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安息の場所 (文学・現代)

拙作『書林ラビリンス』の兄妹の番外編。本編を読まなくても、大丈夫です。

 大きな図書館にいたのよ。

 私を借りていってくれた子がたくさんいたのよ。


 絵本は棚の下の段ボールの中でつぶやきました。

 絵本はずいぶん前に、入れられた箱ごと古本屋にきました。店主はあまり整理整頓がとくいではないらしく、箱はふたも開けられず、そのまま棚の下の以前からの段ボールのうえに重ねられました。


 ほんとに、たくさんの子どもたちが読んでくれたのよ。


 それは本当でちょっと嘘でした。古くなっても、捨てられもせず古本屋に引き取られるくらいです。表紙はたしかに色あせてますが、目立って痛んでいるところはありません。それは、あまり読まれなかったということでもあります。

 けれど、絵本は貸出カードを失っても、ブックポケットをはがされても、自分に捺されてある「市立図書館」の印を何より誇りに思っていたのです。


 もう誰も自分を手にとってはくれないのかな、と絵本はさびしく思いました。このまま紙屑として売られておわりでしょうか。

 すると突然、箱が開けられ光が射し込んできました。うえに重なっていた本がゆっくりと、よけられていきます。絵本は明るい瞳の青年を見ました。絵本を見ると、青年はほほえんでうなずきました。


 青年は店主にお金を払いました。「絶版」とか「どうしても」とか話していました。そしてテキストやノートが入っている鞄に絵本を入れました。ゆらゆらゆられて、絵本は運ばれました。電車の音がしました。バスのアナウンスが聞こえました。

 鞄を指でたたいているらしく、やさしい響きが伝わってきます。


 どこに行くのかな。らんぼうな子のお土産になったりしたら、イヤだな。

 カバンの中のテキストもノートもふだんから丁寧に扱われているようで、使いこまれていはいますが破れたりしていません。

 それに、鞄を乱暴に振り回したりしません。おだやかな歩き方です。

 大丈夫かしら?


 絵本はドキドキしました。


 家につくと、青年は絵本を鞄からだしました。

 リビングのソファにポニーテールの女の子が後ろ向きで座っていました。体を縮めて、胸に抱いた大きなクッション顔を埋めています。


「ゆり」


 青年は、女の子の名前を呼ぶと、頭をとんとんと軽く叩きました。

 女の子は青年の妹でしょうか。口をとがらせて青年をみると、またぷいっと横を見ました。

 指先がソファのうえで、すばやく動きました。青年はその動きを見つめています。

 不思議なことに、くすっと青年は吹き出しました。そして、両手の指を組み合わせると胸に引き寄せてみせました。

 いっしょに唇も動きました。……ともだち、と。

 女の子がクッションで半分顔を隠しながら、それを見ています。

 また、ちょっとだけ指を動かした女の子の前に、青年は絵本を差し出しました。

 女の子の指が動きを止めて、青年の顔を見上げました。

 青年が一つうなずくと、女の子の眉がゆっくりと下がり、笑顔になりました。


 絵本は無言のやりとりのあと、女の子の手に渡りました。

 女の子はうれしそうに絵本をめくり、青年をとなりに座るよう手招きしました。


 ふたりは並んで、ちょっと古くなったページをめくります。そこに言葉はありません。けれど、ときおり互いに指でおしゃべりをするのです。


 しずかに、しずかに。


 短いお話です。女の子は読み終わると、まんぞくそうにうなずいてソファから立がり軽い足どりで冷蔵庫へ行きました。

 青年は、閉じた絵本の表紙を撫でて一言いいました。


「ありがとう」


 ああ、笑ってる。わたしはまだ誰かを喜ばせることができたのね。


 リビングには大きな書棚があって、大人の本に混じって絵本や子どもの本もたくさんあります。

 本が好きな家族のようです。


 わたしは、ここにいてもいいの?


 女の子が両手にジュースの入ったコップを持って戻ってきました。

 そしてまた二人は並んで絵本を広げました。

 ときおり挿絵を指さして、また手でおしゃべりをします。


 ここにいたいな……。


 絵本の願いはきっとかなうでしょう。




終わり


お兄ちゃんのお話は、まだあるのでそのうち。


※公共図書館の本は、古くなったら除籍になりますが、その後地域の公民館や児童館に引き取られて第二の人生を送ることがままあります。

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