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57 急に女の人が来たので

「さて、時間も食った事だし調査を再開しよう」


 意図的に声量を抑え、そうリノさんに伝える。


 遮音の言霊を使ったマヤは去った。ここで普通の音量の会話をすると外に漏れ聞こえてしまう。


「ヴァンズ様の部屋に行くの?」


 幸い、リノさんも現状を正しく把握してるらしく、俺と同じく小声で返事してきた。


「いや。その前に試しておきたい事がある」


 物証となり得る水筒は消されてしまった。でも、この部屋から言霊を使って元国王の部屋に侵入したという痕跡があれば、それは有力な証拠になる。


 部屋の前には警備兵が常駐しているから、そこからの壁抜けは不可能。でもさっき俺達が侵入したように、上の階層から床を抜けて降りる事は出来る。この方法を使えば、テレポートが使えない部外者でも犯行に及ぶのは可能だ。


 壁を抜けて元国王の部屋へ行き、何らかの方法で殺害。そしてその後――――再び床を抜け、一階へと下りる。これで現場からも脱出出来る。


 ただし、着地の際に周囲に人がいれば当然注目を浴びる。見回りをしている衛兵もいるだろうし、下のフロアに人が全くいないとは想定出来ない。よって、この逃走経路は一見すると使えそうにない。


 でも二つの言霊を使えば、内部の人間になら十分可能だ。


 床を抜ける言霊と、俺が使っていた『周囲から認識されなくなる言霊』を同時に使えば良い。


 認識されなくなる言霊は持続時間が極端に短い。でも、着地の瞬間され視認されていなければ、天井から降ってきたなんて誰もわからない。そしてその人物が『城内にいて当然の人間』であれば、認識回避の言霊の効果が切れた後でも怪しまれる事はない。


 ネックとなるのは当然、部屋の主である王太后の存在だ。


 真犯人がバイオで王太后も結託しているのなら、そもそも侵入経路を考慮にいれる必要はない。今検証しているのは、彼等が犯人じゃなく、且つこの王太后の部屋を経由して犯行が行われた可能性についてだ。


 王太后が不在の時間帯を知らなければ、この侵入経路で犯行は行えない。逆に言えば知っている者なら十分可能だ。


 この仮説がもし正解ならば真犯人はかなり絞れる。城勤めしていて王太后のスケジュールに詳しく、かつ俺と同レベルの言霊が使える人間が容疑者だ。


 問題は、どうやって言霊使用の痕跡を探すかだ。物証なんてあるとは到底思えない。指紋採取が可能なら、壁やこの上のフロアの床をひたすら探せば見つかるかもしれないけど、生憎この世界では無理だ。


 なら――――


「《過去二十五日以内に言霊が使用された場所が光って見える》」


 ……ダメか。水晶が消費されていない。俺の思考力では使えない言霊みたいだ。


 一日以内とかなら可能かもしれないけど、それじゃ何の意味もない。国王が最後に目撃されたのが二十二日前だから、それまでの期間に使用された言霊の痕跡を見つけないといけない。


「言霊が使われたかどうかを調べてるの?」


「ああ。でも中々良い調査方法が思いつかない。結局、肉眼で物証を探すしかなさそうだ」


 糸くずでもなんでもいい。もし、犯人がここを通る際に何か落としていれば、それを言霊でスキャンして所持者を割り出す事で物証に出来る。まあ、正当な理由でこの部屋を訪れた際に落とした物って可能性もあるから、王太后に確認する必要があるけど。


「そっか。だからヴァンズ様の部屋にも行くんだ。そっちも同じ事調べたいから」


「まあね。でも大分マヤに時間を使ったから、どっちも部屋漁りしてる時間はもうないかな……」


 一つの部屋に絞った方が良さそうだ。


 王太后の部屋と、現国王の部屋。より怪しいのは――――


「移動しよう」


 後者と判断した。


 以前、俺が無断でこの部屋に入った際、現国王は『ぶっちゃけいつもはこの時間、女のトコにいるんだけどな』と言っていた。つまり彼は定時にこの部屋を空ける。恐らく城内の多くの人間にとって周知の事実なんだろう。


 ほんの少しでも可能性の高い方に賭けよう。


 それじゃ早速、壁抜けを――――


「……しまった」


 そこで不意に気付く。


「どうしたの? 何かまずい事あった?」


「マヤからテレポートで連れて行って貰えば良かった。水晶節約出来たのに」


「……貧乏性」


 気の所為か、リノさんの顔が少し不機嫌なように感じた。





 現場である元国王の部屋を経由し、現国王の部屋に到着。既に一度訪れた事のある現国王の部屋には、当時との違いは特になく、部屋の主の不在を除けば記憶のままの空間がここにある。


「リノさん。何でもいいから床に落ちている物を拾って貰えるか?」


「わかった」


 まだ中年に足を踏み入れていない青年と、老婆の身体をした恐らく10代半ばの女子が、同じ部屋で四つん這いになって物色する――――そんなシュールな絵面だけど、リノさんは黙々と作業をこなしてくれている。俺も集中しよう。


 とはいえ、流石は国王の部屋。掃除が行き届いているみたいで、埃やゴミすら見当たらない。そういえば隣の現場も証拠に繋がる物どころか塵一つなかったな。


「……」


 ふと思う。


 ここは兎も角、元国王の部屋がそこまで綺麗なのは――――果たして自然なんだろうか?


 元国王が引きこもりだった。認知症を患っていた可能性が高いから、自分で掃除が出来たとは思えない。恐らく彼の生前、部屋は汚れていただろう。


 つまり、死後に部屋は清掃された事になる。


 警察もいないこの世界に、現場保存なんて概念があるとは思えないけど……だったらゴミ処理に関しても俺のいた世界の常識は通用しないんじゃないか?


 もし、ゴミが焼却されずに残っているのなら、それをスキャンすれば――――!


 ……いや、そんなゴミを一つ一つスキャンしてたら水晶が直ぐなくなっちまうか。良い考えだと思ったんだけどな……


「あ」


 不意に、リノさんの小さな声が聞こえた。


「何か見つかった?」


「えっと、床に落ちてるとかじゃないけど、水筒がある」


 水筒……?


 本当だ。例の水筒と同じ形の物が、無造作に机の上に寝せて置かれている。立ってないと案外気付かないもんだな。


 っていうか……これはどっちだ?


 普通に考えたら、現場にあった方の水筒だ。現国王が父親の元国王に贈ったという物。中には毒が入っていたと城の医者は話したという。


 元国王の中では既に事件は解決しているから、現場の水筒をそのままにしておく必要はない。なんなら捨ててしまってもいい。


 なのに――――どうしてここにある?


 中身は……何も入ってない。それは当然だ。毒を入れられた水筒を今後敢えて使う事もないだろう。 


 父親の形見として取っておこうとしているんだろうか?


「一応スキャンしてみるか……《この水筒を解析する》」


 確か以前調べた時には、最終的に俺の所持品って記録されたけど、恐らく上書きされているだろう。


 これまでの検証から、この言霊スキャンでは所有時間によって所持者が決まるという結論が出ている。そして以前調べた際には最初に現国王の所有物という結果が出て、その後俺が水筒を持ち続けた結果、所持者は俺になった。


 つまり、その時点で俺の方が僅かに所有時間が上。だったら現国王がこの水筒を自分の物としてこの部屋に置いた数分後には、もう所持者は彼になっているだろう。


 でも、何事にも絶対はない。水晶一つ消費してでも調べる価値はある。例えそれが無駄に終わっても、そこにはちゃんとした意味が――――


[分類は貯水の道具。所持者はヒイラギ・トイ]


 ……あれ。


 これは……全く想定していない結果だ。所持者が……所有時間が変わっていない?


「トイ。これって……」


「ああ。つまり、国王はこの水筒を自分の物として所有していない」


 なのに、水筒はここにある。一体何が――――



『ぉぉぉぉぉぉぉぉ―――――――――――――――――――――――』



 ……っと。


 怒号のような音が城の外から聞こえてきた。今のは……国王の演説を聴きに来た市民の声か?


 元国王の死因が発表された事に対する反応とは思えない。予定通り『国王の死因は病気によって自我が保てなくなった事による事故死』と発表したのなら、悲しみこそすれあんなどよめきは起こらないだろう。


 ……嫌な予感がする。


「何が起こったの……?」


「わからない。ただ、早くここを出た方が良さそうだ」


 恐らく演説はクライマックスを迎えている。もう時間はない。


 水筒は……このままにしておくしかないだろう。忍び込んだ上に中の物を持ち出したら完全に泥棒だ。


「外に兵士がいるから壁抜けは出来ない。床を抜けて下に落ちよう。演説が終わったら下のフロアに人が戻るから、今の内に」


「うん……よいしょ」


 再びリノさんにお姫様だっこされるも、今度は抵抗しない。時間もないしな。


「《今触れている床を透過する》」


 刹那、俺達の身体は一階へと落下。幸いにも一階には人気がなく、現国王の部屋の真下の部屋も無人だった。ここは……メイドの控え室だろうか。クローゼットらしき物が並んでいて、隙間から使用人の物と思しき制服が見える。秋葉原で見かけたメイド服とは明らかに違って、もっと地味だ。


 リノさんがいて助かった。もし俺一人なら、ここでメイドに見つかったら制服泥棒、下着泥棒の汚名を着せられかねない。実際、今の俺を客観視すると完全に人が出払った所に忍び込んだ泥棒だ。


 ……なんて考えてる暇はない。


「リノさん、下ろしてくれ。早く出よう」


「うん」


 なんとなく、さっきからリノさんに覇気がないような気がする。王太后や国王の部屋に忍び込んだ罪悪感だろうか?


 それとも……自分の事を話すべきかどうか迷っているんだろうか。老婆の姿のままでいる理由。それが事件と関係ないのなら、無理に聞き出す必要はないけど――――



 ……ん?


 今、扉が開いたような音が――――


「あ……あ……」


 しまった! メイドが戻ってきた! 


 いや待て冷静になれ、ついさっきリノさんがいて助かったって確認したばかりじゃないか。城に勤めている彼女がいれば、言い訳なんてどうにでもなる。


 ……どうにでもなるのか? 


 男の俺がメイドの控え室を『見学してました~』は変だし、もう『調査してました』は通用しないし……これ実は一人の方が『城の中で迷子になっちゃって』って言い訳出来る分マシだったんじゃ……


 この際仕方ない、多少変態扱いされるのを覚悟で『リノさんに頼んで制服を見せて貰おうとしてたんです。自分、制服好きなんで』って言い訳を――――



「いました! トイ容疑者がこんな所にいました!」



 ……は?


 容疑者……っつったのか、今あのメイドは。


「加勢をお願いします! 私一人では捕まえられません! 誰か来てーーーーっ!」



 悲鳴にも似たメイドの声が、室内に響き渡る。


 それはまるで緊急時のサイレン音のように、俺の頭の中を不穏に駆け巡った。




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