さらば真友よ
坂本尚輝の話を聞き終えた小林綾人は、ただただ戸惑うばかりだった。ルイスが殺人鬼……どういうことだ？
「そんな……ルイス、君は殺人鬼なのか……」
綾人は呟くような声を出した。すると、ルイスは首を傾げる。
「サツジンキ何それ？」
「じゃあ、質問を変えるよ……君は人を殺したことがあるのかい？」
「うんあるよ」
無邪気な表情で、ルイスは答えた。綾人はじっとルイスを見つめる。ルイスは人を殺したことがある……それは想定内である。だが、殺人鬼という話は妙だ。自分は今まで、ルイスと共に何日も寝泊まりしていたのだ。殺すつもりなら、いつでも出来たはず。
「綾人、俺にはよくわからんが……ルイスをヤクザみたいな連中が見張ってたのは確かな話だ。今言ったように、ご丁寧にも足首に手錠まで掛けた状態でな……ただ、ルイスを見張ってたのは、使えないザコ二匹だったぜ。ルイスが本気で暴れだしたら、五秒であの世逝きの、な」
尚輝が横から口を挟む。となると、ますます分からない。一体、ルイスはどんな環境にいたのだろうか。ただ……ルイスが自分から無差別に人を殺すとは思えなかった。
「ルイス……君は何故、人を殺したんだい？ 人を殺すのが好きなのか？」
綾人が尋ねると、ルイスは首を横に振った。
「好きでも嫌いでもない。ルイス闘うの好き。殺すより闘う方が好き。強い奴と闘うの好き」
ルイスは屈託の無い表情で答えた。言われてみれば、綾人には思い当たるふしがあるのだ。ルイスは時おり、取り憑かれたような表情を見せることがあった。特に、あの夏目とかいう探偵が来た時の表情は……。
だが、綾人はすぐに思い直した。そんなことはどうでもいい。綾人にとって、ルイスは初めて出来た本当の友だち……と呼べる存在なのだ。二人の人間を殺し、惰性であてもなく生きていた。ついには仕事を辞め、虚無感とともにさ迷っていた綾人。
だがルイスと出会い、綾人は初めて他人と真の意味で触れ合ったのだ。ルイスとの生活、ルイスがかけてくれた言葉、ルイスが見せる心からの笑顔……そこには裏表などない。綾人に対する、心からの親愛の情……だからこそ、綾人は心を決めることが出来たのだ。
自首して罰を受け、真人間になろうと。これから先の人生全てを、自分が奪ってしまった命への償いのために費やそうと。
そう、ルイスが殺人鬼であろうが何だろうが関係ない。ルイスが自分に示してくれた友情は、本当に尊いものだった。自分はその友情を受けるに値する人間になろう、と決めたのだ。
「坂本さん、お願いがあります」
そう言うと綾人は、ポケットに入っていた数枚の一万円札を取り出し、尚輝に差し出た。
尚輝の表情が、訝しげなものになる。
「おい、何だこれ？」
「あなたは便利屋なんですよね。だったら……この金で、ルイスのことをお願いします。ルイスを、ちゃんとした施設に預けてください」
そう言うと、綾人は頭を下げる。しかし、尚輝から返ってきた言葉は……。
「あのなあ……こんな安い金じゃ、俺は雇えねえよ。この金はとっとけ。刑務所の中ってのはな、意外と金かかるらしいぜ」
「でも――」
「大丈夫だ。ルイスのことは俺に任せろ。俺が養子にして、世界最強のボクサーに育ててやる。そしたら、俺も大儲け……ウハウハだよ。お前からの金なんざ、受け取れるか」
言いながら、ニヤリと笑う尚輝。言葉そのものは乱暴だが、その目には暖かみがあった。父親のような大きさも感じられた。さらに自分に向けられた、ルイスと同じ親愛の情……彼もまた、人殺しの自分を受け入れてくれているのだ。
綾人は視線を落とした。何故だろう。何故、もっと早く彼らに会えなかったのか。自分が二人を殺す前に、ルイスや尚輝と出会えていたならば……そう、自分が二人を殺したのは孤独だったからだ。自分は孤独に負けた。そして母に拒絶された。たった一人の肉親からの拒絶……それが絶望を生んだ。その挙げ句に、殺してしまった。
彼らともっと早く出会っていれば……。
なのに、こんな最悪の形で出会ってしまった。
「誰か来た」
その時、不意にルイスが言葉を発した。そして立ち上がる……明らかに様子が変だ。低い姿勢で、顔には笑みを浮かべている。どこか狂気めいた笑みだ。綾人は背筋が凍りつきそうになった。
この表情は……。
あの時と、全く同じじゃないか。
探偵が来た時と……。
「ルイス、一体どうしたんだい？」
言いながら、綾人はルイスの腕を掴む。つられて尚輝も立ち上がった。そして通路を見つめる。
やがて、奇妙な男たちが姿を現した。スーツ姿の男が数人……身につけている物や髪型などは地味だが、どこか普通でない雰囲気の男たちだ。
さらに、ジャージ姿の男が一人混じっている。
「ルイス、こっちに来るんだ。帰ろう。猪狩さんが待ってるよ」
爬虫類を連想させる不気味な顔の男が、ルイスに優しく語りかける……そして――
「リューさん！ こいつらです！ こいつらがルイスをさらったんです！ 早いとこバラして下さい！」
と、ジャージ姿の男がわめき出す……綾人は呆然とした表情で呟いた。
「あ、あんたら……何なんだよ……」
・・・
不気味な廃墟の中にいたのは……ルイス、そして二人の男だ。上田春樹は信じられない気持ちだった。自分の言ったデタラメ――真実をほんの少しねじ曲げただけだが――と全く同じ状態なのである。偶然の為せる業、としか言いようがない。
だが、今はこの幸運を最大限に活かすのだ。春樹は叫び続ける。
「リューさん！ こいつらです！ こいつらがルイスをさらったんです！ こいつらが――」
「おい！ てめえ何ワケのわかんねえこと言ってんだ！ 俺がさらったのは佐藤浩司だ！ ルイスじゃねえだろうが！」
いきなり怒鳴り付けてきた、厳つい風貌の中年男……その瞬間、春樹は思い出した。こいつは佐藤浩司をさらった男ではないか。
春樹の頭に、当時の記憶が甦る。そう、この男ともう一人が、部屋にいきなり侵入してきたのだ。そして佐藤をさらい、ルイスを逃がした。
何故、お前がここにいるんだ……。
しかも、何故ルイスと一緒に？
唖然とする春樹……だが、中年男の顔にはどこか困惑の色がある。さらに、その横にいる少年に至っては、呆然と立ち尽くしているようにしか見えない。
つまり自分と同様、この二人も状況が飲み込めていないのだ。
ならば、嘘を吐き通して真実に変える……無理やりに。
「リューさん！ こいつら早いとこバラして下さい！ こいつら――」
「何言ってんだよ！ この野郎！ 大体てめえら何なんだよ！」
春樹と中年男が怒鳴り合う……だが――
「二人とも、黙れ」
その言葉の直後、発砲音が響く……いつの間にか、リューの手には拳銃が握られていた。銃口は天井に向けられている。
そして天井から、コンクリートの細かい破片が落ちてきた……。
春樹はすぐさま口を閉じる。さすがに身の危険を感じたのだろう、中年男もすぐに口を閉じた。
そして、リューはルイスの方を向く。
「ルイス、もう帰ろう。猪狩さんは心配してるぞ。さあ、一緒に帰ろう」
リューの声は、優しい雰囲気に満ちていた。しかし、ルイスの答えは――
「ルイス帰らない。ルイス綾人と一緒にいる。綾人が刑務所行くからルイスも行く」
その言葉を聞いたリューは、視線を春樹に移した。そして、何やら意味ありげな表情で見つめる。
春樹はすぐに理解した。リューは自分に説得させようとしているのだ。
「ルイス、早く帰ろう。テレビ観られるよ。テレビ好きだったろ……それに、お菓子もあるよ。さあ、一緒に帰ろう」
春樹は猫なで声を出す。春樹の記憶の中のルイスは、人殺しではあるが馬鹿だったはず……ならば、テレビや菓子でたやすく釣れるだろう。春樹はそう思ったのだ。
しかし、春樹の考えは甘かった。
「ルイス綾人と一緒に刑務所行く。あんたはつまらないから行きたくない」
ルイスはそう言いながら、リューたちに視線を移した。その瞳には、狂気めいた光が宿っている。今にも襲いかかってきそうな雰囲気だ……それを見たリューたちの表情も変わった。ルイスに対し、警戒心を露にしている。
一方、春樹は後ずさりを始めていた。どうやら、面倒なことになりそうだ。しかし、その面倒事こそ春樹の望むものだった。ここで殺し合いが起きてくれれば、自分はそのドサクサに紛れて逃げられる……可能性が出てくる。もちろん、巻き添えをくう可能性もあるが。
なに食わぬ顔で、さりげなく通路を目指して動く春樹……だが、リューの視線がこちらに向いた。
「おいてめえ……どこに行こうってんだ？ もう一度だけチャンスをやるから、ルイスを説得しろ。そうでなきゃ、てめえもこの場で殺すぜ」
そう言いながら、リューはルイスの方に顎をしゃくる。春樹は震えながら前に進んだ。
「ル、ルイス……一緒に帰ろう……俺たち、友だちだろ……仲良くやってたじゃないか……」
そう言いながら、ルイスに近づいて行く春樹。こうなった以上、道は二つだ。一つは、リューからの命令通りにルイスを説得し連れ帰ること。そうすれば、しばらくは生きていられるだろう……桑原徳馬を説得する、という任務が終わるまでは。
そしてもう一つは、ルイスを暴れさせてリューたちとカチ合わせ、その隙に逃げる。
「あんたは優しくなかった。あんたはつまらなかった。でも綾人は優しかった。綾人はルイスを助けてくれた。綾人はルイスの友だちだ。だからルイスは綾人を助ける。綾人と一緒に刑務所行く。でもあんたとは行かない」
言い放つルイス。その言葉は春樹に向けられたものだったのだろう。しかし、ルイスの目はリューたちの方に向けられている。今にも襲いかかりそうな雰囲気を醸し出しているのだ。春樹は震えながらも、頭の中で計算を巡らせた。このまま説得を続けるべきか。あるいはいっそ、ルイスを暴れさせるか……。
だが、今度は別の方向から、思いもよらぬ言葉が飛んできた。
「ルイス……君は刑務所なんか行かなくていい。その人たちと一緒に行くんだ。刑務所に行くよりは、ずっといいはずだよ」
・・・
巨大な病院の跡地……ここに来るのは何年ぶりだろうか。西村陽一は息を殺し、静かに移動した。人の声が聞こえる。そう遠くない場所だ――
だが次の瞬間、銃声らしき音が聞こえた。陽一は素早く伏せる。間違いなく、何者かが発砲したのだ。陽一は身を伏せたまま進む。声のする方へと。
「ルイス……君は刑務所なんか行かなくていい。その人たちと一緒に行くんだ。刑務所に行くよりは、ずっといいはずだよ」
小林綾人の声だ……陽一は壁越しに、そっと室内の様子を窺う。
広い室内には、全部で十人の男たちが向かい合っている。うち六人はスーツ姿で、しかも一人は拳銃を構えている。恐らくはラエム教に雇われた、リューとその子分たちだろう。そして他の四人は……綾人とルイス、そして素性も立ち位置も不明な男二人だ。どういう状況なのか、今一つわからない。陽一はひとまず様子を見ることにした。
「ルイス、さあ行くんだ。刑務所に行っても、良いことはない――」
「ちょっと待て綾人……あんたら、俺たちを帰す気はあるのか？」
綾人の言葉を遮ったのは、トレーナーを着た厳つい中年男だ。中年男は、拳銃を構えている男の方を向いた。
「あんた、はっきり言えよ……綾人も俺も、無事に帰らせる気はないんだろうが……」
中年男が低い声でそう言った途端、ルイスの表情に僅かな変化が生じた。
「綾人殺すの？」
ルイスはスーツの男たちに尋ねる……いや、尋ねるというより詰問だ。
すると、今度はジャージ姿の男がわめいた。
「ルイス！ 綾人があいつらに殺されるぞ！ 早く！ 一緒に行こう！」
陽一は壁越しに様子を窺う……二人の立ち位置は不明だ。だが、はっきりわかったことがある。
あのジャージの男の言葉が、ルイスのスイッチを入れた。
「綾人殺すの？ じゃあお前らやっつける」
ルイスのその言葉は、室内に響き渡った。
次の瞬間、ルイスは手近にいたジャージ姿の男を掴み引き寄せる――
そして、拳銃を構えた男に向かい、力任せに放り投げた。男二人がぶつかり合い、拳銃が暴発する……だがルイスは怯まなかった。恐ろしい速さで近づき、スーツの男に拳を叩きつける。男は顔から血を吹き、倒れた。
と同時に、場を包む空気が一変した。
真っ先に動いたのは、トレーナーの中年男だ。スーツの男に向かい、素早い動きで間合いを詰める。そして、スピードとキレのあるパンチを相手の顔面に叩き込む……それも続けざまに五発。腰の回転が利いた見事なコンビネーションだ。相手は完全に不意を突かれ、サンドバッグと化した。そして数秒後、膝から崩れ落ちるように倒れた。
さらにルイスも、他のスーツの男たちに襲いかかっていく。だが、男たちもただ者ではない。すぐさま反応した。懐から拳銃を抜いて構えるが――
今度は、背後からの攻撃を受けた。陽一である……陽一はもう、見ているだけでは我慢できなくなったのだ。血のたぎるまま立ち上がり、手近なスーツ姿の男の襟首を背後から掴んだ。腰に乗せて一気に投げる――
倒れた男の喉めがけ、踵で踏みつけた。
ルイスは野獣のような動きで襲いかかる。拳銃を抜こうとした男の懐に飛び込み、両手を掴み動きを封じ――
自分の額を、相手の鼻柱に叩き込む。
その一撃で、男は崩れ落ちた。
そして中年男も、スーツの男めがけて左ジャブを放つ。相手は拳銃を抜こうとしていた所にパンチを打ち込まれ、さらに右ストレートからの左フックが顔面を襲う――
男は脳震盪を起こし、意識を刈り取られた。
陽一は辺りを見回す。スーツの男たちは全員倒れ、意識を無くしているか呻いているかのどちらかだ……。
陽一はルイスに視線を移した。ルイスは平然とした表情で、倒れた男たちを見下ろしている。
だが、不意にこちらを見た。
「何しに来たの？」
「……」
陽一は黙ったまま、じっとルイスを睨みつける。そう、自分はルイスを殺すために来たのだ。ルイスと殺し合うために……。
だが、もはやそんな気分ではなくなっていた。何より、邪魔者が多すぎる。綾人だけでも始末するのが面倒なのに、これだけ多くの人間がいては……陽一は苦笑し、視線を外す。まずは、この後始末をどうするか考えなくてはならない。
だが、その時――
倒れていたはずの、スーツの男が上体を起こした。
そして、拳銃を構える。
銃声が轟いた。
数発の銃弾が発射され――
・・・
銃声が轟いた時、坂本尚輝は床にへたりこんでいたのだ。久しぶりの本気の殴り合いは、尚輝の体力を根こそぎ奪っていた。何がどうなっているのか、状況が把握できないまま男たちを殴り倒したが……終わると同時に座りこんでしまったのだ。
しかし銃声を聞き、弾かれたように立ち上がった。そして辺りを見回す。
爬虫類のような顔の男が拳銃を構え、上体を起こしていた。
次の瞬間、ルイスが倒れた……。
「ルイス！」
綾人が叫んだ。そしてルイスのそばに駆け寄る。
「動くな！」
男の声が響く。だが、綾人はその声を無視した。倒れているルイスのそばにしゃがみ、抱き起こす。
すると、ルイスの口から血が溢れた……。
「な……何やってんですか！ 早く救急車を呼んでください！ 誰か！ 早く救急車を呼んで――」
「黙れって言ってんだろうが！」
男は怒鳴った。そして天井に向け、拳銃を発砲する……。
それを見た綾人は、ゆっくりと立ち上がる。
そして……。
野獣のような咆哮とともに突進して行った。
「殺してやる！ ブッ殺してやる！」
綾人はわめきながら、拳銃を無視して突進した。
男は恐怖に満ちた表情で、拳銃を構えトリガーを引く。しかし弾倉は空になっていたらしく、銃弾は発射されなかった。
そして綾人は、あっという間に男の髪の毛を掴んだ。そして頭を床に叩きつける。
何度も、何度も――
「殺してやる！ 殺してやる！ 殺してやる！ 殺して――」
「もういい！ やめろ！ そいつは死んでる！」
怒鳴りながら綾人を羽交い締めにしたのは、先ほど乱入してきた見知らぬ青年だった。尚輝はようやく我に返り、すぐさまスマホを取り出す。
だが、尚輝の心にためらいが生じた。救急車が来たら、間違いなく警察沙汰になる。そうなったら自分は……。
だが、その時……尚輝の視界の隅に入ったものがあった。
今にも死に逝こうとしているルイスの顔だ……。
・・・
「綾人……ルイスはもう助からない。せめて最期の時だけでも、ルイスのそばに居てやれ」
陽一の耳元で囁く声を聞き、綾人は我に返った。こんな奴のことなど、もはやどうでもいい。死のうが生きようが関係ない……綾人は男の頭を床に叩きつけ、ルイスのそばに寄る。
ルイスの顔は真っ青だった。本当に、もう助からないのかもしれない。綾人の目に涙が浮かぶ……。
すると、ルイスが喋り始めた。
「綾人……誰も殺さなかったよ……」
「何で……何で殺さなかったんだ……殺していれば、お前は撃たれなくて済んだんだぞ……」
綾人が言葉を絞り出すように言うと、ルイスは口元を歪めた……本人は笑っているつもりなのかもしれないが。
「綾人が……殺しちゃいけないって……言ったんだよ……人を殺しちゃ……いけないって……」
この言葉を聞いた瞬間、綾人は涙を拭った。
そして、語り始める。
「ルイス……何で人を殺しちゃいけないか教えてやるよ……ルイス、お前は凄い奴だ。お前はボクシングの世界チャンピオンになれた。サッカー選手にだってなれた……アイドルにだって、なれたかもしれない。お前は凄い人間になれるはずだったんだ……色んな人間に、夢を与えられるスターになれたはずなんだよ……でも死んだら、何も出来ないんだ」
綾人はいったん言葉を止めた。
そして、思いをぶつけるように喋り出す。
「死んじまったら終わりなんだよ……どんな凄い可能性も、死んだら終わりなんだ……殺すってことは、その人間の持っている可能性を消しちまうことなんだよ！ どんな人間だろうと、他の人間の持つ無限の可能性を消していいはずがないんだ！」
「ルイスは……チャンピオンになれたの……か……なりたかったな……」
そう言った途端、咳き込んだルイス。大量の血を吐いている……恐らく、もう長くない。さらに言うなら、綾人の今言ったことを半分も理解できていないだろう。
だが、綾人は取り憑かれたように喋り続ける。
「まだ話は終わってない……ルイス、お前は今言ったように、本当に凄い奴なんだよ。それに、凄く優しくて頭も良くて素直で……だけどな、世間の連中は、お前を殺人鬼と呼ぶんだよ！ お前は凄くいい奴なのに……俺の最高の友だちなのに……みんな、お前を人殺しとしてしか見ないんだ！ そんなの許せねえじゃねえか……お前は世界で一番いい奴なのに……何もわかってない奴が、お前を人殺しと呼ぶんだよ！ 人殺しとしか言われないんだぞ……そんなの悔しいだろうが……悲しいだろうが……だから……人を殺しちゃいけないんだよ……」
「うん……わかった……」
「まだ終わってない……いいかルイス……俺は今、どんな気分だかわかるか！？ 悲しいんだよ！ お前が……お前が死にそうだから……頭がどうかしそうなくらい悲しいんだよ！ お前が死んだら、俺は困るんだよ……物凄く困るんだよ……ただ一人の友だちに……死なれたら……嫌なんだよ……悲しいんだよ……辛いんだよ……誰かが殺されたら……悲しむ奴がいる……困る奴もいる……こんな思いをさせちゃいけないんだ……誰にも……こんな思いを……させちゃ……いけない……だから……」
それ以上、言葉が出て来なかった。綾人は思いのたけを全てぶつけた……感情のままに。理屈ではなく、心から溢れ出るものを、言葉として吐き出したのだ。
すると、ルイスの手が伸びてきた。そして綾人の手を握る。
「綾人……寒いよ……怖い……死にたくない……」
「ルイス……俺はここに……いるがら……離れないがら……」
綾人の口から出たのは、嗚咽混じりの言葉だった。野獣のような腕力の持ち主だったルイス。しかし今は、握力のほとんど感じられない握り方しかできないのだ……綾人の目から涙が溢れ、こぼれ落ちた。
そしてルイスは、蚊の鳴くような声を出した。
「綾人……いっぱい……いっぱい……ありがと……」
「いえ……いえ……どう……いだじ……まじで……」
次回で完結となります。明日、投稿する予定です。よろしければ、最後までお付き合いください。
