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23 論点をズラすと口数が多くなるのは人間の性

 顔を合わせて数日しか経っていないけど、この国王の人となりは少しずつわかってきた。恐らくおべっかや露骨なヨイショは好まない。でも失礼な発言に対しては容赦なく切って捨てるだろう。


 なら答えは一つしかない。


「陛下の事を嫌いになれる筈がありません。私にとって一番のご褒美である難事件を提供してくれたのですから」


 論点ズラし!


 実際、人を嫌いになるかどうかなんて一つの要素で決められる訳もない。だから他の要素を理由にしたところで問題はない。


「上手く逃げたな。本音でもあるんだろうしな」


 そしてこの回答の一番の肝は、バレバレでも大丈夫なところ。案の定、悪い気はしていないみたいだ。


「今のを最終試験って事にしとくぜ。合格おめでとう。これで貴公は余の客人だ。客人である以上、貴公がどんな選択をしたとしても危害を加える真似はしない。国王の名に誓ってな」


 どうやら――――俺の不安もお見通しだったらしい。中々頭が切れる人だ。探偵の素質があるかもしれない。意味のある素質ではないけど。


「では、これで失礼します。リノさんはもう暫くお借りしますね」


「好きにするといい。リノ、聞いての通りその男は正式の余の客人となった。失礼のないようにな」


「……わかりました」


 覇気のない返事で国王に一礼し、リノさんは俺の後をついてきた。


 この元気のなさはちょっと異様に思える。元国王の痴呆症が相当ショックだったのかもしれないけど、それにしたって過剰だ。憔悴と言っても良いレベルかもしれない。


「リノさん、宿に戻りましょう。そこで少し聞きたい事があります」


「あーしも……其方に聞きたい事があるのじゃ」


 やっぱり、単なるショックとは少し違うみたいだ。なら早々に城を出て――――


「……」


 あれは……さっき遭遇した使用人の少女か。監視とまではいかないけど、明らかに俺の動向を気にしている。


 リノさんを心配しているんだろうか? それとも、ニヒルな俺の魅力に参って惚れたか?


 まあ、それはどっちでもいい。今は彼女よりもリノさんだ。



 クライアントの要望には応えた。でも、まだ俺の中で事件は解決してはいない。


 俺は一体、どうしたいんだろう――――自問自答の中に、もう俺の気持ちは内包されていた。





 城へ行く時と同じく、馬と御者を最適化させる言霊を用いた事で、移動時間は僅かで済んだ。結局日帰りになったけど、慌ただしさは余り感じなかった。沢山の収穫もあったし、それなりに充実した時間を過ごせた証拠だろう。


 夜食に何か買おうかとも思ったけど、この世界には夜間まで開いている店はないらしい。コンビニのような店は勿論ないし、食料を売っている所は夕方にはもう店じまいをするのが普通との事。昼間の内にパンでも買っておけばよかった。


「先にあーしの方から聞いてもいいかえ?」


 宿の一室で、ベッドの上に座るリノさんを床の上から見上げ、葛藤なく頷く。彼女の質問が、自身の覇気のなさに関係しているのなら、俺から質問しても同じ事だ。


「先程の其方の推理……あれが本当に事件の真相だと思うとるのか?」


 思いの外、直球だった。つまり彼女は違うと考えている訳だ。


 元国王に自分が忘れられていたという事実を受け入れられず、俺の推理を疑っている――――そんな現実逃避から来る発言だったら、ここではなく城でもっと反射的に、感情的に言っていた筈。リノさんは理知的だけど衝動的でもある人だ。


 彼女は何かを知っている。そしてその情報が、俺の推理にある齟齬か矛盾を示しているんだろう。


「思ってるよ。今のところはね」


「今のところ……じゃと?」


「確信は持ってないって事。それに一つ、まだ解き明かしていない謎がある。城の所有者だ」


「む。そういえば、陛下が所有者という鑑定結果が出たと言っておったな」


 そう。この件に関しては、俺の推論だけでは説明しきれない。


 国王だった被害者ジョルジュ・エルリロッドが、誰より王城の所有権を強く意識していたのは間違いない。でも、既に死亡した彼には現在、意識自体がない。一方、現国王は当然だけど自分が国王と認識している訳だから、あの城も自分の物だと思うのが自然だ。


 だとしたら、あの鑑定結果は現実とは矛盾する。



 考えられる理由としては――――元国王が実は生きている、というケースだ。普通に考えればこれ以外の答えはないだろう。


 でも、死後に残像思念がより強くなるってのも、なんとなくファンタジーの王道っぽくはある。可能性がゼロとは言い切れない。


 もう一つの可能性としては、現国王が実は王城を自分の物だと欠片も思っていない……というパターン。理由は想像もつかないけど、もしそうだとしたら、他に城の所有者候補もいない為、過去にあの城の所有者である元国王が繰り上げ当選的に所有者扱いとなっても不思議じゃない。それこそ僅かでも残像思念があれば、消去法で元国王が所有者となるだろう。



 元国王が存命の可能性をもしリノさんに伝えたら、確実に喜ぶだろう。でもそれは彼女をより強い失望へいざなう事にも繋がりかねない。元国王が生きている証拠は何処にもないし、その確率が高いとは到底言えないんだから。


「その謎が解明出来ていない以上、俺の推理は完全とは言えない。だから『今のところは』なんだ」


「成程の……」


 今は話すべきじゃない。結果としてリノさんをモヤモヤさせるだけになってしまったかもしれないけど、やむを得ない。探偵だからといって、推理で人を傷付けて良い訳じゃないんだ。


「リノさんが知る範囲で、陛下の御父上が認知症を患っていたような様子はあった? 物盗られ妄想の他に」


「……これがそうなのかはわからんのじゃが、国政に関しては全く関与しなくなっていたの。いつも不安そうな、何かに怯えるような顔をするようになっておった」


 どちらもアルツハイマー型認知症の症状として矛盾はない。認知機能や思考力が低下して判断力も落ち、重大な決断を下せなくなる。そして記憶力の低下に伴い自分が信じていたものを失ってしまい、不安ばかりが募るようになる。認知症のお年寄りは皆、その苦しさの中で生きているという。ボケると何も考えず楽に生きられるって考えている人もいるみたいだけど、現実はそう甘くない。


「リノさんには辛い事かもしれないけど、陛下の御父上が若年性認知症だった可能性はかなり高いと思う」


「……」


「でも、そこから先の推理……言霊で誤って毒を生成して飲んだっていうのは、正直強引だったと自分でも思ってる」


 密室殺人が実は自殺でしたってオチはあんまり受けが良くないって言うしな。


 それは兎も角、俺の推理はあくまで『可能だった』ってだけで、それ以上の根拠は特にない。あくまで水筒の中に毒が入っていたという陛下の情報が正しいと前提した上での推理だ。


「あーしが引っかかっていたのはそこじゃ」


 リノさんの瞳には、いつの間にか普段通りの光が宿っていた。


「何故殿下……ヴァンズ様はそのような結論を公表すると仰ったのじゃ? 病が原因と発表するとは言っておったが、それなら最初から『病気で倒れ帰らぬ人となった』と国民に説明すればよかろう。何故不確実な情報を元に陛下の名誉を汚す必要がある?」


 元国王の死因に関しては、現時点では何も発表していない。崩御したという事実だけを告げ、自らが国王となった。そういう経緯だ。


 だからこそ、現国王には疑いが掛けられている。自分が国王になりたくて親を殺したのでは……と。


 リノさんの言うように、最初から『病気が原因で亡くなった』と虚偽でもいいから発表しておけば、少なくとも疑いの目は最小限で澄んだだろう。


 でも――――


「嘘をつくのが嫌いな方なんだろう。さっきのやり取りでも、そう思わせる発言があった」


「その信念を優先させて、陛下を貶めるような公表をするのは……納得がいかないのじゃよ。自分で毒を作って自分で飲んだ、など……いい笑い物じゃ」


 歯軋りの音は聞こえない。


 でも、リノさんの歯痒さは五感全てで伝わってきた。



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