04 被害者は引きこもり国王
個々の思考力ってのは、察するに――――
「思考力があればあるほど、より難しい事を出来るようになる」
「うむ。そして、過去に誰かが具現化した回数が多ければ多いほど、その具現化のハードルは下がる」
『ハードルは下がる』って表現は、明らかに異世界らしくない。恐らくこの言葉は、良い意味でしつこい顔の国王の思考言語によって、俺が最もスムーズに理解出来る言葉に変換されているんだろう。多分。
「例えば、死者を蘇らせたりは出来ないんですね?」
「ああ。明らかに高難易度な事は出来ないし、過去にそれを実現した者もいないから難易度はずっと据え置きだ」
つまり、こういう事だな。
仮に、この国に100万人の人間がいるとしよう。そこには思考力の高い人間もいれば低い人間もいる。敢えてわかりやすく数値化すると、思考力100の人間もいれば1の奴もいる。
例えば『空を飛ぶ』って行動を思考言語で実現させるとする。これは相当難しいだろう。思考力95以上が可能、くらいのボーダーラインだろうな。そして思考力95は全体の0.01%くらいしかいないとしたら……空を飛べるのは100人だ。
この100人が常時空を飛び続けたら、具現化実績ってのが溜まって思考力94でも飛べるようになる。そうなると、今まで飛べなかった94の人間が……50人くらいかな、飛べるようになる。すると150人が飛べるようになるって訳だ。
って事は『この能力はなるべく使える人間が少ない方が良い』と考えた場合、各々が使用頻度を抑える事で具現化実績は溜まらなくなり、使用出来るメンツもそのまま……って理屈になる。特定の能力を少人数で独占したいなら、高い思考力を持つ者同士で協定を結び、使用を控えれば良い。
思考言語――――思った事を実現させる力、か。
最初はどんだけチートなんだよって思ったけど、実際には中々奥が深そうだ。
そういえば、日本にも似たような話があったな。言葉には力が宿ってるって。
言霊……だったっけ。
「言霊の制限はそれだけではないぞ」
……え? 俺の考えが読まれた?
いや……これは翻訳の更新だな。俺の頭の中で『思考言語』より『言霊』の方がしっくり来たから、国王の言葉もそう翻訳されたんだろう。やはり俺が最も理解しやすい日本語に自動翻訳されているみたいだな。
「そして、言霊の使用対象は己のみ。例えば今、余が貴公を殺すと言葉にしても、それは絶対に実現されない」
「自分限定ですか。なら蘇生もどの道不可能なんですね」
「ところがそうでもない。先程、貴公は余と一緒に壁を抜けただろう」
言われてみれば……ああ、そうか。あの時は確か手を――――
「触れていれば、若しくは装着していれば、それは自分の一部と見なされる……ですか」
「見事な推理だ。故に着ている服も壁抜けの対象となる」
冠こそ被っていないけど、国王らしくやたら模様が多い服を重ね着している濃縮イケメンから褒められ、少し照れる。いやー、この国王良いね。ビシバシ褒めてくれるよ。依頼人だって無事依頼を果たしてもここまでは褒めてくれなかったよ。
「なら、対象に触れて『触れている人物だけを壊死させる』と言葉にすれば、殺人も可能なんですね」
「そうなるな」
自分の身体の一部だけを殺す、という行動に通常意味はない。でもこの能力の場合、そうする事で他者だけを殺せる訳か。触れるって絶対条件がある以上、接近してナイフで刺すのとそれほど大きな違いはないのかもしれないけど、凶器が発生しないのは大きなメリットだ。
何より、凶器を使うのとは罪悪感が違う。殺人のハードルを下げかねない。
「ただし、言霊で命を奪う難易度は極めて高い。余でも実現は出来ぬ。そしてもう一つ、言霊の使用はこれを消費する必要がある」
そう告げて、こってりイケメン国王が見せてくれたのは……
「水晶……?」
「ほう。貴公の世界にも同じ物があるのだな」
氷砂糖のような角張った形の水晶が幾つもくっついた状態の、透明度の高い鉱石。どうやら水晶で間違いないらしい。
「一度言霊を使うと、この水晶が消失する。持続時間は水晶の大きさ、純度、具現化する事項によって様々だ。例えばこの水晶で翻訳に使用した場合、五日ほど効果が持続するだろう」
「これ、高価なんですか? 私の世界ではよほど純度が高くない限りそれほどではないですが」
「む、価格は知らぬ。自分で購入した事はないのでな」
流石国王……顔がクドいだけの事はある。
まあ、それだけ便利な力をノーリスクで使用出来る訳もないか。逆に言えば、金さえあれば結構色々出来そうだけど。
「言霊についての説明は以上だ。では本題に入るとしよう」
……本題?
あ、そっか。俺は元国王殺しの真犯人を突き止めるって依頼でここに来たんだ。言霊のインパクトが強すぎてすっかり忘れてた。
確か12日前って言ってたし、当たり前だけど死体はここにはない。ざっと見る限り血痕も見当たらない。
「12日前の朝、父がこの部屋で倒れているのを余が発見した。年に一度の国王演説を行う日にも拘らず姿を見せず、扉の鍵も閉まったままだったのでな」
「鍵が閉まったまま?」
「そうだ」
この部屋に窓はない。
って事は……密室!?
なんてこった。なんたる事か……まさかの密室殺人とはな!
ぶっちゃけミステリーものとか全然興味なかったから密室トリックとか全然知らんけど、探偵である以上は密室殺人って言葉に興奮を抱かずにはいられない。工学科の連中がビームに憧れるのと同じ理屈だ。ロボットに興味なくてもビームにはロマンがあるらしい。よくわからんが。
「死因は?」
「毒殺だ。口から泡を吹いていたし、向こうの鏡台に置いてある水筒が傍にあった。中身は既に捨てたが、毒が混入していたのは間違いないだろう」
毒か……今の話し方から察するに、この世界には鑑識は存在ないらしい。指紋の識別やDNA鑑定も期待出来そうにないな。そもそも警察って組織自体なさそうだけど。
「言霊による毒生成の難易度はどれくらいですか?」
「無から作るのは不可能に近いが、水筒の中の液体に毒を含ませるのなら可能だ。現存し、かつ入手がそう難しくない毒であれば、それほどの難易度にはならないだろう。尤も、わざわざ水晶を消費して毒を作る者はそう多くないだろうから、使用出来る者の数は昔から横ばいのままだろうが」
となると、暗殺専門の人間が実行犯の可能性が高そうだな。勿論、普通に毒を仕込まれた可能性もある。その場合は城内の人間が犯人だろう。
「最後に存命の元国王を見たのは?」
「20日ほど前だ。死ぬ8日前だな」
8日前?
国王だよな……?
「近年、父はこの部屋に籠もりっぱなしになっていてな。特別な公務以外は余と母、大臣が代行していた。食事も執事が扉の前に運び、それを壁抜けで部屋に入れ、食事が終わると腕だけ入れて回収していた」
引きこもり国王……!?
国で一番の権力者で金も腐るほど持ってるだろうに、なんでまた引きこもりなんかに……
「昔から内向的な性格でな。余り人と関わろうとしなかった。最期まで寂しい人だった」
……。
理由に関しては、ここで聞くのは控えるか。
「第一発見者は国王陛下との事なので、もう少しお聞きします。御遺体の状態はどうでした?」
「綺麗なものだ。恐らく死亡してからそう時間は経っていない。腐臭もなかったしな」
まあ、腐乱死体になってたら流石に臭いで兵士が気付くだろうしな。
「当時の気温は今と同じくらいでしたか?」
「そうだな。我が国では『十二季』といって12の季節があり、一つの季節が30日ほど続くのだが、今は仲春と呼ばれる季節で暑くも寒くもない」
って事は、一年の日数は地球とほぼ変わらないのか。
まあこれはなんとなく想像出来たけど。俺がこうして適応出来ている時点で、地球とほぼ同じ環境下なんだろうし、それが召還の条件でもあるんだろう。
召還した瞬間、環境の違いで適応出来ず即死……とかブラックジョークにも程がある。
それは兎も角、今と同じくらいの気温だとしたら、当時は恐らく15~20℃。なら死体が腐敗して腐臭がするのは3日くらいか。
「この部屋の前には常に兵士が?」
「うむ。交代制で常時2人一組が警備している。現在も継続中だ。現場を保存しておきたかったのでな」
濡れ衣を晴らすには、客観的な証拠が必要。それを俺に見付けさせる為……か。
でもさっきから色々探してはいるけど、手がかりになりそうな物は何も落ちていない。
タペストリーの裏も調べてみたけど、隠し扉みたいなのはなかった。
「この壁に奥まった絵画って外せます?」
「可能だ。ただし一つ一つが形見故に、扱いには注意して欲しい」
……っと、それはちょっと手を出し難いな。
まあ、仮に隠し扉があったとしても、隣はこの人か王妃の部屋だしな。
実質的な密室である事に変わりは――――
「……あれ?」
「どうした。何か手がかりが見つかったか?」
「い、いや。なんでもないです」
そうだよ。
そもそも壁抜けが出来るんだよ! 隠し扉とかなくても!
だったら密室もクソもねえじゃねーか!
いやいや、ちょっと待て。
俺はどうも、いつの間にか元いた世界の常識でこの事件を考えていたみたいだ。
この世界には言霊って力があるんだ。それを前提にしなきゃ事件解決も犯人特定もあったもんじゃない。
国王の話では、触れていない限り他者を言霊で殺すのは不可能。つまり遠くから呪い殺したりは出来ない。
でも、テレポートを使える奴がいたら?
城の外からこの部屋にワープして、国王を殺して再びワープ……って事も可能だ。
だとしたら、容疑者はテレポートを使用出来る奴全員って事になるんだが……
なんちゅう物騒な世界だよ! 聞いてた異世界と違うぞ!