1
スマイル・ガールは短命であるという。スペースコロニー世界での役職の一つであるが、彼女らが職務を全うした後どう処遇されるのか一般に知られていない。
☆
「よう!元気か?」
不意に声をかけられて、ぼくは顔を上げた。
「ウサ?久しぶりだな」
ぼくは会えたのが嬉しくて、同い年の優等生に駆け寄った。
スペースコロニーの中央管理局で一緒に学んだ仲だったが、将来的にどうするかでぐずぐずしているぼくを置いて、ウサは先に専門のコースに進学していた。
「まだ、どんな分野に就くか決められないんだ」
「お前は頭悪くないんだから、じっくり考えてみたらどうだい?」
「コロニーマザーコンピュータからいくつか職業を提示されて、早く決めるように指示されてるところさ」
ぼくは肩をすくめた。
「何が引っ掛かるんだ?」
「・・・なんていうか、この世界でのぼくの存在理由みたいなことで・・・」
言ってしまってからちょっと後悔する。そんなことくらいで悩んでるのか、と言われるかな?と思った。
しかし、ウサは真剣な表情で一緒に考えてくれた。
「まず、その悩みをなんとかしないといつまでたっても解決しないんじゃないかな」
「だけど、心の奥に巣くってる悩みだから、解決法がみつからない」
ウサはなにやら考え込んでいたが、携帯の端末から用紙にプリントアウトしたメモをぼくにくれた。
「悩み事よろず受け付け所。スマイル・ガール」
「なんだい、これ」
「ま、騙されたと思って行ってみろよ。じゃあな」
そう言ってウサは手を振って違う方向へ行ってしまった。
心理学に長けているウサの言うことだから、多分大丈夫なんだろうけれど、なんだいこれ?ぼくはメモをしげしげと見た後、ズボンのポケットに突っ込んで忘れてしまった。
ぼくは最近、失恋と誰かにかなわない屈辱と劣等感を味わったばかりで、沈みこむことが多かった。
本当に好きだった女の子が、いきなり現れたやつにかっさらわれて、しかもそいつはコロニー政府の高官の家系生まれのエリートだったんだ。
人は皆が平等だって誰が言ったセリフだろう?
確かにぼくは敗北者で社会的弱者だった。
今いるこの世界が空虚で冷たく感じられた。
どうやったらこの無限ループみたいな気持ちから解放されるんだろう?
そんな感じで授業も上の空で受けていたからテストはさんざんな結果だった。
自学自習の課題が出て、調べものをする時に使用する専用のブースにこもった。
「メモ紙は・・・っと」
ポケットをまさぐっていたら、ウサからもらった紙がくしゃくしゃになって出てきた。それを折り目をのばして開いてみた。
「スマイル・ガール」
ちょっと考えてから端末で検索してみた。
「悩み事よろず受け付け所。・・・そのまんまじゃないか」
爽やかな笑顔の少女のイメージ映像が出ているだけ。他に説明はない。
アイコンが最寄りのスマイル・ガールの住所の上にあった。ぼくは他にやることも思いつかないので、その住所を控えた。
きんこーん。
そのとたん、コロニーコンピュータの端末からお知らせの音がして、びくりとする。ぼくは何かやらかしたのか?
「自学自習を中断してスマイル・ガールを訪問してください?」
画面の緊急連絡にそう書かれた文字が踊った。
ぼくはおもいっきり変だと思った。何かの間違いないじゃないのか?
しかし、何度問い合わせてみても同じだった。
ぼくがスマイル・ガールの住所に足を運んだのは、その二日後のことだった。
いけないいけないと思うんだけど、身体が精神がいろんなことを拒否するので、何でも先伸ばしにしてしまうんだ。
呼鈴を鳴らすとすぐに白い扉が開いて、一人の少女が出た。
ごく平凡な感じの、どこにでもいるような平均的な女の子。彼女を見ても、やっぱり振られた女の子のことが良かったなとしか思えない。いまだに吹っ切れてないのが情けない。
「どうぞ中へ」
かわいい声で彼女はぼくを招き入れた。
中はクリーム色を基調にした女の子らしい調度の揃った部屋だった。
ソファーを勧められたので座ると、ふわふわし過ぎて身体が埋まってしまう。
スマイル・ガールはキッチンでお茶の用意をして運んできた。リラックス効果のある香りでぼくは少し気持ちがほぐれた。最近あんまり寝てないので、異様に眠気が襲った。
「私はリンっていいます」
「ぼくはケン」
ぶっきらぼうに言った。
「眠かったら、眠ってください」
「でも、失礼じゃないのか?」
「みんな、最初にここに来たら疲れていることが多いから、休んでもらってます」
「そう?」
じゃあお言葉に甘えて。ぼくは久しぶりにぐっすり眠り込んだ。
変な夢を見た。コロニーじゃないどこか別の世界で誰かと楽しく暮らしている、そんな夢だった。
起きたら涙が流れていた。ぼくは疲れていたのかな、と涙を手でぬぐって大きく伸びをした。