35 ミステリーなら推理パートに該当するかもしれない回です
国王密室殺人事件の重要なポイントは、死因が毒殺という点だ。これが何よりも重要と言ってもいい。
何故、毒殺する必要があったのか?
理由は幾つか考えられる。
例えば、元国王が室内で水筒を使っているのを利用し、水筒内の水に食べカスが含まれている上に室温の高さもあり水は明らかに痛んでいて、そこから毒を生成させるという殺害方法を思いつき、それがベストだと判断し実行したパターン。水筒は元々国王の物だから、それを凶器にする事で自殺に見せかけられるメリットがある。
他にも、元国王に触れて体内にあるヒ素などの毒素を化合させ、強制的に毒死させるパターンがある。かなり難易度が高く、実行する上でも標的に触れる必要があるため、相当ハードルの高い方法だが、もし使用出来るのなら証拠も残らず、極めて合理的な殺し方だ。
そしてもう一つ――――
目立ちやすく、かつ犯人の特定が難しい証拠を敢えて残す事を目的とした『フェイク込みの殺人』を狙う為。
最初の二つは既に検討しているけど、最後のはつい最近思いついたものだ。
「この世界で密室殺人が行われた場合、最初に疑うのはテレポートだ。警備兵の隙を突く必要がある壁抜けとは違って、誰からも見られずに犯行現場まで行ける。こんな暗殺に都合の良い言霊はない」
「じゃが、城内には外部からのテレポートを阻害する結界が張られておる。外から直接陛下の部屋に行くのは無理じゃ」
「別に直接行く必要はないだろ? まず城の前にテレポートして、そこから自分の足で城に入って、城内でテレポートを使う。これで侵入可能だ」
「いやちょっと待てよ。門番や見回りの警備兵から一度も見つからずにそれやるの、不可能じゃねぇか?」
レゾンの言うように、普通に考えれば無理だ。王城なんだから警備はしっかりしているし、城内への不法侵入を許すほど間抜けでもないだろう。城に入るという一点においてまず困難だ。
でも――――
「不可能じゃないよ。寧ろ簡単だ。王城の事を簡単に調べられる心強い味方がいるのならね」
王太后にして元王妃のエミーラ。彼女なら、各兵士の配置や交代の時期を把握するのに時間と手間はそれほど必要ないだろう。城の見取り図だって簡単に手に入れられる。それらの情報を活かせば、誰にも見られずに『テレポートで城の近くに移動 → 自らの足で城内へ移動 → テレポートで元国王の部屋に移動』という手段で、犯行現場へ最短時間で移動する事がが可能だ。
この後、速やかに元国王を殺害し、同じ方法で城の外に行けば、ものの数分で犯行は可能。アリバイなんて全く意味を成さない。元いた世界の密室殺人のセオリーなんて一切通用しない訳だ。
……まあ、架空の密室殺人なんてエンターテイメント性に優れたトリックがあるのを前提にして作られてるから、そもそも現実の参考にはならない。模倣犯の出現を警戒して、簡単に実現可能なトリックは用いないって話も聞くし。
「つまり、バイオが重要参考人という訳か。確かに動機もある。じゃが、それなら何故毒殺を選んだのじゃ? 奴なら他に幾らでも殺害の手段はあった筈。言霊以外でも」
そんなにヤベー奴なのか……確かに話を聞くのは大変そうだな。
「そこで鍵になってくるのがテレポートだ」
俺は当初、死因が毒って時点でテレポートを用いた殺人の可能性は低いと考えていた。でもそれはどうやら間違いだ。寧ろ、死因が毒だからこそ犯人がテレポートを使用している可能性が高い。
「あぁ? テレポートと毒殺に何の関係があるんだよ」
レゾンの柄が悪い表情に思わず身を引いてしまう。まあ敵意はないんだろうけど、威嚇する表情がすっかり板に付いてるんだろうな。
「わかりました……!」
意外なところから挙手。ポメラ、実は頭脳明晰なのか……?
「テレポートで毒を盗んできたんですね……!? ああっ、でも毒を置いてある場所がわかりません……! 毒って誰が作って何処に保管されてるんでしょうか……!? わ、わからない……! 私全然ダメです……! どうして……どうして私はこう……!」
一人で勝手に問題点を指摘し、一人で勝手に悩み、一人で勝手に悶えている。ツッコミ要らずな奴だ。
「毒とテレポートに直接的な関係はない。ただ、テレポートで密室殺人を行った場合、証拠を残さないといけない縛りがあるんだ」
「……ますます訳わかんねー。証拠残したらダメだろ」
普通ならレゾンの言う通り、密室殺人に証拠を残すなんて自爆もいいところ。でも――――
「テレポートを使えるのなら凶器の持ち運びは簡単だし、別の所に標的を自分ごとテレポートさせて殺害し、遺体だけ部屋に戻す……なんて事も出来る。つまり、"何も証拠がない"のならテレポートを使える人間が真っ先に疑われるんだ」
ましてこれは国王の殺害。疑われるだけで人生に致命傷を負いかねない。もし犯人がテレポートを使えるだけの思考力の持ち主なら、疑われる要素を極力なくそうとする筈だ。
「だから敢えて証拠を残した。テレポートを使えない別の人間が疑われるように」
「……成程のう。罪を被せる相手は、エミーラ様かえ?」
リノさん、鋭い。その通りだ。
「恐らくそうだと思う。刺殺や絞殺なら、男女差がどうしても出てしまう。女性の力ではそれらの方法で簡単には殺せない。まして、扉の向こうにいる警備兵に気付かれず殺害するのは困難だろう」
「故に毒殺を選択した……か。確かにそれなら、エミーラ様でも可能じゃからな」
元国王の部屋と王太后の部屋は隣接している。王太后が犯人なら侵入自体は容易い。壁抜けが使えるかどうかはわからないけど、仮に使えれば警備兵に見られる事なく行き来出来る。
そして何より――――王太后の部屋には元国王が使っていた水筒と同じ物があった。これが最大のポイントだ。
「バイオは王太后の愛人だから、彼女の部屋を経由して元国王の部屋に行く事も出来る。そうなればより簡単だ。元国王は引きこもりだったけど、特別な公務には出ていた。その隙に入り、何か殺害計画に使える物はないか探して、水筒に目を付けた」
「毒殺に使える、ってな訳か」
「ああ。まずはその水筒と同じ物を用意し、それを王太后にプレゼントしておく。その後、元国王の部屋にテレポートで移動し、毒殺。そうすれば『毒の入った水筒』と同じ物を王太后が持っている状態を作れる。疑いの目が彼女に向くのは時間の問題だ」
「いや毒殺って……そりゃ無茶じゃね? 急に部屋に現れた奴の用意した水筒なんて口付ける訳ねぇし、無理矢理飲ませようとすれば悲鳴ぐらいあげるだろ?」
「水筒が毒殺に使えるからといって、実際に使う必要はない」
「はぁ? 何言ってんだお前――――」
「言霊で体内に毒を生成する……じゃな」
俺が以前話した事をリノさんは覚えていたらしい。
そう。毒殺に水筒を使う必要はない。だから水筒はあくまでも『証拠に見せかける為の道具』に過ぎない。
だから犯人は、毒殺した後で元国王の水筒に毒を生成したんだろう。その方がよほど簡単だ。
犯人にとって大事なのは、疑わしき物が王太后の部屋にある事。元国王の水筒を取って王太后の部屋に置けば、それが一番わかりやすい証拠になるんだろうけど、それは余りにも露骨だし、バイオが真っ先に王太后から疑われるだろう。そうなると、愛人とはいえ王太后に糾弾されてしまいかねない。
でも『予めプレゼンしておく』という形にすれば、少なくとも殺害が行われるまでは何の疑いも持たれない。あの水筒は現国王のプレゼントだったらしいけど、夫婦仲が冷え切っている状態なら、恐らく王太后はその水筒の存在すら知らなかっただろうし。
あとは、王太后の部屋にある水筒の存在をそれとなく城の者に伝えておけば良い。侍女に金を握らせるなど、方法なんて幾らでもある。そしてその情報が現国王に伝われば、元国王の死亡が発覚した直後に間違いなく王太后を疑うだろう。自分が父親に贈った水筒と同じ物を、父と疎遠の母親が新たに購入するなんて到底考えられないだろうしな。
そして、こんな推理をするだろう。
王太后は予め毒入りの水筒を用意し、それを元国王の部屋の水筒と入れ替え、毒を飲むように仕向けた――――と。
これが実際に行われた可能性もある。少なくとも否定するだけの証拠はない。ただ、それならあの水筒を人が見える場所に置いたままにはしないだろう。俺らが部屋を訪れた際、王太后の部屋の水筒は客人の見える場所にあった。よって可能性は限りなく低い。
以上の根拠から、水筒はフェイクの線が濃厚であり、王太后に疑いの目を向けさせる為の物だと思われる。
そして――――ここからが重要だけど、王太后が疑われたとしても、彼女が容疑者扱いされる事はまずない。何しろ元国王の妻だ。そんな人物が国王を殺したなどと、国民に向けて発表されるとは到底思えない。王家の恥曝しになって、求心力の悪化を招くだけだ。
そうなると、現国王はこの事件を終わらせる為に別の犯人を用意する必要がある。何故なら、そのまま放置していたら彼が国民に疑われるからだ。
通常なら、病死か事故死と発表するだろう。それが一番無難だし、国民も納得する。突然の死だから事故死が妥当だけど、未然に防げなかった事への糾弾や落胆が現国王に向けられる事を考慮するならば、病死の方が好ましい。
でも、現国王はそうしなかった。俺は当初、その理由をあの人が実直で嘘が嫌いだからだと思ったけど……別の考え方も出来る。
病気による突然死と発表したら、自殺を疑われる。
これは俺が元いた世界でもよくあった。芸能人が突然死した場合、ネット上で『本当は自殺に決まってる』『どうせ薬漬けでODをやったんだろ』といった憶測が飛び交うのが常だ。だとしたら、病死と発表するのも問題がある。
だから、尤もらしい理由を付けて、別の犯人を作り出す必要があった。
その犯人を作り出す役割を与えられたのが――――俺。
現国王が俺を異世界から召喚し、この事件の調査を依頼したのは、真犯人を見付けたかったからじゃない。どう転んでも、自分達に都合の良い犯人を作り出せるからだ。
もし俺が、彼らにとって好ましい犯人像や理由を推理したのなら、それをそのまま採用。そして、もし王太后に疑いの目を向けたのなら――――
『王妃が国王を殺害するなどあり得る訳がない! 不敬罪! 死刑!』
……とでも言い放ち、俺を極刑に処したのち、国王殺しの犯人を俺に仕立て上げていただろう。
何しろ異世界人だ。当然この世界に戸籍なんてないし、身寄りもいない。バックに誰かついている事もない。
そんな人間を犯人に仕立て上げたところで、誰も反論なんてしない。もし現国王の即位を面白く思わない勢力が王宮にいて俺の事を調査したとしても、当然何も出てこない。
「どうやらこの事件の全貌が見えて来たな」
今のは全て推理の段階だ。裏付けは何もない。もし違っていたら、国王への侮辱もいいところだ。これこそ不敬罪に相応しい。
だから今はリノさんには言えない。あくまでも、ジェネシスの司令官であるバイオが重要参考人という事だけ伝わっていれば、それで十分だ。
「でも、証拠はあんのか? なかったらただの机上の空論だし、誰も信じちゃくれねぇだろ?」
「証拠と言えるかどうかはわからないけど、調べておいて損はない物が一つある」
「……エミーラ様の部屋にあった水筒じゃな」
さすがリノさん。
あれを言霊でスキャンして、所持者がバイオだったらほぼ確定だ。元国王の水筒の所持者が当初プレゼントした現国王だったことを考えても、そうなる可能性は十分期待出来る。
「問題は、どうやってスキャンするか……」
王太后が外出している隙に壁抜けで彼女の部屋に入り、かすめ取る。これが一番現実的だ。
ただ、既に事件を解決した事になっているから、今でも元国王の部屋に入らせて貰えるかは微妙なところ。『最後に現場を見ておきたい』ってのも、理由としては不自然だよな。
そしてもう一つ――――
「仮に真相が明らかになったとして、リノさんは犯人をどうするつもり?」
現国王が『父の死は自らが生成した毒を誤って飲んだ事故死』という俺の用意した回答を事実認定するのが確定している今、犯人を吊し上げるのは内乱罪に等しい。
「それを聞いてどうするのじゃ」
「幾ら元国王の名誉を守る為とはいえ、みすみすリノさんが重罪人となるのを見過ごす訳にはいかない」
「……解せぬのう。何故あーしにそこまで肩入れするのじゃ。あーしは其方に何もしておらんじゃろう。そこまで思い入れを持たれる理由はなかろうに」
その通り、ない。
これは俺の……俺自身の我侭だ。
「あーしは――――」
リノさんが何かを言いかけた、その時。
「え……!?」
ポメラの驚愕に満ちた顔と悲鳴のような声が、異常事態を報せる。
慌てて彼女の視線を追うと、そこには――――
「初めてだな。伝説の職業、探偵を目の当りにするのは」
「……」
饒舌な美形の男と、寡黙な美形の女性。
そんな組み合わせの二人が、足音も扉を開ける音も立てず、突然部屋の中に現れた。




