62 傘の下の動機
「国王に殺意を持ち、実行するくらいの強い動機を持ったであろう人間は、思いつく限り結構いる」
故人を悪く言うのは趣味じゃないが、真相を明かす上では避けては通れない事実。言霊に関する優秀な実績と、認知症になる前の人柄から、多くの国民に支持されていた元国王だけど、残念ながら彼には『殺される理由』が存在している。そもそも国王という身分自体にそれがあるんだけど。
「まず、言うまでもなく現国王のヴァンズ・エルリロッド。父が死ねば、彼はその瞬間に王子から国王になる。国家権力を我が物となる実益は余りに大きい」
彼にはその他にも様々な疑惑や腑に落ちない行動があるが、それは後に検討するとしよう。まずは動機からだ。
「次にエロイカ教のニセ開祖、エウデンボイ=アウグストビットロネ。多分偽名だろうが……この男は被害者から多額の資金を受け取っている。エロイカ教を運営する為の」
「それはもうわたしが話したよね。ま、エロイカ教の正体は売春宿なんだけど」
「……」
リノさんに驚く様子はない。
想定通りだ。
「そしてバイオ。ジェネシスとしては言霊のデータを欲しがっているみたいだが、彼個人としてはそっちよりも愛人としての立場の方が動機たり得るだろうな」
元国王の正妻、エミーラ王太后の愛人。もし彼が王太后を心から愛していたのなら、例え国王であっても夫のヴァンズ氏に対し殺意が湧く理由にはなる。
「この理由でバイオを犯人候補の一人にする以上、王太后も加えないといけない。彼女が元国王に悪感情を抱いていたと、リノさんも話していたね」
「……うん」
王妃である前に一人の女性。国王とどういう経緯で結ばれたのかは知らないけど、普通に考えれば恋愛結婚の可能性は低い。となれば、バイオが初恋の相手……としても不思議じゃない。尤も、バイオとも王太后とも少ししか話した事ないし、彼等に関する根拠はかなり薄弱だ。
「兄が犯人候補入ってるのはあんまり良い気がしないよ。もしかしてわたし、実行犯候補だったりする?」
「勿論。実際、王太后の部屋にテレポートで潜入出来てる訳だから、その隣の部屋だって余裕だろう? 君には兄に協力する理由があるんだから、必然的にそうなる」
「まあ、そうだろうね。わたしの発言や立場を無視するのなら」
「今は動機以外を敢えて無視してるから、そこは理解して貰いたい」
気を悪くしていたらゴメン、という趣旨を含めた発言だったけど、意味のあるものだという自覚はない。マヤは全く気にしていないだろうから。一応、人としての礼儀だ。
「それで、犯人候補はこれくらい?」
「いや。まだまだいる」
「まだまだ……?」
口数が少ないリノさんだったが、流石に今の発言はスルー出来なかったか。当然だろう。元国王にそこまで多くの殺意が向けられていたとなれば、彼女は良い気はしない。それが正しい。
「第四の犯人候補は、不特定多数の『国王に失望した城内の人間』だ」
けれど、こちらもそこに配慮する訳にはいかない。真相を明かす以上、隠し事はすべきじゃない。依頼を受けた以上、それは誠実さに欠ける行為だ。
「憶測ではあるが、元国王は認知症を患っていた。その結果、彼は以前とは別人のようになってしまった。マヤは『悪魔に憑かれた』と言っていたな。実際に目撃した上での感想だったのかい?」
「うん、そうだね。リノと接点がある時点でバレバレだろうけど、わたしは頻繁に王城を訪れていたから」
「何の為に?」
これは聞いておかない訳にはいかない。彼女は国家と敵対するジェネシスの一員であり、王太后の愛人の妹。その来訪の動機がどちらなのかは重要だ。
「それは言えないなあ。幾ら探偵さんの頼みでも、プライベートに関わる事はNGだよ。わたしも女の子だし?」
「……女の子って言える年齢なのか?」
「んー……ギリ?」
基準がわからない。外見だけなら二〇歳、下手したら一〇代でもなくはない。かといって、俺と同世代と言われて『あり得ない』と断言できる訳でもない。この女性の美しさは年齢を超越しているような気さえする。
もし俺が絵描きだったら、彼女をモデルに描けるのなら全財産を投げ打っても悔いはない……くらいの美しさだ。それだけに、今の愛嬌たっぷりな彼女には不思議な違和感がある。まるで彫刻や絵画が動き出したかのような。
或いは――――魔女か女神が人間のフリをしているような、そういう感覚だ。
元いた世界では、その手の人間を超越した存在を認めた事は一度もなかった。神様は人間が作り出した崇拝の対象だと思っていたし。でもこの世界に来てからは、少なくとも言霊という超能力が存在しているのは確定している訳で、だったら人間を超える存在を信じない方が不自然だ。人間、環境が変われば考えも変わる。それが自然だ。
「マヤ。怪しまれるような事をしないで」
勿論、俺はここで言葉遊びをしている訳じゃない。会話での心証次第では、現在の推理を修正するつもりでいる。それを察してか、リノさんは慌てた声で諌めてきた。
「トイ。マヤはあーしに会う為にお城に来てただけだから」
「ちょっ……! 恥ずいからやめて……!」
だろうな。いや、恥ずかしい事がじゃなく、マヤがリノさんに会いに行っていた事が。
この二人の関係は、傍から見る限りでは良好だし、それなりに付き合いも長いように見える。城勤めのリノさんがマヤと頻繁に会っているのなら、その場所は城しかないだろう。恐らく泊まり込みだろうし。
「ここまでバレたんだから、話してくれても罰は当たらないぞ」
「ったくもー……最初は兄の不倫を手伝ってお金を貰ってたの。侵入者を装って、城の中を適当に混乱させてからテレポートで逃げて……」
あの侵入者の正体はマヤだったのか。まあ、持っている能力と王太后の愛人との関係を考えれば妥当だな。現国王も『母が愛人を招き入れる為に騒ぎを起こしている』と言っていたし、その役割を愛人の妹が行っていたのなら矛盾はない。
「そこで偶然、リノが困ってるところに出くわしたんだよ。もうビックリだよ。すんごい量のお肉を食べさせられてて」
「それは……あーしに気を遣ってくれてたんだって。栄養足りてなかったから」
「まだ言ってる。そんな訳ないよ。どう考えても太らせる為でしょうが」
ここに来て、リノさんは未だに元国王を擁護している。
それも彼女らしい発言だ。
「でも探偵さん、国王に失望した城内の人間って言っても、具体的にそういう奴が本当にいるの?」
「さあな。一人もいなかったりしてな」
「……探偵さんが何言ってるのか全然わからない」
呆れられてしまった。でも仕方ない。まだ調査もしてないし、そもそも調査したところで前の国王を悪く言う人間は城内にいないだろう。存命でなくても王族をコケにするなど決して許されないんだから。
「ま、これは推理とは呼べない見解だ。マヤ、君が元国王に良い感情を持っていないのと同じように、悪魔に憑かれたかのような国王に家臣や使用人が失望していたとしても不思議じゃないだろう? その上、引きこもって公務も重要なもの以外はこなそうとしない。そういう王に尚大半が忠義立てするような国なら、そもそも現国王が疑われないようもっと家臣がしゃしゃり出てくるだろう」
でも現実には、全て現国王の主導で疑いを晴らそうとしている。単に何でも自分でやりがたるタイプで家臣には何もするなと言っているのかもしれないが、それにしても家臣が動かな過ぎる。俺に『もし国王の期待に応えられなかったら酷い目に遭わせるぞ』くらいの脅しがあっても良いくらいなのに。そういう点からも、王族への不信感が透けて見える。
「『この王様じゃもうダメだ、早く殺して息子に後を継がせないと……』って過激な人物がいた可能性はある。なまじ実績が凄かっただけに、落差も大きかった筈」
「そういう殺意もあるんだ。わたしにはピンと来ないな。他人そこまで思い入れがないからかな?」
圧倒的な才能を持っているマヤなら、そうかもしれない。俺はそこまで割り切れなかった。いっそ、それくらい勘違いしていた方が筋が通っていたかもしれないのに。
……と、いつまで昔の事を引きずっているんだ。今はこの世界での事だけに集中しないと。
「そして、第五の犯人候補」
「えっ? まだいるの?」
流石にウンザリ気味のマヤ。でも予言しよう。彼女の顔色は確実に変わる。
「変貌してしまった国王がこのまま生き恥を晒し、自身の名誉を傷付けるなど決してあってはならない……と考えた人物」
予言はそうそうに的中した。
マヤは驚愕し、そしてリノさんは――――静かに瞑目した。




