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31 好戦的な女性を傍観するのは探偵あるある

 その第一印象は『銀狼』。今にも噛みついてきそうな、恐ろしく獰猛な瞳と威圧感たっぷりの身体が、捕食者特有のエグみをムンムンと醸し出している。


 女性のタンクトップ、しかもヘソ出しというかなり大胆な格好も、一切色気を感じさせない。腹筋はシックスパックどころか芋虫みたいになってるし、腕の太さは俺の脚以上。一応顔付きは女性そのものだけど、可憐さとか可愛らしさとは無縁の野性味溢れる顔面だ。


 こいつがレゾン……名前の響きで男だとばかり思ってた。


「おい、何の用だっつってんだよ。オレ様だって暇じゃねーんだぞ? あんまりナメた真似してっと潰すぞオラ」


 ……これは多分、俺の脳内イメージがそのまま言語化されてこの口調と一人称になってるんだと思う。いや、大体似たようなニュアンスで喋ってると思うけど。


「失礼。貴女がこの街の影の支配者だと聞いて、話を聞かせて欲しいと思って声をかけた次第です。お時間を頂けないでしょうか?」


 正直なところ、全く予期していない遭遇になったから、動揺は隠せていない。出来るだけ平静を装おうとは試みているけど、自分でも声が上ずってるのがわかる。


 でも俺はまだマシな方かもしれない。


「ひゅー……ひゅー……」


 ポメラは既に過呼吸気味だ。メンタルが強いのか弱いのかよくわからない子だな。


「なに、怪しい者ではない。少しだけあーし等の質問に答えてくれるだけでよいのじゃ」


 対照的に、リノさんは全く気圧される事なく堂々とレゾンを見上げている。尚、レゾンの身長は177.7cmの俺よりもデカい。色んな意味で規格外だ。


「わからねーな……なんでオレ様がヘタレそうな優男と生意気そうなババアの言う事を聞かなきゃならねーんだ?」


 一人称に俺の主観が入りまくりと思っていたけど、どうやらそのイメージ通り傲慢な性格らしい。インテリヤクザ系も想像してたけど、完全に脳筋タイプっぽいな。


 話し合いに応じる気がないのなら、これ以上交渉しても仕方がない。


「貴女の部下にギルドで襲われたんですよ。その慰謝料を請求しようって思いましてね」


 この場で出来る限りの情報を引き出す。まずはその為の撒き餌だ。


「は? 知らねーよ。オレ様の部下なんてその辺にゴロゴロいるからな。そいつら全員に構ってる暇はねーし、中にはオレ様の名前を使ってイキってる馬鹿もいる。いちいちそんな奴らのケツ持ちになる訳ねーだろ?」


「そうですか。払う気はないと」


「当たり前だろ? ナメてんのか?」


「だったら仕方ないですね。ジェネシスに請求しに行きますか」


 一足早く踵を返す。こんなヤバそうな奴に背中を見せるのは、かなり勇気が要る。熊相手に同じ事をするようなものだし。


 でも、これくらい極端な行動を取る方が、この手合いには有効だ。


「おい。そりゃどういう意味だよ」


 よし乗ってきた。ま、100%そうなる自信はあったけど。


「貴女が払ってくれないのなら、ジェネシスから取り立てるしかないでしょう。おかしな事を言ってますかね」


「テメェ、当たり屋か? オレ様のシマで、しかもオレ様相手に……良い度胸してやがるじゃねーか」


 この反応、彼女がジェネシスと組んでいるのは間違いないみたいだ。


 しかも、思った以上にその関係性を重要視しているらしい。嘗められているという理由にしたいらしいけど、阻止したいって気持ちが露骨に表れてる。ブチ切れているようで冷静なのがその証。理性が働いているからこそ、発言から数秒が経過しているのに殴りかかってこない。


 仮にこのレゾンが襲ってきたら、盾役を買って出てくれたポメラの出番なんだけど……


「ふひゅー……ふひゅー……」


 いつまで過呼吸気味なんだよ! こいつ全然役に立つ気配ないな!


 もしかして思っていた以上にポンコツなのか……?


「ふひゅ…や、やらねばねば……私がやらねば全滅……惨殺……グログロ……」


「縁起でもない事言うな!」


 ポメラは言霊を使える気配さえない。仕方ない、ここは自分で自分の身を守る覚悟を決めよう。


「恥を掻きたくないのかえ? それとも、ジェネシスから見限られるのが怖いのかえ?」


「あ……?」


 リノさーーーーーん!?


 これから口八丁手八丁な俺の話術で危機を乗り切ろうって時に、そんな絶望的な気持ちになる挑発止めて!


「この街を牛耳る支配者と聞いたのじゃが、思ったよりも小心者だったようじゃな。噂は所詮噂。随分大げさな見た目に仕上げたものじゃ。その筋肉はヘタレな自分を覆い隠す為に身に付けたのかえ?」


 煽る煽る煽りよる。


 ここまで露骨に挑発するんだから、何か考えがあっての事だろう。単に頭に血を上らせて戦いやすくする、ってだけじゃない……よな?


「先にケンカを売ってきたのはババア、テメェだ。老人虐待なんて喚くんじゃねーぞ?」


「あーし等は話を聞きたいと言っただけじゃ。あーしをババア呼ばわりして尊厳を踏みにじったのは其方が先じゃよ」


 ……あれ、これって単なる売り言葉に買い言葉? リノさん、ババアって言われるの絶対に許さないタイプのお年寄り?


「ババアにババアって言うのが悪口になるのなら、ババアの存在自体がゴミだって事だな。人間の搾りカスが」


「そんな身体の割に攻撃は口ばっかじゃな。その筋肉は飾りかえ? それともやはりヘタレ隠しなだけなのじゃな?」


「……」


「……」


 二人の睨み合いは次第に距離を縮め、やがて腰に手を当てたまま額がぶつかりそうな所まで近付き―――― 


「くたばれ老いぼれがァァァァァァァァ!」


「筋肉オバケ風情がほざけ!」


 両者同時に右拳を相手の顔面めがけてねじ込んだ!


 ……いや、正確にはねじ込もうとした。俺の動体視力じゃ詳細まではわからない。ただ、どっちの拳も標的を捉えなかったのはわかった。


 その後も俺の直ぐ傍で、凄まじい勢いでお互いの攻撃が繰り出され、風圧で思わず顔が歪む。でも、どっちの一撃も相手をブチのめすには至っていない。


 明らかにパワー型に見えたレゾンは、実際攻撃も大振りなんだけど、リノさんの小さく細かいパンチや蹴りを器用に回避しながら攻撃に移っていて、意外と動きに無駄がない。単なる筋肉自慢とは思えないディフェンス力だ。


 そしてリノさんも、お年寄りとは思えない常軌を逸した速度で攻守の両方をこなしている。レゾンの振り回す拳に彼女の身体は完全に適応している。当たる気配がまるでない。


 って、解説なんてしてる場合かよ! 幾らリノさんが強いっていっても、こんな筋肉自慢の攻撃を一つでも受けようものなら即死だ!


「《右手に触れた部分のみを爆発》!」


「……!?」


 道路に手を当て、そんな言霊を言い放った。俺の手が触れている部分は俺の一部と見なされ、爆発が起こる。


 ただ、この爆発はほとんど威力はない。本来なら自分の身体を破壊する行為に該当するから、致命的な傷を負う威力にはならないらしい。そうなれば自殺に限りなく近いからな。


 でもこの言霊の目的は、二人のケンカを止める事。爆音さえ鳴ればそれでいい。


 そして幸い、相当大きな音が鳴った為、レゾンは思わず音の鳴った方に目を見開いて意識を移した。


「シッ!」


「う……おっ……!?」


 それに対し、リノさんは――――俺の爆破など気にも留めず、隙の出来たレゾンにジャブのように素早い右ストレートを打ち込んだ。


 当たった……と思う。少し音がしたし。でも浅かったらしく、レゾンは仰け反りながらも倒れず堪えていた。ギリギリのところで後ろに身体を流して威力を最小限に抑えたらしい。二人の動きを見てなんとなくそう思っただけだけど、多分合ってる……筈。


 にしてもリノさん……


「あんな大きな音だったのに気付かないなんて、そんなに耳が遠かったのか……」


「あーしの聴力はその辺の若者より上じゃ! 失礼な事を言うでないわ!」


 こっちとしては、あの爆破音でお互い硬直させて、冷静になって貰おうとしたってのに……折角の見せ場をガン無視されて悲しい。


「フン。そんな音にビビるのは雑魚の証じゃ。あーしの集中力をその辺のチンピラと一緒にして貰っては困るわい」


「あァ!? 誰がビビったって!? 上等だババア、この場でブチ殺してやる!」


 マズい、作戦失敗だ!


 リノさんは自分が上って思ってるかもしれないけど、リノさんの攻撃でこの銀狼筋肉をどうにか出来るとは思えない。

 

 ここはもう一回時間を稼いで――――


「往来でケンカはいけません……!」

 

 ポメラ!


 やっとこっちに帰って来たのか。呼吸もちゃんと整ってるな。


「今度はガキかよ。どういうパーティなんだよテメェら」


「私はガキではありません……! その証拠に、貴女の如何なる攻撃も私には通用しません……!」


 こっちも煽る!


 凄いなこの人達……俺には絶対無理だ、こんな見た目の人を挑発するなんて。


「どいつもこいつも……オレ様のプライドを随分ズタズタにしてくれやがったな……」


 でも、リノさんと違ってポメラは計算尽くらしい。俺の方に一瞬視線を向け微かに笑っていた。任せておけ、って合図なんだろう。

 

「勝負しましょう……! 私が貴女の攻撃に耐えきったら勝ち、その前に倒されたら負け。もし私達が勝ったら、貴女の知る情報を全部教えて欲しいんです……!」


「……オレ様が勝ったら?」


「煮るなり焼くなり好きにして下さい……!」


 ちょっと待て、と割って入りたいところだけど、ポメラから再度目で制された。何か考えがあっての事なんだろうけど……リノさんですらあんなだったし、正直そこまでまだ彼女を信用しきれない。


「上等だよ……そこまで言うんだから、覚悟は出来てんだろうなァ!?」


「これが覚悟です! 《私の全身よ、クリアムヴェンデロイズシャーサと同じ硬度になって……!》」


 ポメラとしては、この言霊に絶対の自信がある。そして、その硬度勝負に持ち込めた時点で彼女は上手くやったと言える。


 でも、俺は見逃さなかった。


「……」


 ポメラの言霊を聞いた瞬間、レゾンの口元が歪に弛んだのを。



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