父の背中
前回のあらすじ
アルマと母のことを少しだけわかった気がした。
異世界とはなんなのか。
もしも、漢字の示すとおりなら、「異なる世界」。
解釈は色々あるだろう。
自分の国の基準が母国の日本だとすれば、まったく知らない外国だって異世界だ。
自分の思考を自分だけの「世界」と例えるなら、他人の思考も、また異世界であろう。
だが、近年アニメ・ライトノベルの普及によりまた別の解釈が生まれたのだ。
異世界とは・・・・・「剣と魔法の世界」であると・・・・・。
この設定のゲーム、ライトノベル、アニメはよくある。俗に言う「異世界もの」「非日常もの」というものだ。
魔法と剣主流の世界で、仲間と一緒に凶悪な魔物を倒し、魔法を討伐する旅に出る。
こんなストーリーが多い。
だが、多くのゲーマー、ライトノベルマニア、オタクは思っていることだろう。
「あってほしいと願うけれど、やはりファンタジー」・・・・・と。
つまり、空想の産物であると。
なぜ、俺がこんな話をするか・・・・・。
えーと、俺は本日三回目の人生を訳あって送っているわけですが・・・・・。
ただいま、その「異世界」にいます。
◆
俺がいる異世界ではどうやら四季があるらしい。
日本と同じように、春夏秋冬、四つの季節がある。
かといってそれはここら辺の話で、他にも地球と同じように色々な国があり、大陸があるそうだ。
それによって、寒帯、冷帯、乾燥帯、熱帯、温帯のように気候が別れてる。
今、俺がいる国は《アスニア》という小国らしい。
だが、四季があるというのは商業的にも有利らしい。季節ごとに作られる色々な食べ物というのは、他の国からしてみれば羨ましく、また、よく売れるらしいのだ。
だからアスニアは小国にも関わらず、豊かで人がよく育つ。
異世界でも戦争はやはりあるらしいが、このアスニアは食べ物が関係しているのか、優秀な魔法使いや、剣士が揃っていて他の国は攻めるに攻められないらしいのだ。
だから、この国はいつまでも、ずっと平和で豊かなのだ。
今の季節は、ところどころ雪が少しだけ残る、春だ。
◆
この世界が異世界と知ったのは三日前。
異世界という未知な世界に出るのが怖く、庭に出る気はあまりなかったが、アルマや周りの環境が気になって仕方が無かったので、俺は今日こそ庭に出ようも思う。
恐怖心より、好奇心が勝っていた。
俺が2回目の人生を送るときに、俺を転生させた神様は言っていた。
「いくら、魂が貴方のままでも体が違うだけで性格が微妙に違ってきますから、そこら辺は戸惑わないように」
なんと、体が変わると性格も多少変わるらしい。
原因は謎だがな。
どうやら、この体は好奇心に溢れているようだ。
初めてのものばかりがありそうな異世界には、うってつけの精神だ。
そんなわけで、俺は庭に出ることにした。
ドアも家同様、木製。家は俺が産まれるのを見計らって作ったためなのか、新しい。
ドアノブの金メッキも、本物の金のように光り輝いている。
握りしめたドアノブがひんやりと冷たい。
家からハリス・ヴァート・・・・・父が二時間前に出たきり誰も使っていないから、こんなにも冷たいのだろう。
それに、季節はまだ冬の名残が残る春だ。冷えるのもすぐだ。
「あら?レオ、今日は外に出るの?」
いきなり後ろから声をかけられ、俺は思わずドアノブを離し、後ろをバッと見た。
そこにいたのは、洗濯かごを両手で抱えてこちらを少し驚いたような表情で見つめる、母親だった。
「あ、ごめんね?驚かせちゃった?」
申し訳なさそうに顔を曇らせる母に、俺は慌てて言った。
「い、いえ!大丈夫です!えーと・・・・・なんですか?」
「そう?ならいいけど・・・・・。珍しく外に出るのかなぁって思ってね?ほら、ほとんど外に出たことなんてないじゃない?」
そういう母はどこか嬉しそうだった。どこの親も子供には外に出て元気に遊ぶのは嬉しいのだろうか。
「こないだ、アルマのこと聞いて、近くで見に行きたいなぁって思いましたので!」
「ふふ・・・そう?アルマもきっと喜ぶわよ?仲良くしてあげなさいね?」
「はーい」
「あぁ、それと」
元気よく返事をし、ドアにまた向かい合ってドアノブを握ろうとすると、また後ろから母の声が聞こえてきた。
「裏庭にお父さんいると思うから、見に行ってみたら?きっと面白いものが見れるわよ?」
そういう、母の表情はニッコリしててもっと嬉しそうだった。
「?はーい」
少しだけ母の笑顔の真意が見えず、疑問を持ちながらも俺はドアノブを握る。
触れたドアノブは、俺の体温で微かに暖かくなっていた。
◆
ドアを開けると、一気に視界は白い光で満たされてた。目から入ってくる明らかにいきなりすぎる膨大な光という情報を受け入れたため、一瞬だけズキンと頭が痛みを発した。
目が光になれていくと、段々と景色が見えてきた。
俺が小さいからか、高めに見える木の柵に囲まれた芝生の庭。前に見えるのは、外を出入りするための門だ。これも木製だが、黒く着色されている。
左にはすぐに柵がありなにもない。少し雑草が生えてきているようだ。
右側を見ると、かなり大きな敷地が広がっている。かといって豪邸というほどではなく、日本の一般的な庭よりはかなり広い・・・・・と言ったところか。
自家栽培用の農園があり、そちらを見るとキュウリや葉の緑色や、トマトの赤や、パプリカの黄色などの彩り鮮やかな光景が目に優しい。
そして、その側には・・・・・・・・・・。
なんか、アルマが「はやくこっち見て!気づいて!」と言わんばかりに葉っぱをざわめかせて、アピールをものすごくしている。
実はさっきから気づいてはいるんだけど、なんか可愛くて気づかないふりしてた。
そろそろ枝とか振り回しすぎて根っこちぎれるんじゃないか、と思うくらいなので、流石にこれ以上焦らしたら可哀想だなぁと思い手を振ってあげると、一瞬止まったかと思ったら、さっきよりさらに枝をブンブン振ってきた!!
あーあ・・・・・葉っぱ、すごい落ちてるじゃないか・・・・・。すぐはげるぞ?
「アルマ、元気?」
試しに声をかけてみると、ザワザワ!!と明るい返事のような音が帰ってきた。
俺は農園の野菜を踏まないようにと、少し回り込んでアルマに近づいた。
試しに撫でてみる。
心地よさそうなザワ・・・・・という音が鼓膜を振動させる。
「ねぇ、アルマ、座ってみていい?」
ザワ!と唸ずつくような音を了解と見て、俺は腰をかけてみた。
すると、俺が座った位置に窪みがスゥ・・・・・と付いていく。初めは気のせいかなぁと思ったが、最終的にとても座りやすくなってて驚いた。これは、アルマが座りやすいようにと俺に合わせてくれたのだろうか。
ふと、俺のすぐそばにボトッと何かが落ちるような音が聞こえた。
「ん?なんだこれ」
俺が拾ったのは果物のようなものだ。黄色く、でも形はミカンのよう。だが、ミカンよりも1回りくらい大きい。
俺が上を見上げると、アルマの変わらない緑色の葉っぱが広がっているだけ。
この果物はどこから・・・・・と思って、アルマをじっくり観察して見てみたところ、アルマは膨大な葉っぱで覆い隠すように、黄色の果物を奥の方に実らせていたのだ。
後から母に聞いた話によると、アルマは昔から人間に懐きやすい植物だったため、他の気に食わない人間や、生物に取られないように果物を奥にしまい込んでいるらしい。
普通の植物は、いろんな動物に果物を食わせ、動物の出す大便に種を混じらせて運ばせ繁殖していく、・・・・・つまり、わざと果物をたべさせるのだが、人間と長い間共に過ごしてきたからそういう習性になったのであろうか。
「ありがと、アルマ!」
「ザワ!」
とりあえずお礼を言っておくと、アルマは嬉しそうだった。
さて・・・・・初めて頂きますが・・・・・お味はどうなんでしょう。
ミカンは皮をむいて食べるが・・・・・とりあえずむかないで食べてみよう。
ガブッと小さく1口噛むと、ジュワッ!と一気に口に水分が広がっていく!!
なんだこれ・・・・・
ミカンの味にパイナップルの酸味・・・・・と言った方が伝わるかな・・・・・
なんだこれ、すごい癖になりそう!
「うまいなこれ・・・・・」
俺がそういうと、ボトリと小さな影が俺のすぐ横を通過して地面に落ちた。
そこにあったのは、さっき食べたのと同じ黄色い果物だった。
「もう一つくれるの?」
「ザワ!」
「ありがと!」
お礼をいうと、俺はすぐさま口を大きく開ける。もう舌が味を覚えてすぐさま味わおうと焦っているかのように、唾液が口の中を満たしている。
ガブッとかぶりつくと、やはりうまい果汁が自分の心と喉を満たしてくれる。
あぁ・・・・・なんか・・・・・最高だ。
日本のように、桜も、ウグイスもいないけれど、それでも、なんだか春だなぁ・・・・・と俺は思えた。
と、黄昏ているとあることをふと思い出した。
『裏庭にお父さんいると思うから、見に行ってみたら?きっと面白いものが見れるわよ?』
かあさまのあのセリフを思い出したのだ。
・・・・・そういえば裏庭ってどっち?
俺の目の前には農園があり、もちろん後ろにはアルマがいる。裏庭というには、家の裏側にいるのだから・・・・・。
あった。俺の右手方向に家と柵の間に細い道があることに気がついた。
家の影で暗くなっていてあまり見えないが、確かにある。
ザワ・・・・・
俺が腰を上げるとアルマはさみしそうに木全体をざわめかせた。
「ごめんね、父さんのところ行ってみたいんだ」
そういうとアルマは潔く諦め、しょんぼりと木全体をしおらせた。な、なんととわかりやすい・・・・・。こやつは子犬か!
「さっきの美味しかったよ、ありがと!」
俺はそう言うと裏庭へと続くであろう道に向かった。
◆
道は家の日陰で真昼というのに薄暗かった。下を見ると雑草がたくさん生えており、俺が地面を踏みしめる度に青臭い匂いが俺の鼻に届く。
かあ様の言っていた、面白いことってなんだろう。
父さんは何をしているのであろう。
そういえば・・・・・俺は父さんのことを何一つ知らないのかもしれない。もちろん、優しく、明るくて家族思いなのは見てわかる。
だが、裏庭で何をしているのかはもちろん、仕事は何をしているのかも知らないのだ。出勤時間も全然わからない。朝日が昇ったくらいに家を出ることもあれば、昼間に出る時もあれば、夕方に出る時もある。
なにもかも、知らないのだ。
そんな父さんのことを知ることができるかもしれない。そんな好奇心は俺の心をくすぐった。
光が少しずつ地面に指してきた。そろそろ見えるだろうか。体が小さいせいで歩幅が小さすぎる。なかなかたどり着かなくて少し疲れた・・・・・。もう少し・・・・・。
ザンッ!!!シュッ!ズン・・・・・!
何かを切るような音、風が切り裂かれるような音、地響きがするような重低音。
そんな音が聞こえて、俺の体は勝手に震え上がった。なんだこれ・・・・・鳥肌・・・・・?寒気?
ちらっと裏庭を覗くとこちらに背を向けて立つ父さんの姿だった。上半身は裸で肩が上下に動いていることを見ると、かなり荒い呼吸をしているようだ。
一目見て、鍛え抜かれた体だと思わせる。男の俺がつい見惚れてしまうようなそんな筋肉。
そう、機能美・・・・・。男がエフワンレーサーや戦闘機に憧れるようなものと似ているのだろう。
「誰だッ!」
するといきなり父さんが背後にいる俺に向かって声を投げかけた。え?なんで?音なんて全く立ててなかったのに・・・・・。
「そこにいるのは誰だ・・・・・、アルマの警備を通ったならかなりの強者だろうが・・・・・容赦は・・・・・」
俺は、凄まじい剣幕の父さんにビビりながらも恐る恐る前に出た。やべぇ・・・・・木の葉が宙に浮いてる・・・・サ○ヤ人かよ・・・・・。
「ぼ、僕だよ?」
父さんは目を見開いて、すぐに殺気を引っ込めてニコリと笑った。
「なんだよ、レオか!ごめんなぁ、アルマに通してもらったんだな?」
「うん・・・・・父さん何してたの?」
見たところ、岩石を重機で粉砕したような跡がある。あとは真っ二つに切れた木の葉が複数落ちていること・・・・・。
「あぁ・・・・・それだったら、今日は特別なことする予定だったから、ついてきな?そしたらわかるから!」
そういい、父は俺が来た道を引き返して元に戻っていった。
家にでも帰るのか・・・・・?
俺は首をかしげながらもついて行った。
◆
「さぁ、これから模擬戦するぞ!!」
場所は柵の外、アルマの目の前、父さんは半袖のシャツを肩までまくり上げいきなり宣言した!
「へ!?僕とですか!?」
俺は当然驚いて後ずさりする。ちなみに話す時の一人称は僕にしとく。読者さんよ、混乱するなよ?
「違う違う!まだ小さいのに模擬戦もなにもないわ!」
「では、誰と・・・・・?」
すると父・ハリスは近くにある木をコンコンとノックするように叩く。
近くにある木・・・・・アルマだ。
「アルマと戦うの!?」
「ただし、アルマは本気、俺は素手の上に命は狙わないってことでな?」
いや・・・・・それ以前に・・・・
「アルマって・・・強いの?」
「見てみゃわかるさ、いくぞ、アルマ!!」
父さんはそう言うと、バックステップ1歩で10メートルくらいアルマと距離を取る。
1歩で・・・・・?1歩?
後ろへの何の助走もつけないバックステップで10メートル・・・・・?どんな身体能力だよ・・・・・。
「アルマは俺に致命傷を与えたら勝ち、俺はアルマのすぐ側にある柵に触れれば勝ち・・・・・いいな?」
「え、致命傷って・・・・・!」
そんなのなしに決まってるじゃないか!!
父さんはフッと笑って呼びかけた。
「そうなったら、母さん呼んでくれ!あの人なら致命傷でもすぐならなんとか出来る!!」
・・・・・んな無茶苦茶な・・・・・どんだけ凄いんだよ、あの母さま。
「んじゃ、・・・・・スタート!!!」
最初に仕掛けたのはアルマだった。
自由自在に操れる太枝を槍のように変化させ、それを幾本も作り出しハリスに向かってマシンガンのように放った!
ドドドドッッ!!!!
硬いはずの地面がまるで豆腐のように何の抵抗もなく、アルマの枝の介入を許している。
ハリスは・・・・・迫り来る木の槍を見据えて左手は前、右手は発射に備えて腰の下に・・・・・日本の空手に近い構えだ。
彼の口がなにやら、動いた・・・・・。それはようやく聞き取れる音声を放っていた。
「身体能力上昇・・・・・」
そのつぶやきと共に彼の体が赤い炎のようなオーラに包まれていく・・・・・。まるで彼自身の瞳の色に染め上げられたかのように。
「フンッ!!!」
ハリスは備えてた右拳を、目の前に迫り来るアルマの攻撃に対して・・・・・空突きした。
まだ攻撃がハリスに届いていなく、拳も木の槍には触れてはいない。
空振り・・・・・と思った瞬間
ゴワァッ…・・・・・!!!!
と凄まじい轟音が鳴り響いたと思うと、アルマの槍はハリスの拳から発生された風圧により、竜巻に晒された枝のように木っ端微塵に破壊されていた。
・・・・・やばい・・・・・俺の父親・・・・・人間じゃない・・・・・。
拳の風圧だけで、硬い地面を簡単に貫くアルマの槍を粉砕しやがった・・・・・。
彼は一歩一歩アルマに近づく。
アルマとの距離は10メートル。一歩1メートルと数えると・・・・・約10歩。
一歩ごとにアルマは攻撃を仕掛けるが、その度にかわされ、いなされ、破壊された。
左手で枝をのけるようにいなすとその部分が砕けちり、右手の手刀に触れた枝は、まるで名刀に切られたかのような断面を見せた。
ありえない。
その一言だった。
アルマの力はよく知らない。けれど、速さはどんな槍の名手よりも速いと思うし、貫通力なんて大型銃にも引けを取らないはずだ。
なのに・・・・・なんだ、この圧倒的さは・・・・・。
すごい、すごすぎる・・・・・。
男子は強さに憧れる生物だ。目的は色々ある。女を手に入れるため、誰かを殺すため、誰かを守るため・・・・・。
だが、シンプルに《最強》を目指したいものなのだ。
悪を砕き、悪を断つ。そんなヒーローに憧れるものだ。
アルマの柵に、さっきとは打って変わって優しくポン・・・・・と手を置いた男の背中は、容易に俺の心を虜にし、その日その男は俺の憧れとなった。