49 逆ナンの打ち合わせは生々しいのでカットしました
住む世界が変わろうと、正装のデザインに関しては殆ど同じらしく、新国王ヴァンズ・エルリロッドの誕生日を祝うこの日の式典には、数多の豪華絢爛な服が犇めき合っていた。ただ、全員がカラフルな服装でもないらしい。燕尾服のようなシックなデザインの服を着用している男性も結構いる。この辺は各国の文化の違いなんだろう。
この日のパーティは、単に国王の誕生日パーティってだけじゃない。エルリロッド国の新国王を国賓に対してお披露目する意味合いもある。というか、そっちの方がずっと大きい。
その為、国内の参加者は例外なく正装での参加が義務づけられている訳だけど……
「其方は華やかな衣装が似合わんのう」
「余計なお世話ですよ……」
とはいえ、リノさんの言うように、俺はこの青を基調とした貴族みたいな服を着こなせるほどの器じゃない。なんか演劇の舞台とかコントなんかで見かけそうな、白いレースで出来たビラビラの襟飾り……名称は確かジャボだったと思うけど、これが特にマズい。俺のダンディな容姿には余りにも似合わな過ぎる。
「其方はやや童顔じゃからのう。この手の紳士が着る服とはどうにも相性が良くない」
「え……? 俺、童顔じゃないでしょ……? 男らしいとまでは言えないにしろ、大人の男特有の渋味があるというか、夕日漂う荒野が似合うっていうか……なあ、ポメラ」
「ふえ……? え、えっと……そうですね……すいません、お母さんが『もうすぐご飯よ』って呼びに来るシーンが頭に浮かびましたすいません……」
嘘だろ……? 二十八年も生きてきて初めてだよ、そんな事言われたの。
そういえば、こっちの世界に来て鏡を一度も見ていない。まさか、知らない間に若返ったとかじゃないよな。そんな言霊使ってないし……
ま、容姿の感じ方は人それぞれだしな。この世界にはこの世界の美的感覚や基準があるだろうし、とやかく知っても仕方がない。そもそも、俺達はパーティを楽しむ為に来たんじゃないんだ。
裏の世界で名が売れているレゾンは流石に参加出来ないから、俺とリノさん、そしてポメラの三人でやって来たのは、当然元国王に関する聞き込みを行う為だ。
ただし、単なる聞き込みでは精度の高い情報は得られない。こんなおめでたい席で、主役の父親を悪く言う人はそういないだろう。そこで言霊の出番となる。
城内の人間、国外の人間それぞれ二人ずつ、元国王について詳しく知っていそうな標的を搾り、その人物と接触。ちなみにこの接触は肉体的接触を意味する。そして触れたまま『俺はこれから五分間、嘘をつけなくなる』という言霊を使用。そうする事で触れた相手にも強制的に嘘をつけなくする。期限を設けたのは、合計四人に言霊を使用する為だ。いつまで効果が持続するのかわからないままだと、次の聞き込みがし難いからな。五分あれば聞きたい事は全て聞ける。
本当ならもっと多くの人に聞き込みをしたいところだけど、水晶には限りがある。今後の事も考えたら消費量は四つが限度だ。ただでさえ、潜伏用の言霊の実験で大量消費したからな。もう無駄遣いは出来ない。
問題は、どうやって自然に接触し、かつ『五分間嘘をつけなくなる』って意味の言霊を使用するか。怪しまれずにこれを実行するのはかなり難しい。
まあ、言霊に関してはある程度文言を変えても問題ない。五分間ってのは便宜上そう決めているだけで、例えば『ちょっとの間』であっても構わない。その場合、効果が切れる正確な時間はわからなくなるけど、嘘がつけない状態かどうかを確認するのは簡単だから、数分おきにそれを試すだけでいい。他にも色んなやり方があるだろう。そこは臨機応変にすべきだ。怪しまれたら元も子もない。
じゃあ、例えば『しばらく嘘がつけない』とする場合――――これを自然な形で会話に盛り込むのは、やっぱり難しい。しかも相手に触れたまま。かなりの難易度だ。
……いや、実を言えばシチュエーションはもう浮かんでいる。それだったら、触れるのも言葉にも一環した意味を持たせられ、怪しまれずに済むだろう。
けどな……やっぱり難易度が高過ぎる。この方法は出来るだけ避けたい。
「あーしは言霊が使えん。よって、其方とポメラに委ねる事になる。申し訳ない」
「いえ、そもそもリノさんは依頼人ですから。気にせずドーンと構えてて下さい」
「そうですよ……! リノさんの衣装、とても貫禄があって凄いです……!」
ちなみに、リノさんは紅白歌合戦で衣装対決が出来そうな、若しくはラスボスと呼ばれワイヤーで吊されそうな、ゴージャスなドレスに身を包んでいる。城の関係者だから、それだけ他国にどう見られるかってところの責任も重いんだろう。
一方、ポメラは身体の2/3がスカートで覆われるような白とピンクのドレスを着ている。子供向けの正装なのか、元々こういうデザインなのかは判断が難しい。取り敢えず似合ってはいる。
「あーしとしては、落ち着かない格好なんじゃが……何を出来るでもなし、お言葉に甘えるとするかの」
「他の使用人の人達と合流しなくても大丈夫なんですか?」
「問題なかろう。あーし一人いなかったところで何が変わるでもない」
一抹の寂しさを感じさせるリノさんの言葉に、返す言葉もない。彼女にとって、この城は最早ホームとは言えないんだろう。
「それより、自然に正しい情報を聞き出せる方法は思いついたのかえ?」
「ええ。結構な恥ずかしさはありますが、これが最適って方法を考えました」
「恥ずかしい……んですか……? 私、羞恥プレイは経験がなくて……」
……この場合、ポメラの発言そのものに問題があるのか、俺の自動翻訳に問題があるのかは微妙なところだ。
ま、今はそれよりも羞恥の理由を説明しなくちゃな。
「恥ずかしいっていっても、大したものでもないよ。標的と定めた相手が女性だった場合、その人物に近付き、手を取って『ああ、なんと美しい。まるで女神そのものだ』と言うだけだ。その後『あらお上手ね』と言われたら『いえ、この会話における私の言葉は常に真実です』と答える。この返答が言霊だ」
「この会話における私の言葉は常に真実です――――あ、凄いです……! 時間じゃなくて会話が終わる時点で効果が切れるようになっています……!」
「不自然さもないの。じゃが肯定されたらどうするのじゃ? 『当然の事を言わないで』とか言われても不思議ではなかろう? こんなパーティに集まるような面々は総じてナルシストで承認欲求の権化どもであろう」
「辛辣ですね……でも、その場合も『はい、その通りです。しかし当然の事であろうと言葉にせずにはいられない。故に、目の前にいる方に向ける言葉は真実のみなのです』とでも言えば問題ないでしょう」
この程度の臨機応変、何の問題もない。若干文学的というか哲学的というか、そういう匂いのある言葉にする事で、ナルシストの関心を惹く事も出来る。
「流石じゃの……小賢しい手においては其方ほど心強い者はおらぬ」
「あれ、今俺言葉の暴力で顎砕かれました?」
とはいえ――――これはあくまで、標的が女性の場合にのみ通用するやり取りだ。
「ただし男が相手ではそうもいかない。この手法はナンパ目的だと思わせるのが重要だからな。それで初めて不自然さがなくなる。つまり、男にナンパをする場合は、当然ながら女性の方が好ましい訳で――――」
「ふぇっ?」
俺とリノさんの目が、気の抜けた顔のポメラへと向けられる。
「ポメラ、君の場合は『ああ、なんと勇ましい顔付き。まるで神話の中に出てくる戦士のようだ』みたいな美辞麗句を並べる必要がある。俺のいた世界では逆ナンって呼ばれてたやつだ」
「え……ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!?」
一瞬、会場中の視線がこっちに向けられた。この時点で悪目立ちしたくなかったんだけどな……
「落ち着けポメラ。大丈夫、逆ナンなんて日常的に行われている事なんだから。ビビらなくていい」
「む、無理です……! そんな、男の人を褒め称えるなんて……私には恥ずかしくて出来ません……! 男性でもトイさんが口説いて下さいよう……」
無茶言うな! いや、それはそれで元いた世界でも日常的に行われているナンパではあるんだろうけどさ。新宿二丁目とかで。
「情報収集は出来れば成功率が高く、偏りもない方が好ましいのう。ポメラ、困難かもしれんがここは頑張ってくれぬか? 其方だけに全てやらせはせぬよ。あーしも一緒に文言を考えようぞ」
「そ、そうですか……わかりました。お父さんに会わせて下さったご恩がありますし、私がんばります……!」
どうやらポメラは父親に対し、完全ではないもののわだかまりが解けているらしい。あの再会に恩義を感じてるってのは、そういう事だ。
「体格が良い男ならば、身体の太さを褒め称えるのがよかろう。優男ならば顔が無難じゃな」
「強面の方だったら……」
「そうじゃな……『その荒々しさ、嫌いじゃありません。私と激しいダンスを踊って下さい』とでも言えばよいのでは?」
「ふえぇ……なんか……なんかムズムズです……なんかムズムズです……!」
よくわからないけど、ポメラはずっとムズムズしているらしい。多分そんなむず痒い事言えねぇって意味なんだろうけど。
取り敢えず、ポメラの事はリノさんに任せよう。若干リノさんのワードセンスに不安はあるけど、きっと良い所に着地してくれるだろう。
ふと――――先日のリノさんの姿を思い出す。この城で何度か見かけた、あの気弱そうな少女と同じ顔。
あの少女は、今日ここにいるんだろうか?
それが気になって周囲を探し回ったけど……結局、どこにもその姿は見当たらなかった。
その後、ポメラの言霊に関する話し合いは無事終わり、次は情報源となる人物の選定を行う事となった。




