43 この国はもうダメかもしれない
正直なところ、酒池肉林的なパーティーを想像していた俺にとって、眼前に広がる光景は意外だった。といっても、その要素がない訳じゃない。会場内の男女比は1:9で圧倒的に女性が多い。そして女性達は例外なく生脚を露出させる大胆な格好をしている。網タイツなどは一切履かず、完全形態の生足。バニーガールの衣装のような、ヒップラインを鋭角で覆うレオタードを着ている。
でも、それだけだ。ざっと見た感じ二〇人くらいいるけど、卑猥な行為に及んでいる女性はいない。全裸も半裸もゼロ。ムーディーなBGMが流れるでもなく、むしろ全員が笑顔で手を叩き、健全な空気を作っている。
その女性達に囲まれ、中央にいる男性が二名。一人は予想通り、エロイカ教の教祖エウデンボイだ。特に鼻の下を伸ばしている様子はない。寧ろやたら紳士的な顔付きで、彼もまた手を叩いている。どうやら彼はこの場の主役ではないと、その所作でもわかる。
そして、もう一人の男。彼こそがこのパーティー会場における主役だろう。それは一目でわかった。何枚ものメッセージ入りバースデーカードを手にしている時点で。
「……」
「……」
その人物と目が合う。だが向こうは何も言ってこない。ただ硬直したまま、俺の方をじっと凝視している。どうやら俺の顔に見覚えがあるものだから驚いているんだろう。何故お前がここに、といった驚愕の面持ちだ。
斯く言う俺も、驚きを禁じ得ない。何を話していいのかもわからない。だからまずは彼の事は一旦放置し、それ以外の所に目を向けたいと思う。その方が双方にとって好ましいだろう。今は兎に角時間を置きたい。
意外、というより不自然なのは、女性達が全員ふくよかな脚じゃない事。モデル体型って訳じゃないけど、ある程度はスラリとしていて、美しいラインを形成している。こんな俺でも女性の生脚は決して嫌いじゃない。単に性的欲求には直結しないってだけだ。だからといって芸術品を眺めるのと同じ感覚って訳でもない。この辺は自分でも妙に複雑化してしまっていて、言語化が難しい。
まあ俺の事は良いとして、この状況はちょっと理解が出来ない。あれだけムチムチの太股を愛していると公言していたエロイカ教の教祖がいるのに、何故ここの女性は例外なくスレンダー寄りのノーマル体型なのか。これじゃ太股詐欺だ。
それに、この会場もちょっと中途半端というか、広さも人数もパーティーというには小規模だ。かといって、この男女比でファミリーパーティーって事もないだろう。ただ飾り付けは明らかにそちら寄りで、折り紙を使った花やら旗やらが壁に所狭しと敷き詰められている。この世界にも折り紙文化があるんだな。そこはなんかほっこりする。
そして、このパーティーの趣旨も容易に把握出来た。女性達が囲む長机の上には、様々な料理に加えケーキのような物がある。実際にケーキかどうかは不明だけど、スポンジケーキにクリームを塗って果物で飾っているから、こっちでどう呼ばれているかはさておきケーキなのは間違いない。
そのケーキに加え、女性達が頭にパーティー用ハットと思しき派手な三角帽子を被っている事から、誕生日パーティーなのはほぼ確実だ。折り紙文化どころか誕生日自体が元いた世界と全く同じ祝い方らしい。まあ、環境が多少違っていても人間の作る文化は大体同じなんだろう。そこは納得出来る。
さて、納得し難い問題にメスを入れるとしよう。そろそろ俺も限界だ。言葉を選ぼう選ぼうと必死になって頭を回していたが――――
「何してるんですか陛下」
これ以外思いつかなかった。
「……………………なんの事だ? 余は貴公など知らんぞ」
「俺の翻訳が陛下の一人称や二人称と一致してるんですが」
「そんな事、余には関係ねーだろ。貴公が余を国王と勘違いしてるから、その自意識が翻訳に影響しているだけだ。余は国王じゃない」
「声も顔もそのまんまなんですがね。服装はえらくラフですけど」
「ああ、そう言えば似てるって言われるな。余は国王のそっくりさんだ」
「名前は? 自分の名前ですから即答以外あり得ませんよ」
「ンなっ……ヴァン……ヴァ……ヴァンジュ?」
うわ、本物だよ……
「クソが! 卑怯だぞ探偵! 偽名なんてそんな直ぐ思いつくか!」
「いやそんな事より何してるんですか……貴方この国で一番の権力者ですよね?」
こんな怪しげな場所に、従者も付けずにいる事も相当不可解だけど、何より変態宗教団体の教祖と懇意にしていると判明したのが一番ヤバい。
これは……見てはいけないものを見てしまったなあ……
「チッ、なんで貴公がこんな所にいやがるんだよ……」
「俺はそこのエロイカ教の教祖がこの建物に入るのを偶然見かけて追いかけて来たんですよ。サバト的なのを期待して」
実際には侵入の瞬間は目撃していないけど、これくらいの嘘は問題ないだろう。
「エウデンボイ……」
「い、いや、その……参りましたな。まさかこのような格好をしているのに私だと特定されるとは」
確かにパッと見ではわからないかもしれない。初対面時のインパクトが大きかったのと、出会って間もないから顔を良く覚えていたのが幸いした。
「で、これはどういう状況なんですか? エロイカ教の集いにしては、女性陣の体型が教えとは随分乖離しているようですが」
「む……むう……」
「先日、あれだけ熱心にムチムチした太股が良いと仰っていたじゃないですか。それなのに、侍らせている女性は普通の体型。なんだったらスレンダー寄りなくらいだ。これは一体、どういう事なんですかね」
この世界において、探偵が伝説の職業なのが幸いした。俺の追及に対し、本来居丈高であるべき国王さえも押し黙っている。まずは口止めを命じる場面だろうに。
相当後ろめたい事があるんだろう。権力で強引に片付けられないほどの。
「まさかここまで追い詰められるとは……やはり探偵、想像以上の手強さだったか」
いや、追い詰める気とか一切なかったんだけど。突撃したらとんでもない場面に出くわしただけで。
「仕方あるまい。真実を話すとしよう。陛下、宜しいですか?」
「……ああ。そいつなら構わねーよ。一応、俺の客人だからな」
「ええ。では」
二人の間で既に意思の疎通が出来ている。かなり親しい間柄のようだ。
なんつーか……ガッカリだよ国王。
「実は――――」
さて、一体どんな関係性なのか……
「私はムチムチの女性が好きな訳ではないのだ!」
「……あ?」
「あ? とはなんだ! こちらは断腸の思いで暴露したのだぞ! もっと真摯に驚愕して貰いたいものだな!」
こんな逆ギレある……?
てっきり二人がどんな関係なのかを話すかと思ってたのに、なんだその情報。
いやでも、冷静に考えたら訳がわからない。先日のあの熱弁は一体なんだったんだ……?
「そもそも、貴方は開祖って話でしたが……どういう事?」
「うむ。開祖なのは嘘ではない。だが元々エロイカ教は私ではない別の方の意思によって作られたのだ。私はその方に従い立宗したに過ぎない。言うなれば雇われ開祖だ」
どこぞのコンビニの雇われ店長みたいなノリで……
「しかし私自身は、その方とは趣味が違っていたのだ。別にムッチリした太股に悦楽を覚えたりはしない。普通でいいのだ女性は。普通が一番なのだよ」
「えぇ……」
変態とばかり思っていた人間が、なんという平凡な……なんだろうこの奇妙な喪失感は。俺はこの男が凡庸だった事に失望しているのか? 変態であって欲しかったのか? これどういう感情?
「まあ……そちら様の性癖はこの際もう良いとして」
「良くはない。私は決して変態ではないのだ。先日の説明は、本来の代表が遺した聖典をそっくりそのまま暗唱……」
「だからもう良いって! それより陛下、何故陛下がここに? それに、この状況……」
「どうやら既に察しているみてーだな。あーそーだよ。これは余の誕生日パーティーだ。誕生日は明日だけどな」
誕生日前日にパーティー……バースデーイヴってやつか。これに関してはまあ、わからなくもない。
「当然、当日は王城で大々的に執り行う。国賓も招いてな。だがそれは、一種の儀式……まあぶっちゃけ権力の誇示だ。だから、余にとっての本当の祝いはこっちなんだよ」
「こっちって……」
この、雇われ教祖とバニーガールもどきの女性陣との集まりが?
「おい、バカにすんなよ。まだ開始時刻じゃねーから人が集まってないだけだ。これからゾロゾロ来るんだよ」
「いや人数の問題じゃなくて。なんだって一般人と国王陛下が誕生日のお祝いやるんですか」
「……習慣なんだよ。先代からのな」
ああ、そう言えば元国王はよく街に繰り出したって言ってたっけ。それを踏襲してるのか?
「探偵。ここがどんな建物だったかわかるか?」
過去形。つまり、元々は何かしらの施設か何かだったって訳か。
「……そうですね。建物自体は決して大きくないのに、パーティーを開ける部屋が二階にあるって事は、宿かなにかですかね」
宴会場、って解釈すれば、これくらい広い部屋があっても不思議じゃない。
でも――――
「不正解だ。ここは冒険者ギルドだったんだよ」
だろうね。その濃い顔が若干ドヤってたし。この状況でよくそんな顔出来るな。
「今ある冒険者ギルドは移転先ですか」
「ああ。最初はこんな小さな建物から始まった。俺が生まれる前だけどな」
あの一階の掲示板は、仕事を張り出す為のものか。でも、だったら二階のここは……
「当時は今ほど冒険者に理解がなかった時代でな。国の補助もなかったから稼ぎも少ねー。だからここで素泊まりしてたんだ」
……成程。俺の生きていた世界にはない施設だから、思い浮かぶ筈もない。
「でも、なんでそんな場所で誕生日パーティーなんて開いてるんですか?」
「親父が力を入れてたからな。冒険者ギルドには。補助出すようになったのも、言霊のガイドラインを設けたのも親父の指示だ。ここにも良く顔を見せていたんだとよ」
そこで――――ようやく得心が行った。同じ意味だけど"腑に落ちた"って方がより正確かもしれない。ストーンと、一流投手のフォークボールのように綺麗に落ちた。
「おう、王様。来たぜー」
「まさか本当にパーティー開くとはねぇ。驚きましたよ」
ゾロゾロと強面の男達が入ってきた。かなり年配の人もいる。恐らく、この建物が現役の時代に冒険者だった方々だ。
国王は疑われている。父親を殺して自分がその地位を得たんじゃないかって。
俺の案である『毒の誤飲による死』と発表をする前に、少しでもその発表が受け入れられるよう、好感度を上げに来たんだ。俺に名前を売るよう指示したのと同じように。
「……明日、発表する」
ボソッと、俺にだけ聞こえる声で国王はそう呟いた。これで確定だ。
あとは、エロイカ教の教祖と仲良くしている理由だけが不明だけど――――
「おう、坊主! 相変わらず変態の宗教やってんだってな! よくもまあ続いてるもんだな!」
「ええ……どうにかやっていけてます。一人予想外に濃い教徒が出て来た時はどうしようと思いましたが……」
その理由も、なんとなくだけどわかった気がする。
そしてそれは同時に――――
「……」
国王密室殺人事件の真相を、俺に教えてくれたのかもしれない。




