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24 見栄が繋がって繁栄を見る

「あーしがここでゴネたところで、ヴァンズ様が其方の推論を受け入れ公表すると断言した以上、それが真実として国民に伝わるのは避けられん。それはわかっておる」


 君主制の国に住んだ事のない俺には、リノさんの諦観を心から理解するのは難しいかもしれない。でも理屈ではわかる。国王がYESと言えば、それは真相とは関係なく正史として語り継がれていく。そういうものなんだろう。


 俺には元国王の名誉を守る義務はないし義理もない。だから、真相はどうあれ依頼人である現国王にとって都合の良い推理をして、それを納めた。それがクライアントに対する最大の貢献であり、プロの探偵の責務だからな。真相の追及なんて専門外だ。


 でも―――― 


「これは、あーしのワガママかもしれん。じゃが、出来れば今一度、違う真相を模索して欲しいのじゃ。陛下が自ら命を絶った訳ではないと、あーしは信じたいのじゃ」


「……どうしてそこまで先代に肩入れするのか、聞いても構わないかな」


 依頼人に不当な不利益を被らない範囲なら、仕事外で何をしようと俺の自由だ。


「あーしを拾って今の仕事に就かせてくれたのは、陛下じゃった」


「……拾って?」


 それ自体は、特に変な表現じゃない。だからこそ、そう翻訳されたんだろうし。


 ただ、国王が自分よりも年上の人間をわざわざ雇用させるだろうか?


 そりゃリノさんは強いし、年齢を感じさせないバイタリティを持っている。でも、だったら強くて若い人材を招聘した方が良いに決まってる。敢えて年配者を雇う理由にはならない。


 何より、国王が人事に介入するなんて、普通はあり得ないだろう。それこそ自分の愛人をねじ込むとかならまあ、なくはないだろうけど――――


「ま、まさか……」


「何を想像しておるのか知らんが、後ろめたい事は一切ないぞい」


 そりゃそうだよな。一瞬恐ろしい想像をしてしまった。


「……あーしは身寄りがなくてな。当てもなく彷徨い歩いて、気付けばこの城下町に行き着いておった。路銀は尽きていたし、ここで働き口を見付けなければ一巻の終わりじゃった」


「でも見つからなかった」


 弱々しく、リノさんはカクンと首を傾け頷いた。

 

「殆どの職場でな、年齢で門前払いされたよ。仕方がないとはいえ現実は非情じゃった。罵倒も山ほど浴び、その度に心が割れとった。自分の生きている意味など、最早何処にもないと思い知らされたのじゃ」


 その気持ちはわからなくもない。一ヶ月以上仕事がないと、自分の存在意義を疑ってしまうのは個人事業主あるあるだ。


「死ぬ前に一度、城というものを見てみたくなっての。この国で一番偉い人間が住んでいる場所を見て、それで納得したかったのじゃ。自分がどれだけ矮小な人間なのかを」


 自傷行為にも等しい彼女のその行動は、胸を鷲掴みしたくなるくらい切なく、そして悲哀に満ちていた。


 追い詰められた人間は、そういう心理状態になるのか。俺はそこまでにはなった事がない。自分を殺す理由を探すなんて――――俺には想像もつかない境地だ。


「塀の外から見上げた王城は、やはりとてつもなく大きくて、あーしがいようといまいと世界に何も影響がないと思い知らされるには十分じゃった。満足じゃったよ。納得して死ねるのなら、それはそれで寿命を全うしたと言えるのではないかと、その時は本気で思っておった」


「……でも、死ななかった。そこで先代と?」


「そうじゃ。陛下は国民との対話を好んでおってな。最低限の御供のみを連れて城下町に足を運ぶのを日課にしておった。酒場にまで行った事があるそうじゃ。あのような気さくな王族は後にも先にも陛下だけじゃろう」


 元いた世界では、割と似たような事が頻繁に行われているから、特別な驚きはない。実際、国民からの支持を得る上で最もコスパが良い方法なのは間違いないだろう。選挙運動が握手会になるのも納得だ。


「その途中で、あーしとすれ違った。当然あーしは跪いて頭を垂れていたのじゃが、田舎者じゃからロクに作法も知らずに見様見真似の不細工な所作じゃったろう。そんなあーしに、陛下はお声をかけて下さったのじゃ。何故ここに来たのかと」


 御供がいるのに、その御供じゃなく国王自ら声がけしたのか。それは好感度高いな。


 ……いかん、つい邪な物の見方をしてしまう。


「城を見に来たと素直に答えたら、陛下は『城は大きいだろう。これを建てたのは何か、わかるかね』と問いかけなさった。無論、それは陛下だとあーしは答えたのじゃが……予想もしていなかった回答を陛下は口になされた」


 普通なら『国民の努力の賜物』とでも言うところだ。まあ税金で建てたって意味でだけど。


 でも――――


「『城を建てたのは見栄だ。人間はどうしても見栄を張って生きざるを得ない生き物。故に城は建てられる』……陛下はそう仰られた」


 正解は、中々にエッジの効いた皮肉だった。


 要は人間の醜い部分が建物をどんどん大きくしている、って言いたい訳だ。痛烈な批判を浴びた気分だ。別に元いた世界の代表者でも政治家でも建築業者でもないのにな。


「あーしはそれを聞いて、自分の素性を見抜かれたような気がしたのじゃよ。最後に城を見て、自分の小ささを自覚して死ぬ……そんなのは見栄に過ぎぬと。ただ生きる事を放棄しているだけだと」


「それで、雇って欲しいってお願いした……訳じゃないですよね」


「当然、そんな恥知らずな懇願など出来る訳なかろう。行く場所がないのなら、城で雑用でもするがいいと言って下さったのじゃ。憐れみだったのじゃろう」


 憐れみ……か。まあ国で一番の権力者で金も意のまま使い放題って立場なら、人生に絶望した年配者に人生の終着点を提供するくらいの気まぐれがあっても不思議じゃなのかもしれない。


 でも、リノさんにとっては命の恩人。道理で執着する訳だ。


「どうにか陛下のお力になりたくて、必死になって働いておった。恐らく侍女の大半があーしを疎んでおったじゃろうが、気にも留めず雑用に全力で当たって……気付いたらヴァンズ様のお世話係の一人になっておった」


「先代とお話は出来たんですか?」


「少しだけな。陛下は一言『立派になったな』と仰って下さった」


 ……まあ、放浪していた頃のリノさんは多分身なりもボロボロだったんだろう。年配者に言う言葉として適切とは思えないが、国王ともなると相手が誰であろうと上から目線なのは当たり前だしな。


「あーしにとって陛下は陛下お一人。ヴァンズ様を陛下とお呼びする事はどうしても出来んのじゃ」


 それは恐らく侍女として致命的だろう。よくて人事異動、最悪クビもあり得る。彼女も覚悟の上で、だからこそ今の立場にいる内に真相を突き止めたいのかもしれない。


「話してくれてありがとう、リノさん。そういう背景があるのなら、喜んで協力するよ」


「……いいのかえ?」


「勿論。でも、さっきリノさんが言ったように、例え真相が明らかになっても、それが真実として国民に知れ渡る事はない。それでいいんだね?」


 きっと、それはそれで辛いだろうと思う。歯痒い思いをしなけりゃいけないだろう。


 それでも、リノさんの瞳に迷いはなかった。出会った頃の、年齢を感じさせない力強い眼。


 異世界っていう訳のわからない世界に連れて来られた俺を導いてくれそうな、未来を照らす光だ。


「感謝するぞい。そうと決まれば早速、あーしの推理を聞いて欲しいのじゃ」


 なんと……そこまで考えていたのか。もしかして元気がなかったのって、落ち込んでたんじゃなく考え事――――推理に集中していたからなのか?


 どうやら俺が想像していた以上にタフなおばあちゃんらしい。



 ……似てるな。



「なんじゃ?」


「あ、いや。それより聞かせてよ。リノさんの推理」


 推理を誰かに聞かせるのも、こっちに来て初めて経験した事。他人の推理を聞いて批評するのも当然初めてだ。少し緊張するな……


「あーしは信じられんのじゃ。陛下が王城を自分の所有物だと思っているという、其方の解析結果が」


「……成程、さっき聞いた先代の発言からすれば、確かにそうなりますね」


 元国王は、城を『人間の見栄が作り出した物』と解釈していた。決してポジティブな印象じゃない。元国王が建てさせた城じゃないのは確実だ。そんな新しい建物って印象もなかったしな。


 なら、スキャンの結果は確かに矛盾だ。死して尚、自分の物だと思い込むような強い念が元国王にあったとは思えない。これまで聞いてきた人物像にもそぐわない。


 だったら、言霊による解析が間違っていたのか?


 いや、それを積極的に疑う理由はない。疑うとすれば――――


「強く『自分の物』と念じていた人間が所有者、という其方の推論は間違っておるのではないかえ?」


 そう、そこだ。 

 

 現場にあった水筒で実験した結果、最初は現国王の所有物だと解析されていた水筒が、『これは俺のだ』と念じまくって再度スキャンした結果、俺の所有物になった。


 この事実のみをもって、俺は念の強さが所有権の条件だと思っていたけど……それが違うとなると、別の理由を考える必要がある。


 何故、あの水筒が俺の所有物と認められたのか。念じる以外でそうなる要素は――――


 あ。


 一つある。あの状況下で、現国王よりも俺の方が上回ったかもしれない事が、一つ。

 

 それは――――



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