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41 ウォーキング・クネっと

「――――という訳だ」


 リノさんは俺の話を最後まで表情一つ変えずに聞いていた。呆れているのか、興味がないのか、一応真剣に聞いてくれたのか、判断に迷う顔だ。


 出来れば真面目に受け取って欲しい。じゃないと布石を打った意味がない。


「ふーん……親の影響で女全般を軽蔑してるって事?」


「軽蔑はしてないよ。あと、男の浮気や不倫も仕事で腐るほど見てきたから、女性限定でもない。単純に恋愛が尊いものっていう一面的な見方が出来ないってだけ」


「だったら、性欲が全くない訳でもないんだ。なら気を付けないとね。今後あーしに欲情するのもあり得るって事だし」


「流石にそれはない……」


 幸い、リノさんは俺の話に一定の満足を得ていたらしい。笑顔が零れている。


 何か疑問が頭の中に浮かんで、それに対してどうアプローチするかは人それぞれ。説明を受けて納得する人もいれば、自分の中だけで独自の解釈を構築する人もいる。リノさんは俺の説明を材料にして、納得のいく答えを見付けた。だからこそ表情が緩んだんだろう。


 作り話も使いよう。これで彼女が今後、俺に自分の昔話をしやすくなってくれればそれでいい。俺の過去がどうだろうと彼女には関係ない。それに、あの両親だったらこの程度の捏造、名誉棄損にもならないだろう。この国の法律がどうあれ。


「そんじゃ、そろそろ出て行って。明日の準備で忙しいの、あーし」


「へいへい、了解しました」


 現実は、そこまで理屈っぽくはない。これって理由が必ずあるとは限らないし、全ての事象に筋道があるとも到底言えない。


 特に理由もなく、大した根拠もなく、自分の子供に愛情を持てない親もいる。逆に、それほど強い結び付きがなくても深い愛情を寄せる人もいる。だから事実は小説よりも奇なり……なんて格言が生まれもする。


 探偵の相手にする人間は、そういう生き物だ。


「あ、最後に一つ聞いても良い?」


「いいけど……なんかそっちが探偵みたいになってるな」


「何が?」


 異世界の住人に探偵あるあるは通じないか……そもそも元ネタは刑事だしな。


「親からスルーされてたトイを育てたのって、もしかしてお祖母ちゃん?」


「……さあね」


 やっぱり侮れない人だ。


「んじゃ明日、城内での情報収集、よろしく頼むよ」


「トイ」


 返事を聞かずクールに去ろうとしたのに、リノさんが呼び止めてきた。背を向けているから表情はわからない。ただ、その声のトーンには彼女の複雑な心境が含有されていた。


「今日のあーしの事は忘れて」


「生憎、記憶力に自信がなきゃ探偵はやっていけない」


 やんわりと拒否したのは、一応の誠意。格好付けて『わかった』と言っても、それは嘘になる。


 俺の返事に対する反応はなく、扉の閉まる音だけが廊下に響き渡った。





 翌日――――


「今日は街で検証する。言霊で存在感を希薄にした俺を視認している人がいないか、周囲を見渡してチェックしてみてくれ」


「わかりました……!」


 路地裏に移動したところで、ポメラと本日やる事の最終確認を行った。

 

「私にとっては存在意義を賭けた使命……! 今日は命を賭して周りの人々を……うぅ……ふぐぅぅぅぅぅぅ……!」


「そこまで思い詰められても困るんだけど……」


 城内に侵入し、王太后を見張る為の言霊を実用化のレベルにまで仕上げるには、『俺の事をロクに知らない不特定多数の人間相手に長時間俺を視認させない』『俺と面識のある人間(王太后や元国王など)に短時間でいいから俺を視認させない』『それぞれの持続時間の正確な把握』の三つが必須。昨日は面識ありの人物についての検証をやってみた結果、ある程度親しい相手ポメラなら12秒、会話した事ある程度の相手ギルドのヌシなら138秒の間持続すると判明した。


 少しシビアに見ておくとして、これまでに結構会話をした現国王は10秒、一度会話しただけの王太后は120秒を目処にしておけば問題ないだろう。


 後は、城内にいる見張りの兵士にどの程度の時間効果があるかがわかればいい。ただし、一度に複数の相手から見られているというシチュエーションで試しておかないと、それが効果時間を減らす要素になっていたら本番でヤバい事になる。


 この検証を行うには、周囲に俺を知らない人間が大勢いる場所に行き、そこでじっと待機して、俺を視認している人間がいるかどうか、時間によってそれがどう変化するかを観察しなきゃならない。それと、『俺が動いていない場合』『移動している場合』で違いがあるかどうかも確認しておきたい。


 まずは言霊を使って潜伏状態になり、街中をウロつく。暫く歩いて誰かに気付かれたら、その時点で時間を計測。これを三回ほど繰り返せば、大体目安となる効果時間が判明するだろう。


 これが終わったら、次はギルドで同じ検証をする。ギルドの中には俺と顔見知りの人間も数名いるし、ギルドのヌシ以外や受付以外とはほとんど会話もしてない。試すには丁度良い距離感だ。ヌシや受付の視界に収まらない場所で待機し、効果時間を計測しよう。


 この国に四季があるかどうかは不明だけど、幸い気温は体感20℃くらいで安定している。夕方になると少し肌寒くなるけど、日中は過ごしやすい。例え何時間かかっても、然程の苦痛はないだろう。


 ただ、検証中は常に他者から注目されるような何かをしておかないといけない。普通にしてたら、仮に見えていたとしても単なる通行人の一人でしかなくリアクションもないだろうから、見えているかどうかのチェックにならない。


 見えていたら、誰かが何かしらの反応をする。それをポメラがチェックする。これでやっと検証が成り立つ。


「それじゃ言霊を使うから、今後俺には話しかけず、後ろから俺の周囲の様子を確認してくれ。出来るな?」


「や、やれます……! 私にはもう生きる目的がありませんから……これが出来ないと明日はやって……来ません……!」


「いや、目的もなくダラダラ生きてる奴は俺も含めて沢山いるからな?」


 呼吸が荒いポメラに一抹の不安を抱きつつ、言霊使用の為に持参した水晶を確認。取り敢えず石ころくらいの大きさを六つ持って来てある。この世界にナップザックっぽい背負い鞄があったのは幸いだった。


「《俺の姿が他者に認識されなくなる》」


 言霊はシンプル且つわかりやすくがベスト。言い回し一つで効果も結構変わってくるみたいだからな。でも、そこまで逐一検証してたら流石に水晶がもたない。


『俺の姿が誰からも認識されなくなる』だと自分自身が認識をなくす対象に含まれかねない。よってこの言い回しが恐らく最も妥当だ。


 水晶は……五つに減っている。どうやら成功したらしい。ポメラも両手の握り拳を胸に当てて大きく頷いてみせた。彼女の視界から俺が消えた合図だ。


 さて、出来れば一時間くらいもって欲しいものだが――――





「――――あっあっ。あの人トイさんを見てます……! あっちも……! 間違いありません、凝視しています……! トイさんアウトぉぉぉぉぉ!」


「嘘……だろ……」


 想定外の事態は早々に起こった。


 路地裏を飛び出して、たったの一分弱。もう認識されてしまった。


 何故だ……? 両手を頭上で重ねてクネクネ踊りながら歩いたのがダメだったのか?


「一回路地裏に戻ろう」


 潜伏中の行動が目立ち過ぎると効果時間が劇的に減るのかもしれない。今度は動きを小さくして試してみよう。

 




「――――発見……! トイさんの方を汚物を見るような目で見ている人発見……! トイさんアウトぉぉぉぉぉ!」


 また一分弱か……変顔でもダメだったか。ってかそんな目で見られるほど俺の変顔は不快感強いのか……?


 水晶が勿体ないけど、この検証はとても重要だ。次は動きを最低限に抑えて試してみよう。一旦路地裏に戻りまーす。





「トイさんアウトぉぉぉぉぉ!」


 ……卍ポーズもダメか。


 なら今度は動きじゃなく別の方法で目立つパターンを――――





「アウトぉぉぉぉぉ!」


 上半身裸でも一分弱でバレた。


 これはもう、『移動すると極端に効果時間が減る』『大勢に見られる状況だと効果時間が減る』のどっちかだな。昨日とは言霊の文言も変えていないし。


 前者なら直ぐにチェック出来る。早々に……


「あ、あの……服を着て貰えると……」


「あ、そっか」


 今のままだと露出狂だな。この世界の公然わいせつ罪が極端に厳しかったら捕まりかねない。


 にしても、検証しておいて正解だったな。ぶっつけ本番で城に乗り込んでたらどうなった事か……まあ国王の客人って立場だから、突然城の中に現れたからっていきなり重罪にはならないだろうけど。


 水晶も残り少ない。慎重に試そう。


 今度は路地裏じゃなく、最初から大通りに出て言霊を使わないといけない。移動ゼロでの効果を試す訳だからな。


 城の外で言霊を使い侵入するって本番のシチュエーションからは外れるけど、仕方がない。今回はあくまで移動しないってのがポイントだ。


「《俺の姿が他者に認識されなくなる》」


 遠くから見つめているポメラの不安そうな顔を眺めながら、言霊を使う。


 既に衆目に晒されてるけど、問題はない。視界から消えるんじゃなく、あくまで認識が消えるって主旨の言霊だ。だからついさっきまで俺が視界に入っていた通行人には、俺が突然消えた訳じゃなく、『さっきまでちょっとだけ気にかけていた景色を一切気に留めなくなった』って感覚になるだけだ。そこに驚きは生じない。さっきまではあくまで本番のシチュエーションと同じ使い方を想定していたからこその路地裏スタートだ。


 逆に言えば、もしこの移動ゼロの状態で効果時間が長くなれば、『移動する事』が効果時間に多大な影響を与えているのが確定し、想定していた本番での使い方が一切出来なくなる。城内に入るのはフリーパスだから、門の前など王太后の動線上の何処かで言霊を使い、その場で待機って事になるだろう。ただこれは、もし王太后が裏門などの通常とは違うルートで外出した場合、完全にお手上げになる。また王太后が外出したと確認した後、彼女の部屋に移動する際の難易度が跳ね上がってしまう。約一分の間に部屋の中まで行かないといけないからな……


 出来れば、今回も一分弱で効果が切れて欲しいが――――もうその時間はとっくに過ぎてやがる。ポメラからも合図もない。こりゃ確定だわ。


 潜伏の言霊、使い勝手悪っ!


 でも仕方ない。他に効率の良い王太后の部屋への侵入方法は考えつかないし、このプランでいくしかない。


 あとは時間の検証を――――


「……ん?」


 ポメラが露骨に目を見開いている。もうアウトか?


 いや……あの顔はそれとはちょっと違う。俺の方も見ていない。


 彼女の視線を追ってみると……



 群衆に紛れ、エロイカ教の教祖エウデンボイが随分とラフな格好で歩いていた。



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