48 決戦前夜なのに一致団結しない連中
その日の夜――――
「……マジか。信じられねーよ。あの方にそんな変態趣味があったってのか?」
宿に戻ったレゾンも交え、情報整理及び明日の作戦会議を決行。ただしリノさんは具合が悪い為、横になりながらの参加となっている。寄る年波には勝てないから仕方がない。
「陛下が変態であるものか……うぬれぇ……あーしはまだ認めとらんぞ……」
まあ、半分は俺の所為なんだけど。とはいえ、彼女に隠し通せる筈もない。善意の隠蔽が通用するのは友人までだ。仲間にはすべきじゃない。
「リノさんはああ言ってるけど、既にポメラの父親の証言も得ている。嘘をつく状況でもなければ、妄想を口走るような精神状態でもなかった。元国王はエロイカ教の開祖。これは事実だ」
「うぐああああああ」
俺の言葉でリノさんがダメージを受けている。なんか虐めてるみたいで心が痛い。
「取り敢えず、この事実を前提にして、これまで判明した事と明日やるべき事を纏めよう。各自しっかり頭に入れておけ。わからない事があったら知ったかぶりせずちゃんと聞くように」
「ひぁい……!」
ポメラの返事に悲鳴じみた声色が混じる。やっぱこいつ、地下牢での段取り全然理解してなかったんだな……
そんな綱渡りの状況だったけど、どうにか重要な証言が得られた。ただ、ポメラ父の発言は元国王の名誉を傷付ける恐れのある内容だった為、その場で看守がストップをかけ、面会はそこで強制終了となった。当然、彼を牢獄から出すという俺の言葉は果たされていない。
それでも、この国の不敬罪(に該当する罪)は既に故人となっている王族には適用されないらしく、また名誉毀損に関しても死者に対して適用はされるが、前提として『事実に反するもの』のみ該当するという内容だったため、事実ならばセーフ。よってポメラ父が今日のやり取りで罰せられる事はない。
まあ、だからといってポメラが安堵しているかどうかは、正直なところわからない。彼女が父に今、どんな感情を抱いているのかも。
ポメラ父の立場上――――いや、この国の誰であっても、国王には逆らえない。その国王から『ムチムチの女を崇める宗教に入れ』と命令されたら従うしかない。そして、強制的に入信させられたなんて態度も絶対に表に出してはならない。それが君主政体って奴だ。
でも、ポメラはずっと父親を裏切り者だと信じて生きてきた。そんな彼女が今更、国王命令だったから仕方がないと父を許せるかというと……難しい。どれだけ理性でそう思おうとしても、心が追いつかない。それが人間の心理だ。
残る念と書いて『残念』。人間は念を残してしまう、残念な生き物なんだ。
「にしても、それが本当ならあの方の人間性っつーか人間像っつーか、そういうのが変わってくるよな。周りの評判とかも」
「何じゃと……? 其方、陛下の評判が作られた紛い物だと言うのかえ……?」
心に傷を負っていたリノさんが、怒りのパワーでゆらりと立ち上がる。でも、彼女自身に迷いがあるのか、その動きは明らかに精彩を欠いている。
「まー待てって婆さん。知ってるだろ? オレだってあの方を慕ってるって。今もそれは変わらねーよ。変態趣味の一つや二つでこの気持ちは揺らがねぇ。アンタは違うのかよ」
「ふん。事はそう単純ではない。そうじゃな? トイ」
「ええ。自分の性癖を宗教にして、ムリヤリ信者になるよう迫る国王だとしたら……」
一瞬言い淀む。故人を悪く言うのは、やっぱり気が引けてしまう。例えその人物と会った事すらないとしても。
「……おい。何が言いてぇんだよ。いちいち溜めんなよ」
「国王が変な宗教を立ち上げていた事自体は大した問題じゃない。問題なのは、宗教組織としての重要な部分を全て丸投げし、趣味の合わない人間に教祖をさせたり、趣味の合う人間の家庭を崩壊させてまで信者を増やしたりしていた件だ」
「だからなんだよ。だからイカれた国王って言いたいのか? フザけんな! あの方はオレをレディって言ったんだ! こんなオレを女として見てくれた! そんな方が……大体、オレを見りゃわかるだろ! こちとら昔からムチムチじゃなくてムキムキなんだよ! エロイカ教の開祖だっつーんなら、そんなオレを女使いする訳ねーだろ!?」
レディ……淑女。品格のある女性。どう考えてもレゾンには当てはまらない。そんなのは誰だってわかる。
何度も再認識するが、レゾンはバカじゃない。物事の本質を掴める人間だ。
彼女はもう――――わかってる。
「本当にお前を女性扱いしてたのなら、誘われてる。夜の相手に」
「……っ」
肉感的な女性を好む国王にとって、レゾンは趣味の範疇じゃなかった。だから平気で心にもない事を言った。それだけだ。
最高権力者だから、お世辞を言う必要はない――――なんて事もない。女性に媚びる為政者、女性に優しい権力者は星の数ほどいる。でも最も可能性が高いのは……皮肉だ。一般的な女性らしくないレゾンにあえて『レディ』と言ったのなら、それは皮肉ともとれる。
既に元国王はこの世にいない。彼の意図は、想像は出来ても確証は得られない。だからここで『元国王はお前をからかっていたんだ』とレゾンに言う必要はない。
話を本筋に戻そう。
「エウデンボイに開祖役をやらせていたのは、弁が立つ上に街中で顔が広い人物だったからと推測出来る。上の世代のベテラン冒険者とも仲良く話してたしな。宗教を広めるには達者な口とコネが絶対に必要だ」
「だとしたら……父にも何か役割というか、活かせる特技があったのでしょうか……?」
「いや、君の父親は単純に元国王と趣味が一緒だったからってだけだろう」
「夢も希望もありません……!」
とはいえ、そういう信者がいなければそもそも組織化する意味がない。自分の趣味にムリヤリ賛同しているイエスマンだけで宗教を作っても虚しいだけだ。
だからこそ彼は――――元国王は、頻繁に街中に出向いていたんだろう。
自分の趣味に合う女性を見付ける為に。自分の趣味と同じ男性と出会い、勧誘する為に。
死して尚、国民からの好感度が高いのは、そんな自分を隠し続けていたからなのか、寧ろさらけ出して権力者らしくない俗物っぽさで親近感を抱かせていたのか……これは調査すればわかるだろうけど、その意味は薄い。
どっちであれ、彼の『良き国王』という評判は虚像だったんだから。
そうなってくると、犯人像は一気に広がってしまう。
これまでは『善良な元国王を反体制派が殺した』という構図を予想していた。だから裏社会の住民であるレゾンやバイオが容疑者になっていた。でも真相は寧ろ逆で、『ヤバい王を倒し国の未来を守ろうとした』って可能性も出て来た。となると、殺人の動機を持った人間は山ほど出てくる。
当然、エロイカ教の信者も中に含まれる。特に、ふくよかな女性を特に好きでもないのに教祖までさせられていたエウデンボイは、相当な不満を抱いていた可能性がある。そして彼は壁抜けの言霊を使える。動機も方法も持っている訳だ。
こんな曖昧な犯人像じゃ、明日危険を冒してまで元王妃の部屋に侵入する意味も相当薄まってしまった。あくまでバイオが重要参考人という前提での調査。その前提が消えつつある今、言霊による潜伏が困難なのを覚悟の上で潜入捜査するリスクに見合うだけの成果が得られるかは微妙なところ。
犯人を絞り込んでいた筈なのに、逆に犯人候補が膨大に膨れ上がってしまった。城内の人間だって怪しい。誰が犯人でもおかしくない。容疑者4869人……は大げさにしても、相当な数になってしまう。
尤も、密室殺人である以上はそれを実現可能な人間に限られる、ってのは今も変わらない。その条件としては――――
1.壁抜けで壁や天井から警備兵に気付かれず侵入でき、かつ出て行ける人物
2.テレポートで室内に移動でき、かつそこから外に逃げられる人物
この二つのどれかに該当する人間である事だ。これまで散々検討してきた通りだな。
1の場合、兵士がいる廊下側から壁抜けは出来ないから、左右にある現国王の部屋もしくは元王妃からの侵入、或いは天井からの落下が必要。ただ、上の階から壁抜けを使って落下するのはかなり着地が難しく、その上天井からは帰れない。必然的にその線は消える為、『現国王もしくは元王妃の部屋に自由に行き来が可能な人間』に絞られる。
ただし簡単に兵士の目を欺く方法があれば話は別。よって現状では『犯行は数多の人間に可能だが、現実的な重要参考人は限られる』となる。
2に関しては、現時点でバイオ達のテレポート使用が確認されている。ヒューマンテレポートの使い手は12名、フルテレポートが2名。つまり他に13名いる訳だ。
とはいえ、これも散々検証しているように、テレポートが使える人間が少数である以上、テレポートを使っての犯行は命取りになる。証拠を残していない場合、真っ先にテレポーターが疑われるからな。だからこそ、敢えて証拠の残る殺し方をする事で『テレポート使用による密室殺人ではない』と印象付けていた可能性もある。明日調べる予定だったのは、まさにこの件だ。
ただ――――被害者の元国王が噂通りの人物じゃなかったとなると、バイオに国王を殺すメリットが果たしてあったのか?
バイオ及びその組織であるジェネシスが欲していたのは、王族が独占しているという言霊のデータ。自分達がそのデータを管理すると豪語していたそうだからな。
以前の元国王のイメージだったら、そのような事は絶対に許さないと徹底抗戦の構えを見せていたと容易に想像出来たし、それが大前提だった。
でも今は違う。何故なら、元国王とジェネシスには交渉の余地があるからだ。
言霊のデータを流す代わりに、エロイカ教をもっと広めよ――――という交渉が。
ジェネシスには相当な言霊の使い手がいる。宗教を広める方法は幾らでも用意出来る。例えば『自分の言葉の影響力を上げる』という言霊を使い、エロイカ教を喧伝する……とか。
エロイカ教の拠点で聞いた教えが元国王の思想に基づいたものなら、彼は言霊を使って女性の体型を無理に変形させるのは好まなかった……が、宣伝に言霊を使うのは何の問題もない筈。
でも、そういった交渉は恐らく行われていない。もし行われていたら、エロイカ教はもっと普及し、この街はふくよかな女性ばかりになっていただろう。
そうなると――――
「バイオが犯人の可能性はかなり低い。元国王を生かしておいた方が多分、奴らにとっては目的を果たし易かった」
その結論を敢えて口にした。
「ま、待てよ……お前はあの方を性格が悪いって決め付けてるけどよ、そうと決まった訳じゃねーだろ? 変態宗教っつっても所詮は性癖だ。性癖と性格は全然関係ねーだろ」
「私もそう思います……断定するのは早いのではないでしょうか……」
レゾンもポメラも、真っ当な意見をぶつけてくる。
リノさんは沈黙したまま、俺を睨み付けてきた。
……損な役回りだよな、全く。
でも俺は、もう独りよがりの推理はしない。そう決めたんだ。
「わかった。なら明日はまず、元国王が本当はどう思われていたかを探ろう。幸い、現国王の誕生日パーティで大勢の来賓が招かれる。評判を聞くには打って付けだ。その上で、やっぱり元国王が評判通りだと判明したら、バイオを重要参考人と見なし王太后の部屋への侵入を試みる」
それでどうだ? と目で訴える。
リノさんは頷かず、納得もしていないようだったが、反論もなかった。
――――彼女は何かを知っている。
俺の勘がそう告げていた。




