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30 硬けりゃ良いってものでもないけど硬いに越した事はない

 テスト……といっても、基準となる合格点がある訳じゃない。『こいつ使えるな』と思えれば合格だし、そうじゃなければ不合格。心情的にはこんな子供を危険な場所に連れて行きたくはないけど――――


「私の得意技は身体を硬くする事です。今からそれを実践してみせます……!」


 本人のこのやる気を見せられると、無碍に出来ない気持ちも芽ばえてしまう。


 昔はそんな事はなかった。俺はもっとドライな人間だったし、それ以前に人情とか愛情とかに絶望していた。一人で勝手に期待して、一人で勝手に落ち込んでいた。


 でも、仕事を始めて、人に頼られる経験をして、人を使う経験をして、その考えは変わった。絶望とか希望とか期待とか理想とか、そういうものが凄まじい勢いで削ぎ落とされていき、建前と理性が分厚くなっていく。建前が本心に寄っていくような感覚だった。


 綺麗事だけで世の中は渡っていけない――――なんてのは嘘っぱち。人間、綺麗事だけで生きていると言ってもいいくらいだ。そしてそれは、歳を重ねていくほど本心に擬態して自分の中に根付いていく。結局のところ、俺はカッコ付ける人生を望んでいるのかもしれない。


「《私の全身よ、クリアムヴェンデロイズシャーサと同じ硬度になって……!》」


「む……!」 


 明らかに聞いた事のない言葉が、ポメラの言霊に含まれていた。元いた世界にはない物だから俺の知識の中にはなく、そのままの発音で聞こえてきた……ってとこか。リノさんの反応を見る限り、相当硬い物なんだろう。


「リノさん。今のは……」


「クリアムヴェンデロイズシャーサとは、ゲルニカの一種じゃ」


「ゲルニカって……街の外にいるっていう化物?」


「うむ。あーしも遭遇した事はないが、どんな武器も通さないほど硬いと言われておる」


 成程、要は彼女が知る中で最も硬いものと同じ硬度に……って訳か。


 何度も言霊を使ってみてわかった事だけど、言霊は具体性が強いほど強い力を発揮しやすいみたいだ。例えば『俺の背筋力よアップせよ!』って感じの曖昧な言霊だと、どれくらい背筋力をアップさせるかの指定がないから、向上の度合いは思考力と水晶の純度(値段)準拠になる。『これくらいのパワーアップがお前に相応しい』みたいな感じで、自動的に決められるみたいだ。それに対し、『俺の背筋力よ3倍になれ!』みたいな具体的な言霊の場合、それを叶えられるだけの思考力があれば3倍になるけど、思考力が不足していた場合は一切パワーアップ出来ない。


 ただ、前者の言霊で倍までしか引き上げられない人物でも、3倍と指定してみるとそれが叶う事もあるという。具体性が強い分、引き出せる力が大きいって訳だ。


 これも思考力の定義の問題で、具体性ってのがすなわち『情報量の多さとその事柄に対する理解力』と見なされ、それが思考力に繋がるみたいだ。要は『背筋力アップ』よりも『背筋力3倍アップ』の方が言霊として優れているって考えで問題ないらしい。


 そして、言霊に必要な思考力は、単なるベースとなる思考力――――要するに頭の良さや応用力といった点に加え、言霊にした内容に対する理解度や知識も加味される。『背筋力3倍アップ』を実現させるには、かなりの思考力が必要だが、そこそこの思考力の持ち主でも筋肉に対する造詣が深ければ成功しやすい……って訳だ。筋肉の事を四六時中考えている奴ほど有利とも言える。


 この性質があるからこそ、言霊には得手不得手が存在する。例えばテレポートだと、全世界の地図を頭の中に瞬時に描けるような人間なら、使用出来る思考力のハードルが少しは下がるだろう。そこに具現化実績も加味され、総合的な評価によって使えるか否かが決まる。


 つまり、ポメラはクリ……シャーサとやらの情報をかなり詳しく知っている。もしかしたら実際に戦ってその硬さを体験したのかもしれない。リノさんの反応からして、容易に硬さをコピー出来る相手じゃなさそうだしな。


「これで、私はどんな武器も寄せ付けない硬さになりました……! さあ、攻撃してみて下さい……!」


 かなり自信ありげにポメラが自分の胸を叩くと、確かに随分と硬質な音が聞こえてきた。外見年齢の割にそこそこ弾力性を感じさせる胸だけに、余計その音が異質に感じられる。


「って言っても、武器らしい武器は持ってないんだよな……」


 本来なら護身も兼ねてナイフくらい所持しとかないといけないんだけど、そこは平和の国日本に長年住んでいた習慣で、刃物を持ち歩くのにかなり抵抗がある。


「水晶を直接投げてみればどうじゃ? それなりに硬いぞい」


「あ、いいかも。万が一の事を考えても、これくらいが丁度良いか」


 そして何を隠そう、小学生の頃はリトルリーグでエースだったこの俺。野球は中学まで続けて、今も偶にシャドーピッチするくらいの情熱は残っている。


「それじゃポメラちゃん、君の硬さを試させて貰う」


「はい……! お願いします……!」


 この気迫――――小六の時に対決した隣町の四番とそっくりだ。あの野郎、小学生の癖にやたら高い位置にトップを作ってたっけ。しかも毎打席安定していたな。


 良いだろう、この勝負……本気でいかせて貰う。


 狙うは内角。ぶつけるつもりで……じゃなく、実際にぶつける訳だけど、何処がいいか。骨を最も砕きやすい手の指や致命傷になりやすい手首は止めておこう。頭を狙うのは論外だ。人として以前に投手としてのプライドが許さない。かといって、尻にスローボールじゃテストにならない。


 となると……太股か。なんかエロイカ教に毒された感は否めないけど、ここが安全と投手としてのプライドの落としどころだ。


 内角だから当然ツーシームでいくぜ。縫い目とかないから気持ちだけだけど。


「ふふ……こんなに気分が高揚するのは久々だ。内角抉り過ぎて警告を受けてもなお内角を抉って、敵味方はもちろん主審にもドン引きされてきた俺のストイックなピッチングを久々に見せてやろう」


「トイ……? 何を言っておるのじゃ?」


 ランナーはいないから思う存分振りかぶる。良い感じだ。肩の筋肉に違和感がない。脚もイメージ通りに上がる。後はリリースポイント。いつも監督に言われてたな。出来るだけ前でボールを離す感覚で投げろって。よし……まだだ……まだ……ここだ!


「死ね!」


「何故そんなに物騒なんじゃ!?」


 内角を投げる時はこれくらいの心意気じゃないとコントロール出来ないから仕方ない。


 俺の投じた、ボールより二回りほど小さい水晶は思い描いた通りの軌道を辿り、イメージよりも若干早い速度で――――ポメラの左太股に直撃した。


 同時に、凄まじい金属音が鳴り響く。当然鎧なんて身に付けていない。これは紛れもなく言霊による硬質化の賜物だ!


「んんんーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」


 ……でもなんか凄く痛そうだ。明らかに涙目だし、歯を食いしばり過ぎて口が波打ってるし、顔も真っ赤だ。


「んーーーーー! んーーーー! んーーー……ふぅー……ふぅー……ど……どう……ですか……?」


「いや、罪悪感しかないんだけど」


「硬さは文句なしじゃが、そんなに痛いのかえ?」


「痛くありません。全然平気です。仮に痛かったとしても耐えられます。私、耐えるのは慣れているんです」


 ……どうやら硬質化しても痛みはそのままらしい。なんというか、言霊でどうにか出来ないのかそれ。


「痛みを言霊でなくすのは、凄く難しいです。なのでこれは私に課せられた試練のようなもの……! 私、どんな痛みだって耐え抜いてみせます……!」


 古き良き時代のスポ魂か! いやこんなの見せられたらとても良き時代とか言えねーよ。昔の指導者マジ頭イカれてるだろ。


「その思い、しかと受け取ったのじゃ。トイ、合格で良いな」


「ええ……攻撃受ける度に断末魔の叫びをあげる盾役って必要かな……」


「少なくとも自分の身は自分で守れるじゃろう。共に行動するなら、そういう者が良い」


 ……暗に『其方にそれが出来るのかえ?』と挑発された気分だ。


 とはいえ、ここは冷静にならないとな。用心棒として雇う以上、重要なのはその役割を担えるかどうかだ。


「ふー……ふー……あ、違います! これは痛くてふーふーしてる訳じゃありませんから……!」


 ……なんか敵も罪悪感で追撃を躊躇しそうな気がしてきた。


「合格。一緒に頑張ろう。言霊用の水晶もこっちで支給させて貰う」


「ふぇ? 私……私、合格したんですか……? 私……お二人のお役に立てるんですか……? ふぇ……ふえええええええ……!」


 感涙しているのか気が抜けて痛みがぶり返したのか、よくわからない。何にせよ、合格と言った以上は責任を取らないといけない。用心棒とはいえ可能な限り彼女に危険が及ばない捜査を心がけよう。


「うむ。素晴らしい言霊じゃった。共に陛下の無念を晴らそうぞ」


「へ? 陛下?」


 でも、リノさんはそんな俺の思惑とは正反対の行動に出た。敢えて事件の内容を伝えたって事は、仲間としてポメラを迎え入れる決断を下した……って訳か。


 なら俺も腹を括るか。


「俺達は今、陛下の死の真相に迫っている。かなり危険な捜査だ。それでも協力出来るか?」


 もし断られたら、それなりに面倒な事になる。言霊で記憶操作が出来ればいいんだけど――――


「出来ます……! こんな私を合格させてくれたお二人の力になれれば……! なれるのなら……!」


 どうやら杞憂だったらしい。


「命だって……! 命だって惜しくありません……! いざとなったら自爆出来る練習を……!」


「自爆に練習とかないから。あと命は大事にね」


 こうして、俺は二人目の仲間を得た。部下とも情報屋とも違う仲間を。少しだけ感慨深い。


「よし、そうと決まれば早速聞き込みへ行こう。ジェネシスは兎も角レゾンの居場所なら突き止められるかもしれない」


「もう動くのかえ? 今日は既に一仕事終えておるし、ポメラの歓迎会を開こうと思ったのじゃが」


「それは真相を知った後でも出来る。でも、ここで一息ついたら真相は逃げていくかもしれないよ」


 国王が俺の用意した"答え"を国民に向けて発表したら、実行犯は"消される"かもしれない。俺の推理――――現段階では推理じゃなく憶測だけど、その憶測が正しければ。


 リノさんの願いを叶える為にも、そうなる前にカタを付けたい。


「……わかったのじゃ。ポメラはそれでよいかえ?」


「歓迎会……私の為にそんな……身に余る光栄です……! 私、いつまでも待ちます……! おばあちゃんになるまででも待ちます……!」


 その頃にはリノさんはとっくに墓の中なんだけど……とは言えなかった。



 そんなこんなで聞き込みを行った結果――――



「オレ様がそのレゾンだ。何の用だァ?」



 仕立て屋の前で筋骨隆々の銀髪の女性との対話中、そんな発言が飛び出した。



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