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55 死んだ魚みたいな目で見た景色は、それでも忘れられずにいる

「それじゃ、こっちも一つ答えよう。俺はエロイカ教の開祖……元国王とは面識がないし、生前に交流した事もない。現代表のエウデンボイとは二度遭遇している。彼が偽りの開祖を名乗っているのも本人の口から聞いている」


「あのニセ開祖とは知り合いなんだね。勧誘されなかった?」


「いや、された覚えはない。当然俺がエロイカ教の信者という事実もない。一度目は事件について話が聞きたくてこっちから乗り込んだ。二回目は街中で偶然見かけて、追跡した先で少し話をした程度だ」


 嘘が通用しない相手に駆け引きをするのなら、情報を小出しするしかない。とはいえ、彼女の頭脳なら恐らく――――


「二回目、ニセ開祖は何処に向かっていたのかな?」


 やはり、そこを突いてくるか。


 恐らくこれは、エロイカ教について知りたがっている彼女にとってかなり有益な情報になる。おいそれと話す訳にはいかない。


「そうだな……その質問は俺のこれからする問いかけに答えて貰ったら答えよう」


「ふーん? それだけわたしにとって有益な情報って事でいいのかな?」


「それは、俺がこれからする質問と大いに関係がある……と言えば、君ならわかるだろう」


 ここまで言えば、俺が何を知りたがっているか、彼女じゃなくてもわかるだろう。リノさんも……


「……」


 ……ダメだなんかさっきから負のオーラを漂わせて俺達の会話とか全然聞いてそうにない。そんなに俺の嘘に苛立ってるのか?


 後で怒られる覚悟はしておかないとダメみたいだな……


「わたしがどうしてエロイカ教と探偵さんの関係を知りたがっているのか。そっちの質問はこれでいいね?」


「ああ。問題ない」


 マヤにとってエロイカ教は何を意味するものなのか。それ次第で、エウデンボイに関する情報――――彼が現国王と親しい間柄にあるという事実が彼女にとってどの程度重要な情報かどうかが決まる。場合によっては最高級の価値になるだろう。


 国王のプライベート情報を漏洩するのは相当なリスクにもなるけど……場合によってはそのカードを切る覚悟も必要だ。


「いいよ。それは教える。わたしはね、エロイカ教を潰すつもり。兄に力を貸してるのも、その為に必要な資金を得る為」


「え、潰すの?」


「何? もしかして探偵さん、わたしが連中の崇拝する体型じゃないから潰そうとしてるって思ってる? ふくよかな女を褒めちぎって細身の女をディスってるのが気に食わない、くらいに考えてる?」


「そうじゃないけど……わざわざ潰す必要があるのか? 変態宗教ではあるけど、過激な活動をしている訳でもないし」


「当然、その必要があるからわたしが動いてるんだよ。こうして、探偵さんを待ち伏せしたのもその一環。わたし、結構本気だよ」


 マヤの目の奥から、底知れない何かを感じる。確かに本気らしい。何より、下らない理由ならリノさんが『この部屋に俺が来る』って情報を漏らしたりしないだろう。


「リノは怒らないであげてね。彼女はわたしには逆らえない理由があるから。それに、一応探偵さんの安全は保証するよ。リノに嫌われたくないし、こうして楽しい駆け引きが出来るし、今のところ探偵さんを潰す理由は何もないから」


 ……理由があれば簡単に潰せると、そう言いたいんだろう。実際、彼女と俺とでは使える言霊の質が段違いだ。正攻法ではどうにもならない。出し抜くのも相当難しいだろう。


 ま、今は敵じゃないってわかったのは大収穫だ。この時点で豊作と言っても構わない。リノさんとの関係もかなりわかってきたし。


「君がエロイカ教を潰したいのはわかった。そして多分、俺とニセ開祖との一回目の遭遇の詳細はリノさんから聞いているんだろう。真っ先に関心を示したのは二回目の方だったしな」


「大正解。そこで探偵さんがエロイカ教に関する何かを掴んだのなら、わたしはそれを知りたいんだ」


 それがマヤの目的か。


 彼女はその情報を得る為、ここで俺を待ち構えていた。別の目的で訪れた俺には不意を突かれた時点で余裕は一切ない。案の定、言霊を使って俺の嘘は封じ込められた。ここまでは彼女の計画通りなんだろう。


「でも、ちょっと気が変わった」


 ……?


 元々綻んでいたマヤの顔が、今度は小悪魔的な歪みを有した。


 いや、これは……


「探偵さん。わたしに協力してよ。その方がきっと楽できそうだし」


 有意義な事を思いついた、という顔。こんな状況でも、マヤの顔は多幸感が滲み出ている。


 彼女にはきっと、怪盗の素質がある。そんな事をふと思った。


「マヤ! それは……」


「心配しなくても、リノの邪魔はしないよ。探偵さんの今のお仕事を反故にしてまで手伝えって言ってるんじゃない。少しだけ彼を貸して貰えれば、それでいいよ」


「……」


 どうやらマヤの言っていた通り、リノさんは彼女には逆らえないらしい。何か弱みを握られているのか、単純に力関係によるものか――――


「リノさんの身体を老婆と入れ替えたのは、君なんだな」


 ここまで来れば、それを推測するのは容易い。


 高難易度の言霊でなければ実現は不可能、そしてリノさんの服従。答えはとっくに出ている。


「あー、一つカード取られちゃったね。ちょっと喋り過ぎたかな」


「ああ。最初の頃と比べると、随分饒舌になってる」


「こうスムーズに会話が出来る相手が久し振りだったからなー……やっちゃった」


 そう言いながらも、マヤは全く悔しがっていない。寧ろ楽しそうだ。彼女にとっては大したカードじゃなかったんだろう。


「そうだよ。わたしがリノを今の姿にしたんだ。だって可哀想で見ていられなかったんだもの。ブクブク太らせようとしてさ。あのまま放置してたら食い物にされると思ったから、提案したんだ。あ、ムリヤリじゃないよ? リノも承諾済みだからね」


 マヤの口数がどんどん増えていく。かなりご機嫌な様子だ。


 実際、彼女の発言に嘘はないんだろう。リノさんは国王に過ちを犯して欲しくなかった。自分が食い物にされる事以上に、それを忌避していたんだ。だから承諾した。


 そしてその代わりに、国王とエロイカ教に関する情報を彼女に求めた。でもリノさんに国王は裏切れない。例え死亡した後でも。だから譲歩案として、俺の事を話したんだろう。


「わかった。協力しよう」


「トイ……!」


 リノさんの複雑な顔が視界に映る。老婆にそういう顔をされたら、中々強い言葉は使えないな。


「俺の事を勝手に話した件は、さっきの俺の嘘でチャラ。それでいいかな」


「……ごめんなさい」


 別に『俺の素性を誰にも話すな』なんて言ってないから、謝らなくてもいいのに。それに、捜査状況が漏れて困る相手は真犯人だけだ。マヤはそれには該当しない。


「助かるよ。それで、探偵さんはニセ開祖に関するどんな情報を持ってるのかな? 仲間になる以上、情報は共有しないとね」


 それはその通りだ。仲間相手に情報を隠すなんて、出来の悪い秘密主義者でしかない。


「彼が実はムチムチの女性には興味がない、ってのを聞いた」


「それはあんまり知りたい話じゃないよ。っていうか、わざとどうでもいい事から話したよね?」


 そう言いつつ、イライラしている様子は微塵もない。やはり何処か楽しげだ。


 不思議な感覚だな……何年か振りに女とデートしているような感じがする。まあ、人生の中で有意義なデートだと胸を張れる経験は一度もなかったが。


 原因は俺自身にある。今にして思えば、『俺は女性に興味がない訳じゃない』ってのを証明しようとしていただけだった気がするしな。相手との時間を楽しもうとする心がけに欠けていた。


 沢山の汚い人間達を見てきたからと言って、俺自身が聖人君子になれる筈もない。寧ろ汚さの種類が違うだけで、十分ヘドロだ。そんな俺が人間関係に絶望するのは烏滸がましい……そう思って、俺なりに努力はしたつもりだ。


 でも、結局は独りよがりだった。今ならわかる。俺は自分で自分の目を濁して、景色を汚していただけだ。綺麗なものも歪なものも、濁ったレンズを通せば何だって汚れて見える。


「そうか? 俺は結構衝撃を受けたよ。それに、君にとって決して無視出来ない情報だろう?」


 リノさんも、眼前のマヤも、そしてポメラやレゾンも、決して清廉とした人間じゃないんだろう。でも誠実だ。何より一緒にいて心を動かされる。それはとてもありがたい事だ。  


 28年生きて、何も成果を残せず、探偵という職業に溺れて死んでいく――――それが俺の終着点だったに違いない。


 でもこの異世界に来て、俺の濁りきった目は一旦取り替えられたのかもしれない。


「君が潰したいのは、エロイカ教じゃなくエウデンボイなんだろうからね」


 真相が――――こんなにも綺麗に見える。


「なんでそう思うのか、聞いてもいいかな?」


 ここで彼女は否定出来ない。否定すれば俺はそれを嘘と見なし、さっきの言霊の力で俺はこの部屋から消える。


「国王が亡くなった時点で、エロイカ教は真の開祖を失った。普通なら空中分解だ。何しろ国王の性癖を満たす為の団体だしな。でも現実には没後も残っている。エロイカ教を潰す動機があるとすれば、その歪みだ。今の代表は開祖を名乗り、しかもエロイカ教の教えに全く興味がない。つまり――――」


 あの言霊は、マヤの嘘を封じるものじゃない。

 

 でも、俺に主導権をもたらす効果はあった。 


「――――何か別の目的があって教団を維持している」


 核心を突いた指摘……の筈。


 さあ、マヤはどう答える? 


「……それが、探偵さんが奴から仕入れた情報?」


「まさか。こんな事を本人が言う訳ないし、俺が調べる理由もない。偶然知ったのなら口封じされてる」


「だよね。んー、それはちょっと取られたくなかったカードだね。でもま、協力を約束して貰ったし十分かな」


 どうやらマヤはここまで話す気はなかったらしい。『仲間になる以上、情報は共有しないとね』なんて言っておきながら……食えない女だ。


「これでもう、こっちの隠し事は一切なし。わたしがエロイカ教を潰そうとしてる理由はね、お金なんだ」


「お金?」


「エロイカ教を維持する為の資金。それを、ニセ開祖は預かってる筈なんだ。元国王からね」


 ここに来て――――元国王殺害の大きな動機となり得るキナ臭い話が舞い込んできた。



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