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冬がきた (ご当地もの)

地元の話を書こうと思った。

 漬物工場からの集金が終わって、事務所から外へ出るとネックウオーマーを唇まで引き上げた。

 昨日初雪が降って、今朝はまだとけ切らない雪のかたまりがあちこちに残っている。まだギリギリいつもの靴でたりるけど、そのうち冬靴出さないと。もっと雪が深くなったら、いっそ長靴のほうが快適だ。

 ああ、今年もまた雪の季節か……。吐く息が白く流れて、漬物を加工している工場からの醤油と味噌の匂いに紛れていく。

 北国に生まれ育ってきたから、雪なんか珍しくもなんともないし嬉しくもない。また雪との闘いのシーズン突入だ。朝起きてまずすることは、前夜のうちにどれだけ雪が積もったのかの確認だ。車を出せないくらい積もっていたら、食事の用意は後回しで、まずは除雪。

 雪だ、雪だ、なんてはしゃいだのは幾つまでだったろう。

 今では、ただ忌々しいだけ。

 ぶつぶつ文句を言いながら、車に戻って運転席のドアノブに手をかけたとき、ふとわたしの口から言葉がこぼれた。


「きっぱりと冬がきた」


 ……高村光太郎……だよね。

 そういえば、ここのそばに光太郎が戦争末期から疎開して住んでいた山荘があった。そばといっても、林をこえた川向う。さらに山の中。

 子どものころに、遠足で行った。大人になってからは、お客さんとのつきあいで行ったりした。

 光太郎が住んでいたころからすでに半世紀が過ぎているのに、相変わらずあの辺りは深い山の中というイメージは変わらないし、じっさい山深い。

 今はリニューアルして立派な記念館と山荘を囲う鉄筋コンクリート造りの建物。

 ……わたしが子どものころは、山荘より辛うじて一回り大きな木造の家屋で保護していたんだよね……。

 どっちが、山荘か分からないくらい、ボロボロだったな。

 山荘は壁も床もすき間だらけで、あんなところに真冬にいたら命にかかわりそうなものだけど。よくあんな場所で暮らしていたもんだわ。芸術家の感性は分からない。


 三畳あれば寝られますね……


 心を病んだ智恵子の手仕事は、子どものころに通った花巻病院の廊下に飾ってあった。色紙を切り抜いて描かれた作品が並んであった。花巻病院の院長は、花巻での光太郎の暮らしを支援していた縁で作品を贈られたのだろう。


 幻の妻智恵子と対話。

 山荘の裏山に登って智恵子を忍んだと。


 子どもの頃は分からなかった。想像すらできなかった。

 伴侶を亡くす哀しさも、歳を重ねることの充実感と終わりに向かう淋しさも。


 光太郎は雪に何を見たんだろう。

 背が高く、人ごみでも誰ともぶつからずに去る姿を土門拳が「やはり彫刻家の目はいいのだな」とどこかに書いてあったのを読んだことがある。


 そんな彼は何を見たんだろう。

 荒れ狂う吹雪や、静かに降り積もる雪。

 都会生まれの彼は、山奥にひとりいて智恵子と対話していたのかな。

 でも孤独ばかりを求めたわけじゃないというは、山荘の記念館の写真にサンタクロースの姿で地元の小学生に挟まれている姿からもわかる。

 地域の人たちに慕われていたのは、展示された写真を見れば一目瞭然だもの。


 七度も雪と逢いまみえ、光太郎は都会へと戻っていった。


 さてと、わたしも事務所へ戻ろうか。キーを差し込みエンジンをスタートさせる。


 雪はキライ、雪があると大変っていうけど、暖冬で雪がほとんど降らなかった去年は雪が少なきゃ少ないで気をもんだ。

 天の巡りは平常運転がいい。

 じぶんたちの手出しのできないものの中で生きている。いや、生かされているってことか。


 雪は今年も降るだろう。野も山も白く埋め尽くされるだろう。

 真冬になったら、高村山荘に行ってみようかな。小さいけど、カフェもあるって聞いた。

 遊歩道を歩いて光太郎の気持ちを味わってみたい。


 彫刻家の目を感じてみたい。


「さ、『冬よ 僕に来い』」


 わたしはアクセルを踏んで、車を県道へと走らせる。



高村山荘は新花巻駅から18.5キロ。


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