世界に転移しているのは間違いない。それが何なのかは、もうその世界にいない俺には知る術もない。


 だから、これでいい。俺の価値の有無に時間を割いても仕方がない。


「現国王も共犯者なのか?」


「ううん。犯人はあーしだけ。どうしても我慢出来なかった。忘れようとしても忘れられなかった。信じてたのに……恩人だったのに……だから、消してしまいたかった。あーしを踏みにじった人達を。それだけだよ」


「リノ!」


 沈黙を守っていたマヤが、雪崩のような声をあげる。


「嘘だよね? 嘘なんでしょ? もう、似合わないなあ。そういうのはわたしの役目だよ。リノは真面目なんだから、冗談なんて言っても面白くないよ」


「あーしは真面目なんかじゃないよ。マヤには見せてなかっただけ」


 拒絶――――きっとそれは優しさだ。


 だからこそ、マヤは辛いだろう。


「予定通りじゃなくなったのは、いつからだ?」


 俺が調査を始めた時点で、王太后は一切疑われていなかった。現国王が彼女を犯人扱いしている様子は微塵もなかった。その時点で、リノさんの目論見は外れている。


「トイが来た時だよ。その事を報告したら、この件は一旦自分が預かるって言われて」


「俺が探偵なのはあらかじめわかってたのか? そもそも、探偵を召喚する予定だったのか?」


「そうだよ。稚拙だけど、トリックを使ってたから。探偵がいた方が説得力あるでしょ?」


 水筒の事か。確かに、推理小説には到底使えないようなトリックだ。何せ入れ替えてすらいない、単に王太后の所持品と同じ水筒を凶器に使ったってだけだからな。


 ……あの水筒を元国王に送ったのは、現国王だったよな。


 その頃から計画は始まっていたのか?


 っていうか……探偵ご指名で召喚したのにリノさんは消えず俺だけが召喚されたって事は、探偵としての俺が無価値だって可能性もあるなこれ。


 うん、考えないようにしよう。


「予定と違って私が消えなかった事で、ヴァンズ様も予定を変えたのかもしれない。そう不安に思って、トイに細工したの」


「俺が意識を失っている間に、言霊を使ったのか」


「うん。トイに触れながらね、こう言ったんだよ」


 そこから先は、容易に想像がつく。


 恐らく――――


「《自分を信じる》」


 リノさんは、小さく頷いた。



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