15 大金持ちの会食は基本オープンスペースばかり
幸い、国王は夕食の前には城に戻って来た。
それと、この世界でも一日三食が基本らしい。やっぱり環境がほぼ同じなら人間が作り出す文化、そして生活習慣もほぼ同じ形態になっていくんだろう。
通常では絶対に不可能な社会実験を一瞬で達成したけれど、充実感は全くない。そもそも俺、学者じゃないからそれを知ったところで活かせる基盤何処にもないしな。
そんな訳で、今日の夕食は国王との会食って形になった。あの映画なんかでよく見かける、長い長い長い長ーーーーーい机にたったの数人で食事する風景をまさか自分が体験するとは思いもしなかった。
「水筒っつーと、父上の部屋にあったあの水筒の事か?」
この会食は、捜査の進捗具合と事件について話し合う為のものだから、食堂に外部の人間は全く入れていない。そもそも、食堂って言ってもここは国王専用のダイニングルームだから客人でも招いていない限り部外者が入り込む余地はないんだけど。
「はい。あれと同じ物を陛下は所有していらっしゃいませんか?」
「いや、持ってねーな」
「そうですか。ご教示頂きありがとうございました」
と、なると……あの水筒は元国王の所有物である事が濃厚。にも拘らず、言霊での解析の結果、この人が所有物だと示した。
言霊の精度がどの程度なのかはわからないけど、恐らく間違いないと思って良いだろう。もし『失敗』なんて事があり得たら、国王があんな風に壁抜けを使用する筈がない。失敗して壁抜けの途中で解除されようものなら、壁に挟まったり埋め込まれたりした状態になってしまう。全くやる必要のない場面でそんなリスクを負う筈がない。
だとしたら、ますます謎だ。なんであの水筒は元国王ではなく息子の現国王の所有物なんだ……?
「つーか、あの水筒って余が父上に贈った物なんだけどな」
「……え?」
「そんなに意外か? あの手の水筒はこっちの世界じゃ貴重なんだぜ。其方の世界じゃどうか知らねーがな」
ああ、そうか。確かにこっちの文化水準だと瓢箪みたく自然物をほぼそのまま使う水筒が主流でもおかしくない。あれは明らかに人工物だったし、相当高価か珍しい物なんだろう。それなら、息子から父親へのプレゼントってのも納得だ。
そして、国王の所有物になっていたのも納得だ。元々は彼が購入して父親に渡したのなら、購入した直後だけは自分の所有物って認識になる。本来の所有者亡き今、当時の念が評価されて国王が現所有者と見なされたとしても不自然じゃない。他に所有者の候補はいないだろうし。
「当時の事はよーく覚えてる。露骨にピンと来ない顔をされちまってな。余としては、気の利いた物を贈ったつもりだったんだがな」
「いつ頃お渡しになったんですか?」
「今年の父上の誕生日だ。その頃からもう引きこもりの兆候があってな。部屋から出たがらないもんだから、その場で冷たい水が飲めるようにと贈ったんだが……」
遠い目をして語る国王の表情は、寂寞感が滲んでいる。
気持ちはわかる。自分が一生懸命選んだプレゼントが大して喜ばれていないとわかった時の、あの失望とも脱力感とも違う微妙な徒労感は中々忘れ難い。相手が悪い訳じゃないだけに余計、感情の持っていき場がないんだよな。
「ま、世の中そうは上手くいかねーって事だな。さあ、喋ってばっかいないで食え。こっちの料理は口に合うか?」
「ビックリするくらい合いません」
「ハハハ! マジかよ、そりゃ気の毒にな。余所の国の食い物なら合うかもしれねーが、まあ慣れるこったな。一応我が国の料理は世界的に高い評価を得ているんだぞ?」
マジですか……だったら余計絶望的なんじゃ……
さっきの言葉、妙に受けてたけど……別にギャグで言った訳じゃない。ガチでこの国の食事は俺には合わない。獣肉を酒で煮込んだ物や結構デカめのチーズらしき物がデデン、と並んでるんだけど、どれもこれも生臭い。臭い消しみたいなのはないのか、生姜みたいなの。
味も、大味というかわかりやすくはあるんだけど、どうにも一口で飽きが来てしまうくらい濃い。そして深みがない。なんかもう、塩味なら塩味オンリーって感じで、調味料を殆ど使ってない感じだ。
まさか国王が食べる物でこんなレベルとは思わなかった。まあこの世界って地球で言えば500年以上前くらいな感じだし、当時の料理がどの程度の水準だったのかは知らないけど、きっと今眼前に並ぶ料理に近かったんだろう。
こういう時、元いた世界の食べ物をドヤ顔で渡すのが異世界モノのセオリーだって子供達は言ってたけど、生憎向こうの食べ物は一切持ち歩いていない。持ち歩いてたら普通に変人だ。
「ごちそうさまでした」
「やはり城のメシは美味いのう。満足じゃ」
俺の代わりと言わんばかりに、リノさんは食の進まない俺の倍くらいの量を食べていた。このご老人、マジ元気。
「ンじゃ、何か進展があったら遠慮なく訪ねて来い。余が其方を煙たがる事はねーからよ」
相変わらずラフな口調でそう告げる国王に一礼し、食堂を出る。
さて……ここからどうするか。もう良い時間だし、仕事は終わりでも問題ないだろうけど……どうにも探偵事務所時代の感覚がまだ抜け切れていないのか、休む気になれない。
ブラック企業と違って、個人経営の会社は自分の仕事、行動が全部自分に返ってくる。それはそれでやりがいはあるけど、披露困憊と寝不足がデフォ状態なのはキツい。
ここはもう休むべきか――――
「それじゃ宿に戻るかの」
「……え?」
城の泊まるんじゃないの? いや、確かにあんまり特別扱いされるのは周囲の目を引く事になるし、避けるべきとは思ってるけど……
「どうしたのじゃ?」
「あ、いや……まだやり残した事があるかと思って」
ウダウダ言っても仕方がない。帰るのを前提にして、それまでにやっておきたい事を確認しよう。
現場検証は十分やったからもう良い。正直、期待していたような手がかりはなかった。
焦点になると思っていた水筒も決め手になりそうにないしな……なんか早々に手詰まりになってきた。取っかかりがちょっと思いつかない。マズいぞ、このままだとジェネシスやエロイカ教の連中に会いに行かなくちゃならなくなる……
「そうだ!」
「な、何じゃ急に」
「"この城"をスキャンしてみたい」
如何にも思いつきのように話してみたけど、所有者の定義が判明した時から密かに考えていた。
言霊の解析は、触れてさえいればなんでも出来る。なら城も可能だろう。何より、それをやるだけの価値がある。
果たして、この城の所有者は誰なのか?
それが判明すればこの国の実態が見えてくる。もし元国王や現国王以外の名前が出ようものなら、そいつが城の支配者であり、同時に元国王を手に掛けた犯人の可能性が高い。
動機が余りにも明白だからだ。
国を乗っ取る――――それくらいの危険思想の持ち主なら、国王暗殺を企てるくらい屁でもないだろう。
解析をする為には、城の一部に触れてないといけない。内部の壁で特に問題はないだろう。周囲に人の気配はないし、今なら問題なく出来そうだ。
《手に触れているこの城を解析する》
解析の言霊で明らかに出来る情報は、分類と所有者。分類はもちろん王城だから意味はないけど、所有者には大きな意味がある。まあ十中八九、現国王の名前が出るんだろうけど――――
……え?
これは一体……どういう事だ?
 




