20 母親の愛人の話をする息子の気持ちを考えた事がありますか?
国王の部屋に無断侵入。これはシャレにならない。幾ら国王から召喚された異世界人といっても、許される事とそうじゃない事がある。
日本にはその昔、皇居等侵入罪って罪があったらしいが、この国の法律ではどうなってるのかわからない。それ以前に、他人の部屋に勝手に入ったら住居侵入罪の適用だ。城の出入りまでは許可されてるけど、国王の私室は当然許可されていない。っていうか今本人の口からハッキリ『無断侵入』って言葉が出ていた。
どうすれば……
そういえばさっき、『何か進展があったら遠慮なく訪ねて来い』って言ってたな。進展はないに等しいけど、適当にでっち上げて『早速進展があったので来ました!』とでも言ってみるか?
……いや、あり得ないわな。言葉の綾を理解出来ない子供じゃないんだから。遠慮なく来いと言われたからって壁抜けで部屋に入るなんて言語道断だ。
となると、出来る事はもう一つしかない。
「無事でしたか。本当によかった」
ゴリ推し。そしてアドリブ。将棋の早指しのように、ノータイムで次の一手を考えながら逃げ道を見付ける。一つでも間違えたら終わりだ。
絶望的な状況。でもやってのけてやる!
「無事? 余は自分の部屋で寛いでるんだぜ? 無事も何もねーだろ」
「城内に侵入者が現れました。先程の兵士の叫び声、陛下にも聞こえた筈です」
この狸国王……すっ惚けやがって。隣の部屋で聞こえてるのに、この部屋で聞こえない訳がない。
「ああ、そういう事かよ。侵入者が余の部屋に忍び込んだのを憂慮して、許可も得ず入って来たって訳か」
「ええ。私は隣のお父上の部屋を捜査していたので、一刻も早く駆けつける為に壁抜けを使いました。無礼は承知の上です」
実際には侵入者の目的地がここだとは全く思っていなかったけど。
「成程、一見筋は通ってるな。でもよ、これでも余はこの国で一番偉い国王なんだ。もし余の部屋の方向に侵入者が向かったんなら、真っ先に兵が駆けつけるんじゃないか? なのに未だに来やしねぇ。それとも余は、兵から全く守って貰えない寂しい王様なのか?」
「それは違います。もし陛下がここにいると兵士が知っていたら、そもそも警備兵が持ち場を離れる訳がありません」
元国王の部屋の前の警備兵は、侵入者の報を聞いて直ぐに持ち場を離れた。もし国王が隣の自室にいるのなら、彼等が真っ先に駆けつけていただろう。いや、それ以前に、現国王の部屋に警備兵が配置されている筈。でも実際には、彼等はここにはいない。
それが意味するところは――――
「本来ならこの時間、陛下は自室にはいない。警備兵はそれがわかっているから、駆けつけていない。そうじゃないですか?」
「とっくに駆けつけて、余の安否を確認済みって事もあると思うぜ?」
「その場合も、侵入者が確保されるまでは陛下の傍にいるでしょう。離れる筈がありません」
「……ケッ、御名答だよ畜生。やるじゃねーか探偵、流石余が見込んだだけはある」
どうやら、俺の行動の正当性は証明されたらしい。
危なかった……国王が挑発的だったのが却って良かったかもしれない。おかげで筋道を立てて状況を分析出来た。
この手の咄嗟の判断や思考の瞬発力は、現実の探偵に必要なスキル。ペット捜しの仕事で、見付けたペットが街中に逃げ込んでしまった時や、浮気調査の途中に対象がアダルトグッズ店で腕より太いナニカを購入していた時、思考が停止してしまったら仕事にならない。常に頭を回しておくのが肝要だ。
「ま、ぶっちゃけいつもはこの時間、女のトコにいるんだけどな。今日は気が乗らなかったから止めといたんだ」
「こんなエロい事するのには中途半端な時間にですか?」
「食欲が満たされたら、次は……って言うだろ? 昼間は頑張って慣れない公務を必死こいてこなしてるんだ。夜に自分の欲求に素直になるくらい、別にいいじゃねーかよ」
「悪いとは思いませんが」
相手は国王。余計な発言は控えるべき――――
「女ってそんなにいいですかね」
そう頭でわかっていても、つい言ってしまう。28にもなって、自制出来ないって恥ずかしい事だとは思うんだけど……
「……おいおい。もしかしてお前、そっちの人間か?」
この世界にもLGBTの概念は根付いている様子。ま、そりゃそうだろう。
「違いますけど、女と長時間一緒に過ごすのは遠慮願いたいですね」
「マジかよ。美人でもか? すっげーエロい身体の超絶美形の女でもか?」
「はい。全く食指が動きません」
「……一応聞いておくけどよ、貴公の世界では男が女に興味持つのが恥ずかしい事とか、そんな感じの文化があったりするのか?」
「10歳くらいまではそういう風潮ありますけど、大人はないですね」
「貴公が特殊って訳か……わかった。今後はそう認識しておこう。つーか話脱線し過ぎだろ。余の日課はどうでもいいんだよ。問題は侵入者だ」
……そう、問題はそこだ。
城に侵入者が現れたっていうのに、この国王様はえらく落ち着いていらっしゃる。まさか入られ慣れてるって訳でもあるまいし。
「あれは恐らく、母上の仕業だ。自分の愛人を部屋に引っ張り込む為のな」
やっぱりかよ!
人当たりよさそうな感じだったのに、なんて人騒がせな……
「……陛下の家系は食欲の直後に性欲を満たす習慣でもあるんですか?」
「さあな。でもそういうの、割と似るって言うぜ」
仮にそうだとしても、進んで耳に入れたい話じゃないな。
「兵も薄々は気付いてるだろうよ。城の中に母上の愛人がいるって事くらい。だから気を利かせて、この辺りから一時離れてるんだろうよ」
「……なんという茶番」
元国王が亡くなったばかりだというのに、随分と爛れた日常を送っているものだ。
でも、これで王太后に愛人がいる事はわかった。だとしたら――――その愛人も元国王殺害の動機を持っている事になる。
ただし、それは国王も当然わかっているだろうし、早々に調査されている筈。なんなら犯人じゃなくてもスケープゴートにされても不思議じゃないくらいだし。
「察しの通り、その愛人の事は調査済みだ。シロって結論が出てる」
「参考までに、その根拠をお聞かせ頂けますか?」
「遠征だ。一ヶ月ほど遠征に出ていて、返ってきたのが一週間ほど前なんだよ」
成程、アリバイがあるってか。確か生きた元国王を最後に見たのは20日前と国王は言っていたし、30日前に遠征に出ているのなら、容疑者からは外れる。
だとしたら、敢えて聞く必要はないかもしれないけど……
「母君の愛人は誰か、聞いてもいいですか? 捜査上必要な事かもしれませんので」
「そう言われると黙秘も出来ねーな。ありがちっちゃーありがちなんだが、騎士団長のデルクホルムルンって奴だ。母上より20以上若い」
「あー……ありがちですね」
騎士団長は国の兵力の要。王族とてそう容易に排除は出来ない。だからこそ『見て見ぬフリ』の状態が続いているんだろう。
「この件はもういいだろ。一応身内なんでな、あんまり悪くは言いたくない」
「了解致しました。では私はこれで失礼します」
「待ちな。父上の部屋を捜査してたんだろ? 何か進展はあったのか?」
ようやく解放される……と思った矢先、イヤな事を聞かれてしまった。
ある、って言うだけなら楽だけど、そう答えれば詳細の説明を求められるだろう。正直にないと答えるのが無難だ。
いや、それよりも確認しておきたい事がある。
「証拠品は見つかりませんでした。でも、一つ興味深い話を母君に聞いていて」
「母上と話をしたのか?」
「はい。そこで、被害者の部屋に盗みに入られたという話を聞いて。それも二度も」
刹那――――国王の表情が露骨に曇ったのを、俺は見逃さなかった。




