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インディゴブルー (幻想)

知人の絵を見て

 ゆらゆら輝く光の網が消えたなら、海の底に夜が来る。

 おれは仕事場から、青い灯りの灯るアパートへ歩いて帰る。

 今日の仕事はワカメの切れ端を集めることだった。昨日はホタテの貝殻を集めることだった。

 たまにタイヤや廃材を片付けることもあるから、今日の仕事はらくなものだった。

 コンクリートの三階建てのアパートは横に長くて入り口は四ヶ所。二十四すべての窓に明かりがあるわけじゃない。

 おれは残業がなくて早く帰れたんだ。

 左端の引き戸をあけて入る。階段を軽く蹴るだけで体は水中にふわりと浮く。ついでにそのまま二階まであがる。

 あがって左手の部屋の呼び鈴を鳴らすと、ベルの音が水に響いておれの体まで細かくふるえる。

「おかえりなさい。早かったのね」

 妻が扉をあけてくれる。

 マグロの顔をした妻はまばたきせずに、おれからカバンを受け取り子どもを呼ぶ。

「おかえりなさい、おとうさん」

 ランニングシャと半ズボン姿の息子はおれに飛びつく。

 やはり顔はマグロなので首に掴まられると、どこか生ぐさい。

 魚の妻に魚の息子。

 ……おれは他にどこか、帰る場所があったように思うんだ。

 ただ、それを思い出せない。

 魚の妻と息子に不満はないが、大切な何かをどこかへ置き忘れたような……。

 体の中におがくずがつまっているような気がする。

 息子がおれの手を引く。はやくあがって。一緒に遊んで。

「ああ」

 脱いだ靴は部屋の中を漂う。

 おとうさん、おとうさん……。

 魚の顔の向こうに、見慣れた姿を探す。

 いや、忘れた顔が思い出せたら。

 部屋に灯る青い青い、インディゴブルーの明かり。

 海の底、アパートの一室。

 これとよく似た何かを思い出せたなら……。




 彼女が見せてくれたのは、抽象画だった。

「青をテーマにして連作してみたの」

 わたしよりはるかに年長の彼女の瞳はいつもみずみずしい。

「教員時代に海辺の学校に赴任したことがあったわ」かつて美術教員として教職についていた彼女は結婚を期に退職した後も絵筆を手放さなかった。

 小さな青い絵が何枚も続く。

「明かりがともるアパートみたいですね」

「そう? あなたには、そう見えるのね」

 自由に感じてね。

 彼女は飲みこみの悪い生徒を優しく見守るように微笑む。


 ええ、アパート……海の底に夜が来る……


 お話ししても、よろしいですか?

 わたしが感じた物語を。



高校の現国で学習した「赤い繭」が忘れられない。

夕方、家を出ると戻りたくなくなる気持ちに「赤い繭症候群」とか名をつけようか。


どこかに私の帰る家があるような気がする……

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