表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
はぐれ者――闇に蠢く男たち――  作者: 赤井"CRUX"錠之介


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/13

野良犬たちの午後

 夜の八時、小林綾人はルイスを連れて外に出た。ルイスは綾人と一緒に外に出られるのが嬉しいらしく、一人ニコニコしている。一方、綾人は苦笑していた。この少年だけは、自分の理解を超えている。


 今朝は突然の来客があった。私立探偵の夏目正義と、その仲間らしき青年だ。綾人は怯えながら対処したが、彼らは今にも部屋に上がり込んで来そうな勢いだったのだ。ところが、ルイスが顔を出した途端に彼らは引き上げてしまった。まるで、ルイスの存在に怯えたかのように。

 そしてルイスに遅い朝食を食べさせた後、綾人はいつの間にか眠りこんでしまっていた。体よりも、精神的に疲れていたようだ。


 目覚めた時には、既に夕方近くなっていた。綾人は目をこすりながら辺りを見渡す。ルイスは相変わらずテレビの画面に釘付けだ。綾人はその時、自分に毛布がかけられていることに気づいた。

「ルイス……これ、君がかけてくれたの?」

「うん。風邪ひくよと言ってた。テレビで観たよ」

 視線はテレビに向けたまま、ルイスは答える。どうやら、ルイスにはテレビから得た知識しかないらしい……両親がいない、というのは本当なのだろう。さらに、今までは周囲にまともな大人が居なかったと思われる。常識というものを教えてくれる存在が……。

 ただ、そんなルイスが自分に気を使ってくれたのが嬉しかった。

「そうか……ルイス、ありがとう」

「いえいえどういたしまして」

 そう言いながら、ルイスはこちらを向き微笑んだ。




 そして、綾人はルイスを連れて外を散歩することを思いついた。ついでに、買い物もさせてみようと……ルイスはあまりにも物を知らなさすぎる。いずれ、自分は逮捕されるかもしれないのだ。夏目は確実に自分を疑っている。今朝、わざわざ自宅まで現れたのがその証拠だ。しかも、仲間らしき男まで連れて……。

 自分が逮捕されたら、ルイスはどうなる? 恐らくは施設に送られ、そこで暮らすこととなるだろう。それまでは、出来るだけ楽しく過ごさせてあげたい。


 二人はコンビニに入ったが、ルイスは思ったよりおとなしい。子供のようにはしゃぎ、いろんな物を欲しがるかと思ったのだが……黙ったまま、綾人の後を付いて来るだけだ。

 だが、不意に綾人の腕をつつく。

「綾人これ欲しい」

 そう言って、ルイスはおにぎりを差し出した。綾人は頷く。

「いいよ、他は?」

「じゃあこれも欲しい」

 今度はクリームパンを差し出す。綾人はその時に気づいた。その二つは、綾人とルイスが初めて会った時にあげた物だ。

 綾人は微笑んだ。

「いいよ、買ってあげる」


「綾人こっち行きたい」

 コンビニを出ると、ルイスは公園を指差す。ルイスと初めて出会った公園だ。ルイスは自然が好きなのだろうか……綾人は微笑みながら頷いた。

「いいよ。公園を散歩してみようか」


 公園に着くと、ルイスはベンチに座った。そして、おにぎりのビニールを剥き始める。海苔は残したまま器用に剥いた。

「綾人できた」

 そう言って、誇らしげな表情でおにぎりを見せるルイス。

「凄いなルイス。本当に凄いよ……」

 綾人はそう言いながら、手を叩いて見せる。だが、まんざら大げさな言葉でもない。ルイスは昨日、一度見ただけでこの手順を覚えたのだ。常識はゼロだが、学習能力は低くない。綾人がそんなことを考えた時――


「おい小林……てめえ、何やってんだよ……」


 不意に前からの声。綾人が顔を上げると、工場で班長をしている卯月が立っていた。その後ろには、友人らしきガラの悪い男が三人いる。

「ルイス、行こうか」

 卯月を無視してルイスに声をかけ、綾人は立ち上がった。こんな男を相手にしている暇はないのだ。綾人に促され、ルイスもおにぎりを食べながら立ち上がる。二人はそのまま立ち去ろうとしたが――

「待てよ……ちょっと遊ぼうぜ小林。こっちはな、お前が辞めちまったせいで残業やらされちまったよ。おかげでストレス溜まってんだ……」

 そう言いながら、綾人の前に立つ卯月。同時に、他の男たちも残忍な笑みを浮かべて二人を囲む。

「そんなの関係ないでしょうが! 遊ぶんだったら、他の人を当たってくださいよ!」

 綾人は怒鳴り、強引にすり抜けようとする。だが卯月に胸を強く押され、思わず後方によろめいた……すると、他の男たちが笑いだす。敵意を剥き出しにした下品な笑いだ。

「調子こいてんじゃねえぞ……殺すぞガキが……」

 卯月は低い声で凄んだ。しかし、その時――


「綾人殺すの? じゃあお前らやっつける」


 感情の一切こもっていない、無機質な声が響く。

 次の瞬間、ルイスが動いた。


 ルイスの左手が、弾丸のような速さで卯月の顔面に伸びる……彼の指はムチのようにしなり、正確に両目の周辺を打つ。

 卯月は完全に意表を突かれた。小さな悲鳴と同時に、反射的に顔を背ける。

 すると、今度はルイスの右手だ……掌が伸び、卯月の喉を掴む――

 その瞬間、卯月の口から押し殺したような声が洩れた。

 しかし、ルイスはおかまいなしだ……ボロ切れでも扱うかのように、右手一本で卯月の体を軽々と放り投げる。

 この間、わずか三秒ほど……綾人も他の男たちも、未だに事態が飲み込めていない。ポカンとしたままルイスを見つめている。

 だが、ルイスは止まらない。

 手近な男の襟首を掴み、力任せに投げる。さらに倒れた相手の首筋を思い切り踏みつける――

 その時になって、ようやく相手は反応した。

「や、やめろひょ……」

 男の一人は、そう言いながら後退る。もう一人の方は、足がすくんでしまっているのだろうか。その場に立ち尽くしたまま、呆然としている。

 だが、ルイスは躊躇しない。間髪入れず襲いかかっていった。


「ルイス……何てことを……」

 綾人は呆然とした表情で呟く。周囲には、血を流し倒れている男たちが四人……一方のルイスは立ったまま、平然とした表情で綾人を見ている。息一つ切らせていない。

「ルイス……みんな殺したのか?」

「まだ殺してない。今からとどめ刺す」

 そう言うと、ルイスは手近な位置で倒れている男の首を掴む。

 綾人は慌てた。ルイスは本気で殺してしまうだろう……ルイスの手を掴んで制した。

「ルイス……そんなことしちゃ駄目だ。人を殺しちゃいけない」

「なんで?」

「え……」

「なんで人を殺しちゃいけないの?」

 不思議そうに尋ねるルイス。だが、綾人は答えることが出来なかった。ルイスはある意味、純粋無垢な存在なのだ。法も道徳観念もまるきり知らない……そんな人間に語れるものなど、自分は持ち合わせていないのだ。

 いや、それ以前に自分も人殺しなのである。それも、実の母親を殺した最悪の人間だ。本来ならば、自分にそんなことを言う資格は無い。

 だが、やめさせなくてはならない。

「と、とにかく人は殺しちゃいけないんだよ……わかったね?」

「うんわかった」


 ・・・


 何かがおかしい。

 ここは、何か変だ。


 上田春樹が新興宗教ラエム教の施設に寝泊まりさせてもらうようになって二日が経過した。

 春樹は生まれた時から、神も悪魔も信じない男である。そもそも、これまでの生き方自体が神をも恐れぬ不埒なものだったのだ。平気で嘘をつき、人を騙し、そして盗み、奪う。春樹の日常である、このような生き方を推奨する宗教は……日本では、そうそうお目にかかれないだろう。春樹にとって、宗教団体などはアホの集団という認識しかない。

 春樹のような、犯罪者気質の人間……その特徴の一つに、己の賢さと他人の愚かさを過大に評価するというものがある。人間には誰しも、そういった部分は少なからず持ち合わせているものだが……春樹のようなタイプには、特に強く働く傾向がある。

 だからこそ、しばらく泊まっても構わないと向こうが言ってきた時……春樹は深く考えなかった。宗教団体に関わるような奴は、みんなお人好しの馬鹿者だ。ならば、しばらくは利用してやろう……としか思わなかったのだ。


 しかし、春樹はようやく周囲の状況の不自然さに気づいた。

 この事務所兼集会所のような部屋には、常にラエム教の人間がいる。それは当然だろう。だが昨日と今日とでは、その雰囲気が違うのだ。

 昨日までは、いかにも優しげで紳士然とした男がいた。男は親しげな態度で話しかけてくる。春樹はそれに応じて話をした。もっとも、プライベートに関する話は全てデタラメで誤魔化したが。

 しかし、今日は違うタイプの男が来ている。醸し出している雰囲気が明らかに異なるのだ……地味なスーツに身を包み、背は高くがっちりしている。顔はにこやかであるが、同時にいかつくもある。春樹の話す口からの出まかせに対し、微笑みながら相づちを打っている。しかし目は笑っていない。

 そして、春樹はようやく気づいた。

 部屋の空気が変化している。ものものしい雰囲気がその場を支配しているのだ……春樹には、具体的にどういう状況なのかはわからない。しかし、わかっていることが一つある。

 直ちに逃げるべきだ。


「さてと……そろそろ電話をかけないとな。すみません、ちょっと外で家族に電話かけてきます」

 そう言って、春樹は立ち上がる。しかし、男もすぐに立ち上がった。そして春樹の前に立つ。

「でしたら、ここにある電話器を使ってください。外に出る必要はありませんよ……」

 そう言うと、男は笑みを浮かべた。だが、目には冷酷な光が宿っている。問答無用、とでも言いたげな態度だ。春樹は思わず後退り、愛想笑いを浮かべた。いくぶん引きつった笑みではあったが。

 だが、男の表情が変化した。不意にポケットからスマホを取り出す。そして耳に当てた。もっとも、その目線は春樹から離していない。

「はい……そうですか……なるほど……では、そのようにします」

 男は話し終えると、スマホをポケットにしまった。同時に、その表情が変わっていく……にこやかな表情が消え失せ、代わりに能面のような顔つきへと変貌したのだ。一切の感情が消え失せた、仮面のような不気味な顔つきへと……。

 その時になって、春樹はようやく気づいた。あの時と同じではないか。桑原徳馬に会った時と……なぜ、もっと早く気づけなかったのか。なぜ、もっと早く逃げなかったのか。

 そして、男は言った。

「上田さん……今聞いた話によると、ルイスらしき少年が昨夜、近くの公園で暴れたらしい。四人に瀕死の重傷を負わせた、とのことだ。もう、お遊びは終わりだ。あんたが何者か、こっちにはわかってるんだよ……あいつを連れ去ったのは、何者なんだ? あんたが見たもの、そして知っていることを全部教えてもらおうか」

 そう言うと、男はゆっくり春樹に迫って行った。


 ・・・


「亮……それは本当か?」

 携帯電話に向かい、西村陽一は尋ねる。相手は情報通の成宮亮だ。

(ええ。桑原徳馬とラエム教の連中が接触してます。何か、妙なことになってますよ)

「そうか……ところで、ルイスとか呼ばれてた外人のガキだが、何かわかったのか?」

(ああ、そいつですか……都市伝説みたいなあやふやな話しかないですね。それで構いませんか?)

「構わないよ……何でもいいから教えてくれ」


 ルイス……本名かどうかは不明だ。年齢は十五歳前後。日本に出稼ぎに来た外国人の女と日本人のサラリーマンとの間に生まれた少年であり、戸籍はない。日本人サラリーマンの父親は、子供が生まれたと知るや……母と子を見捨て連絡を断った。外国人の母は相手が子供を認知しないと見るや、ルイスを下水道に捨てて故郷に帰ってしまった。本来なら、彼はすぐに死んでいたはずだったのだが……。

 ルイスは下水道で、奇跡的に生き延びた。

 そして育った環境が人格を歪めてしまったのか、快楽殺人者となる。己の欲望の赴くまま、日本のあちこちに出没して人を殺しまくった。


 陽一は今聞いた話を考えてみた。はっきり言って、あり得ない話だ。人間の子供が下水道で生き延びられるはずがない。砂浜で一粒の砂を見つけ出すような奇跡が起きない限り、不可能だ。


 だが……あいつならどうだろう?


 そう、ルイスは本物の怪物だった。今も、ルイスと目を合わせた時のゾクッとするような感覚が忘れられない。あいつなら、地獄からでも生還してのけるかもしれない。

 しかし不思議なのは、都市伝説のようなものになるほど有名なのに、目撃情報が全て曖昧なものばかりらしいのだ。


(ルイスの目撃情報ですか? 全部バラバラなんですよね……二メートル以上ある大男だとか、逆に小学生くらいの大きさで成長が止まった小男だとか……まあ、全部デマでしょうね。一つはっきりしてるのは、ルイスの噂を聞くようになったのは、ここ二〜三年ってことです)


 どういうことだろう……自分が見た少年は、ここ二〜三年の間に殺人鬼として頭角を現してきたのとでもいうのだろうか。

 いずれにしても、本物のルイスを見た者は全くいないらしい。だが、ルイスの噂だけは一人歩きしている……そして、確実に有名になってきている。

 何者かが意図的に、捨てられた殺人鬼の噂を流しているとしか思えない。

 だが、何のために?


 陽一がそんなことを考えていた時、携帯電話が震える。

 今度は夏目からだった。

(陽一……あの小林綾人の家の近くにあった公園を覚えてるか?)

「……いったい何があったんです?」

(察しのいい奴だな……そう、事件が起きた。四人の男が病院送りにされたよ。素手でな)

「……ただの喧嘩じゃないんですか?」

(お前、本気でそう思ってるの――)

「いえ、思ってませんよ。あなたが、わざわざ電話をかけて来た……ルイスがやったんですね」

(わからない……ただ、被害者は全員ビビりまくってるんだよ。何があったのか聞いても、公園で転んだとしか言わないんだよ)

「転んだ……ありがちな話ですね」

 そう、ありがちな話だ……時として、裏社会の人間に暴力を振るわれた者は警察に対し、そんな言い訳をすることがある。特に大した怪我ではない場合、わざわざ被害届を出して後々面倒なことに巻き込まれるのが嫌だからだ。

 だが、重傷を負わされても訴えないケースもある。体だけでなく、心にも深い傷を負わせた場合だ……加害者が被害者の心そのものを壊してしまうような暴力を行使したなら……並みの人間なら、警察に訴えることすら出来ないのだ。訴えたなら、後でどんな目に遭わされるか……その恐怖は、中途半端な正義感や復讐心など一瞬にして駆逐してしまうほど強いものだ。裏社会のプロが振るう暴力……それは体よりも、むしろ心を破壊し屈服させてしまうのだ。

 陽一は今まで、そんなケースを数多く見聞きしてきた。


(陽一……被害者は心底からビビってるらしい。一人は顎を砕かれ流動食生活だし、一人は声帯を潰され声が出なくなったらしいんだよ。なのに、全員が転んだと言い張っている……俺はもっと調べてみるよ。小林綾人とガキの件を、な。お前は手を引け、と言ってたがな、悪いが引かないよ。こいつは、裏で何かとんでもないことが起きている……いったい何が起きてるのか、俺は最後まで見届けたいんだよ)

「そうですか。では、一つ忠告しておきます。いらぬ好奇心は、身の破滅を招きますよ」


 ・・・


「うーん、あまり大きな声じゃ言えないんですけど……中村雄介くんは評判悪かったですね。平気で仕事を休むし……いまいち当てにならない子でしたよ。相手によって態度が極端に変わるって話だし……常にサボることばかり考えている感じでしたね」

 人の良さそうな中年男は、顔をしかめ声をひそめて話す。坂本尚輝は訳知り顔で頷いて見せた。

「ええ、そのようですね……私も聞いてます。ただ、一月以上も行方不明となると、穏やかではないですよね。何か心当たりのようなものはないでしょうか? もしあれば、教えていただけると助かるんですが……」

 尚輝がそう言うと、中年男は首をかしげた。

「いや、ないですね。私は彼とはあまり……しかし不思議ですね。前にも探偵の方がいらしたんですよ」

「え……前にも?」

「はい、あなたと同じくらいの年齢の方がいらして……なんでも親御さんに依頼されたとかで、あれこれ聞いていきましたが……」

「親御さんに?」

 尚輝は思わず聞き返す。中年男はうんうんと頷いて見せた。




 尚輝は外に出て、ふうと一息ついた。目の前にあるのは、黒川運輸なる運送会社の倉庫である。二十四時間稼働しており、常に人が出入りしている。その分、様々なタイプの人間がいるようだ。

 先日、バラバラ死体と化して発見された佐藤浩司。彼と組んで中年女をたらしこみ金を巻き上げていたのが、ここでつい最近までバイトしていた中村雄介である。

 もっとも、その中村も一月ほど前から行方をくらませているらしいが……。


 こいつは……妙だぞ。

 何もかもが変だ。


 そう、妙だった。中村の両親は、息子をとっくに見限っていた。悪さを繰り返す息子の籍を、既に外していたのだ。だが、その両親に雇われたと言っている自称探偵が、彼の行方を探している。

 しかも中村本人は、一月ほど前から行方不明だ。


 その場に立ったまま、途方に暮れる尚輝。中村のように、両親に縁を切られる犯罪者は珍しくはない。彼らは幼い頃から両親に嘘をつき、裏切りを重ね、挙げ句に周囲に迷惑を振り撒いているケースがほとんどなのだ。度重なる家族への嘘、裏切り、逮捕、それに伴う負担……最終的には、他の家族を守るために切り捨てられる。

 しょせん、全ては自業自得なのだ……。


 中村の両親が、息子のことを語る口調は淡々としたものだった。怒りも憎しみもない。完全に、自分たちとは無関係になってしまった者を語るようなものだった……。

 そんな両親が、今さら行方不明になった息子を探すために探偵を雇ったりするだろうか。

 だが、万が一ということもある。尚輝は念のため、両親に聞いてみることにした。


 予想通りだった。中村の両親は探偵など雇っていないと言っている……嘘をついている可能性もなくもないが、そんなことをしても何の得にもならない。

 では、誰が何のために?


 尚輝は鈴木良子のことを考えていた。地味な服装、それに地味な顔……年齢は三十歳前後。決して不細工ではないが、かといって美人でもない。特に人目を惹くタイプではないだろう……。

 そんな鈴木が、どんな理由から佐藤をバラバラ死体に変えたのか……尚輝は今まで、独自に調べていた。そして調べていくにつれ、一つの可能性に行き当たったのだ。


 ひょっとしたら、鈴木は中村を探しているのではないのか?


 そう……鈴木は中村と佐藤のコンビに引っ掛かり金を巻き上げられたのではないか。その復讐のため、まずは手始めに探偵を雇い、中村を探した。

 しかし、中村は行方不明……業を煮やした鈴木は、佐藤を拉致したのだ。そして、佐藤を拷問した後で殺した。死体はバラバラにして放置する……あたかも、裏の世界の住人の見せしめとして殺されたかのように思わせるため。

 これは、あくまで仮説だ……正直、論理の飛躍が過ぎている部分はある。辻褄が合わない部分もある。しかし、まずはそちらの線から探るとしよう。今の自分には、それくらいしか出来そうにない。


 そういえば……。


 黒川運輸の社員は気になることを言っていた。中村は、バイトをしていた中年女と仲が良かったらしい。小林喜美子という名の子持ちのシングルマザーとのことだ。朝の九時から五時まで別の会社で事務員として働き、夕方の六時から九時まで、この黒川運輸でアルバイトをしていたというのだ。中村は、その小林喜美子と妙に仲が良かったらしい。

 ひょっとしたら中村は、ここでも女たらしの腕を振るおうとしていたのだろうか……コンビを組んでいた佐藤は別の仕事で忙しかったようだが、一人でやる気だったのかもしれない。

 そして気になるのは……その小林という女も、ほぼ同じ時期に行方不明になってしまったことだ。息子が警察に捜索願いを出しているらしいが、まだ見つかっていないとのことである。

 ひょっとして、手と手を取って駆け落ちでもしたのか? いや、それとも……二人とも既に鈴木に殺された?

 まさかとは思うが、念のためだ。まずは、息子に話を聞いてみるとしよう。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ