異世界転生勇者 VS 悪役令嬢 ~チートで婚約ハーレム破棄つくり五分たい前~
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――遠い青い惑星に、或る男がいた。
日々を無為に過ごすことに関して彼はその世界随一だった事もあり、私は面白がって眺めていた。その日も近所のコンビニで週刊漫画を立ち読みに行こうとしていたのだが、この男の危機管理能力がふと気になった私は横断歩道を歩いている途中にトラックを突っ込ませてみた。そしたら死んだ。危機管理能力は無かったのだ。
まあ死んでしまったものは仕方がないので私の管轄で生き返してやる事にしたのだが、無駄飯ぐらいの分際で私に一つの要求をしてきた。
「手違いってんなら、そっちが悪いんだろう? だったらさあ、あり得ないぐらい強くて、イケメンで……それから人望もあって。そういう人間にしてもらっても良いんじゃねぇの? なぁなぁ頼むよ、俺一度で良いから日替わりで女の子と遊んでみたかったんだよ。三次元で」
なるほど、一理あると私は思った。まあ確かに私は悪いのでそうしてやることにした。だがそれだと私の楽しみが一つも無くなりそうだったので、一つだけ変えてやる事にした。
というわけで彼はチートでイケメンだけど人望が何一つない勇者に転生する事になった。
そして17年の時が経った。
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――遠い青い惑星に、或る女がいた。
部屋で時間を潰すことに関して女はその世界随一だった事もあり、私は面白がって眺めていた。その日も通販のお急ぎ便で買った乙女ゲームを消化していたのだが、この女の危機管理能力がふと気になった私は部屋の外壁に高く積まれていたゲームの山を崩すことにした。そしたら死んだ。危機管理能力は無かったのだ。
まあ死んでしまったものは仕方がないので私の管轄で生き返してやる事にしたのだが、無駄飯ぐらいの分際で私に一つの要求をしてきた。
「ねぇ知ってる? このゲーム……『愛と永久の最果てで』なんだけど、私このアルタイル様と恋に落ちたいの。ほら、パッケージのこの方よ。だからこのゲームの世界に転生させて、主人公にしてもらえるわよね? はいよろしく」
なるほど、一理あると私は思った。まあ確かに私は悪いのでそうしてやることにした。だがそれだと私の楽しみが一つも無くなりそうだったので、一つだけ変えてやる事にした。
というわけで彼女は愛と永久の最果てでの世界の悪役令嬢ミコトに転生する事になった。
そして17年の時が経った。
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「ここが魔法学園カム……カミュ?」
「カムイエンデですよ、アル様」
「そうそう、カミュイエンデ」
この学校の名前一つろくに言えない男こそ、彼である。以前の面影などとこにもなく、上から見ても下から見ても右斜から見ると特に美丈夫というやつである。蒼銀の長髪に、漆黒のマント。腰から下げた白鞘の日本刀に切り裂けないものはない。あと魔法も強い。
従者のように付き従うのは、彼によって救われた元奴隷のシリウスである。つややかな漆黒の髪と日に焼けた褐色の肌、そして男なら思わず目を見張らずにはいられない女性らしい豊満な肉体。わけあって彼の度に同行している。
「んで、俺達誰に会いに行くんだっけ?」
「帝国軍第二席貴族の息子のフォーマルハウト・ビスケスですよ。ご自分でお決めになったのに、もう忘れてしまったんですか?」
彼らがここに足を運んだのは、そのフォーマルハウトに会うためだった。そこに行き着いた経緯は置いておく。どのみち彼の行動全てはハーレムを作るためのものなのだから、知ったところでどうしようもないのだ。
「ははっ、悪い悪い……最近年かな」
「もう、アル様ったら私より年下のくせに……それじゃあまるで私がお年寄りみたいじゃないですか」
「わかった、ごめん今のは無しだ……俺の、頭が悪かった」
「はい、よろしいです」
「よしっ、じゃあ……乗り込むか!」
そして場当たり的な行動だけで十七年生きてきたその男は、校舎に足を踏み入れた。
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深窓の令嬢。黄金の髪を左右に結び、優雅に紅茶をすする姿にはその言葉こそふさわしかった。だがその見た目に騙せるなかれ、それは表の顔である。冷徹狡猾虎視眈々、それこそが彼女の裏の顔。だが今日だけはその乙女らしく、その心は踊っていた。
「ようようミコトさん……今日は随分機嫌が良さそうじゃないの」
「あのねぇギウス、そう思うなら勝手に私の隣に座らないで貰えない? ほら、私一応フォーマルハウト様と婚約している身なので」
「ならなおさら。お二人には是非末永く当オリオン商会のお得意様であって欲しいからな」
芝居がかった態度で深々とお辞儀をするその赤毛の男の名は、ギウスと言った。商人の家に生まれ社会勉強も兼ね魔法学園カミエンデに入学。ミコトの実家が金持ちで、また彼女のその剛毅な正確が気に入ったということも有り良き友人として付き合っていた。もっと正確に言えば、悪友として。
「ええ、そうねそうするわ」
口ではそう言いながらも、ミコトは全く別の事だけを考えていた。彼女は今日を待っていた。そのためにこの十七年間生きていたと言っても過言ではない。
なんの手違いか私の気まぐれか、彼女は主人公シエル・エトワールになり得なかった。それでも彼女は諦めない、憧れの流浪の勇者閃光のアルタイルと結ばれる事を。幼い頃から頭を回転させて導き出した答えは、至極単純なものである。
シエルに正しいフォーマルハウトルートを進ませる事。ミコトとの婚約を破棄して真実の愛に目覚めたフォーマルハウトとフォーリンラブ。たったそれだけで良いのである。そうすれば、彼女はフリーになりお目当てのアルタイルもフリーのまま。後は実力で落とす。そういう風に彼女は決めていたのだ。
「おいおい……見ろよミコトさんよぉ。随分と場違いな奴が中庭を歩いてるぜ」
――来た。カップを掴んだ彼女の手が、一瞬だけ小さく震える。そう、今日は彼女が待ち続けたアルタイル登場イベントの日だったのだ。もちろん元来脇役である彼女は今日彼と出会う事はない。彼は今日、中庭でシエルと出会う。
一目だけで良かった。ただ本物のアルタイルを見れたなら、それで良かったのだ。きゃっごめんなさいい空を見上げてたらつい……おい、お前どこに目が付いている? あの、すいません私……全く、この国の最高学府がこの程度とは先が思いやられうな……のやり取りが見れたらそれだけでよかったのだ。
だからそっと目線をずらせば、最愛の他人がそこにいたのだ。
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「あーあ、どっかに可愛い子落ちてないかな」
彼は中庭を進んでいく。険しい顔で空を見上げながら本気で空から女の子がダース単位で降ってくることを願っていた。彼はそういう男だった。
「もうアル様、前を向かないと……あっ」
「きゃっ!」
シリウスの制止も虚しく、彼は一人の少女と肩がぶつかった。体勢を崩してしまった彼女を見て、彼はついため気を漏らしてしまう。
「ごめんなさい、空を見上げてたらつい……」
恥ずかしそうに頬を染め、何度も頭を下げる彼女。そんな姿を目の前にして、彼はため息をつかないでいられるだろうか。
――何せ美少女が自分からぶつかってきてくれたのだから。
「……君、可愛いね!」
「えっ!? あ、はいありがとうございます……」
「ここの生徒さん? いやぁ最高学府だと聞いてたけどまさかビジュアルまで最高レベルなんて下調べが足りなかったな」
彼は髪をかきあげると、素直な気持ちを言葉にした。そしてスマイル。これで落ちなかった女性の数は。
「あの……私急いでますんで」
今のところ135である。ちなみに目の前の彼女が136人目である。
「あ、ねぇ名前教えてよ! それか連絡先! ねえデートしようよそしてゆくゆくは俺のハーレ」
「ごめんなさい急いでますからあっ!」
「むぅ……」
そして彼女は、全力で逃げた。それはもう体育祭なんかの徒競走の倍ぐらいの速さである。
「……くそっ!」
対する彼は、膝をつき悔しそうに地面を殴った。その目には、涙。136回同じ事を繰返しても学習しないのは私としても予想の範囲を超えていた。
「閃光のアルタイルハーレムランド建設計画が全然進まないっ……!」
「まぁまあアル様、ここは気長に行きましょう」
そんな情けない彼の肩に、シリウスはそっと手を置いた。そこにあるのは、笑顔。なら、その胸にあるものは。
「シリウス……やっぱり正妻はき」
全てを言い終わる前に、けたたましい校舎の鐘は正午を知らせる。するとシリウスは真顔になって時計を取り出し、それから手帳を開き始めた。
「あのぉ、アルタイルさん? ちょうど今で一週間経ったんっすけど……」
「え? もう? 早くない?」
「どうします? 友達以上恋人未満料払ってくれたらまた延長しますけど……」
――もちろん金である。彼に人望など無いのだ。
「いくらだっけ?」
「20万っす」
「……もうちょっと安くならない? それか恋人以上料とか」
「いえ、嫌なら別に良いんすよ。結構溜まったし普通に働こうかなって考えたっすから」
「あ、うそうそ払うから! はい20万また一週間友達以上恋人未満よろしくおねがいしまーっす!」
そして深々と頭を下げるアルタイルと、受け取った金を財布にしまい咳払いをしてからまた笑顔を浮かべるシリウス。
「アル様……気長にがんばりましょう!」
「うん……ぼくがんばる!」
かくして異世界から転生してきたチート勇者閃光のアルタイルは、人望がないおかげでハーレム建設計画などという無謀な夢が一歩も進まないのであった。
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ミコトは紅茶をぶちまけていた。
「いやいや、世の中には不憫な人もいるんだな……顔は良いのに中身がひどい」
いやいやいやいやいやいやいやいやいや何ってるんですかギウスくんと心のなかで呟いても何一つ冷静になれないミコト。中庭で今しがた女に大金を払ってスケベそうな笑顔を浮かべる男の見た目は彼女の知っている閃光のアルタイルにほかならないのだがあまりに違う。
というか、誰お前レベルである。そしてそれは何お前と変わっていく。これが愛が疑いに変わり憎しみになるプロセスである。
だから彼女は駆けていた。その速さ、まさしく獲物をかるが如く。そして愛する閃光のアルタイルと見た目だけは同じその男に狙いをつけ、声の限り叫んでいた。
「テメェエエエエエエエエエエエエエエエエエッ!」
振り返る、閃光のアルタイル。だが彼は恐ろしいことに満面の笑みを浮かべて彼女と向き合い両手なんか広げてみたり。
「おおっ、今日はなんと二人も美少女と遭遇するとはついに俺のモテ期が来たか! 長かったぜ苦節十七年さあ来いよマイハニーどこの誰だか知らないが今ならなんと先着順君がハーレム一番乗」
そして彼女は大地を蹴って飛び上がった。両足の先は揃えて、めがけるのはその間抜けな表情。
――ドロップキック。彼女の必殺技の一つである。
「死にさらせこのコスプレ不審者がああああああああああああっ!」
そして、蹴った。愛する閃光のアルタイルの顔面――違うのだ。目の前にいる男が、閃光のアルタイルであってはならない。だから彼女は合理化したのだ、目の前にいるのはただのコスプレ不審者だと。そういう事にしないと、彼女は今以上に正気を保てなかったのだ。
モロに喰らった閃光のアルタイルは、鼻血を閃光の様に吹き出しながら間抜け面で倒れていた。それでも彼は、笑っていた。ちょっとだけパンツが見えたから。
かくして私が転生させた二人の穀潰し共は、めでたく邂逅出来たのだった。
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「で、なーんで俺の部屋に運んじゃったんですかねぇ」
頭を掻きながらため息を漏らすギウス。誰だって自分のベッドに不審者が安らかな顔で寝息を立てていたらそういう態度を取るだろう。もっとも彼はそういう役回りなので、そうするしか無いのだろうが。
「女子寮は男子禁制だし、金にあかせて広い部屋にしたんだから丁度いいじゃない。有効活用よ有効活用」
「へいへい、これからもオリオン商会をよろしくお願いしますってね」
皮肉らしくミコトの台詞に答えるギウス。そうこうしている間に布団から聞こえてくる寝息が小さくなり、ついにはその両目が開いた。
「アル様、お気づきになりましたか?」
「シリウス……すまない、記憶が曖昧だ。おっぱいを揉んだら思い出せるかも」
「すいません田舎に帰りま」
「嘘! 嘘ですお気づきになりました!」
急いで起き上がるアルタイルだったが、ここがどこまでは気づいていなかったらしく物珍しく周囲を見回していた。
「……んで、ここどこ? 保健室? 美人で巨乳の先生は?」
「あいにくうちの学校の教師はジジイかババアの二択でして……で、ここは俺の部屋。どーもギウス・オリオンです。職業は見ての通りの学生さん」
いつもの営業スマイルを浮かべて手を差し出すギウスに、アルタイルはゆっくりと手を握り返した。
「あ、どうも閃光のアルタイルです。職業は……フフッ、流浪の勇者……かっこ良くない?」
ねぇ、良くない? と聞いて回るアルタイル。シリウスはいつもの事なので適当に首を縦にふり、ギウスは営業スマイルが苦笑いに変わってしまう。してミコトはといえば。
「かっこいい良い訳ねえだろうがよおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
鬼のような顔して、嵐のような声を上げ。ミコトはアルタイルの胸ぐらを掴み襲いかかる。ぶんぶんと振り回されてぐしゃぐしゃになるアルタイルの長髪がただ憎たらしくて仕方ない。
「汚すんじゃねぇ! 思い出、思い出も愛もおおおおおおおおおおっ!」
「ちょ、ちょっとストップミコトさん! ていうか何その低い声! そんあ地鳴りみたいな声どっから出てるんですか!」
無理やり引き剥がすギウスだったが、そんな事でミコトの鼻息は収まらない。言ってしまえば、彼女は陵辱されてしまったのだ。大切に積み上げてきた思い出を、ただの一瞬で塗り替えられたのだ。
「こいつだけは許さねぇ……!」
「ステイ! ミコトさんステイ!」
そんな彼女を見て、アルタイルは一瞬優しい顔をした。それは彼女が憧れた、まさしく閃光のアルタイルのもので。
「……すまない、ミコトとか言ったな」
「えっ……」
そのよく通った声に、ミコトの心臓が一瞬跳ねる。大好きだったその声に、反応しない乙女ゲーム愛好家はいないのだ。
「俺さ……ツンデレだけはだめなんだよ」
下衆な台詞を言われた時は、特に。
「ウオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ! 殺す! 殺してやるううううううう! そんな事言わないんだよおおおおおおおおおおお!」
「ちょ、ちょっとヤバイってミコトさん結婚前にこんな事! あとその椅子俺の! 俺のだからね!?」
高級そうな椅子を持ち上げぶんぶんと振り回すミコトを必死に止めるギウス。もう既に一部の家財道具が破損しているのだがそのお気に入りの椅子だけはどうしても止めたかった。
「……あのお、アル様? あんまり遊んでると時間なくなっちゃいますよ?」
「あ、そうだった……俺は悪徳貴族を成敗してその中の従者とかメイドさんとかが俺に惚れないかなって期待してここに来てるんだった」
自分で自分の頭を叩いてついでに舌なんかも出しながらろくでもない事を口にするアルタイル。ただその言葉に関して、ギウスは眉を細めるだけだったのだが。
「あくとくきぞくう? あんまりそういう噂は聞かないというか……」
横目でミコトを眺めれば、彼女はニッコリと微笑みかけた。
「あらギウス? 私の顔に何かついてる?」
二人の小芝居を無視して、頭を捻るアルタイル。例によって記憶力の悪い彼は誰に会いに来たのかいまいち覚えていないのだ。
「えっとねぇ、確かフォ、フォ……」
「フォーマルハウトですよ、アル様」
「そうそう、そんな名前」
ただ、今度は眉をどうこうという程度ではない。思い切り面食らった顔をギウスは浮かべるしか無かった。
「……マジ?」
「あ、知ってる?」
「知ってるも何も」
今度も横目でミコトを眺めてみせるギウス。ただ先程の茶化すような視線はもう完全に消えている。
「……知ってるも何も私の婚約者だけど?」
「……じゃあ、倒していいか」
ツンデレは別にハーレムにいなくていいかと前々から考えていたアルタイルは何度も首を縦に振った。彼の好きなタイプは普通に自分を好きになってくれる人だからだ。
「何考えてるのよ、あんたは」
「悪徳貴族を成敗してその中の従者とかメイドさんとかが俺に惚れないかなって」
「本気?」
「うん」
済んだ目で答えるアルタイル。もうギウスもミコトも呆れることしか出来なかった。
「あー……医者呼んだほうが良さそうかなこりゃ」
ため息混じりのギウスの言葉に首を縦に振るミコト。そう、最早彼女にとって目の前の男は彼女が恋い焦がれた閃光のアルタイルではなくただの頭のおかしい人に成り下がっていた。医者に行こう。そして男を付き出そう。
そう思った矢先のこと、誰かが部屋の扉を叩いた。
「はい、どうぞ」
「失礼します……ああ、ミコト様やはりここでしたか」
部屋の主が返事をすれば、黒い執事服を来たメガネの男が丁寧に顔を出した。
「……誰?」
「フォーマルハウトの執事のベンジャミンよ」
首をひねるアルタイルとそれに答えるミコト。まともに会話が成立した初めての瞬間であった。
「何やら是非お話したいことがあると……直ぐに第三会議室まで来て欲しいと」
「俺も行っていい? お前の主人ぶっ殺しに行こうと思うんだけど」
「いえ、お一人ということだったので……」
えーと不満を漏らすアルタイルだったが、むしろその場でぶん殴られないだけベンジャミンの人間力の勝利だった。
「それじゃあ、行って来るわね」
手をひらひらさせて、部屋を後にしようとするミコト。
「ミコトさん、結婚式の引出物は是非オリオンデパートにて……」
「はいはい、そうさせてもらおうかしらね」
皮肉に適当に頷いてから、彼女はゆっくりと廊下を後にした。
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第三会議室の扉を開ければ、机に肘をついたフォーマルハウトが神妙な顔をして待っていた。
「やあ、待ってたよミコト」
紫色の長い髪をしたその男は、もちろん乙女ゲームの攻略対象である。だが、ミコトは別に彼のことは好きではない。とりあえずシナリオとCG埋めとくかみたいな程度の存在でしか無いのだ。
「婚約の件なんだけど……驚いた」
フォーマルハウトは、深い深い溜息をつく。そして彼が集めさせた大量の紙の束をその場にドンと叩きつけた。
「まさか君が裏でこんなにあくどい事をやっていたなんてね……」
「……言い訳はしないわ」
紙の束の内容など、見なくてもわかる。大体が試験問題の横流しとかあとまぁ下級生に対するちょっとした嫌がらせとか。おかしな話ではあるが、どちらも彼女がわざと行ったことである。
「そうだね、君はそういう人だ」
なにはともかく、彼女は心のなかで安堵した。これで婚約は破棄されて、フォーマルハウトはシエルとくっつきハッピーエンド。そして自分は閃光のアルタイル様と恋に落ちてハッピーエンド。ウィンウィンである。そんな青写真を描く。
「だから、婚約を破棄しよう」
そう、ここから彼女が望んだ人生が。
始まる第一歩なのだから。
「……と思っていたんだけど」
「あれ?」
何かがおかしいとミコトは考えた。そもそも婚約破棄イベントはこんなに早くないというか時系列的にアルタイルの顔見せが終わっただけなのに婚約どうこうについて触れられるのがおかしな話なのである。
「見たよ、中庭で……まるで荒ぶる獅子のように、不審者に掴みかかっていったね。惚れなおしたよ、ミコト……君ならきっとビスケスの家を誰よりも強く守ってくれる」
そしてフォーマルハウトは紙の束を足で蹴飛ばして、仰々しくも両手を広げた。それは彼だけができる、精一杯の愛情表現だった。
「こんな小さな事なんて関係ない! 今直ぐ結婚しようミコト!」
「あー……」
しかし、ミコトはそれだと困るのだ。彼女にはアルタイルと結ばれるという大事な夢があるのだが、しかし今日現れたアルタイルはアルタイルではないために別に結ばれるひつようもないというかむしろアルタイルを探す旅に出るなら権力とかこの辺で付けておいたほうが良いのかそれともどうするべきなのか。
ミコトは混乱していた。
「ちょっと待って今整理してるから」
だが、すぐに整理するはずもない。十七年の思いが簡単に割り切れるなどできるはずすらないのだ。所詮その場しのぎの合理化では、合理的な判断を下すような事は出来ない。
「まったく、身辺整理ぐらい召使にやらせればいいじゃないか!」
「あーまってフォーマルハウトいまめっちゃ考えてるの」
「僕の事……嫌いかな?」
「だからまってって」
どうするべきかとミコトは悩む。だがいつだって考える余裕なんて無い。
「とおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
本当はクールでミステリアスで俺様キャラだけど本当は心優しいはずの流浪の勇者閃光のアルタイルの子供のように元気な声が会議室に鳴り響く。扉をぶち破り前転で侵入してくるその男は、適当なところで速度を殺しゆっくりと立ち上がると満面の笑みでフォーマルハウトに立ちはだかった。
「いたな悪徳貴族フォーマルハウト! この俺の力を持って……成敗してくれようぞ!」
もちろんフォーマルハウトとは初対面である。なのでとても当然の対応をした。
「……誰?」
まあこうなる。
「閃光のアルタイル……それが俺の名だ」
「がんばって、アル様!」
刀を抜き構えるアルタイルに、給料分の仕事をするシリウス。少なくとも彼女はあと6日と二十時間はこんな感じである。
「いやすいませんねこの人が言うこと聞かなくて……」
必死に頭を下げるギウス。身分は彼のほうが低いのだ。
「あのさ、一応聞いておくけど……彼何したの?」
頬を掻きながら、ミコトはアルタイルに尋ねた。流石に婚約者が悪徳呼ばわりされれば気にならない訳ではない。
だから、アルタイルは答える。彼が独自の情報網を駆使して調べあげた、その男の悪行とは。
「奴隷を使って金を沢山稼いでいるらしいな」
その程度の事だったので。
「……普通じゃね?」
ギウスは普通に答えてくれた。
「え? 奴隷だよ、だって……」
真顔で聞き返すアルタイルだったが、ミコトもシリウスも目を伏せた。特にどうこうという話題ではなかったのだ。それはそういう物なのである。
「いや、はい。働いたら自分で自分を買い取れたりしますし……」
「ねぇあんた……シリウスって言ったっけ。どうして常識教えてないの?」
「コース料金に入ってませんから……」
「ああ、そう」
いま明かされる衝撃の事実。もちろん奴隷制度が普通などということではなく、友達以上恋人未満の人間に社会通念を教える義務がないという事実である。
「まあ、兎も角だ」
それでも彼は、歩むのを止めない。
「人は生まれを選べない」
剣を天高く掲げて、その口上を止めやしない。
「だが、誰にだって奪えない……その生き方は選ぶ権利は」
その言葉に、ミコトの心は揺れ動いた。その台詞こそ、閃光のアルタイルの名台詞だったから。
「喰らえ! 天に轟く閃光のおおおおおおおおおおおっ!」
まあ必殺技を叫んだりはしないのだが。
「シャイニングスペシャルアルティメットエナジーブレイドオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
振り下ろされる、ダサい名前のひどい攻撃。剣は光の柱となって学校の天井をぶち抜いてそのまま縦に振り下ろされる。
そしてフォーマルハウトは消し炭になる。校舎の四分の一と共に。
「悪は……去った!」
アルタイルの心は晴れやかだった。これで開放された奴隷とか虐げられていたメイドとかが素敵! 抱いて! と駆け寄って来ると本気で考えていたからである。
だが、まあそんなことなどあるはずもなく。直ぐに駆けつけてきたのはもちろん警官隊であった。
「あの……なんか囲まれてない?」
「いやですねぇ、アル様に嫉妬してるんですよ」
「そうだよねぇ、うん。まったくモテる男はつらいぜ……」
「とりあえず金目の物を頂戴してから、いつものように逃げましょうか」
「うん! さっすがシリウス頼りになるな!」
もちろん金を払っている間は。
「あの……どうしようミコトさんこいつら逃げたら俺らも疑われるんじゃないですかね?」
「あー……」
ギウスの言葉に頷くミコト。ここはとても不本意ながら。
「とりあえず……追いかけましょうか」
そうして彼らの冒険の旅は、幕を開けたのであった。
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「あのねぇ、アルタイル様はあんたみたいに間抜けな顔をしていないの。わかる?」
「わかんない、だって俺がアルタイルだし」
「違う、ぜんぜん違うっての。もう本当死んでくれない? それか一言も喋らないか」
「えー? しゃべんないと女の子の連絡先聞けないじゃん」
「喋ったって聞けないでしょうが」
下らない言い合いをして進んでいく二人の後を、五歩ほど遅れて彼らが行く。
「まあというわけで、なんとか合流出来たみたいっすね」
「そうそう、人使い荒いんですよねあの人。監視役だから色々便宜を図って貰えるのは良いけど、こっちの身にもなれっていうの」
聞こえてるぞ、ギウスくん。
「ああ、こりゃすいません……まぁ、給料分はやらせてもらいますよ?」
「まあ、こっちもそこそこ儲かるし……いきましょうか」
というわけで彼らは行く。信頼できる私の監視役を引き連れて、その冒険を続けていく。まあこれから先どうなるかなんてものは、それこそ。
神の私にもわからないが。