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51 応え

 あの夜――――言うまでもなく、リノさんが少女化した時の事だ。


 この件はリノさん本人の意向もあって、これまでは敢えて触れずに来た。彼女への信頼があるからこそ、それでも成立してきた。


 今もその信頼は揺るがない。だけど一方向、一面的な信頼だけで関係は成立しない。『全面的に信頼する』なんて言葉ほど薄っぺらいものはない。


「リノさんが何者なのかを問う気はない。一度釘を刺されているからね。その代わり、元国王と関わってくる問題については、ここでハッキリさせておきたい」


 リノさんは――――頷きも拒否もしない。彼女の中に大きな葛藤があるのは明白だ。


 でも、俺は前へ進めなければならない。依頼したのは彼女だ。彼女の為に、彼女に不本意を強いる。何も矛盾はない。野菜の嫌いな子供にムリヤリ食べさせるのと同じ理屈だ。


「リノさんが少女の姿になる理屈は、三通りある。一つは、言霊で若返った。一つは、言霊で他人に化けた。そしてもう一つは……言霊で入れ替わった」


 ゆっくりと持論を展開しつつ、反応をチェック。すると案の定、三つ目の言葉にリノさんは微かな動揺を示した。


 これは驚きには値しない。十分予想の範疇だ。


 城内で同じ姿の少女を見かけているし、最初の時にはリノさんと一緒にいた。あの少女とリノさんが別人である以上、『若返った』はまずない。それこそ双子でもない限り。その可能性は低いだろうから、事実上『化けた』か『入れ替わった』かの二択だ。


 ここで重要なのは、他人に化けるのと他人と中身が入れ替わるのと、どっちが難しいか。当然どちらも言霊によるものと考えられるから、彼女の思考レベルで使用可能かどうかが焦点の一つになる。


 言霊によって人間の身体を変質させるのは不可能じゃない。それはエロイカ教の本部でも確認した。ただ……全身を別人にするのはどう考えても難しい。これが出来るなら、あらゆる犯罪を他人に成り済まして出来る。この国の秩序が崩壊していない時点でそれが実践されていない証であり、殆ど――――若しくは全ての人間が使用不可能と見なしていいだろう。


 一方、他人と入れ替わるのは……これも難しいだろうけど、別人に変化するよりはマシな筈。言霊は、触れた人物が自分の一部と見なされる。よって、入れ替わる対象に触れて『触れた相手と自我や記憶を入れ替える』という言霊は、事実上『触れた箇所と自我や記憶を入れ替える』と同じ。これならそこまでの難易度じゃないだろう。


 言った言葉が実現する――――それはとても都合の良い能力のように思えるけど、実際に運用するとなると制限は相当ある。そしてそれは当然だ。


 不自由があるから共存が出来る。規律があるから社会が成立する。大人なら誰だって知ってる事だ。


 案外、言霊も最初は自由になんでも出来る力だったのかもしれない。それが、人間が社会を築いていく上で必要な形にスケールダウンしていき、今の形に収まった……とも考えられる。



 ……と、そんな余計な考察は置いておこう。今はリノさんの件に集中しないと。


「何故、その必要があったのか。俺はずっとそれを考えていた。貴女はずっと元国王の為に生きていた。ならこの件もやっぱり、元国王の為に姿を変えていたと考えるべきだ。そうなってくると……一つの仮説が成り立つ」


「……それ以上の詮索は止めるのじゃ。良い事はないぞい」


「まるで警告みたいな言い方だね。何処かの誰かと同じだ」


「……っ!」


 これは正直、鎌かけに近いやり口だった。余り褒められたものじゃないけど、リノさんは先程よりも遥かに大きな反応を示した。


 何処かの誰か――――俺に対して警告をしてきた人物は、一人しかいない。バイオだ。


 バイオと同一視されて、激昂じゃなく動揺する理由なんて一つしかないだろう。


「やはり、関係者なのか。道理であの襲撃の時、大人しかった訳だ」


 ギルドでレゾンの部下と対峙した時には、リノさんはやたら好戦的だった。でもバイオの襲撃の時には、彼等と戦おうという意思表示が全くと言っていいほどなかった。


 それもその筈だ。敵対関係にはなかったのか。


「リノさん。貴女は元国王から……」


「やめい。それ以上言うでない」


「元国王から逃れる為に……」


「やめて!」


 語気を荒げるのは初めてじゃない。でも、今のリノさんの声は――――初めて聞くものだった。


 当然、老人の声。老人の身体なんだからそうなる。


 でも、中身はそうじゃない。


「元国王の手から逃れる為に……元国王が悪事に手を染めない為に、老婆と入れ替わった。そうだね」


 彼女の正体は――――あの15歳くらいの少女だった。あっちが本当のリノさんだった。


「……」


 そう結論付けた俺の判断に、リノさんは異を唱えない。ならばこれは肯定と見なす以外にないだろう。


「もしそうなら、元国王の評判とも一致する」


 ポメラの奮闘によって、俺達は二人の人物から元国王に対する心証を聞き出す事に成功した。

 一人はこの国の大臣。

 もう一人は、他国の王子。


 その結果――――意見は真っ二つに分かれた。


 大臣の元国王に対する心証は『最悪』。

 以前は良き国王だったが、次第に人が変わり嫌な面が目立つようになったという。


 余所の国の王子の心証は『最高』。

 いつ会っても朗らかで優しい国王だったと語っていた。


 つまり、外面は抜群に良く、でも普段から接している大臣に対しては違う面を見せていた――――と解釈出来る。


 ただ、俺の推測が正しければ、元国王は若年性認知症を患っていた。

 その症状が顕著に出たのは比較的最近だったみたいだけど、それ以前にも既にその兆候は出ていたと考えられる。


 認知症は人格や性格が極端に変わる事もある。

 異常性欲も症状の一つだ。

 だとしたら……大臣の心証は認知症の症状によって変わってしまった彼へ、そうとは知らずに抱いた悪感情だったのかもしれない。


「あの少女の身体は、決してふくよかじゃなかった。元国王の好みとは一致しない。でも、入れ替わる前は……リノさんがあの姿の頃はどうだった?」


 いよいよ核心に迫る。

 入れ替わる必要があったというのなら、恐らくその当時のリノさんの身体は――――


「……お城に招かれて以降、ずっと栄養状態は良好」


 嗄れた声が、どこかあどけない口調で答えを述べる。

 リノさんは、完全に本来の彼女になっていた。


「身寄りのないあーしを、陛下は優しく……本当に優しく招き入れてくれた。だからあーしは……」


「嫌いになれなかった。陛下が変わってしまった後も。だから、自分が意図的に太らされていたと知っても、その後に自分の身体が目的だったとわかっても、城を離れられなかった。概ねそんなところか」


 流石に、これらの言葉を彼女の口から言わせる訳にはいかない。


「……言霊は使わなくていいの? さっき当然使うって言ってたじゃん」


「水晶一個無駄にするつもりはないよ。割とカツカツだしね」


 まあ、ここまでがワンセットだ。卑怯なやり口だけど、これも彼女を信頼しているからこそ。


 こちらが真摯に望めば、必ず真摯に返す。リノさんはそういう人だ。彼女が七十歳前後の老婆でなく十五歳前後の小娘でも、それは何ひとつ変わらない。


「……トイはいつから、あーしが隠し事をしていると思ってた?」


「結構前だよ。確信を得たのはバイオの襲撃時くらいだけど……その前から、元国王への心情が複雑なのはなんとなく想像出来ていた」


「どうして?」


「元国王との具体的なエピソードを語る機会が極端に少なかったから」


 あれだけ陛下を慕っていると言いながら、思い出話の一つもしない。同じく元国王を慕うレゾンが現れたというのに、その傾向は全く変わらなかった。


 どうして元国王は素晴らしい人なのか。彼女ほど思慮深い人間なら、『あーしにとって光じゃった』みたいな抽象的な表現だけじゃなく具体例を一つ二つ挙げるだけで信憑性が全く違うのくらい当然理解している筈。それなのに、俺に対してその手の話は全くしなかった。


「エピソード自体が少ない、若しくは話したくない。話したくないとすれば、余り良い思い出じゃない。それだけだ。推理ってほどのものでもない」


「そっか……トイにとっては、あーしの言動は子供騙しみたいなものだったんだね」


 そこまでは言ってない……けど、否定するのもちょっと違う。底意が見えていたのは確かだから。


「ねえ。陛下は御病気だったんだよね?」


「ああ。断定は出来ないが、ほぼ間違いない。そして君が今聞こうとしている事も肯定だ。元国王は、全ての面、全ての時間において評判通りの人物とは限らなかったが、それは若年性認知症の症状によるものの可能性が極めて高い」


 普通なら、宗教団体を設立する一方で引きこもるような人物には、双極性障害を疑うところだ。ある期間において躁、鬱、そのどちらでもない状態のいずれかになる精神疾患。躁状態の時には派手な散財や選挙への出馬、留学、性的逸脱行動などが認められる。要はハイになり過ぎて突拍子もない事を繰り返す状態だ。


 でも、国王という立場なら宗教団体設立は然程非現実的な事じゃない。それくらい躁状態じゃなくてもやれるだけの財力・権力があるからな。認知症により自制心が欠如した状態にあったと解釈する方が無難だ。


「……陛下は本当に優しかった。最初に会った時のお顔は今でもハッキリと覚えてる。でも――――何時しかその顔から生気が薄れて……王城内は混乱したんだ」


 俺の言葉が、リノさんに勇気を与えたのかどうかはわからない。


 ただ、彼女が自分の知っている事を話す気になったのは、俺にとって僥倖だった。



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