01 現実の探偵はミステリーよりファンタジー寄り
シャーロック・ホームズを愛した事は一度もない。エルキュール・ポアロを演じた役者も誰一人として知らない。
俺は生涯で一度たりとも、名探偵に憧れた事などない。
それでも俺が探偵をやっているのは仕事だからだ。創作によって生み出された、卓越した推理力を使って難事件を次々に解決するような探偵じゃない。
浮気調査、ペット捜索、ストーカーへの牽制……そんな作業を地道に行い糊口を凌ぐ、全国各地何処にでもあるような探偵業を営んでいる。
探偵の多くは元警察官だけど、俺は違う。
なれなかった方の人間だ。
だから仕事はロクに回ってこないし、露骨な嫌がらせを受けた事もある。縄張り争いは何も動物の世界だけの話じゃないらしい。
仕事を得る為の下準備の方が、仕事よりも余程厄介で大変なのが、この業界の悪しき習わしだ。
そんな色々と面倒事が多い探偵業務の中に、近年凄まじい勢いで依頼数が増えている案件がある。
――――異世界転移を試みた子供の捜索。
……いやマジで。本当に。
なんでも、最近アニメや小説で主人公が異世界に行って活躍する話がメチャメチャ多いらしい。
それを観たり読んだりした子供が自分も異世界に移住したいと願い、行動に移すそうだ。一種の現実逃避なんだろう。
物語の主人公が異世界に行く方法としては、死亡による転生、ゲーム内への転送、特に理由もない転移、異世界側からの召喚などがポピュラー。
さすがに自死を選ぶ子供はいないが、ゲーム世界に入り込みたくて学校も行かず一日中オンラインゲームをプレイしている子や、森林や樹海などそれっぽい場所に行ってじっと待っている子が実際に何人もいる。
そう断言出来るのは、俺も最近この手の案件を何度も請け負ったからだ。
仕事内容はゲーム依存になってしまった子供の話し相手や、失踪してスマホも圏外かバッテリー切れか持ち歩いていない子供の捜索など。当然依頼者は親だ。
前者はともかく後者は完全に警察の領分で、実際一度目は警察に連絡するみたいだけど、失踪が二度三度続いた場合、相手にされなくなるのかバツが悪いのか、探偵に依頼するようになるそうな。
まあ、こっちとしてはありがたい話だ。
失踪といっても基本計画的な行動だから、その子供の行動可能範囲の中にある如何にもファンタジーの世界っぽい自然に囲まれた場所を見繕えば、後はそこに向かうだけで大抵見つかる。
それでかなりの報酬が得られるんだから、コストパフォーマンスの良い仕事だ。
でも、そんな仕事ばかりしていると、ふとした瞬間にこうも思う。
俺は一体何をやっているんだろう。一度くらいはもっと本格的な……例えば殺人事件を扱ってみたい――――と。
現実問題、探偵が殺人などの重大事件を扱う事はあり得ない。
世間一般のイメージと本来の探偵のイメージは、年号が変わり新たな時代を迎えた今であっても尚、まるで合致しない。
映画や小説の中の探偵が、現実に勝っている。
だから、探偵をしていると他人に言えば、かなりの確率でこう言われる。
『どんな事件を解決したんですか!?』
……そして実際の業務を話すと、白けた顔――――こそしないものの、苦笑いを浮かべたり露骨に話を逸らしたり、要は興味を失う。
それは正直少し悔しい。自分のやっている仕事が認められていない気がして。
だから、ネットで定番コピペにされたりドキュメンタリー風バラエティ番組に取り上げられたりするような後世に残る凶悪事件を一回くらい解決して、『ええ、実はあの事件を解決したのは俺なんです』と胸を張って言ってみたい。
日本で、この世界で不可能なら、異世界でも構わない。依頼が来たら直ぐにでも旅出ってやる。
――――そう願っていたのは紛れもない事実だ。
だから、俺はここにいるのかい?
そう。貴方だ。
俺は貴方に聞いている。
俺の簡単な身の上話は以上だ。次は貴方の話を聞きたい。
いや……そういえば名前がまだだったな。
自己紹介の最後が自分の名前ってのも、妙な話ではあるけど――――
俺の名は柊命題。
こんなんでも一応本名だ。
向こうの世界ではキラキラネームって言われていたけど、もう関係ないだろう。
ついでだ、年齢も言っておこう。
今年で28になる。
人生の酸いも甘いも噛み分けた……と言うにはまだまだ若輩者だ。
一応、30になる前に何かしらの難事件を解決したいって目標は持っていた。
その想いが強かったかどうかは、俺にはわからない。
自分の気持ちの大きさなんて、比較対象がなければ測りようもないからな。
さて……そろそろいいだろう。
俺のこの言葉は、貴方に届いているんだろう?
理解して貰えているんだよな?
だったら、そろそろ事情を説明して貰おうじゃないか。
俺はどうして……異世界に来てしまったんだ?
なーんて。
どうせ通じちゃいない――――
「余はエルリロッド国新国王、ヴァンズ・エルリロッドだ。余が貴公をここへ喚んだ」
「……へ?」
――――この日、俺は重要な事実を学んだ。
どうやら異世界でも日本語は通じるらしい。
母国語の意外な万能性に衝撃を禁じ得ない。
そして同時に『どうせ日本語なんて通じちゃいないし、まして敬語かタメ口かなんてわかる筈ないんだから、ちょっと気取った自分語りでもして気持ちを落ち着かせてみるか』と安直に判断した数十秒前の自分を思いっきり蹴飛ばしたい気分に駆られた。
「中々饒舌ではないか。探偵」
……どうかこの国の不敬罪が極甘でありますように。