表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/90

05 異世界の密室殺人は容疑者が4869人いるらしいけど、そもそも密室って何だっけ

 ミステリー及び密室トリックに詳しくない俺でも、『モルグ街の殺人』や『46番目の密室』などの超メジャー作は流石に知ってる。トリックな訳だから、基本的には読者の盲点をつくのが前提で、ある意味ではパズルとも言える。だから、中にはトリックの奇抜さやインパクトを重視し、物語として、或いは人間ドラマとしての自然さを放棄しているトリックもある。


 勿論、推理小説にはエンタメとしての一面があるんだから、それはそれで大きな価値がある。でも普通の人間は密室なんて意図的には作らない。殺人を計画する人間、実際に犯した人間にそんな心理的余裕はまずないし、理論上では上手く行く事でも実際にやってみると『大きな音が出る』『精密な作業を要する』『時間がかかり過ぎる』などのヒューマンエラーの宝庫で、ボロを出してしまうリスクの方が遥かに大きい。


 だから俺は、密室殺人と実際に出くわす機会なんて二度とないと思っていたし、それを享受するのが現実の探偵として生きる定めだとも考えていた。


 でも反面、誰にも解けないような密室殺人と遭遇し、その美しいまでのトリックを自分が解いて周囲から称賛される――――そんな夢を見た事がないと言えば、それは嘘になる。現実の探偵は夢見がちだ。ミステリーよりもファンタジー寄りの職業なんだと思う。



 にしても、だ。


 密室トリックの正体はテレポートでしたとか、そっちの方のファンタジーは要らねーよ!



「えっと……参考までに窺いたいんですが、この世界にテレポートを使用出来る人間はどれくらいいるかわかります?」


「ああ、それならわかるぞ。国を治める立場上、王家は具現化実績のデータを常に把握しておかなければならないからな。言霊を使用した際には、その内容を申告するよう義務付けてある」


 うわー……やっぱりいるのかよ。勘弁してくれよ、密室殺人なのに容疑者が世界中にいるとか意味わかんねーよ。


 しかも国に管理されてる能力って……まるで資格じゃねーか。もう夢もロマンもない。


「テレポートと言っても、幾つか種類がある。思う所に何処でもテレポートが出来る『フル・テレポート』を使える人間は2名、特定の部屋の入り口に飛ぶ『プレイス・テレポート』の使用者が9名、特定の人物の前に飛ぶ『ヒューマン・テレポート』の使い手が12名、行った事のある建物の入り口に飛ぶ『ビルディング・テレポート』を使えるのが34名いる」


 お……多い! そんなにいるのか空間転移能力者。 


 でも、この中で実際に犯行可能なのはフルテレポートとヒューマンテレポートの使い手だけか。後の二つは兵士に捕まえられるしな。


 名前も登録されているみたいだし、容疑者が14名に絞られる状況で国王暗殺なんてやる奴はいない……とは言い切れないけど、可能性はかなり低い。



 そもそも死因が毒って時点で、テレポート殺人の可能性は薄い。自分の部屋にテレポートして来た不審者に毒を盛られる被害者ってのは、ちょっと無理があり過ぎる。



 いや待て。


 水筒の中の飲料水に毒を混ぜていたってのは、あくまでその手法が簡単に出来るってだけの話だ。テレポートを使えるレベルの能力者なら、無から毒を生成出来ても不思議じゃない。


 それが無理でも、例えばこういう方法もある。


 まず自分で毒を飲んで、その後にテレポートでこの部屋に到着。元国王に触れた上で言霊を使って『毒を全身に回らせる』と言えば、元国王の身体にも毒が回る。あとは自分だけ解毒剤を飲むか、手を離して言霊で解毒すればいい。


 となるとフル・テレポートとヒューマン・テレポートを使える14名は容疑者になり得るな。



 あと、鍵を使わずこの部屋に入れる方法は……壁抜けがあるか。


 といっても、扉の前には常時兵士がいるから廊下側から壁抜けで侵入するのは不可能。両サイドの部屋も同じ廊下に面しているから、侵入者がいれば簡単にバレる。



 ……壁が抜けられるのなら、城壁側からの侵入も可能だよな。


「あの、ここって何階ですか?」


「二階だ」


 二階か……でもまさか城壁によじ登れるような作りにはなってないだろう。そんな城ガバガバ過ぎて嫌だ。


 でも上の階からロープを下ろして、それを伝って行けば……



 いや、そもそもそんな必要ないんだ。上の階から直接壁抜けで床をくぐればいい。


「この部屋の真上って、何かの部屋ですか? 三階だと思うんですけど」


「部屋はない。空洞になっている筈だ」


 空洞……つまり、三階の壁を抜ければその空洞エリアに入れる。そして着地したその地点でもう一度壁を抜ければ、ここに下りられる。


 天井の高さは8メートルくらいか……普通なら到底無事では済まない高さだけど、それこそ言霊を使えばどうにでも出来るだろう。脚を思いっきり強化するとか、浮力を発生させるとか。



 つまり、壁抜けが出来て城に入れれば、十分容疑者になれる(毒やその他の能力が使えるのも前提だけど)。


「あの、さっき陛下が見せてくれた壁抜けって何人くらい使えるかわかりますか?」


「4869人だ」


 ……目眩がした。


 そんなに容疑者いるの……? マジで?


「壁抜けは汎用性が高いからな。これまでに使った人間が多い分、使用に必要な思考力も低い。今となっては水晶を消費してまで使う必要性は薄いが、昔は遺跡調査などで多用されていた」


「いやでも、犯罪に利用されませんか? 民家は勿論、それこそ宝物庫とか……」


「無論、言霊の犯罪利用については昔からしっかり対策が講じられている。壁抜け対策の結界用アイテムを安価で支給してある」


 なんだ、そりゃそうだよな……


「ならこの部屋にも当日はあったんですね」


「いや。城全体には今も結界が張られているが、内部の部屋にまではいちいち置いていない。だからさっきも壁抜けが出来たのだ」


 え?


 それってつまり……


「外部からの言霊を使った侵入は無理だけど、城内から城内の別の場所には侵入可能……?」


「そうなるな」


 城内にさえ自力で入れれば、後は言霊でどうにでも出来るのか。


 まあ、兵士が見張ってるからそう簡単に侵入は出来ないだろうけど……それでも不可能って訳じゃない。



 マジでこれ容疑者4869人?


 嘘だろ……



「質問はそれくらいか?」


「え……あ……そうですね。20日前から遺体発見の間に、何か元国王が恨みを買うような出来事はありましたか?」


「いや、一切ない。聞き込みをして貰っても構わないぞ」


「……わかりました」


 ちょっと頭が真っ白になって、考えが纏まらない。なんだよこの難易度MAXの殺人事件。どんな名探偵でも無理だろコレ。


 本来ならまず鍵の管理体制を聞かなきゃいけないのに、これだけ容疑者がいるんじゃもう微々たる問題だよ。鍵を管理している人間の犯行、若しくは鍵を奪って使用した人間の犯行の確率よりも、言霊を使った犯行の方がずっと可能性が高いんだもの。



 密室殺し……! 別の意味で!



「ならば余もそろそろ素に戻るとしよう。なんかもうスゲー疲れたし」


 へ? 何今の。前半と後半別人過ぎない?


 じゃあ今までのは全部、召還した俺の為に『生真面目な国王』を演じていたのか?



 確かに、相当丁寧に説明してくれていた。しかも国王自ら。普通はあり得ない。


 だとしたら、素の国王は――――



「あ~だりぃ。マジだりぃ。やってられませんわ、毎日毎日公務公務。王子の頃の方がずっと楽だっつーの」



 ……うわぁ。


 さっきまでとギャップが半端ない。エレベーター酔いしたみたいな感覚になった。


「あの……」


「ンだよ。まだ何かあんの?」


「事件を解決したら、私は元の世界に戻れますか?」


 正直今の国王にはあんまり話しかけたくないけど、これは聞いておかないといけない。


 転生だったら無理だろうけど、召還なら帰れる可能性は十分にある、って異世界好きの子供達も言ってたし。


「あーあー。それな。わーったわーった。終わったらちゃんとやっとくから」


 なんつー投げやりな……! こっちの人生かかってんだぞオイ!


 でも、今の返事聞く限りは送り返す方法はある感じだな。



 とはいえ……戻ったところで、待っているのはごく平凡な探偵業務。謎解きも殺人事件も何もない、ただ生きるだけの日々だ。


 失踪した子供を見付けた時、彼等は揃って寂しそうな顔をしていた。きっと、俺は現実の象徴だったんだろう。ああ、やっぱり現実に連れ戻されるんだ……と。


 そこに達成感はない。彼等を発見し依頼人に安堵を提供出来ても、子供達から夢を奪っているような気持ちになって、プラスマイナスゼロ――――とまでは言わないけど、やっぱりスッキリはしない。



 俺はそういう人生を送りたかった訳じゃない。奥歯に物が挟まったような、心に重しが乗ったような、そんな大人になりたかったんじゃない。


 それでも、生きる為には必要だったし、大抵の人間は俺と同じなんだと自分に言い聞かせて生きてきた。そこに不満はあっても後悔はない。



 でも――――今、その生き方から脱却出来るかも知れないチャンスが舞い込んできた。


 それをみすみす逃しても良いんだろうか。


 見知らぬ地、見知らぬ人々、未知の文化、未知の体験……それを煩わしいと思い、慣れた日常に帰りたいって願うのは、心が腐り始めている証拠なんじゃないのか?


 ここで払拭して、新しい人生を掴み取るべきなんじゃないか?



 俺は……一体どうするべきなんだろう。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ