19 探偵がミステリーに不向きな職業ってのを証明してみせようじゃないか
侵入者の目的が事件絡みならば、そもそもどうして侵入したのかを考えなければならない。
元国王は既に亡くなっている。つまり事件は既に完結している。本来ならそう考えるべきだが――――少なくとも侵入者にとっては終わっていない。だからこそ、王城に侵入するという凄まじいリスクを負った。そうとしか考えられない。
終わっていないのなら、一体何が残っているというのか?
少なくとも、元国王が崩御して息子が新国王として即位した事は、侵入者にとって終わりじゃないらしい。
そもそも、この侵入者は元国王を殺した犯人なのか?
恐らく違うだろう。犯人がわざわざ犯行現場に戻ってくるとは到底思えない。殺人犯は、現場に戻る習性がある放火犯とは違う。殺人現場や犯行そのものから遠ざかろうとするのが自然だ。何より、暗殺という形で実行しているのに、見つかる恐れのある方向に自分を持っていくのは矛盾以外何者でもない。
事件とは全く無関係で、単に新国王が気に入らないから殺しに来たとか、城の財宝を盗もうと侵入した……っていう線もまずないだろう。それなら深夜に来る筈だ。こんな中途半端な時間に、いるかどうかもわからない国王を殺しに来るバカはいないし、まだ人通りがある時間帯を選ぶメリットもない。
侵入者には、このタイミングで城に忍び込む理由があった。若しくは、城内を慌ただしくする必要があった。そう考えるべきだ。
普通に考えたら後者だろう。客人なり行商人なりを装えばまだギリで誤魔化せる時間帯。それなのにアッサリ看破されてるって事は、見つかる事自体が目的だからに相違ない。
つまりは、陽動。
元国王殺人事件と関連し、かつ陽動が行われる必要性とは何か――――そう考えると、理屈が見えてくる。
侵入者は恐らく、もう城内にはいない。城に忍び込むと見せかけ、外に逃げて出来るだけ城内に人がいないように仕向けた筈だ。
何の為に? 答えは簡単だ。
現場に残された何らかの証拠を持ち去る為。そして城内に、その役割を担う協力者、若しくは主犯がいる。
案の定、元国王の部屋の警備兵は侵入者を捕らえる為、持ち場から離れていた。扉には鍵が掛かっているが、壁抜けを使えば入れる。6段の言霊まで使用可能な俺なら、問題なく使える筈だ。
《この壁をすり抜けて部屋の中へ入る》
シンプルに口にした言霊によって、俺の身体は壁を透過し、室内へ入る事に成功した。
さて――――どんな奴が元国王殺害に関わっているのか。
「中々手の込んだやり口だが、残念だったな。俺には通用しない」
半分は好奇心、半分は警戒心を抱え、壁を抜けた先に見えたのは、見覚えのある誰もいない部屋だった。
うん、誰もいないな。
例の水筒もそのままだし、タペストリーをはじめ室内のレイアウトにも変化はない。
誰一人いない。実にいい。これでいい。俺以外いないのなら、俺しかこの恥ずかしい惨状を知る人間はいないのだから。
俺は何も推理しなかった! カッコ付けて『俺には通用しない』とか言っていなかった!
さて……茶番はここまでだ。
俺には最初からわかっていたよ。ここが本命じゃないって事は。
陽動作戦で人払いしたのには理由がある。"その人物"の部屋に入る所を万が一見られてしまってはマズかったからだ。
城内の若い男と、王太后の逢瀬。そうに違いない。これがこの騒動の真相だ。
恐らく今、この壁の向こうでは情事の真っ最中だろう。確認するのは野暮ってものだ。
……そういう訳にはいかないか。
万が一って事がある。つまり、こういうシナリオだ。
元国王殺しの犯人は王太后。壁抜けの言霊を使い、隣の部屋のここ――――元国王の部屋に入り、何らかの方法で夫を殺害。動機は女の矜持、って事にしておこう。
んで、実行し服毒自殺に見せかけたが、父が死んだ事で即位した息子には父を殺す動機があり、疑惑が向けられた。
しかも当の本人が身の潔白を証明すべく、異世界の探偵を雇う始末。
このままでは、息子によって自分の犯行を暴かれてしまうし、仮にそれが叶わなくても息子が国民から犯人呼ばわりされてしまう。
元国王は人望があった。
幾らその息子とはいえ、自分達が心から慕っていた王を殺した疑惑があれば、決して支持はしないだろう。
そこで彼女は、機を見て現場に忍び込む決意をした。そこで――――水筒を入れ替える!
恐らくその入れ替えてこの元国王の部屋に置いた水筒には、自分でも息子でもない、別の誰かが殺した証拠が入っているだろう。例えば使用人の髪の毛とか。誰の髪かは長さで特定出来るだろう。国王は既に水筒の中身を捨てたと言っていたが、『髪の毛が側面に張り付いていてその時には剥がれなかった』と言われればそれまでだ。
それが発見されれば、水筒の持ち主はその髪の人物と見なされる。まさにしてやったりだ。
思えば、あの王太后の部屋にあった水筒――――あれはこの入れ替えトリックの為に急遽用意した物だったんだろう。機を見ていた途中で俺に発見されたのは不運としか言いようがない。
まとめると、王太后が『自分も息子も元国王を殺していない』と証明する為、陽動を使って人払いし、証拠を偽装工作した別の水筒と元国王の部屋にある水筒をすり替えた。よって、この部屋に今ある膵島の中には、何らかの証拠品が入っている可能性があるって訳だ。
まあ、あくまで『王太后犯人説』を前提とした推理なんだけど。
答え合わせは簡単だ。水筒の中身を確認すればいい。解析してみてもいいだろう。水筒が入れ替わっていれば当然、持ち主の表示も変わる。
さて、中を見てみるとしようか。
……何もないな。髪の毛一本入ってない。
[分類は貯水の道具。所持者はヒイラギ・トイ]
所持者も俺のまま変わっていない。
……ダメだぁ!
やっぱり俺には推理なんて無理だったんだよ! なんだよこの惨状は! 全然当たらないじゃないか……!
「ったく、なんだったんだ」
「どうせ面白半分のイタズラだろ。偶にいるだろう? 子供の頃に他人の家に勝手に入るスリルを覚えて、そのまま大人になったような奴」
「ああ、いるな。ロクなモンじゃねぇ」
マズい、兵士が戻ってきた。もし今、ここに俺がいるのがバレたら……俺が侵入者の仲間と思われるじゃないか!
「おい、なんか中に人の気配しないか?」
「あぁ? ンな訳ねぇよ、鍵も閉まってるし」
「だが、誰かがいるような気がする。まさか侵入者がここに隠れているのでは……?」
「言霊を使ってか? 確かに、ないとは言い切れねぇな」
ヤバーーーーーーーーーーい!
完全に墓穴掘った! このままじゃ国家反逆罪的な罪で重刑に科せられる!
さっさとここを出ないと。でも外に出たら兵士と鉢合わせだ。どっちかの壁を抜けなくちゃいけない。
迷ってる時間もない。一番近くの壁を抜けるしかない!
《この壁を抜ける》
小声でそう言霊を使い、意を決して室内から飛び出した。
抜けた先は――――
「なんだ? 国王の部屋に無断侵入とは、良い度胸してるじゃねーかオイ」
……あ、これ詰んだかも。




