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夜の娘  作者: 新田納豆
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 書斎でぼんやりと考え事をしていた。そこを肩を軽く叩かれ、振り返る。長男のアルフレッドがいた。


「あら、アルフレッド。どうかして?」

「それを探しに来たのです」


 目の前に広げてある家譜を指差され、苦笑してしまう。これにアルフレッドが探しているものは書かれていないのだ。それでもどうぞと渡して、アルフレッドが何をするかを眺めていた。案の定、暫く眺めた後で不愉快そうにする。


「昨日、夜の娘とやらが部屋に来たのです。父上と同じことを言いました。ナハトは自然になると。自然になるとはどういうことか、母上は知っていますか?」


 疑問で聞いてきてはいるが、不安や疑惑の色は見せない。既に調べはついていて、ただ確認しに来たのだろう。広げられた家譜の、一番上右を指差す。


「この方があなたの探している人だと思うわ。ゾンネ様。王家から嫁してこられた方」

「やはり……。何故、この家譜には王家と記載がないのですか? 降嫁されたなど、最重要事項では?」

「ゾンネ様は隠されていた王女であらせられたから。ナハトと同じように、自然に愛された方だったそうで、それ故秘匿されていたらしいわ。嫁がれる際は家譜に記載されている子爵家の養子となっていらしたの。当時からだれも知らなかったか、公然の秘密だったか、今となっては分からないけれど、その子爵家も今ではないし当家にしか伝わっていない秘密ね」

「何故ゾンネ様はそうまでして、我が家に嫁がれたのです?」

「当家は元を辿れば王の腹心の騎士とは貴方も知っている通りね。ご先祖様はとある密命を持ってこの地を任されたのは知っているかしら?」

「いえ。存じません」

「昨日旦那様が仰った通りよ。ゾンネ様のような自然に愛された存在の保護です」


 黙り込むアルフレッドに構わず続ける。


「初代王はあらゆる自然の加護を得てこの地を治めたと伝えられているわね。その血筋はゾンネ様に正しく受け継がれた。そしてお二方がこの地を選ばれたと伝えられています。この領地は他領と比べて自然豊かで、あまり近代的ではないわね。貴方がそれを歯痒く感じていて、どうにかしようと首都で王太子様方と勉強してきたのは私も旦那様も分かっています。けれど、此処はわざとそうしているの。自然に手を加えてはいけない。手を加えないことが私達の仕事なのです」

「しかし、しかし、殿下はこの領地の発展を期待しているとそう仰られていたのです」

「王太子様もこれから知るのかもしれないし、既に王家からこの情報は失われているのかも知れない。どちらかは分かりません。けれど自然の保護が、我が領地では当代の陛下のお言葉よりも優先されるのです」


 苦悩する我が子に、つい甘い言葉をかけてしまいそうになる。しかし、我が家はそうでなくてはならないのだ。


「どうにか抜け道はないのですか。我が領民は仕事に追われ、疲弊している。他領との差は増すばかりです。それをどうにかしたいと思うことも許されないのですか」

「自然を壊さない改革であれば、進められると思います。ナハトに聞くといいわ。出来ることと出来ないことを教えてくれるでしょう。……これは、生まれた時からこの地にいる母の愚痴と受け止めて欲しいのだけれど」


 アルフレッドから自然を外して呟く。在りし日の光景を思い出しながら。


「優秀な兄がいたわ。領民の田舎ぶりを憂いて改革を為そうと張り切っていらした。その時にはナハトのような存在は居なかった。全て人の都合で推し進めて、他領と同じ方法で近代化しようとした。……けれど、駄目だった。工事をすれば災害に襲われ、持ち込んだ機械は全て駄目になったわ。一度ではなく何度も。その損失を取り返すように農業や林業、他全ては豊作になった。諦めなかった兄は何度目かの災害の折巻き込まれて還らぬ人となった。アルフレッドにはそうなって欲しくはないわ」

「…………呪いのようだ」


 呻くようにアルフレッドが言って、そうねと同意する。


「でも、都会的なことは何もないけれど、その代わり自然災害はこの領では皆無だわ。洪水も日照りもない。人家で起きた火事だって自然と雨が降り鎮火する。動植物だって、ずっと人と近くて優しいわ。それが損なわれるのは良くない。そう領民達を説得して来たけれど……。貴方達とナハトがいればいい形で近代化も進められるかもしれないわね」

「全てはナハト次第、ですか」


 複雑な表情を浮かべるアルフレッドに、どうなのかしらと言葉が漏れた。


「どういうことです?」

「ナハトは、自然を意のままに操ることが出来るのかしら」

「夜の娘は、自然はナハトに従うと言っていましたが?」

「私達があまり勝手なことをし過ぎたら、王から諌められるし、領民は離反するわ。ナハトだってそうならないとは言い切れないのではない? 自然が牙を剥くことも、あるのではない?」

「それはそうかもしれませんが」

「自然は恐ろしいものだわ。人一人が従えるものなんかではないと思うの。ナハトがそう為ると知って、私は……止めたいと思った。出来ることなら、そんな役割をあの子に与えたくはないのよ」

「以前にもそのような方達はいたのでしょう? どのように伝わっているのですか?」

「全員、家を出て、たまにふらっと顔を出してはまた去ると伝えられているのよ。ゾンネ様も子を為した後はそうだったと。誰も彼らが何時何処で亡くなったのかも知らないのよ。家令になるなんて初めてのことだわ。ナハトは大丈夫なのかしら。自然と為りつつ人の世にもいるなんて、そんなこと、出来るのかしら」


 アルフレッドが来るまでずっとつらつら考えていた悩み事が口から飛び出していく。ナハトが手の届かないところに行ってしまう。助けることが出来ない領分に行ってしまう。人の世にいてくれるなら、守ってあげることができるのに。まだ幼いのにどうしてと、そればかり。


「母上。確かにナハトはまだ小さい。ですが、守られるばかりの子どもではない。夜の娘とやらがついているそうですから、きっと大丈夫です」

「アルフレッド……」

「子どもは巣立つものですよ。そして、失敗しない人間などいない。それは悪いことではない。なるようになります」

「そう、ね」

「人ではなくなった者に何が手助けになるかは分かりませんが、私もクレメンスもいます。安心なされませ。まあ、私達の方が頼る事の方が多そうですが」

「ふふ、そうね、ナハトは得難い存在なのだから」


 ナハトが産まれる前、不安で一杯だった。自然に愛される子なんてどう育てればいいのだろうと。産まれてからは引き起こされる騒動の数々が新鮮で、あまりにも有り得ない出来事ばかりで、でも優しい出来事ばかりで、楽しかった。


「ナハトが小さい頃は、大変だったわ」

「ええ。とんでもないことばかり仕出かしてくれましたからね」

「でも、楽しかった」

「否定は出来ませんね」

「家を出ていくものとばかり思っていたから、残ってくれて嬉しいわ」

「平穏が恋しい気もしますがね」

「ナハトをお願いね、アルフレッド」

「はい、母上」

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