それは、きのうのこと (思い出)
日記以上小説未満
片腕の男性はハモニカを吹いていた。
隣に座る片足の男性はアコーディオンを弾いていた。
二人が奏でる旋律はどこか哀愁を秘めていて、祭りの中で浮いていた。
二人とも、くたびれたカーキ色の軍服。足にはゲートルを巻いていた。足元には空き缶。
物乞いをしていた。
「国から補償金をもらってるんだから」
と傍らに立つ父が言う。私は二人が怖くて父のかげに隠れた。
あんたは知らないだろうが。あんたはまだ分からないだろうが。
おれたちは戦争に行ってきたんだ。
高度経済成長と呼ばれる時代に、すでに遠ざかっていた戦争の影をいまだ引きずり、祭りの人ごみの中に座っていた。
「もう何十年も経つのにな」
父は私の手を引いて男たちの前から立ち去る。私はこわごわ振り返って見ていた。
汚れた軍帽、すり切れた軍服。
何もかもが過去の遺物だ。
今なら分かる。
十年、二十年、三十年前のことですら、きのうのことのようだと。
幼い兄と一緒に桑の実をカゴいっぱいに取って食べたことも、女子高で皆とおしゃべりしたことも、結婚して子どもを産んだことも、すべて鮮やかに思いだされて、つい数年前のことみたいだ。
すぐ近くに爆弾が落ちて、戦友の体が吹き飛んだ。
切り落とされた腕に蛆がたかっていた。
生き乍ら腐っていく悪臭のなかにいた。
すべてはきのうのことのよう。
きっとまだ戦争は終わっていない。少なくとも彼らの中では。
いつ終わる?
終わらない、終わったとしても忘れてはならない。
祭りの中に彼らの幻影をみる。
大人になったいまも。
そんなことがあったのだ
「となむ かたりつたえたるとや」