表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/30

花電車 (回想)

桜の季節に。

 桜の花びらが散っていたベンチ。

 薄桃色のうえに腰をおろすと、どこからか電車の発車のベルがした。

 目をつぶって耳を澄ます。

 ごとん。

 いっしゅん、体が揺れる。


 タタンタタン、タタンタタン……。心地よい電車の揺れ。


「まーちゃん、見てごらんなさい」

 母の声に目を開ける。

「ほら、桜がきれいよ」

 着物姿の母が、眩しそうに車窓の向こうを眺めている。窓のほうへ振り向こうとした私を、ふわりと抱きあげる大きな手。

「見えるか?」

 父の髭剃りあとのざらつきを頬に感じる。私は父の首に腕を回して頬を摺り寄せる。そうだ、父の頬を触るのが好きだった。父の背広からは少しだけ樟脳の香りがする。

 三人して眺める窓の向こう。線路は川沿いに伸び、それにそって満開の桜並木が続いている。

 小さな車両が起こす風に桜の花びらが舞っていく。

「きれいね、きれいね」

 自分の声のあどけなさに驚く。


 タタンタタン、タタンタタン。


 母が私の髪を梳く。父と母は笑みを交わす。私は二人のあいだにいて、安心している。

 目をつぶった私の瞼の裏に映る、幻燈。


「ああ、お母さん。ここにいたの?」

 はっとして目を開けると、仕事帰りの娘が立っていた。そしてあぶなげな足取りで駆け寄ってくる女の子。

「ばあちゃ!」

 私は膝に小さな手をのせた孫の頭を撫でる。孫は母とよく似た顔立ちだ。その血の繋がり、めぐり合わせに頬が緩む。


「お部屋に戻りましょう。風が出てきたから」

 娘の手を借りて私はベンチから立ちあがる。そして髪についた桜の一片(ひとひら)を取って私に見せた。

「今年の桜も、もう終わりね」

 名残惜しそうに桜を娘は見あげた。

「ばあちゃ!」

 舞い降りる桜の花びらを受け止めようと、孫がくるくると踊る。

 孫の声は、いつかの私の声のよう。


 私はあと何回この花をみられるのかしら。


 いつか、あの電車の終着駅にいる父母に会うのでしょう……。そう思えば旅路の終わりも悪いものではないと思えるの。


 了



父と一緒に見られる桜はあと何回あるのだろう、と思った。

今のところ、北欧神話のトールのように長い柄のハンマーをぶん回していたりするが、なんせ後期高齢者。

父にも、母にも長生きしてほしい。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ