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56 それでも人は自分探しの旅をする

 宗教団体を維持するには当然ながら莫大な資金が要る。普通はそれをお布施や寄付……もっと現実的な言葉だと入会金や年会費といった信者からの上納金で賄い、有名な教団になったら民間企業との癒着……もとい、協力などで安定した金額を確保するのが王道。教典の印税もかなりの収入源になると聞く。


 ただ、最初の設立資金に関しては、例え宗教マネーを狙って開宗する場合であろうと開祖が用意するのが普通。融資を受けるか、ビジネスパートナーに初期投資して貰う事も多いだろう。


 でも国王が開祖となれば、資金の心配は不要だ。当然金ならたんまりある。しかも自分の趣味で始めた宗教となれば、惜しげもなく私財を投入したところで何の疑問もない。


 問題は……


「私財だったのか、それとも国庫金――――国の資金が流用されていたか……それで随分と『資金』の意味が変わってくるな」


 私財なら特に問題はない。いや、国王が変態宗教家の長って時点で大問題ではあるんだけど、それでもまあ趣味の範疇だから別に良い。世の中にはもっと酷い嗜好や性癖を持っていて、裏でエグい事やってるお偉いさんは山ほどいるだろう。


 でも国庫金が私的な宗教の資金に流れているとなれば大問題だ。それってほぼ国教って事になるし。国教が『ムチムチ太股の女最高』をスローガンとした宗教とか……考えただけで頭痛がする。どんだけ頭の悪い国なんだ。


 ……とまあ、これはあくまで好意的な解釈だ。


 普通に考えたら、裏金の隠し場所の為のカムフラージュとしか思えない。エロイカ教なんていうアホな教団に国王が絡んでいるとは誰も思わないしな……


 というか、この国の法律がどうなっているかが問題だ。君主制の国の法律なんて良く知らないし、『国王が法律だ!』って国だったらそもそも裏金なんて必要ない。国の金から好き勝手に使い放題だ。その場合、宗教団体を裏金置き場にするなんて発想自体がそもそもないだろう。


「意味が変わってくるって、どういう事かな?」


 ……やっぱりこのマヤって女は手強い。厄介な突っつきをしてきやがる。


 彼女が、俺の素性を何処まで知っているのかはまだわからない。俺が異世界から召喚された事実はリノさんも知っているから、そこから情報が行っている可能性はある。


 でも行っていない可能性もある。俺が異世界人でこの国に戸籍がないのを知られるとなると、脅迫の材料にされかねない。


 俺はまだ暫くこの世界に留まると決めている。戸籍がないと周囲にバラされるのは得策じゃない。


 そこまで踏まえた上で、マヤは俺がこの国、この世界に関する知識をどれだけ持っているかを探ろうとしている。だから敢えて聞き返した。俺がこの国の法律に詳しいかどうかを探る為に。


 あくまで俺が異世界人って情報を知られていると仮定した場合だけど……希望的観測が出来る相手じゃないし、情報は漏れていると考えておいた方が良いだろう。


 こっちは嘘がつけない。


 だから正直に答えるしかない――――


「勿論、君の目的がだ。元国王の私財だったら、単純にそのお金を奪おうって算段だろう。でも国の資金が流れている場合は、国への攻撃対象にする。『こんなクソ下らない宗教に多額の金を費やす王族を許すな!』って具合にね」


 ――――ただし、法律に触れる必要は何処にもない。


 君主制における国王の立場が法の下だろうと法そのものだろうと、自分達の税金を変態宗教に使われていれば国民はブチ切れて当然。そしてマヤは、言霊のデータを得る為に国家と敵対しているジェネシスの関係者。よって、国への糾弾を目的としている可能性は十分にある。


「ふーん。上手く逃げたね」


「何の事かな?」


「やっぱり楽しいよ、探偵さんと話していると。だからついサービスしたくなっちゃう」


 ……十年前の俺なら身震いするほどゾクゾクする台詞だったのかもしれないな。


「ジェネシスはね、国家の弱みを握りたいんだよ。勿論兄も。だから、さっき探偵さんがいった後者……国の資金の流用について調査したがってる。でもわたしは違うよ。言霊のデータとか興味ないし。わたしより上のレベルの言霊を使える人間なんて、ほぼいないから」


 って事は……フルテレポートも使える次元なのか。


 結界さえなければ、世界中の何処にでも行き放題。まあ水晶を消費するから、コストはそれなりにかかるだろうけど……ああ、だから金が欲しいのか。


「目的は水晶資金か? 随分楽しそうな人生を送ってるな」


「そうでもないよ。出来る事が多いと、出来ない事がどうしても気になるんだ。それを出来るようにならないと気が済まない……ってね」


「成程。自己開拓か。自分探しの旅に出てるんだな」


 軽そうに見えて、実は求道者なんだな。まあ他者との会話が退屈に感じるのなら、そうなっても不思議じゃないが……


「……」


「どうした?」


 なんか急に黙って――――しかも微妙に顔が赤いような。


「自分探しって言うのはやめて。恥ずかしい。死ぬ」


 え? なんで?


「トイ……自分探しなんて言わないであげて。幾らマヤでも可哀想」


 ……自分探しってワードは侮辱に該当するのか?


 えっ、これそんなにヤバい言葉か? カルチャーショック……いやジェネレーションギャップなのかもしれない。俺の世代では割と使われた言葉なんだけどな……


「こんな精神攻撃受けたの初めて。屈辱……もう帰りたい」


「な、なんかごめんな。悪気はなかったんだが」


「いいよ。その代わり協力はちゃんとして欲しい」


 ……そこ念を押す為にわざと傷付いたフリしてないだろな?


 でも俺がまだこの場に留まっているって事は、俺の深層心理は疑ってない訳か……


「具体的には何をすればいい?」


「お金の流れを記した名簿みたいなのが教団内にある筈だから、わたしがそれを探す。探偵さんは特定の時間帯、その毒話術でニセ開祖を引き付けて欲しい」


「……それくらいなら兄貴かジェネシスの構成員にでも頼めばいいんじゃ」


「兄は顔と世渡り以外取り柄がないから。最悪ボロ出しかねないんだ。そんな兄を慕っている時点で構成員もお察しだよ」


 バカ集団って訳ね。頼りになる味方がいないのか。


「でも、そこまで強力な言霊が使えるのなら、仲間なんて簡単に集められないか?」


「天才は孤高の存在なのだよ、探偵さん」


 それは、俺にはわからない感覚だな……だから嘘とも本当とも判別出来ない。


 まあいい。何にしても、国王の用意した資金をエロイカ教が抱えているのなら、その件は調査対象になる。何しろ、『資金を私用する為に国王を殺害した』という立派な動機になるからな。ここで一気にエウデンボイが容疑者候補になった訳だ。ならいずれにしても彼との接触は必須だ。


「了解した。時期は?」


「今日の夜、日暮れと同時に。出来れば三十分。無理でも二十分はお願い」


「わかった。それじゃ最後に一つ、こっちから軽い質問をさせて貰おう。それでイーブンだ」


「軽いのならいいよ。何?」


「リノさんは、なんで老婆の姿のままなんだ?」


 マヤが彼女をこの姿にした理由が『元国王から守る為』だったら、既に元国王が死亡した今、元に戻さない理由はない。


 尤も、これは――――


「本人の意思だよ」


 だろうとは思っていたよ。


 二人の関係を見る限り、マヤが『元の姿に戻して欲しければ、私の下僕になれ』みたいな脅しをしているとも思えない。だったら、リノさん若しくは老婆のどちからの都合だ。


 敢えて最後にこれを聞いたのは、リノさんの口から話しやすくする為。それ以上の意味はない。


「探偵さんはこれからここでやる事あるんだよね? 一応そこまで見学させて貰うね」


「お好きにどうぞ」


 もしマヤが真犯人で、それを暴かれるのが嫌だったら、とっくにリノさんを片付けているだろう。リノさんと親しくしている時点で彼女は100%に限りなく近い確率で犯人じゃない。なら、捜査を隠す必要もない。


 さて……予想外のお客さんに随分時間をかけてしまったから、さっさと当初の目的を果たそう。水筒は――――


「……あれ?」


 水筒が……ないぞ。今更処分したのか?


「マヤ。この部屋に水筒がなかったか?」


「あ、呼び捨て。えっちぃー」


 何故そうなる……


「水筒って、ウチの兄がここの愛人に贈った奴?」


「ああ。それも知ってるんだな」


「勿論。水筒なんてプレゼントするあたりバカだよね。裏があるって言ってるようなものだよ。あ、水筒はわたしが処分したよ」


 な……


「お兄ちゃん命令だったからね。理由は興味ないから聞いてない。わたしが探偵さんをここで待ち伏せた理由の一つがそれ」


 そうか……そうだよな。俺の動揺を誘う為だけに、ここで待ち伏せはしないか。


 こうなってくると、バイオも容疑者リストからは外せない。証拠品の隠滅って可能性がかなり高いからな。現国王曰く、王太后の愛人……つまりバイオは遠征に出ていてアリバイがあるとの事だったが、妹がテレポートを使えると判明した以上、そのアリバイには何の意味もない。


「……わざわざそれを伝える為に残ったのか?」


「言ったでしょ? 探偵さんにはサービスしたくなるって」


「その美しい顔で流し目は止めておいた方が良い。似合い過ぎて男が惑う」


「あっふぁっふぁー。自分は例外って顔だね」


 変な笑い方する女だな。顔とのギャップが凄い。


「それじゃ、そろそろ行くね。探偵さん、またデートしようね」


 直後――――何の余韻もなく、テレポートで瞬時にいなくなった。


 どうやら向こうも俺と同じようにデート感覚だったらしい。気は合いそうだ。


 最高に良い女かもしれないが、毎日話をするのは流石に疲れそうだな……


「ふぅ……」


 リノさんは想像上の俺の数倍疲れた顔。溜息も重い。


「随分無口だったな」


「マヤと会話すると、大抵何か"持って行かれる"から、なるべく無駄口叩かないようにしてるの」


 恐らく情報とか思惑とか、そういうものの漏洩を恐れているんだろう。実際、俺も大分持って行かれた。


 まあ、その分欲しい情報も頂いたけど。勝負とするならば、引き分けってところだ。



 マヤ……か。


 また会う事もありそうだな。なんとなく、そんな予感がした。



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