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21 4870人目の容疑者

 本来、依頼人の顔を曇らせる事などあってはならない。お客様は神様……なんて古い言い回しを異世界に来てまで使うつもりはないが、それでも依頼人を不快にさせる事など百害あって一利なし。それが現実の探偵の鉄則だ。


 それでも聞く必要がある。この件は元国王殺害と何らかの関連があるかもしれないし、場合によっては――――それ以上の重要な情報になりかねないからだ。


「……その話は本当だ。だが、本当ではあるが真実じゃねぇ。盗みに入られた訳じゃねぇんだ」


「え?」


「さっきの騒動と同じ、っつったらわかりやすいか。要は狂言ってこった。父上の部屋に侵入者の形跡はなかったし、何も盗まれちゃあいなかった」


「婚約指輪が盗まれた、って叫んでいたと聞きましたが……実際にはあったと?」


「ま、そういうこった。どういうつもりでそんな嘘を言い放ったのかは知らねぇ。不倫してる母上への当てつけか、急に誰かに構って欲しくなったか……何にしても、哀れな話だ」


 余程この話をしたくなかったのか、国王の表情は呆れや不快感じゃなく、灰色の空のように寂しげだった。


 それでも、この思わぬ収穫を喜ばない訳にはいかないだろう。


『だから、あり得ないのよぉ。そんな事は』 


 あの含みを持たせたエミーラ様の発言はそういう意味だったのか。てっきり婚約指輪を盗まれた事にはらわたが煮えくり返っているのかと思ってたけど、真相はどうやら違うらしい。


「この件は他言無用だ。天に召されたとはいえ、国王だった者の名誉を傷付けるのは余が許さねぇ。万が一、国民がこの話を噂にするような事があれば、犯人は貴公と断定し、不敬罪に処す。いいな?」


「心得ています」


 短い返事に納得したのか、もう消えろと言わんばかりに扉を視線で指す国王から不穏な空気は消えていた。取り敢えず、無駄な壁抜けで水晶を減らす必要はなくなったらしい。さっさと部屋を出よう。


 ふぅ……どうにか切り抜ける事が出来たな。何気に異世界へ来て初めての危機だったかも。ギルドでゴロツキに絡まれた時とは比較にならない緊張感だ。やっぱ権力者って怖い。



 さて、リノさんと合流して宿に戻るか。茶番の侵入者騒動もそろそろ鎮火してるだろうし。


「あ……」


 ん?


 ああ、水晶持って来てくれた使用人の女の子か。俺が国王の部屋から出てきたから驚いているんだろうか。幾ら懇意にしている設定といっても、普通は国王のプライベートルームに一般人が入るなんてあり得ないだろうしな。


「こんばんは」


 特に弁明する理由もないし、彼女は現状疑うべき対象でもない。挨拶以外に会話する必要もないだろう。


 俺の半分くらいしか生きてなさそうだけど、なんとなく雰囲気は大人びている。この城で働くまでに壮絶な人生を送っていたのかもしれないけど、俺には関係のない事だ。


「……」


 無言で頭を下げて去って行く姿も、なんとなく堂に入っている。職業柄、10代とは結構接してきたつもりだけど、彼女にはその特有の浮ついた感じが全くない。まあ、そういう10代がいても別に不自然じゃないけど。



 さて、リノさんは――――


「愛想がない男じゃのう。大人の男ならばもうちょっと気を遣ってやれんか?」


 ……っと、見られてたのか。背後にいたのに気付かなかったのは不覚。尾行を専売特許にしている探偵としては。


「この世界がどうなのかは知らないけど、俺のいた世界では俺くらいの年齢の男が10代の女子に話しかけたらほぼ犯罪なんだよね」


「……どういう世界じゃ」


 本当、どういう世界なんだろうね。


「にしても、今更じゃがにわかに信じられんの。其方がここではない世界から来た人間とは」


「この服装が証拠にはならないかな?」


 着ていた物はそのまま召喚されたから、格好は明らかにこの世界では浮いている。ヨレヨレの黒いワイシャツにチノパン、靴はブラウンのスニーカー。街中で目立たない格好、特に夜の街に溶け込める服装が探偵の基本だ。


 当然と言えば当然だけど、この世界にこんな服装の人間はいない。女性はみんな民族衣装っぽい特徴的な柄のワンピース風の服を着ている。男はコートのような上着を着ているけど、コートみたく厚手じゃない。兵士は金属製の胸当てをしているけど、基本的には軽装だ。全身鎧の兵士とか見てみたかった気もするが。


 国王の衣装が彩り豊かなのは、元いた世界と変わらない。そういうのが権力の象徴なんだろう。


「理屈と感情は別じゃ。頭ではそれしかないと思っても、中々納得出来ないものじゃよ。探偵様は違うかもしれんがの」


 ……この世界では探偵が特別視されているからなんだろうけど、俺にとっては皮肉にしか聞こえないのが悲しいところだ。


 話題を変えよう。


「それで、侵入者は見つかった?」


「残念ながら逃げられたようじゃ。それにしても、あーしもヤキが回ったもんじゃよ。悪意ある人間が近付けば、気配でわかる筈なんじゃが……」


 マジか! 実在したのかよ、人の気配を読める達人。創作物の中だけかと思ってた。だったら、推理で難事件を解決する探偵だって、この世界にいても不思議じゃない……か。伝説の探偵とやらがきっとそうだったんだろう。


「やれやれ、歳には勝てんわい。その内ボケてしまうかもしれんの」


「はは。まだそんな年齢じゃないでしょ」


 とはいっても、現実には70歳前後の認知症は若年性でもないし、いつ発症してもおかしくはない――――


「……」


「どうしたのじゃ? 難しい顔してからに」


「リノさん、もしかしたらお手柄かもしれない」


「は? こ、こら。待たぬか!」


 辻褄は合っている。真実かどうかはわからないけど、今思いついたこの可能性は、十分に真相の候補たり得る。


 そう判断する頃には、もう国王の部屋の前まで来ていた。


「失礼します。トイです。思いついた事があったので、報告しに来ました」


「……入れ」


 ついさっき出ていった人間が現れたんだ。不審に思っているだろう。でもこっちとしては、警備兵がいない今の方が面倒臭くなくて良い。

 

 新鮮味の欠片もない室内を早歩きで進む。この部屋も元国王の部屋と同じ面積の筈だけど、本棚が多いからか狭く感じる。俺を召喚したのも、恐らく王家に伝わる書物を読み漁って方法を知ったからなんだろう。リノさんの話を聞く限り、召喚が一般的な事じゃないのは明白だ。


 なら、その労力に見合うだけの仕事をしないとな。


「トイ! 其方、国王陛下の私室に入るなど……」


「よい、リノ。余が許可している。それに見合うだけのものを用意しているようだし……な?」


「一応は」


 確たる証拠がある訳じゃない。でも、これは国王の耳に入れておくべき内容だ。


「先に非礼をお詫びしておきます。不躾な発言になりますが……」


「前置きは良い。何がわかった?」


「被害者……陛下の御父上様は、認知症だった可能性があります」


 この世界に『認知症』という病名に対応する言葉があるかどうかはわからないけど、それでも元国王に『ボケていたかも』『痴呆だったかも』とは中々言い辛い。通じてくれればいいが……


「認知症だと? 馬鹿言うな、父上はまだ若い。リノくらいの年齢でようやくあり得る、そんな病気だろ? あれは」


 幸いにも認知症は通じたらしい。言霊の翻訳力凄げーな。ネットのどの翻訳エンジンより優秀だ。


「この世界では、まだそういう認識が絶対かもしれません。しかし、私がいた世界では若年性認知症という、65歳未満で認知症にかかるケースが実在します。それも決して少なくはありません」


 実際には、認知症全体の1%にも満たない数だ。それでも数万人の患者がいる。この世界にもボケるという概念――――つまり認知症が存在するんだから、若年性があり得ないなどと言える筈がない。


「御父上様の、実際には何も盗られていないのに盗まれたと訴える症状は物盗られ妄想と呼ばれるものです。当てつけではありません。御父上様は病気だったのです」


「父上が……認知症だと?」


「引きこもりになっていたのも、認知症の症状によって無気力・無関心になっていたか、不安が増大して外部との接触を恐れていたからと推測出来ます。それも認知症の主要な症状なんです」


 元国王に対し、失礼極まりない推理かもしれない。でも、国王もリノさんも反論しない。特にリノさんは、これまでの反応を見るに、物凄い剣幕で『無礼者!』と叫びそうなものなのに。きっと思い当たるフシがあるんだろう。


「ちょっと待て。だとしたら犯人は……」


「あくまで可能性です。でも、決して無視出来ない可能性です」


 それは――――


「誤って毒を生成して、飲んでしまったのかもしれません」



 この世界ならではの悲劇。



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