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あんたのし  作者: ゆうきしん
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【管理人】

人工物ってとても空しい。家や店、調理済みの冷凍食品、玩具、その他諸々の人の手が加わった物体には、おのおの必ず作られた目的がある。作られるということは必然、作る必要があったということで、誰にとって必要かと言えば、それは人間だ。人間が快適に、便利に、安心するために人工物は作られる。少なくとも、工業が誕生からその黎明期に至るまで、人工物と人間は蜜月の関係にあった。

そして今。人工物は長らく人間に片思いをしている。作られては捨てられ、若しくは使いもせず壊される人工物を、空しいと形容するのになんら違和感はない。

ボクが管理をしているこのビルもまさしく空しい人工物だ。1年半という、人間の赤ん坊より長い工期を経て、やっとのことで産声を上げたこのビルはしかし、終ぞ誰の手にも渡ることはなかった。いわゆるバブルの時代、膨れ上がった景気の先の先に作られた無意味な建築物。そんな誰にも望まれないビルたちがこの国には無数にあった。バブルが弾けると共に人間たちの意識の外にポンと飛ばされ、後は年月が経って壊されるのを待つばかりである。空しい。哀れと言っても良い。だからボクは、このビルがせめて残り幾ばくも無い寿命の間、正しく人工物として役目を果たせるように、半年前から住み着いていた。


と、言うのは全くの嘘だ。人工物はあくまで人工物。命ないものに興味は無い。

ボクがここを管理する理由、いやしなければならない原因は、まさにこのビル自体にある。結論を言うならばここはとても中途半端なのだ。

このビルを構成する要素は主に3つある。

一つ。テナントはおろか人の往来が全くない。

一つ。管理がすこぶる甘く、施錠が正しく為されることがない。

一つ。ビルの高さは約30メートル。

無人であり管理も甘いそこそこ高いビルに人間が近付く理由は何だ?

繁華街の間隙にすっぽりと飲み込まれたその場所に人は何を求める?

答えはとても簡単だ。けれど、人々がこのビルに答えを求めたとしても、決して完全なものを与えてはくれまい。30メートルという高さは、彼の地へ人を送るには不十分と言わざるを得ないのだ。

だから、ボクは分岐器として、コンクリートの地面に終点を求めた人々を、もっと確実な終点へと誘う役目を負っている。


コンクリートむき出しの階段を上る。ボクはこの、靴がコンクリートをコ、コ、コと打ち鳴らす音が嫌いではない。一番好きなラムネの瓶がビー玉で奏でる軽やかな夏の音の、次の次程度ではあるが。だから敢えて強く踏む。かわいそうにビルは、踏めば踏むほど良い音で鳴いた。このビルの管理ははっきり言って暇であり、食料が尽きない限りこの近辺から動けないボクにとって、日常生活の一挙手一投足を娯楽として活かさなければやってられなかった。ボクの暇つぶしのためにビルには鳴いて、いや泣いてもらっている。合掌。

その日、仕事が舞い込んできたのは夜の十時を過ぎた頃だった。

夜食用に買い込んだカップ麺をずるずると啜っていると、控えめな足音が聞こえた。足音の主が屋上を目指しているとすれば、かれこれ三ヶ月ぶりの仕事となる。足音は一人だった。他に、がろん、と耳に馴染み深い音も聞こえる。あれは缶ビールがぶつかり合う音だ。ボクはポケットに万札を数枚突っ込み、部屋を出た。宴会の雰囲気を変えるなら相応の酒が居る。手元にある缶ビールだけでは不十分だ。

―――そして今、ボクの目の前では一台の車が唸りを上げている。

何故かと言えば、どんちゃん騒ぎの飲み会の後、足音の主―――結局あの後三人もやってきた―――たちが三々五々に希望の〝終点〟を言い出したからだ。そしてそれらは何れもここから遠かった。この成り行きには少なからずボクも驚いた。何せ今までこのビルを管理してきた歴史上、一度たりともこの敷地以外に〝終点〟を移動させたことはなかったからだ。

彼女たちの終点に、ボクが付き合う理由は、しかしながら十分にある。終点の変更は単にボクの都合に拠るものだから、当然と言っても良い。そうだ。当然のことなのだ。変更するだけして後はほっぽり出しなんて、不誠実極まりない。

ボクは背中に催促の声を浴びながら、ビルにすっとんで扉やら窓やらに片っ端から鍵を掛けた。唯一鍵を掛けてあった金庫からありったけの札束を取り出してボストンバックに突っ込み、ビルを出た。金庫の鍵は掛けていかなかった。

車に乗り込む。エンジンが唸りを上げ、車体が前進を始めた。

あの空しいビルを都会の奥底に見送りながら、人の居ない道路をすいすいと駆けていく。

さて何処から行こうかと議論を交わす人間たち。

ただボクは、お腹が減ったと無邪気に鳴いた。

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