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夜の森は意外と煩い。風に木々が揺れる音、虫の合唱、蛙の鳴き声。暗闇から聞こえて来るそれらは不気味だが、何処か興味を惹かれるのも事実で、好奇心に導かれるままに寝台を抜け出し、庭の隅に空いた穴から近くの森に入り込んだ。夜に森に行きたいと言ったら血相を変えて説教してきたお目付役を出し抜けたことが愉快で、夜の森への恐怖心は薄れていた。昼間とは全く違う顔を見せる夜の森は小動物の目や光る虫のお陰で意外と明るく、興味深く辺りを見回しながら歩いていく。だからこちらを不思議そうに見つめる瞳にもすぐに気が付いた。葉の繁みに紛れるようにこちらを見つめる瞳は白く輝いていて、綺麗だった。その瞳が大きく、人間のようだと理解して、声をかけた。
「人か?」
「ここで何をしているの?」
返ってきた声が思っていたよりも高くて驚いた。自分と同じような人間だと思っていたのに、女子のように高く澄んでいる。
「散歩だ。君は?」
「此処は私の家よ」
その言葉に眉を潜める。この森は我が家の領地で、住みつく許可を与えた人間は居ない。そもそも特殊な森なのだ。人が住める環境ではない。では、彼女は人ではない?
「それは邪魔をして悪かった。前からこの森が気になっていて、今日は特に月が綺麗だったから、つい好奇心のまま入ってきてしまった。この森に危害を加える気はない。もう暫くここにいてもいいだろうか?」
「私の許可は必要ないわ。あなたの周りで動物達が寛いでる。それが答えよ」
「確かに梟も栗鼠も寝ているのを見かけたが、それが答え?」
「彼らは臆病だわ。彼らが逃げないのなら、あなたは森に歓迎されているのよ」
繁みにずっと紛れていた瞳が動く。繁みが自ら動くように左右に分かれ、そこには長い黒髪の少女がいた。
「ようこそ。この森へ。夜の娘として、あなたを歓迎するわ」
これが、私と彼女の最初の出会い。