16 嫉妬とか独占欲じゃなくて、もっと大きなやつ
[分類は王城。所持者はジョルジュ・エルリロッド]
国王の名前じゃない……?
ジョルジュ・エルリロッドって名前に心当たりはない。国王の家系である事は間違いないだろうけど、少なくとも今この国を治めている人間の名前じゃない事だけは確かだ。
恐らく男の名前だと思うけど、この世界の男性名、女性名を詳しくは知らない以上断定は出来ない。仮に男だとしても、国王の親戚か、或いは息子。被害者――――亡くなった父親の可能性も一応ある。
とはいえ、死んでしまった父親には念じる事が出来ない以上、別の人物と考えるのが無難だろう。現国王以上にこの城を『自分の物だ』と思い込んでいる奴がいるって訳だ。
ともあれ、名前はリノさんに聞けば直ぐわかる。まずは確認しよう。
「どうじゃった? 何かわかったのかえ?」
「ああ。この城の所有者……所有者だと他の誰よりも思っているのがジョルジュ・エルリロッドって人物なのがわかった。リノさん、この名前に心当たりは?」
問いかけた瞬間――――リノさんの顔色が変わった。それが全てを物語っていた。
「まさか……陛下の父親……?」
答えは返って来ない。でも否定しない時点でそれは肯定だった。あれだけ露骨に元国王を尊敬している彼女が、別人の名前を元国王と間違われて黙っている筈ないんだから。
この城の現所有者は元国王……既にこの世を去った被害者。これが一体何を意味するっていうのか。
「リノさん、何か――――」
「すまんのう。あーしには何が何だかサッパリわからんのじゃ」
俺の言葉を遮るように、リノさんは首を横に振った。
「其方の言うように、その名は陛下の名じゃ。何故その名が城の所有者となっておるのか……理解が及ばぬ。力になれず申し訳ないのじゃ」
「あ、いや……こっちこそすいません。リノさんの思いをおざなりにしてしまって」
リノさんが元国王にどんな感情を抱いていたのかまではわからない。ただの尊敬なのか、恩義があるのか、それとも思慕の念を抱いていたのか。
何にせよ、彼女の元国王の事を思い出させるのは、きっと酷な事だ。
「あーしはまた、何の力にもなれぬのかのう……」
"また"という言葉が、虚しく城内に響き渡る。でもそれは音としての響きじゃない。なんというか、魂のすすり泣きのような……そんなふうに聞こえた。
「リノさんは力になってますよ。少なくとも俺にとっては。ギルドで助けてくれたじゃない」
「あんなのは何でもないじゃろう。仮にあーしが助けずとも、其方なら口八丁手八丁でどうとでもなった筈じゃ」
「そうしようと努力はしたと思う。でも、実際にはどうなったかわからない。逆鱗に触れて、殴られてたかもしれない。俺は弱いから、そうなると打ち所が悪くて死んでいたかもしれない。だとしたらリノさんは俺の命の恩人って事になるよね」
「何を……全く、慰めもいちいち冗長な男じゃのう」
リノさんはようやく口元を綻ばせた。その上品な笑い方に彼女の人生を感じる。なんとなく、年季は余り感じなかった。
「リノさんを選んだのは俺。俺が必要だと思ったから助手になって貰ったの。だから、変に気負わないでよ。この世界についてわからない事があった時、それを教えて欲しい。まずはそれで十分だから」
「……そうかえ。なら、そうさせて貰うとしようかの」
俺の方も、余りリノさんを助手扱いしていなかった。自分でばかりアレコレ考えていた。ソロ探偵だったのが裏目に出た格好だ。
もっと会話をしよう。それが俺にとっても、事件にとってもプラスになる筈だ。
「取り敢えず、城の解析の件でわかったのは、現国王がこの城を余り自分の物だと思っていないって事だ」
だとしたら、現国王は容疑者リストからは外れる。もし現国王が犯人だとしたら、どう考えても動機は王位を得る事だから。でも彼にその気はないらしい。
ま、元々怪しんではいなかったけど。
「ふむ。ならやはり犯人は反体制派の連中かの?」
「それはわからない。少なくとも、結界がある以上外部からのテレポートは不可能だし、だとしたら内部犯行の可能性もある。まずはそこを潰した方が良い」
「城の中に犯人がいる、って事かえ?」
「うん。変装して潜んでいたって事も考えられる。言霊で他人と入れ替わるとか化けるとか出来そうだし、内部ならテレポートし放題だ」
仮に、犯人が城に使えている兵士や高官に化けて、城の中に潜んでいたとしたら、犯行はかなり綿密な計画のもとに行われた事になる。だとしたら個人より組織による犯行の可能性が高い。
「ただ、仮に反体制派の仕業だったとしたら、自分達がやったって言い触らさないのは不自然だ。国王を暗殺しておいてプロパガンダすらなしってのは無理がある」
「……其方、まさか城の者を疑っておるのか?」
当然、そう解釈されるだろう。実際、その可能性がないとは言い切れない。
とはいえ――――
「あれだけ慕われている国王が身内に暗殺されたと積極的に考える理由はないよ。ただ、痴情のもつれとかなら、あり得ない話じゃない」
「国王が痴情のもつれで殺されてたまるかアホウ!」
アホウ言われてしまった……ありがとうございます。
でも実際問題、ないとも言い切れないと思うんだよな。現にこれだけ慕われてたんだし、目の前の人に。
「とはいえ、事件を調査する以上、陛下の周辺を探るのは避けられんのじゃろな。ならエミーラ様にお会いになるかえ?」
「エミーラ様とは?」
「王妃じゃよ。陛下の連れ合いじゃ。今は王太后じゃな」
……なんか微妙にトゲがある言い方だな。王太后に含むところがあるんだろうか?
リノさんの感情は兎も角、王太后なら生前の元国王を良く知る人物。いや、そうとも限らないけど。特に国王ともなると側室も充実してそうだし。
「そうだな……出来れば今日の内に話を聞いておこうか。でもその前に、一つリノさんに言っておきたい事があるんだ」
「む。なんじゃ?」
「調査の際には、私情は挟まない事。俺のイエスマン……イエスウーマンか。それになる必要は全くないしなられても困るんだけど、俺の助手として働いている間は事件第一でお願いします」
「其方の指示には従え、と言いたいのじゃな?」
「あと、陛下のお父様の話題が出ても必要以上に激昂しない。ナイーブになり過ぎない。出来る?」
敢えて挑発的な口調で問いかけた。
今後、彼女と一緒にこの事件と向き合って行く上では重要な事だ。被害者である以上、何処かの段階で元国王の負の一面を見る事になる。それは彼の人となりかもしれないし、人間関係かもしれない。聖人君子だったとしても、誰かしらに負の感情を向けられたのは間違いない。それに、引きこもりって時点で何らかの闇を抱えていた可能性もある。
「…………うむ。了解したのじゃ」
聡明なリノさんは、そんな俺の意図をしっかり汲んでくれたらしく、即答はしなかった。自分自身に問いかけたんだろう。
「よし。それじゃ早速王太后様の部屋に行こう。でも、この時間に訪ねて大丈夫かな。幾ら事件の事情聴取とはいえ」
「恐らく問題なかろう。だからこそ進言したのじゃからな」
「?」
リノさんの言葉には含みがあった。
そしてその意味するところは、僅か数分後に知る事となった。
「あらぁ! いらっしゃい! 来客なんて久し振りぃ! あがってあがって!」
……王太后のエミーラ様は想像していたよりもずっと気さくで、親戚のオバさんみたいだった。




