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54 じゃれ合い

 あれだけ大きな声を出したにも拘らず、廊下側の扉の前にいる筈の兵士は全く俺達の侵入に気付く様子がない。見事な防音完備。一体どういう言霊を使えばそれが可能になるのやら。


 さっきマヤは『私の会話は私が許可した人間にだけ聞こえるようにしてある』と言っていたけど、今のリノさんの叫声はどう考えても彼女との会話の範疇じゃない。って事は、さっき疑問に思った事は間違いじゃなかったって訳だ。


 他者との会話を全部聞こえなくするのは不可能。マヤは別の方法で室内の音を完全遮断している。


 なら……壁に手を当てて《これよりしばらく内側で発生した音が外側に一切漏れない》という言霊を使った、ってところか。


 これなら彼女の体内および壁の内側で発生した音は全て遮断される。


 もしこの推理が当たっているのだとしたら、今マヤは自分の声や鼓動を一切聞く事が出来ない。自分で喋っていても、その肉声が聞こえない状態だ。


 でも違和感を覚える程度で、俺達の声は聞こえている訳だから会話には支障がない。恐らく間違いないだろう。

 

「……」


 そのマヤは、俺の大胆な告白に対し、関心を抱くどころか全く反応さえ示さない。完全なる無だ。


 当然だろうな。彼女にしてみれば驚く必要は微塵もない。俺が話した瞬間、それは嘘だとわかっているんだから。


「えー……そうだったの? でもトイってあーしの好みの顔じゃないしなー……」


「それは知ってるけど二回言われてもちょっと傷付くな」


 対照的にオーバーリアクション気味なリノさんから流れ弾みたいなのも食らってしまったが、必要コストとして粛々と受け止めよう。彼女のおかげで良い情報が得られた。


「さあ、俺は質問に答えた。次はこっちの質問にも答えて貰う」


「いいよ。早く聞いて」


 最早俺には何の関心もない……そんな気配を感じる。知りたい事を知ったからじゃない。俺が嘘をついたからだ。


 恐らく、俺が何を聞いても彼女は真実を話さないだろう。俺が先に嘘をついたから、本当の事を話す義務はない。そんな尤もらしい理由を付けて。


 なら、こちらも仕掛けよう。


「《俺はこれからの会話で嘘をつかれたと思ったら、即座に床を抜け一階に落ちる》」


「……トイ?」


 俺の言葉の意図がわからなかったのか、リノさんはさっきまでの困惑を別の種類の困惑に変える。表情にすると眉の角度くらいだけど。


 そして、眼前のマヤは――――


「……へえ」


 さっきまでの無関心から一転、不敵に微笑んだ。


「それって、わたしが嘘をついたって思ったら、ここにわたしがいるのをバラすって訳だ」


「いやいや。単に帰宅時間を少しでも短くしたいだけさ」


「ふーん……でもそれって、わたしが本当の事を言っても、そっちが嘘って思ったらそうなるんでしょ?」


「当然そうなるな」


 つまり、俺が嘘だと判断した時点で、交渉は決裂。この場にはマヤとリノさんだけが残される。


 扉の前に兵士がいる以上、通常の方法では彼女達は外に出られない。尤も、マヤはテレポートが使えるから城内の何処かには簡単に移動出来る。困るのは――――リノさんだ。


 リノさんはまだそれに気付いていない。


「そっか。知りたいのはわたしとリノの関係がどの程度なのか、なんだね」


「御名答」


 マヤは事件について深くは知らない。ならそこを突っ込んで聞いても仕方がない。それなら、リノさんとどういう間柄なのかを探った方が建設的だ。


 リノさんとこのマヤとの関係がわかれば、マヤがここにいた理由も恐らく判明する。それがジェネシスの総意なのか、彼女の単独行動なのかも。


「だったら、わたしは探偵さんが本当だと信じるような嘘をつけば、情報は一切わたさずに切り抜けられる。そういう解釈でいい?」


「わざわざそれを俺に聞く理由はわからないけど、その通りだよ」


「理由? そんなの、楽しいからに決まってるよ」


 不敵な笑みは、いつの間にか――――無邪気な笑みに変わっていた。


 それが俺に信じさせる為の演技だとしたら、きっとアカデミー賞も余裕で受賞出来るだろう。


「だってわたしは、ずっと探偵さんに会いたかったから。初対面の時は兄がいたから遠慮してたけど」


 兄……やっぱりバイオとは兄妹だったか。まあそれは容姿だけで十分予想出来る。隠す必要もない情報だ。


 問題は――――

 

「探偵に何か依頼したい事でも? 君の思考力なら、何でも自力で解決出来そうだけど」


「そんな事はないよ。だって今、まさにやっている"これ"がしたかったんだから」


「これ? この会話?」


「そう。駆け引き。わたしはずっと、言葉で戦える相手が欲しかったんだ。だからリノに無理言ってお願いしたんだよ」


 ……何?


 つまり、俺達が今日この部屋に忍び込むって計画を、リノさんから聞いたと、そう言いたいのか。


 リノさんの反論は――――ない。俯いたまま眉間に皺を寄せて瞑目している。これを見れば、マヤが嘘をついているとは到底思えない。


 リノさんが裏切った……?


「わたしの言葉は嘘だと思ってないみたい」


 またしても形勢逆転。会話の主導権をマヤが再び握った。


 確かに俺は、彼女が嘘をついているとは思っていない。リノさんの反応が余りに自然だからだ。痛恨の極み、といった面持ちを自然に演技出来る人間なんてそうはいない。彼女は本当に辛そうにしている。


 リノさんが、マヤに情報をリークした。それは間違いないだろう。


 でも早合点しちゃいけない。リーク=裏切りとは限らない。俺とマヤを会わせる事が、俺や事件の解決にとってプラスになると判断したからかもしれない。まだ駆け引きは終わっちゃいない。


 とはいえ、マヤには嘘は一切通用しない。本音で切り崩すしかない。苦手分野だけど……


「ああ。真実だと判断した。大事な情報を君にリークするくらいの仲なんだね」


「んー。探偵さんが思ってるのとは少し違うかもね、リノはわたしの頼みは断れないってだけだから」


「そうか。それも本当なんだろう。俺と駆け引きがしたかった、っていうのも。でもそれは果たして主目的かな?」


 主導権を奪い返す――――俺のその意思は、マヤにも伝わっただろう。目付きが明らかに変わった。


「……そうだね、って答えるしかないのって卑怯」


「かもね。でも……」


 今度はこっちが攻める番だ。


「先に仕掛けたのは君だ。君は今、俺が嘘をついてもすぐにわかる状態にある」


「……」


 マヤの笑顔が――――解けた。


 どうやらこのタイミングで攻めたのは正解だったらしい。


「気付いてたんだ……」


「少し前に言った『本当の事言われるとむず痒くなる』。これが言霊だったんだろう? 自然な導入だったから、最初は気付かなかったよ。見事だった」


 彼女はこの言葉を言霊とし、俺が本当の事を言うと実際にむず痒くなる体質になっていた。


 俺の言葉の真偽判定をどうやって行っているのかはわからない。というか、嘘か真かを判定するなんて普通は無理だ。だから俺は『嘘をつかれたと思ったら』という主観的なニュアンスの言霊を使った。『嘘をつかれたら』がベストだったけど、これは確実に無理だと判断したからだ。


 でも、彼女は間違いなくそれを可能としている。むず痒くなるか否かで俺の言葉の真偽を完璧に見極めている。だからこそ、さっきの俺の『好みの女性はリノさん』って言葉に全く反応しなかった。嘘と瞬時に見抜いたから冷めたんだ。


「君には俺の発言が本当かどうかが正確にわかる。だから、俺が嘘をついた時点で君は俺を全く信用しなくなった。同時に、駆け引きもここで終わりだと悟り、俺への興味をなくした。そうだろう?」


「うん、そうだね。でも今は興味津々だよ。だって探偵さん、今度は正直に答えてくれるんでしょう? 仕切り直しだよ。そうすれば、わたしがここにいた"主目的"を知る事が出来るから」


「そうか? 俺は嘘はつけないけど、君は嘘をついても俺にバレさえしなきゃいい。その条件で俺が乗るとでも?」


「乗るよ。だって、探偵さんはもう気付いてる。わたしがリノを見捨てられないって」


 流石だ、マヤ。やはり彼女の思考力は図抜けている。まさにその通りだ。


 俺が仕掛けた言霊は、彼女がリノさんを見捨てられないというのを前提に使用したもの。だから、最終的にリノさんがここに置き去りになるって形にした。


 もし、マヤが『俺が嘘だと思う答え』を言えば、リノさんが一人取り残され窮地に立たされる。それが嫌なら、俺が正しいと思う答えを言うしかない。


 そしてそこで一つ、重要な問題がある。


『リノさんが俺に先だって真実を告げている可能性』だ。


 実際には、マヤの事について俺は一切聞かされていない。でもそれはマヤにはわからない事。ここに来る前に彼女の事をリノさんが話していないとは言い切れない筈だ。


 もし話していたら、俺は真実を知っている。よって、マヤへの質問はその裏付け。そしてもし嘘をつけば即座にバレて、リノさんがピンチに陥るだろう。


 思考力に優れた彼女なら、ここまで考えるだろう。確実に。


「……仕方ないなあ。ここまでだね」


 白旗――――じゃない。マヤはきっと、駆け引きを楽しむのをここまでにしようと言ったんだ。


 何故なら、正しい情報だけを交換するのなら、彼女にとっても十分有益なんだから。


「こっちの言霊を気付かれた時点でほぼ勝ちは消えたよ。やるね、探偵さん」


 相変わらず、淡々と、そして全く心にダメージを負った様子もなく、楽しそうに微笑んでいる。こっちはヘロヘロになりながらようやく引き分けに持ち込んだって言うのに……恐ろしい女だ。プライベートでは絶対関わりたくない。


「先に一つ譲歩するよ。わたしは探偵さんやリノが追ってる事件には直接関与はしてない。私が探偵さんに会いたかったのは、エロイカ教との関わりについて知りたかったから」


 それは、俺に女性の好みを聞いた理由としては想定内の情報だった。辻褄が合っていて、俺自身そう推理している以上、これを虚実とは判断出来ない。何より、これが嘘だったら今後の情報交換がマヤにとって何の利益にもならないものになる。


 だからこそ、彼女は先にそれを話したんだろう。真実を交換しようという意思表示だ。


「了解した。ならこっちも答えよう。さっき言ったリノさんが好みだって話、あれは嘘だ」


「やっぱり。弄ばれたね、リノ」


「……」


 何故かニヤニヤしながらリノさんに余計な事を言うマヤに苦言を呈したかったけど、リノさんの横顔が余りに怖かったから何も言えなかった。



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