荒野にて
こちらはローファンタジーのおっさん×少女のお話です。
のらりくらりおっさんとぐいぐいおせおせ少女、そしてその二人を運ぶバイク。
そんな旅のワンシーンを書いたお話です。
「やだー髪の毛が砂まみれ!」
「馬鹿かノア、あれから逃げ切れただけ良かったと思え」
辺りに重く響いている大型バイクのエンジン音の振動を脚で感じながら、アズノは今まで走っていた荒野地帯の中心を指さした。そこは突如現れた竜巻が砂や廃屋を巻き上げ、見るも悲惨な状態となっている。アズノはそっと銀の瞳を細めた。
先程まで自分達はあそこにいたのだと思うと、正直冷や汗が出るどころの話ではない。
更に落ち始めた夕陽が、その荒れ果てた箇所をじわりと赤く染め上げていく。
しかしノアはというとマイペースにバイクから降り、自慢の長いブロンドヘアとお気に入りの白いワンピースに付いた砂を小さい手で懸命に払っている。話の内容など全く耳に入っていないようだ。
やれやれとアズノは溜息を吐きながら、無精髭の生えた顎をグローブ越しに撫でる。
話をスルーされるのはいつもの事だ。
そしてノアに倣うように己の黒いライダースーツに付いた砂を軽く払った後、バイクのエンジンを止めてからゆっくりと降りる。風で乱れた白髪混じりの黒髪を撫で上げ、ゴーグルを外し首に掛けた。
先程の竜巻から逃げ込んだ場所を改めて見回すと、どうやらここは捨てられたガソリンスタンドのようだった。草や砂に若干埋もれているが給油場所や休憩所等も見て取れる。今まで通ってきた砂地もよく見れば石畳のような物があり、この辺りが昔は街だったのが分かった。
「ここ、ガソリンスタンドだよね? ロウェルのご飯あるかな」
「いや流石にこれだけ廃れているとなると無いだろ。まぁコイツには目的地の海に着くまでのと、予備も含めて燃料はたっぷり積んである。心配いらねぇよ」
ロウェルとは先程乗っていた大型バイクの愛称の事で、どんな悪路でも進むことが出来るようにアズノに改造を施されている。この二人にとって大事な仲間だ。
そんな働き者のロウェルを労るように、ノアが「今日もありがとね」とハンドルを優しく撫でた。
それから足を進め奥にある休憩所を覗いてみると、ソファーもテーブルも埃被ってはいるものの破損はなく綺麗な状態だった。広さは十二畳程だろうか。棚に並んでいた古びた機材やタイヤは使い物にならない様子だが、旅をしている二人にとってはしっかりと風雨を凌ぎ眠れる場所があるだけで十分である。
薄暗くなってきた空を眺めた後、今夜はここを寝床にすることにした。
ロウェルを休憩所の中に入れ荷物を降ろした後、アズノはその荷の中からランプと小さな薬缶、そして簡易式のコンロを取り出しテーブルの上に置いた。続いて出てくるのは水と袋に詰まったコーヒーの粉。
「お前もコーヒー飲むか?」
「うん、砂糖ちゃんと入れてね」
埃を掃ったソファーに座っているノアの放つ、いつものお決まりの台詞。それを聞き「砂糖が残り少ないの知ってんだろ、そろそろブラックで飲めるようになれ」と苦笑しながらも、アズノは薬缶をコンロに掛けカップを二つ用意する。それからコーヒーの粉を入れ、その内の一つにはしっかり砂糖も入れた。
暫くしコンロの火を消して沸いた湯をカップに注ぐと、ふわりと温かで落ち着く匂いが室内に広がった。そのまま砂糖の入った方をノアに渡し、アズノはブラックコーヒーに口を付けながら空いている方の手でランプを灯す。暗くなっていた室内が再び明るくなっていった。
時折外から入り込んでくる隙間風が冷たいが、身体はコーヒーのお蔭で温かい。
暫く互いにゆったりとした静かな時間を堪能していたが、カップの中身が半分程減ったところでふとノアが口を開く。
「ねぇアズノ、海まであとどれくらいかな」
「ん? そうだな、一週間は掛からないんじゃないか?」
ノアの隣に腰を下ろし、腰元のポケットからビスケットを取り出しながらアズノがそう返す。受け取ったビスケットをひと齧りしたノアは、アズノをその大きな蒼い瞳で見上げながらにんまりと笑った。
「そっか、思ったより早いね!」
「ああ。あそこには俺のお目当ての飛行船もあるし……お前も早く父ちゃん母ちゃんに会いたいだろ」
今二人が目指している海には機械学が発展している大きな都市がある。そしてそこにはノアの両親もいるらしい。
アズノはそういった技術を持つ都市を回る旅の途中で、両親を探し彷徨っていたノアと出会った。独りで親を探すか弱い少女を見捨てる事も出来ず、そして己と向かう場所も同じだった為アズノはノアを一緒に連れて行くことにしたのだ。
旅は道連れ、世は情けである。
「そうね、早く会ってアズノの事を紹介しなきゃ」
――しかし最近はどうやらノアの目的が変わりつつあるようだが。
「……お前なぁ」
また始まった。と言わんばかりにアズノが顔をしかめるが、そんな事などおかまいなしである。
ノアは空になったカップをソファーの上にぽいっと放り投げると、そのままアズノの膝の上に飛び乗った。
「ふふっ、私の王子様なのよって早く言わなきゃ。ねぇ、せっかくだし結婚式は海でする?」
「馬鹿野郎こんな年食った王子がいてたまるか。それに俺はもっと色っぽい女が好みなんだ、お前なんてまだ十五歳にもなってないじゃねぇか論外だ」
「私大きなリボンが付いた白いウェディングドレスがいいなぁ~」
「話を聞け!」
盛大にツッコミを入れるが、目を細めうっとりと妄想の世界に浸っているノアの耳にはもう聞こえていないようだ。安定のスルーである。
旅をしている内にどうやらノアにしっかりと惚れられてしまったようで、時折こうしてアプローチなど軽く超越したかのような超展開トークをしてくるのだ。
好意を持たれる事自体は嬉しいが、度が過ぎたそれにアズノは毎度頭を抱えている。
「うふふっ、早く海に行きたいなぁ」
膝の上でころりと寝転がっているノアのどうにも幸せそうな笑顔を見下ろしながら、深く息を吐いた後ぽつりとアズノは呟いた。
「まぁ、もう十年もしたら考えんでもないがなぁ」
その頃俺は五十超えてるけどな、と内心苦笑しつつ。
「……ほんと?」
「ん?」
気が付けばノアは頬を赤くさせ、きらきらとした瞳でこちらを見上げている。
しまった。
「絶対よ! 私しっかり聞いたからね!」
「……なんでこういう時に限ってスルーしねぇんだよ」
「アズノが大好きだからだよ、ふふっ」
ノアの笑い声とアズノの溜息が重なる。
そんな二人のやりとりが休憩所から聞こえていたが、夜が更けてきた事もあり暫くするとランプの灯りが消え静かになった。
まだ、二人と一台の旅は続く。
2016/3/21発刊。飛瀬貴遥様主催、おっさん×少女企画『掌を繋いで』アンソロジーに寄稿させて頂いた作品です。
掲載許可を頂いておりましたので、こちらにお邪魔させていただきました……!
おっさんと少女のコンビ良いですよね。
私個人としても気に入っている二人なので、また続きを書けたらなぁと思っています。