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28 この世で最も聞きたくない醜聞の一つは身内の性犯罪歴

 ポメラの瞳が煌めく。


 きっと父親の事を聞くつもりなんだろう。この状況で本当の事を言うとも思えないが――――


「か……可哀想です……! そんなにダメダメだったんですね……!」


 ……へ?


「私、エロイカ教はもっと大胆不敵な宗教だと思っていました。でも、そんなに疎外感を抱いていたなんて。可哀想……」


 あの煌めきは同情の涙だったのかよ!


 いや待って待って。君、確か父親をこの宗教団体に取られたんだよね? 恨んで復讐しに来たんだよね?


「可哀想なんて思っちゃいけないのに……! な、なんて可哀想な人達……!」


「ま、待て! 同情をするな! 私達はそこまで落ちぶれてはいない!」


 ……スゴいなポメラ。俺よりよっぽど精神的に揺さぶってるぞ。っていうかこれ戦略じゃなくて天然なのか? だとしたら怖過ぎる。


「同情なんてしません……! 私はここに父を帰して欲しくて来たんです!」


「この子の父親が昔、エロイカ教に入信したそうじゃ。その所為で母親も体調を崩し、家族がバラバラになっておる。其方も幼少期、両親に見捨てられたのじゃろう? 父親に会わせてやってくれぬか?」


 ようやくリノさんも言葉を発したけど、明らかに声が重い。俺以上に疲労感が漂っている。やっぱり女性の方がしんどいよな。


「その者の名は?」


「ブルド・シャムリンです」


「……残念だが、そのような者は私のエロイカ教にはいない。いや、いなくなったと言うべきか」


「ほわっ!? 信者ではなくなったのですか!?」


「彼は純粋過ぎた。或いは私以上に。素直過ぎたのだ」


 嫌な予感しかしない。というか、これ以上聞いちゃいけない気がする。ポメラの為にも。


 でも……


「キチンと説明するのじゃ。其方は教祖なのだろう。信者一人一人に責任を負う義務がある筈じゃ」


 リノさんならそう言うだろうと思った。それに、真実を知るのは大事だ。


「異論はない。開祖として、エロイカ教の第一人者として、説明責任を果たそう」


 例えそれが、どんなに厳しい真相だったとしても――――


「彼は女体を神格化するあまり、これぞという女性の身体に巡り会うと『これはこれは女神様』と拝み倒し、嗚咽しながら『うっへぇたまんねぇな』と奇声を発していた。それだけでも私の信念に反する行為だったのだが、事もあろうに彼は優れた太股に対し直接『あれぇ、どうしてそんなに膨らんだのかな? 栄養の吸い過ぎかな? それとも揉まれて大きくなったのかな? 擦られたのかな? クソが! ムッチリしやがって!』などと言葉責めを始めてしまったのだ。私が制止しても聞き入れなかったため、迷惑防止条例に基づき憲兵に身柄を拘束され、その後収監された」


 うわぁ……

 ま、まあ内容は兎も角、接触がなかった分思っていたよりはソフトなオチだったから良しとしよう。


「その後脱獄し、私達の前からも姿を消した。風の噂では、理想の太股と巡り会う度に『おうっ、おうっ』と鳴き声をあげ上体反らしをするクリーチャーと化しているらしい。私はそれを聞いてドン引きした」


 あ、やっぱダメだ。


 いやもう、こんな話聞かされてどうすりゃいいの。つーかこんな宗教の教祖にドン引きされる父親って……


「……」


 放心状態のポメラは目を見開いたまま、心神衰弱状態になってる。そりゃそうだ。俺だってそうなる。


「なんかすまなかったのう。誰も得しない結果になってしもうたのじゃ」


「彼の家族の事は私も気に留めていた。案の定、こんなに痩せこけてしまって……もしよければ、エロイカ教が全面的に食生活を支援するが如何かな? 何、一〇日もあれば太股の内側の隙間を滅してくれよう」


「いえ、それは遠慮させておきます」


 心の隙間に入り込んで太股の隙間を埋めようとするとは……エロイカ教、侮り難し。ポメラ一人で乗り込んでたら確実に取り込まれていただろうな……


「それよりもエロイカ教の理念についてもう少しお聞かせ願いたい。貴方がたは国政に関心がおありですか? もしこの世界の全ての女性をふくよかにしたいのなら、権力は必ず必要かと思いますが」


 さて――――ここからが核心だ。


「何故かね? 私達は強制的に女性の体型を変えたい訳ではない。如何に肉感的である事が素晴らしいか、人類の為になるかを切々と説く事で一歩ずつ前に進めれば良いのだよ」


「けれど、王家は貴方がたを脅威と認識していると、街や冒険者ギルドの人々は語っていました。貴方がたの理念が正しく伝わっていれば、そのような噂は流れないのでは?」


「残念だが、宗教団体、それも新興宗教はどうしても誤解や偏見を持たれてしまう。どれだけ丁寧に教え導こうとも、疑いの目を持つ者は少なからずいる。しかし奇異の目を気にしていては伝わるべき相手への教えさえも不十分なものになろう。私はムチムチとした太股が好きだ。そしてそのムチムチ感は人類の繁栄にとって大きな一助となる。むしゃぶりつきたくなるような女が多ければ多いほど、男も勃起効率がアップするというもの」


 段々表現が露骨になってきた!


 なんだよ勃起効率って。初めて聞いたんだけど。これ本当に俺の脳内の知識で翻訳されてんの?


「私は挫けぬ! エロイカ教万歳!」


 これは……手強い。切り崩し方が全然わからない。格上の変人棋士と将棋を指してるみたいな感覚だ。


 実際、彼らのこの教えとやらがそこまで国家から敵視されるのは妙だ。話を聞く限りでは、強引なやり口で信者を増やしている様子はない。いや、実際にはどうかわからないけど、少なくともポメラの父親は九〇%以上自業自得だ。


 リノさんは、連中の言霊が厄介だと言っていた。それが国家にとって脅威なのか? でも、だからといって反体制派とは見なさないだろう。国の恥ではあるかもしれないけど。


 彼らの理念と言霊。問題があるとすれば、恐らく複合的な事だ。


 となると――――


「……貴方がたは、言霊で女性の体型を変化させたいと考えていますか?」


「否。一日三間食の食生活と健全な怠惰によって育まれた自然なふくよかさこそ肉欲の根源。人工的に肥やした女性に如何ほどの魅力があると言うのか」


 そうか。


 出来ない、とは言わないんだな。


 だとしたら、人間の身体を変質させる言霊は絶対的に難しい訳じゃないのか。


「ありがとうございます。お話を聞かせて頂き感謝します」


「お帰りかね。お役に立てて何よりだよ。君達にもエロイカ教の素晴らしさをわかって貰えると嬉しい」


 有意義な時間を過ごせた。最初はどうなる事かと思ったけど、思い切って訪問して正解だったな。


 さて、それはそれとして――――


「最後にもう一つ。ジェネシスという組織をご存じですか?」


「ああ、知っているよ。私達とは何ら関係のない集団なので、存在を知っている以上のものではないがね」


「これも噂で恐縮ですが、なんでも王家が管理しているという言霊のデータを独占したいと言っているそうです。貴方がたは言霊に長けているという話を聞きましたが、関心はありませんか?」


「いや全く。先程も言ったように、言霊で体型を変えるなど自然の摂理に反している。私達に必要な力ではないのだよ」


「そうでしたか。失礼な質問でした。お許し下さい」


「いやいや。伝説の職業に従事する方とお会い出来て光栄だったよ」

 

 当然、握手は交わさない。この世界、他人に触れるって行為は即命取りだ。


「それじゃ行こうか。リノさん、ポメラ……はまだ魂抜けてるか」


「其方が背負って行けばよかろう。では、世話になったな」


 中々の無茶振りをしたリノさんが、一足早く退室。一刻も早く出ていきたい気持ちはわからないでもない。


 ……28歳の野郎が少女を背負って公道に出るって、完全に事案だよな。こっちの世界では大丈夫なんだろうか。


「君はその少女の父親を探しているのかね?」


 ポメラを背負った直後、教祖がわざとらしく聞いてくる。情報戦におけるかき入れ時をよくご存じだ。


「私の目的は『とある事件を追っている』と最初に申し上げた通りですよ。それとも――――彼女の父親の失踪には事件性があると?」


 教祖にしてみれば、集中力が切れた去り際を狙い撃ちしたつもりだったんだろう。そういう時はディフェンスは疎かになるもの。案の定、俺の反撃に一瞬顔をしかめた。


 ようやく崩せたな。


「……無論、そのような事実はない。娘の彼女には気の毒だが、あの男は己の性欲を制御出来ない類いの性犯罪者であり、自業自得だった。残念だが、私達の理念とは相容れないものだ」


 最早会話の意味はない。笑顔で一つ頷き、応接室から出るとしよう。





 外は入った時と何ら変わる事のない真っ青な色をした空が広がっている。せいぜい三〇分程度のヒアリングだったしな。


「全く、途中何度か気が触れそうになったわい。男は皆ああなのかえ?」


「少なくとも俺は女体にあそこまでの思い入れはないよ。予想してた路線とは違ったけど、ある意味予想以上のゲテモノだった」


 とはいえ、普通に会話出来たのは助かった。最悪、妄想の世界で生きている連中を想定してたしな。


「それで、どうじゃ? あの気色悪い教団が事件に関わっている可能性はあると思うかえ?」


「そこまではわからないよ。ただ――――」


 先程の教祖との会話を思い出しながら、慎重に思考を重ねる。その上で、一つの結論が導かれた。 


「先代国王は事故死じゃなく、何者かに殺された……他殺の可能性が高くなった」



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