表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/90

29 こういうの今じゃ推ハラって言われます

「簡単に言えば、死因の幅が広がった。それに尽きるかな」


 今までの人生で散々、架空の探偵をこき下ろしてきた俺ではあるが、大勢の前で自分の推理を披露するというシチュエーションには少々憧れを抱いていたりもした。今この場にいるオーディエンスはリノさんとポメラの二人しかいないけど、それでも多少の高揚を禁じ得ない。


 ……今の時代じゃこれも『おめーの推理聞かせる為にいちいち呼びつけてんじゃねーよ』って言われそうだしな。

 


「毒殺以外の可能性があるというのかえ? いや、それはなかろう。国で一番の医者が断言しておったぞ」


「そこは疑ってないよ。でも、水筒の水に毒が混入していたとは限らない」


「……?」


 俺の言いたい事がまだわかっていないのか、リノさんの顔は露骨に混乱を表している。正直な人だ。


「すかーぴー」


 オーディエンスの一人――――ポメラはエロイカ教本部で気を失って以降ずっと寝ているけど、無関係の彼女に国王暗殺事件について話しても仕方ないし、かといって寝ている子供をその辺に放り投げる訳にもいかないから、取り敢えず居て貰おう。実質オーディエンスは一人だけど気にしない。こういうのは形が大事だ。


「さっきのエロイカ教の教祖との会話で、言霊で他人の体型を変えるのはそう難しくないと判断したんだ。実際にはどう?」


「体型の変化……そうじゃな、ある程度の条件付なら不可能ではないやもしれん」


 言霊は自分にしか使用出来ないけど、触れている物は自分と同一と見なされる。つまり他人に触れていれば、その他人も自分の一部として言霊の対象内に出来る。その上で、『身体の一部を太らせたい。その一部は今触れている物』と言霊で指定すれば、恐らくは可能だ。


 ただ――――


「条件っていうのは?」


「まず永続は無理じゃ。一定期間であれば問題はなかろう。ただ、それでも高価な水晶は必要じゃろうな」


「一〇〇万円くらい?」


「そうじゃな。それで五十日程度はもつじゃろう」


 五〇日間体型を変えるだけで一〇〇万円以上か。痩せる分にはそれくらい出しそうな女性は幾らでもいそうだけど、それはあくまで元いた世界の価値観。この世界でそんな言霊を使う人間はいないかもしれない。


 当然、太るとなるとまず使わない。つまり具現化実績は一切期待出来ない。ハードルは全く下がっていないから、言霊で他人を太らせるには相当な思考力が必要になるだろう。


 それでもあの教祖は『そんな言霊は使えない』とは言わなかった。先にテレポートに関してはキッパリ否定していたのに。


 あの場で念入りに『言霊で太らせる事は出来るか?』と聞いても良かったんだけど、そう何度も値踏みするような質問は出来ないし、何より真実を答えてくれる保証はない。テレポートを使えないって発言だって鵜呑みには出来ないだろう。


「それと陛下の死と何の関係があるのじゃ?」


「太らせる事が出来るのなら、体内の脂肪を増やせるって事。だったら――――」


 さあ、推理の核心はここからだ。


「体内にある微量の毒素を増加、若しくは化合させる事で、毒死と同じ症状にする事が出来るかもしれない」


 人間の体内には、大量に摂取すれば死に至る成分が何種類も含有されている。例えばヒ素や鉛がそうだ。ヒ素は単体だと毒性は弱いけど、化合物になると話は別。特に亜ヒ酸はかなり強い毒性を持ち、微量でも人を殺せる猛毒となる。


 それを言霊によって生成出来るのなら、水筒の水を毒に変える必要はないし、何より含有されていない成分をゼロから生み出すより、含有されている成分を増加・化合させる方がよほど難易度は低いだろう。実験の必要さえない。


 元国王の死因は毒。でも水筒を使わずに元国王を毒殺するのが可能なら、あの水筒は今回の事件と無関係でも不思議じゃない。現国王の口振りだと、水筒の水に毒が混入していたと確認した訳じゃないみたいだしな。そもそもこの世界で毒を判別出来るほど科学が発展しているとも思えない。


「そして、もし自分の体内の微量の毒素を致死量または強い毒性の化合物に変換するとしたら、それは既に――――」


「自殺。故に困難」


 リノさんの言葉に、深々と頷いてみせる。


 幾ら体内の栄養素の変換が可能とはいえ、言霊で直接的に命を奪う難易度は極めて高いと現国王も言っていた。当然自死も含まれる。認知症を患っていた可能性が高い元国王にそれは実行出来ないだろう。


「もっと極端な例を言えば、致死量に至らない毒を元国王の体内に生成して、そのまま放置して立ち去った可能性もある。死亡した時刻や発見された時間は曖昧だから、その辺りはどうにでもなりそうだ」


 もしそうなら、そこまで高い思考力を必要しないかもしれない。とはいえ、それでも認知症濃厚の元国王には難しいだろう。そもそも、そんな絶妙な調整がいる言霊を誤って使用する可能性はゼロだ。


 よって他殺の線が濃厚と言える。


「どうやら希望が見えて来たみたいだ」


「……」 


 あくまでも可能性の域を出ないけど、それでもリノさんに安寧をもたらすには十分だった。染み入るように、微かな笑顔を覗かせているその表情は、鍾乳洞のような深みを感じさせた。


「勿論、言霊を使わずに毒を飲ませるケース、言霊を使って水筒の水以外で毒を飲ませたケースもない訳じゃない。動機のありそうな人間を全員洗い出した上で、最も可能性が高い順に検証していく必要がある」


「そうじゃな。その為にも、ジェネシスとレゾン一味とも接触しておく必要があるじゃろう」


 ここまで来て回避する選択はないし、異論はない。ただ次はエロイカ教の時のように簡単にはいかないだろう。あの時は偶然、拠点を知るポメラが話しかけて来たから――――


「すかーすかー」


「……」


 なんか寝息がわざとらしいな……まさか起きてるんじゃないだろな。もしそうなら、この子の天然属性は偽りって事になる。そうなると、あの感激屋な面も全部演技って可能性も……


「すかーぴーぴー」


「……」


「す、すかー」


「……」


「ぐーぐー」


 こいつ……完全に狸寝入りだ!


 でもここまで演技が下手となると、性格を偽ってる事もなさそうだ。


「これ、寝たフリは止めるのじゃ」


「す、すいません……! なんかとても大事なお話をしているみたいだったので、起きるに起きれなくて……」


 そういう事か。まあわからなくもない。子供の頃、親が居間で誰かと大事な話をしていそうな空気の時、つい自室で息を潜めていたあの感じと似た心理なんだろう。


「其方もご苦労じゃった。父親の件は不憫じゃが、もう忘れた方が良かろう。復讐する意味も最早あるまい。これからは自身の為に時間を使う事じゃ」


 教祖の作り話って可能性もあるにはあるけど、あの場でポメラが『嘘です!』と言えなかったのが全てって気がする。彼女もきっと、父親のロクでもない所を散々見てきたんだろう。それに、収監されたのなら記録に残ってる筈。調べれば直ぐにわかる。


「ありがとうございます。そうですね……復讐はもう止めます」


 彼女も既に吹っ切れているらしい。迷いのない瞳をしている……ような気がする。あくまで予想だけど。目を見ただけでそんなんわかる筈がない。


「あの……私、時間の使い道を思いつきました」


「お、どんな?」


「お二人に協力します! 一緒にエロイカ教に乗り込んでくれたお礼をさせて下さい……!」


「それはいい」


「ほわーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?」


 再び銃で撃たれたように真後ろに倒れた。なんか無駄に罪悪感が芽ばえるな。


 ジェネシスとレゾン一味は協力関係にあるって話が本当なら、その会合を狙い撃ちするのが手っ取り早いけど、どう考えてもリスクが大きい。エロイカ教と違ってどっちも過激そうなのも厄介だ。今回みたいに堂々と正面から行くのは無謀かもしれない。


「あ、あの……こう見えて私、結構お役に立てると思います。体力はないですけど、言霊で色んな戦い方を出来るよう修行してきたんです。どんな敵だってやってやれますよ?」


 急に物騒な事を言い出したぞ。心なしか顔も病んでいるように見える。父親の件、吹っ切れたんじゃなく単に深刻な心の傷を負って現実逃避してるだけなんじゃ……?


「もしお二人が危険な場所や危険な相手に会いに行くのなら、私が用心棒になります。なので……なので、もう少し一緒にいさせて下さい……!」


「用心棒を雇う金なんてないから要らん」


「ほ……ほわ……!」


 お、今度は耐えた。


「お金は要りません……とは言えませんが、最低限の食事と寝る場所さえ与えて頂ければ。実は私、冒険者ギルドに登録したものの、復讐の為の修行ばっかりしてフィールドワークを疎かにしてきたので、ギルドから露骨に冷遇されているんです」


 まあ見るからに要領は悪いだろうとは思ってたけど、案の定か。初対面時も何処か白い目で見られてたしな。


 冒険者の本分は調査、すなわちフィールドワーク。それを全くやっていなかったのなら、邪険に扱われるのも致し方ない。


「トイ。一人同行人が増えるくらいは問題ないじゃろ。そもそも用心棒を雇う金くらいある筈じゃが」


 バラされたか……でも今の一件については国王からの支援は期待出来ないし、節約モードなのは事実だ。それでもこの子に出資するだけの価値があるか否か。


 見た目は少女でも、既に独り立ちして冒険者って職まで得ている。だから同情で雇うような真似はしないし、すべきじゃない。


 とはいえ……幾らリノさんがいるとはいえ反体制派相手に二人で乗り込むのは危険かもしれない。まして俺はこの世界でまだ実戦経験皆無だ。


 だったら――――


「わかった。用心棒として雇えるかどうか、今からテストをしよう」


「ありがとうございます……! なんて……なんて心が広い人……!」


 いや、テストするってだけで感激されても。


「合格するかどうかは君次第だから。俺はリノさんほど甘くないよ?」


「人をお人好しみたいに言うでないわ」


 どう考えてもそうでしょ……そこが良いんだけど。


「頑張ります……私、未来を掴む為に頑張ります……! わあああああああああああん!!!!!」


 大号泣…… 


 これ、追い詰められてる自分に酔ってない? 大丈夫か?


「うんうん、頑張るのじゃぞ」


 涙目でポメラを激励するリノさんを尻目に、俺は不合格通知を出す場合の居たたまれなさを想像して、また具合が悪くなった。 



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ