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14 人は誰しも念じればガキ大将になれる

 現場に入るのはこれで二度目。たった一日しか経っていないから、当然だけど真新しい事は何もない。


 そもそも現場には誰も立ち入らない訳だし、何かが変わる筈もない。何か手がかりでも落ちてないかと期待してはみたものの、どれだけ床に這いつくばって注意深く眺めても、塵一つ落ちていなかった。


 当然血痕もなし。凶器らしき物の痕跡も、落とし物も、染みさえもない。


 今回はタペストリーや絵画も取り外して念入りにチェックしてみたけど、壁も含め細工の痕跡は一切なかった。



 よって、手がかりになりそうな物はただ一つ。


 テーブルに置かれた水筒だ。


 国王が水筒を持っているってのは、普通なら何気にピンと来ない要素ではある。喉が渇いたら使用人に持ってこさせるだろうし。


 でもそれは、あくまで俺の中の国王の勝手なイメージ。今回の件とは関係ない。


 被害者の元国王は引きこもりで、食事さえこの部屋で一人で取っていた。なら水筒を使っていたのも納得だ。寧ろ得心が行くくらいだ。



「ん? 何をしとるのじゃ?」


「取り敢えず、この水筒をスキャンしてみる」


 分類も持ち主もわかりきっているから無意味――――なんて事はない。とても重大な事実がこれで判明する。



 持ち主が死亡した場合、スキャンした際に教示される持ち主がどうなるのか。



 これはとてつもなく重要だ。今後もし凶器と思しき物を発見した際、その信憑性に大きく影響してくるからだ。


 仮に、死亡すると持ち主ではなくなるとすれば、スキャンの信憑性には注釈が付く事になる。『ただし持ち主が生きている場合に限る』と。その為、凶器を発見して解析しても、それで判明する持ち主が必ずしも犯人とは限らない。真犯人が死亡しているかもしれないからだ。


 死亡しても持ち主がそのまま、若しくは該当者なしになるのなら問題はない。でも他の人物の名前が出てくる場合は一考の余地が出てくる。


《この水筒を解析する》


 さて、どうなるか――――



[分類は貯水の道具。所持者はヴァンズ・エルリロッド]

 


 ……何だって?


 俺の記憶力がガバガバじゃないのなら、この所有者名は……現国王だ。


 何故そんな事になる?


 取り敢えず、持ち主は死亡した時点で変更されるのは間違いなさそうだ。でもその代わりに出てきたのが息子の名前とはな……



「これは……どういう事じゃ?」


「考えられる可能性は三つある」


 一瞬四つと思ったけど、一つは既に除外されている。言霊による解析で判明する持ち主の定義が『最後に対象物に触れた人物が持ち主と見なされている場合』だ。でもスキャンした時点で俺が触ってる訳だからそれはない。


 だから可能性は三つ。



 1. 最後に対象物を正しい用途で使用した人物が持ち主と見なされている場合



 2. 対象物を自分の持ち物だと一番強く思っている人が持ち主と見なされている場合



 3. 死亡した時点で自動的に前の持ち主に変更される場合



 この三つだ。


 これは水晶を使って実験すればすぐわかる。問題は水晶の残量だけど……スキャンに使う紫水晶は幸いにも数が多い。この場で検証が可能だ。


「リノさん。悪いけど水を持って来て貰える?」


「喉が渇いたのかえ?」


「いや。この水筒を使ってみる」


 これで1かどうかがわかる。2の検証も簡単だから、二個の消費で済みそうだ――――


「馬鹿言うでない! 毒が残っておったらどうするんじゃ!?」

 

 ……っと。


 いきなり大声で怒鳴られるとは思ってもいなかった。そうだよな、言葉が足りなかった。


「いや、飲まないから大丈夫。中に水を入れるだけ」


 さっきのスキャンで『貯水の道具』と出ていた。水を飲む為の道具じゃなく、水を溜める為の道具と分類されているらしい。なら水を入れるだけで正しい用途で使用した事になる筈だ。


「そうじゃったか。怒鳴って済まんかったのう」


「いえ、寧ろ嬉しかったし」


 一体何時以来だろう。他人から心配して貰っているのを実感したのは。その事がただ無性に嬉しい。


 俺はリノさんの事を何も知らない。素性も、その人となりさえ完全に理解したとは到底言い難い。


 それでも、この人はきっと優しい人なんだろう。他人の危険を感知して、咄嗟に怒りの感情が出るって、多分そういう事だ。


「ちょっと待っておれ。其方、済まぬが水を持って来てくれぬか」


 部屋の前で待機していた使用人に指示したらしい。幾ら自由にしていいと言われていても、流石に完全放置って訳じゃないか。



 程なくして、以前水晶を運んできてくれた15歳くらいの女の子が水桶を持って現れた。


 その時から気になってはいたけど……この女子、えらく美人なんだよな。幼いけど可愛いじゃなく美人。目鼻立ちが整い過ぎてるからか、見ているだけで気疲れしそうになる。



 まあそれはそれとして、水を入れて再スキャンだ。


 結果は――――



[分類は貯水の道具。所持者はヴァンズ・エルリロッド]

 


 変わらない、か。これで1の線は消えたな。


 後は2のチェックだ。この水筒を俺の物だと強く念じてスキャン。



 この水筒は俺の物。この水筒は俺の物。俺の物。俺の物。お前の物は俺の物――――



[分類は貯水の道具。所持者はヒイラギ・トイ]

 


 おお! 2が正解か。


 流石、念じる事と言葉が強い意味を持つ世界。所有者が念で決まるとは。



 でもこれで、凶器の鑑定には使い難くなったな。凶器が発見されるのは捨てられた時だし、捨てたって事は自分の物って意識が限りなく薄れてるだろうし。まあ、他に候補者がいなければ犯人の名前がそのまま出続けるんだろうが。



 にしても、なんで現国王はこの水筒を自分の物だって思っていたんだ?



 というか――――本当にこれは元国王の所有物なのか?


 

 まずはそこから疑わないといけなくなってしまった。というか、もしこの水筒の中身に毒が入ってて、それを元国王が飲んだのだとしたら、完全に犯人は現国王……依頼人って事になる。


 でもそれは不可解だ。もし彼が犯人なら、そもそも俺に事件の調査を依頼する筈がない。


 何か裏がありそうだ。



「のう。もしや、その水筒は陛下……の父君の物ではないのかえ?」


 っと、推理に夢中になって助手の存在を忘れていた。


 何せ推理なんて初めての経験だからな……まさかこんな変則的な形で創作物の探偵っぽい事をするなんて夢にも思わなかった。


「ああ。諸々の調査と検証の結果、この水筒は現国王陛下の所有物の可能性が出てきた。これと同じ物を陛下が持っていたのを見た事ない?」


「あーしは知らぬ。そもそも、その水筒を陛下の父君が持っていた事さえつい最近まで知らなかったくらいじゃ」


 まあ、引きこもりだったらしいからな。


 ……というか、どうして引きこもりになったんだ?


 国民からも兵士からも慕われている人間が、自分の殻に閉じこもるだろうか……


「取り敢えず、陛下が帰るのを待って話を聞こう」


「それが妥当じゃな」


 心なしか、リノさんの表情が優れない。


 まあ、国王に疑いの目が向けられかねない状況になった訳だから無理もないか。



 或いは――――誰かが国王の水筒を元国王の水筒と入れ替えた、なんて事は……ないか。国王を犯人に見せかけるなんて余りにも大胆過ぎるし、そもそも国王の所有物を勝手に持ち出せる人間となると相当限られてくる。そんな馬鹿げた真似はしないだろう。


 ……それ以前に、指紋の採取が出来ないんじゃ国王の物って証明もされない訳で、全く意味ないか。


 やっぱ異世界の事件って思うようにいかないな……


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