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02 彫りが深い顔の人を前にすると緊張を禁じ得ない

「ふむ……それなりに混乱はしているようだが、取り乱してはいないか。期待通りの人材のようだ」 


 幸い、異世界の国王は器が大きいらしく、俺のケレン味が利いた発言は特に問題視されなかった。


 良かった……幾らなんでも異世界で秒殺は人生後腐れがあり過ぎる。



 取り敢えず生命の危機は脱したし、現状を整理しよう。


 今、目の前の彫りが深いイケメンな御方は『期待通り』と口にした。


 どうやら彼が俺を召還したらしい。


 となると、異世界召還で間違いない。



 ――――と決め付けているのには相応の理由がある。


 確かに指摘されたように混乱はしているが、周囲を洞察するくらいの冷静さはしっかり持ち合わせている。


 

 ここは恐らく城だ。


 といっても城内じゃなく、四方に配置されている塔の一つの屋上。円柱になっているらしく、周囲は湾曲した城壁に囲まれている。


 落下防止用……というより身を隠す為の壁なんだろう、等間隔に隙間が設けられているから外の景色が見える。



 少なくとも日本の街並みとは全く違う、やたら屋根が急勾配な建物がギッシリ並んでいる。街を取り囲む巨大な壁も見えるし、身を乗り出して下を眺めると跳ね橋と城門も確認出来た。間違いなくお城だ。


 

 ついさっきまでは、確実に日本の東京にいた。もう一週間以上掃除していない、スーパーのビニール袋が床に散乱した探偵事務所の中だ。特に眠たくもなかったし、何者かが侵入して来て拉致された記憶もない。


 つまり今の光景は白昼夢か現実。幻想だったとしたら、醒めた時点で今のこの視界も頭の中も全て無に帰すんだから、推理が外れようと恥をかく訳でもない。


 なら現実――――ここが異世界だと見なすのが得策だろう。



 ……異世界好きの子供達をひたすら助けて、とうとうここまで来たか。感慨深くはあるけど実感はないな。



「済まないが、少し貴公を試すような質問を幾つかさせて貰いたい。貴公は何故ここに来たのか、理解出来ているかね?」


 先に、どうして言葉が通じているのか聞きたいところだけど……質問に質問で返すのは礼を失した行為だ。ここは素直に答えよう。


「おおよそ見当は付いています。国王陛下が私に何かをさせたくてお呼びになられたのでしょう」


 召還って事は、何らかの目的がある。


 問題はそれが何なのか――――


「私が『探偵』という職業に従事しているのを、陛下はご存じなのですね?」


 愚問だ。俺にはそれ以外のパーソナルデータはないに等しい。探偵である事が唯一の存在意義だ。


「……どうやら問題ないようだな。流石は伝説の職業に就いているだけはある」


 伝説……?


 この世界では探偵ってそんな扱いなの?


「よくぞ我が呼び声に応えてくれた。まずは礼を言いたい。ありがとう、イラギティー(柊命題)」


 微妙に発音が違う……それじゃサメの干物イラギをおティーに入れた謎の飲み物だ。


「私の事はトイとお呼び下さい」


 命題と書いてトイ。我が親ながらヤバいセンスだ。深夜の4時くらいにでも出生届を出したんだろうか?


 けれどそれが俺を表す名詞。もう俺自身の中に染みついてしまっている以上、偽名を使ってもきっとピンと来ないだろう。


「わかった。ではトイ、早速だが探偵である貴公に依頼をしたい。受けてくれれば、貴公が疑問に思っている事に答えられる範囲で答えよう」


 ……おいおい、それって依頼を受けなきゃ何も話さないって事かよ。召還しておいて放置プレイとか、どんなドSコースだよ!



 まあ、よほど酷い内容じゃない限り来た仕事は受ける主義だ。スケジュール的に無理って状況が一度もない年中閑散期の探偵事務所だったからな。

 

「お受け致しましょう。内容は?」


「移動しながら話そう。ここは少々肌寒い。余について来るが良い」


 屋外というだけではなく、結構な高さだからか風が強い。恐らく空の見える場所じゃないと召還出来なかったんだろう。


 さて……国王自ら異世界人を召還してまで依頼したかった事件とは、一体何なのか。


 正直言ってこれまでの探偵人生で一番ドキドキしている。


 俺の推察が間違っていなければ――――



「12日前、ある一人の人物が城内で死亡した」



 ……やはり。


 俺がここに召還された理由はそれか。


 確かに俺はそう願った。異世界でもいいから殺人事件を手がけてみたいと。その望みが、彼の呼び声に応える理由だったのかもしれない。いや本当のところはわからんけど。


「その犯人を特定したい。だが頼める人間はこの世界にはいない。請け負える職業がないからだ。探偵を除いてな」


「探偵は伝説の職業……そう言っていましたね」


「そうだ。遙か昔、我が祖先が同じように違う世界から召還したそうだ。その人物は優れた洞察力と推理力を駆使し、時の王を何度も救ってみせた。故に伝説だ」


 探偵を褒められるのは嬉しいけど、それって神隠しの真相じゃないのか……?


「余は、その探偵の力を欲した。どうしても頼りたい理由があるのだ」


「別に職業がなくても、優れた捜査能力を持った人間はいるのでは?」


「ダメだ。探偵でなければ成立しない。単に真相を突き止めるだけでは意味がない」


 意味……ね。


 なんとなくキナ臭い感じが漂ってきた。


 これは相当厄介な事件に違いない。依頼人の彫りが深いし。


「殺人現場は、元国王の部屋だ」


「……え?」


「この階段を下りた直ぐの所にある。まずはそこへ向かおう」


 彫りの深いイケメン国王陛下は淡々と言っていたけど……それってどう考えても被害者は元国王だよな。


 キナ臭いどころの話じゃねえ! 超絶ヤバい案件じゃねーか!


 流石にここまでは望んでない! スケールでか過ぎてシャレになんねーよ!


「あ、あの……元国王って……お父上の事ですよね?」


「そうだ。我が父が何者かに殺された。よって唯一の子である余が急遽即位した」


 これはいけない。どう考えても陰謀絡みだ。そんなの調査して命が狙われない筈がない。


 マズい……足が震えてきた。


 いやいやいやいや、元国王が殺された事件って……ここまでのは望んでないんですよ神様!


 っていうか神様! 異世界ボーナスとかないんですか!? 俺が助けた子供達はみんなそういうの貰って異世界で無双するとか言ってたよ!?


「そういう事情があるが故に、余を疑う根も葉もない噂が後を絶たない。一刻も早く国王の座に就く為、実の父を殺めた鬼畜王……とな」


「その濡れ衣を晴らす為に、俺を?」


「そうだ。その為には単に真犯人を見付けるだけではなく、噂をかき消す強い影響力を持った第三者の見解が必須だ。伝説の職業たる探偵ならば、その役所に相応しい」


 成程、俺が召還された理由はこれでよくわかった。



 この世界に探偵はいない。そもそも探偵という職業自体が存在しないんだろう。伝説化してるくらいだからな。


 だからイケメンだけどクドい顔のこの御方は、別の世界に助けを乞うしかなかった……か。


「余が貴公を召還する事は城の誰にも告げていない。口外は控えて貰えるとありがたい」


「了解しました」


 ……とは答えたものの、それ結構怪しくないか?


 濡れ衣を晴らす為に異世界召還を断行した国王……か。全てを鵜呑みにしていいものかどうか。


 こういう場合、何度も殺人事件を扱っている創作物内の探偵なら、まず彼を疑うんだろう。



 でも俺は現実を生きている探偵! 


 明確な理由なく依頼人を疑う真似はしない。全て疑うのは警察の仕事だ。探偵はサービス業。お客様第一。依頼人がいなきゃメシは食えない。


 人は1人では生きていけない――――とも限らない。中には人生を全て自給自足で賄っている凄い奴もいるんだろう。



 でも俺は違う。だから他人を信じるところから始めないと、たちまち孤立してしまう。


 結局のところ、人間の生み出す綺麗な言葉の大半は保身が根底にあるんだと思う。だからこそ共感を生むんだろうし。



 それで一向に構わない。俺はこの人を取り敢えず信じる。それでもし下手を打ったら自己責任だ。探偵になった時から覚悟はしている。



 親父――――


 アンタもきっと、そうだったんだろう? 親子だからな。わかるよ。



 ……ま、親父は探偵じゃなくて普通のサラリーマンなんだけど。



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