06 ヒロイン 兼 助手、登場!
「まーその、なんだ」
すっかり親戚のあんちゃんみたいなノリになっていた顔のうるさい国王が、後頭部を掻きながら語りかけてくる。
さっきまでとはまた少し違った雰囲気で。
「そっちの都合を無視して召還したのは悪いと思ってる。すまねぇ。でも頼む、どうか親父の死の真相を解き明かしてくれ。このままじゃ、死んでも死にきれねぇと思うんだ」
そっぽを向いて、何処か照れたように、軽く頭を下げる。
とても国王とは思えない所作。
だったら――――
「全力を尽くします」
俺は敢えていつも通り、そう答えた。
世の中には、自分でどれだけ死力を尽くしても、どうにもならない事が山ほどある。
でも、今回の事件がそうとは限らない。
不可能を可能にする奇跡なんて絵空事。
不可能か可能かを適切に判断し、可能なら最後までその可能性に食らいつき、不可能ならそう伝え頭を下げる。
それがプロの探偵だ。
異世界だろうと殺人事件だろうと、それは何も変わらない。
元国王の死亡時期は恐らく、現国王が発見した時から3日前までの間。まずはその範囲の中で、犯人になり得る人物を洗い出すとしよう。事件解決後にどうするかは、その時に考えれば良い。
……と、その前に1つ、いや2つほど重要な事を確認しておくか。
「私にも言霊は使えるでしょうか?」
探偵業務に従事する以上、私情ありきの自分の欲や好奇心は極力出さないよう心がけてきた。とはいえ、ずっと気になってはいたんだ。言った事が現実になるってトンデモな能力に。 それに、場合によっては捜査に活用出来るかも知れないし、もし使えるのなら会得しておきたい。
……まあ水晶買うお金なんて持ってないんだけどさ。この世界の通貨すら知らんし。
「断定はできねーな。余も異世界人を見たのは貴公が初めてなんでな」
こんだけ口が悪くなったのに、一人称と二人称は変わらないからスゲー不自然。顔も濃厚だし色々とっちらかってる国王だな。
「ただ、伝説の探偵は使えたらしいぜ。だから貴公もイケるんじゃね?」
「そうですか……捜査に役立つかもしれないし、出来れば使いこなせるようになりたいんですが」
「んー、事件の調査に使える言霊ってのはあんま聞いた事ねぇな。日常でも必要ねーから具現化実績も溜まってねーだろうし。でもま、使えるに越したこたぁねーかな」
ちょっと待ってろ、と言い残し顔面がしつこい国王は部屋を出て行った。今回も壁抜けで。
……もう普通に鍵開けていいんじゃないかな。
そう言えば、持ち物チェックすらされなかったな。召還された身とはいえ、こんなガバガバで良いんだろうか。
確か、元いた世界の持ち物をこっちで活かすのが異世界転移のセオリーって子供たちも言ってたよな。特にスマホは大抵役立つとか。
……スマホ圏外じゃん。
当たり前だけどネットにも繋げないし、時間がわかってもこの世界の時刻とは確実にズレている。
一年の日数がほぼ同じみたいだから、一日の時間も多分同じくらいだろうけど……
「取り敢えず、こんだけあれば暫くもつだろ。もってけ」
スマホ弄ってたら、いつの間にか国王戻ってた。
来たのは国王だけじゃない。国王とは違ってクドくない顔の男女が四人も入って来る。
左から順に、20歳くらいの男、70歳くらいの婆さん、15歳くらいの女子、10歳くらいの男の子。予想はしていたけど、全員が水晶を山ほど抱えている。恐らく執事や使用人なんだろう。
……何も子供や婆さんにまで持たせなくても。
「いいんですか? これだけあったら相当な額になるんじゃ……」
「ま、必要経費って感じでいいんじゃね?」
いや、税金で買われた水晶だったら凄く使い辛えよ……
とはいっても、身分証明すら出来ない俺がこの国で働ける保証はないし、貰える物はなんでも貰っておこう。
「その代わり、貴公にやっておいて欲しい事が一つある。事件の捜査の前にだ」
つまり、この水晶はその前金代わりでもあるのか。荒っぽい喋りの割にはちゃっかりしてるな。
「承ります。何をすればいいでしょう?」
「城下町で名を売れ。出来るだけ早くな」
なんてザックリとした依頼……でも理由はわかるよ。
「探偵って名前だけでは不足なんですね」
「理解が早くて助かるね。そ。余の濡れ衣を晴らすには有名人の第三者が潔白を証明するのが一番なんだよ。有名ってのはそれだけで影響力になる」
何を言うよりも誰が言う――――ってやつか。俺みたいな無名探偵は向こうにいた時にも発信力なんて全くなかった。
異世界に転生・転移した主人公は、そんな過去の自分を新しい世界で払拭するのがお約束だって聞いた。なら俺もそれに倣おう。
名探偵に俺はなる!
……は無理だから、城下町のちょっとした有名探偵になる!
「わかりました。ではその為にも助手を1人付けて貰えますか?」
2つあった確認事項の内のもう1つがこれ。探偵って言ったら助手だ。
現実の探偵には助手なんていない。事務員ならいるけどね。
でもここは敢えて助手と呼ばせて貰おう!
「執事みたいなモンか? まぁ、違う世界から来たんじゃ右も左もわからねーだろうし、そういうのも必要か……んじゃ、この中から好きな奴を選べ」
そんな適当な!
お父上の濡れ衣を晴らす為に異世界人を召喚するって壮大な行動力を発揮した割に、随分と面倒臭がりだなこの人!
「でも、いいんですか? 助手をやって貰う以上は今回の件についても……」
「あぁ、話して構わねーよ。他に口外しないって約束ならな。情報が漏洩した場合には相応の覚悟をして貰うぜ」
うるさ型の顔で凄まれた……けど、この手の脅しは免疫があるから怖くない。それくらいじゃきゃ探偵なんてやってらんねーからな。
「では、選ばせて頂きます」
実はもうとっくに決めている。
「よろしくお願いします」
「……×××?」
翻訳の言霊は使用していないらしく、何を言っているのかは全くわからないけど、戸惑っている様子は窺える。でも俺にとっては悩む必要のない当然の選択だった。
現状、俺が助手に求めるもの。それは――――
人生経験。これに尽きる。
よって、この中で俺の助手に相応しいのは婆さんだ。
「は……!? おいちょっ、待てよ! 貴公はそれで良いのか!?」
「当然です。俺に今最も足りないのは、この国の歴史に関する知識。先人の知恵なくして事件解決は望めません」
「いや、でもな……まぁ貴公の相棒なんだから、決めるのは貴公なんだけどよ……なんか釈然としねぇな」
コクのあるイケメンの国王は何故か不満顔。その所為か、婆さんの穏やかな顔が更に曇っている。
「×××××……×××××××××××?」
「勿論です。若輩者ですので、どうか色々と教えて下さい」
依然として何を言っているのかわからないから、取り敢えず向こうの言葉を勝手に想像して、返事しておく。言葉の通じない外国人が相手の時によく使う手だ。
何を言っているのかお互いわからなくても、表情と声のニュアンスで大体伝えたい感情はわかる。それをより確実にするには、ちゃんと普段通りの言葉を発した方が自然に伝えられる。
一応、これも探偵業で学んだ事の1つだ。
「まぁいっか……ンじゃ、景気づけにここで一度使ってみっか? 言霊」
「翻訳をですか?」
「あぁ。自分の話す言葉をこの国の言語に変換、ンで、耳にするこの国の言語を貴公の知る言葉に変換。それを水晶を持って心の中で願い、それから自分の言葉で言いな。この国の言語である必要はねー」
「……」
婆さんは微笑みながら、俺に水晶を1つ差し出てくれた。
国王とは違って全然クセがない、柔和な顔つきだ。日本人と言われても全く違和感がない。
身長は俺よりも頭1つ以上低く、でも腰は曲がっていない。皺はそれなりに目立っているけど、実に上品で素敵な顔立ちだ。髪質もなめらかで、白髪が美しくさえある。
まずは彼女の言葉を聞かせて貰おう。
「それじゃ……《俺の話す日本語を全てこの国の言語に変換》《俺の聞いた言語を全て日本語に変換》」
刹那――――
「お……っ!?」
身体の中に何かが入ってきたような感覚。それは例えるなら水だ。熱い夏の日に外で歩き回って水分が枯渇した時に、冷水を飲んだあの感覚。全身に水が染み渡っていくのが感じられる、あれと良く似ていた。
「成功したみてーだな。おいリノ、何か言ってみな」
リノ。それが婆さんの名前か。
「お……ぉ……」
割としっかりした足取りで俺の所へ近付いてくる。
一体何を言って来るんだろう。顔面騒音の国王みたく自分を選んだ事に対する驚きか、それとも――――
「好みの顔と違うんで、チェンジでお願いできますかの」
……それは想定してなかった。




