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ナハトを家令にすることにしたと父が言い、私とクレメンスは顔を見合わせた。貴族の三男は家を継げないが、貴族の一員であることに変わりはない。貴族にしか出来ない仕事に着くのが一般的で、間違っても使用人にさせるやつなんていやしない。ナハトも騎士にさせるべく、剣の稽古をつけられていた。筋もよく、また、彼の持つ不可思議な巡り合わせの良さも相まり今後を期待されていた。
「それは、また……何故?」
「この領地から離れるくらいなら、家を出ると」
「そのようなこと。子どもの我儘でしょう」
「ナハトは普通の子どもではない」
それは確かにそうだが。この邸の者なら誰もが知っている。ナハトは自然に愛されている。自然はナハトの都合の良いように為る。それが、我が家のためになること、引いては国のためになることを期待されていた。跡継ぎの私よりも、余程。
「覚えておきなさい。自然は意のままに操れるものではない。また、自然に愛される者も、操ることは出来ない」
「……」
「夜の王の子と既に親交があるようだ。……我が家には度々自然に愛される者が出ることは、私からお前達には教えたが、かの方々がその後の我が家に影響を与えることはなかったことには気付いたか?」
渋々ながら頷いた。家譜を紐解けば、かの方々に伴侶はなく、子も途絶えている。記録を紐解いても、その後我が家に何かしら恩恵があったことはない。我が家に影響があるのはかの方々が成人するまで。その後は各々が一様に家を出、戻らない。自然に愛される者がいるというのに、何ともお粗末。有効活用できない祖先達を不甲斐ないと感じた。
「大抵かの方々は成人後家を出ている。ナハトは成人後も残る気でいるというが、意に反することを命令したとて従うことはないと言う。これを覆すことはままならんと心得よ。
それが何故か、判るか?」
クレメンスと視線を交わす。クレメンスは眉を寄せて、肩を竦める。
「自然は意のままに操ることは出来ないから。……しかし、どうしようもないこともありましょう? それでも、決定権は当主ではなく、ナハトにあると?」
そうだ、と父上は頷かれる。しかし私もクレメンスも承服しかねた。決定権のない当主など、当主ではないではないか。
「ならいっそナハトを当主にしたらいいのでは? 決定権のない当主など他家も認めないでしょう」
「ナハトを当主にすることは出来ない。ナハトは既に人から離れた」
父上の言いように私も眉をひそめる。人から離れたなど、一体何を言っているのか理解しかねる。
「自然に愛される者は、やがて自然に為る。人には見えない物を見、人には聞こえない物を聞き、人には触れない物に触れ、終いに自身が人ならざるものに為る。ナハトは当主になれぬ。人の理の外にいるからな。領地を離れられないし、王に敬意も払えない。我が家の当主は他家とは違い、ナハトのような存在を守るのが一番の仕事だ」
「ナハトを守る」
「相手の言い分を躱すことを覚えよ。面の皮を厚く持て。貴族間を渡り歩き、恩を売り、弱味を握れ。こちらの弱点を掴まれても慌てるな。相手の言い分を飲むのではなく、ありのままをナハトに相談するといい。そうすれば向こうが自ずと滅びる」
何かを口にしかけ、しかしはっきりとは言葉にならず口を噤む。言いたいことが沢山ありまとまらなかった。そんな私が分かっているのだろう。父上はではまた明日と言い席を立った。




