最強魔王様が現代日本に転生した件について
話をしよう。
あれはいつだったか、俺が彼女に出会ったのは。
確か五歳の頃だったから、もう二十年ほど前になる。
一見するとどこにでもある出会い、だけどその日運命に出会った。
あの日、俺は家のすぐそばにある公園で遊んでいた。
公園に行っても誰も友達が居なかったから、砂場でお城を作っていた。
まず砂山を作って、少しずつ水をかけながら洋風のお城を作っていく。
それを作っている途中、後ろから足音が聞こえた。
「なかなか上手くできているわよ。
私が住んでいた城にどことなく似ているわ」
「だれ?」
「私は神田亜仁鈴よ」
振り返るとそこに胸を張り仁王立ちした女の子が立っていた。
絹糸のような長い黒髪、黒真珠に似た瞳、白く透き通るような肌をした、高級そうな漆黒のワンピースを身に纏った子だった。
ただし、幼稚園児くらいの。
「ア二スちゃんね。
えっと、ぼくは北條相馬だよ」
「フフ、ア二スちゃんか……まあ、良いわ。
北條相馬って、なかなか良い名ね。
じゃあ私は相馬って呼ぶわよ。
相馬、私の部下にならない?」
「ぶか?
ぶかってなあに?」
「あらら、部下が分からないか。
貴方の分かりそうな言葉で言えば、仲間とか友達が近いかな」
「友だち?
うん、いいよ、ア二スちゃんは僕の友だちね。
じゃあ、いっしょにあそぼうか」
彼女は嬉しそうに微笑んで頷いてくれた。
その日は一緒に砂場でお城と城壁と湖を作って遊んだ。
なぜか彼女が作った城壁は、砂のはずなのにちっとも崩れなかった。
◇ ◆ ◇
それから毎日幼稚園から帰ると公園に向かった。
アニスちゃんは不思議な子だった。
公園ではいつも彼女は待っていた。
彼女の両親はいつも居なかった、まだ幼児なのに。
彼女が言うには幼稚園にも保育園にも通っていないという。
そのことを尋ねた時、どこか彼女は寂しそうだった。
そうやって遊んでいたある日、事件は起こった。
その日は俺がボールを持ってきたため、サッカーをしていた。
彼女はスポーツ万能で、俺は手も足も出なかった。
それが悔しくて乱暴に力いっぱいボールを蹴ったのが悪かったのだろう。
ボールが明後日の方向に高く飛んでいく。
そしてそのまま公園の囲いを飛び越えて行ってしまった。
ボールを追いかけて彼女は公園の外に飛び出した、道路の確認もせずに。
その時、横からトラックが猛スピードで近づくのが見えた。
それなのに、彼女はそのままボールを拾おうとしていた。
「あぶない!」
一瞬にして血が沸きたったようになり、反射的に動いてしまった。
とっさに俺はトラックの前に飛び出し、彼女を突き飛ばす。
彼女は心底驚いた顔をして俺を見ていた。
トラックに衝突した瞬間、俺はふっ飛ばされ身体中に激痛が走り気を失った。
気絶する直前にいつも自信家のはずの彼女の泣き顔を見たような気がした。
俺が目を覚ましたのは、翌日自分のベッドの上だった。
身体中のどこを見ても傷一つ残っていなかった。
家族の誰に聴いても交通事故のことを知らず、昨日いつの間にか俺がベッドで寝ていたというばかり。
お母さんが夕飯の時に起こそうとしたのだが、どうしても起きなかったそうだ。
その日以来、何度公園に行っても彼女は居なかった。
それどころかあんなに目立つ子なのに、誰も彼女を覚えていなかったのだ。
親にだってア二スちゃんという友達が出来たことは話していたはずなのに。
それでも彼女を忘れることが出来ず、何年たっても時々公園に行っては物思いにふけるようになっていた。
俺が彼女に再会するのはそれから十年も経ってからのことだ。
◆ ◇ ◆
見頃の桜が咲き誇る、私立小鳥遊高校の入学式の日のことだ。
俺はもう十五歳になっていた。
同じ中学から進学した友人の北村からとある噂が流れてきた。
「北條、おい聞いたかよ」
「へ、何の話だ?」
「その様子だと聞いてないみてえだな。
なんと、この高校の入試で全教科満点を取った奴が居るらしいぞ」
「は? あの入試ってめっちゃ難しくて量も多いだろ。
それこそ半分も解けたら合格圏内って言われるほどだぞ。
マジか?」
小鳥遊高校は県内トップクラスの進学校だ。
成績上位陣はT大K大か国公立大の医学部に進学する人が少なくないほどだ。
俺? 新入生の中じゃ中の上ってとこだと思う。
「ああ、大マジだ。
教師が口を滑らせたのを耳に挟んだそうだからな。
何しろ前代未聞らしいぞ」
「ふーん、頭が良い奴も居るもんだな。
一体どんな奴なんだろうな」
「一日中参考書を解いてるようなガリ勉くんじゃないか?」
「本当に頭が良い奴は勉強時間は意外と短いらしいぞ」
「へえ、そんなものかな」
この時点ではまるで他人ごとだった、そうこの時点では。
それが変わったのは入学式の途中だった。
新入生代表の挨拶はその年の入試で最優秀の成績を取った者がすることになっている。
進行の人がその名前を呼んだ。
「新入生代表、神田亜仁鈴さん、壇上へ上がってください」
その名前を聴いたとたん、心臓が跳ね上がるのが分かった。
かんだあにす……ア二スちゃん!?
一人の女生徒が立ち上がると、皆から感嘆のため息が漏れるのが分かった。
ひと目見ただけでわかる。
彼女だった。
女性の理想形というべき肢体、豊かに突き出た胸やまろやかな曲線を描く腰部などの違いはあるが、どう見ても彼女だ。
美の化身とでも言おうか、どんなアイドルも超えてまるで光っているように感じられた。
歩き方がまるでモデルのような優美さだ。
彼女の挨拶はとても学生とは思えないほど堂々としたものであり、声は会場の隅々にまで響き渡り、誰もがその声に引きこまれていた。
それは最早挨拶というより演説というべきものであり、その熱弁は会場の温度をグッと上げているようにすら感じられる。
そんな彼女だったが、会場全体を見渡しながら演説を続け、ふと俺達の方向に視線を向けたとき表情が変わったのが感じられた。
一瞬喜色を浮かべたようだったが、すぐに持ち直すとより一層の熱弁を振るう。
新入生だけでなく、入学式に参列していた全員の心に彼女の存在が刻み込まれたに違いなかった。
入学式の後、クラス分けが貼りだされていた。
小鳥遊高校は一学年がA組からD組に分かれており、A組が特進クラスと言われ特に優秀な学生が集められている。
B組からD組には特に違いはなく、俺と北村はC組、彼女は言うまでもなくA組だった。
出来れば俺も同じクラスが良かったが、特進クラスには成績が足りなかったんだから仕方ないだろう。
入学式後のホームルームが終わり放課後に廊下からA組の教室を覗いてみると、彼女の周辺は黒山の人だかりになっていた。
それだけでなく、廊下から覗く人ですら何十人も居る始末だ。
あれを押しのけて彼女に会うのはちょっと……。
それに考えてみれば、十年前に俺の前から姿を消したきりだったということは、彼女は俺に会いたくないと思っているのではないだろうか。
そう思うとどうしてもA組に足を踏み入れることが出来なかった。
振り返り、帰ろうとする俺。
「待ちなさい、相馬!」
え?
モーセの海割りのように学生たちが分かれ、まっすぐに彼女が歩いてくる。
そしてむんずと片手を掴まれた。
掴まれた手がまるで火傷しそうなほどに熱く感じる。
「まったくもう!
せっかく顔を見せたのに帰ってしまうなんて」
周囲の皆が驚愕の色を浮かべ、シーンと静まり返っているのが見える。
どうする? どうしたら良い?
何も思い浮かばず、凄く大人っぽくなったなぁなどと現実逃避的なことを考えてしまう。
「ここじゃ落ち着いて話せないわね。
場所を変えるわよ」
彼女に引っ張られ廊下から階段を上がっていく。
俺達が姿を消したとたん、A組の教室からはどっと学生たちの声が聞こえてきた。
間違いなく、彼女だけでなく俺まで噂の的だ。
平穏無事な高校生活は初日から崩壊してしまったらしい。
階段を上がると屋上に続く扉が有ったが、鍵がかかっている。
ガチャガチャと動かしていた彼女は「ふん!」とばかりに信じられないほどの力で取っ手を回してしまった。
扉の鍵を壊して屋上に出たが、呆れて開いた口が塞がらない。
「ちょ、なんてことするんだよ!」
「これくらいすぐ直るから問題ないでしょ。
ここなら落ち着いて話が出来るしね」
「そりゃ業者を呼んだら数時間で直るかもしれないけどさ。
問題ない訳がないって」
「業者なんて必要ないわよ。
まあ、見てなさい」
彼女は扉に向けて右手を上げると言った。
「修復」
すると、まるで時間が巻き戻るかのように壊れていた鍵が直っていく。
ほんの数秒で新品同様になってしまった。
俺は夢でも見ているのだろうか。
「さあ、これで大丈夫でしょ。
改めて、久しぶりね、相馬。
私は貴方に会える日をずっと待っていたわ」
「アニスちゃん、本当に久しぶりだね。
僕もずっと会いたかったよ。
でも、それならどうして十年も公園に来なかった?
それに、今の修復って何?」
「相馬、よく聴いてね。
貴方にも質問が沢山あるでしょうけれど、それに答える前に私からも質問があるの。
どうしても答えてほしいのよ。
それはたった一つだけ。
だけど、その質問の答えは間違いなく貴方の人生を左右するわ」
「どういうこと?
そんなこと、突然言われても……」
「突然じゃないわ。
考える時間はもう十年もあったはずよ。
十年かけて答えを出せないようなら、それもまた一つの答えでしょう。
じゃあ、聞くわよ。
貴方は私のために生命を捨てられる?」
十年ぶりに会ったばかりで、なんて無茶苦茶な質問をするのだろう。
一瞬ジョークかと思ったが、彼女の顔を見てわかった。
これは本気だ。
本気で聞かれているんだと気がつくと、ほんの数秒で自分の中から自然と答えが飛び出てきた。
「俺は十年前からア二スちゃんを探していた。
だからまた会えてとても嬉しいと思ってる。
正直にいえば、生命をかけても良いと思えるくらい好きだよ」
「わあ、そんなに私のことが好きなの」
彼女は見たこともないくらい満面の笑みを浮かべた。
「ああ、それは本当だ。
だけど、生命を捨てることは多分できない」
「……それはどうして?」
「例えば何かのために生命を捨てる決断をしたとしても、それを決めたのは自分だろ。
それは結局自分のためなんじゃないかな。
例えば十年前にトラックの前に飛び出したのは、とどのつまり自分のためだったということだよ。
それに、俺が死んだらア二スちゃんが泣いてしまうしね」
「覚えてたの!?」
「あ、やっぱりあの事故の時泣いてたんだ。
薄ぼんやりと夢うつつに見たように感じてね」
「ええっ、あんな顔を見られていたなんて」
茹でダコのように真っ赤になってしゃがみ込む彼女を見て、ニヤニヤと笑ってしまうのを抑えることが出来なかった。
◇ ◆ ◇
一頻り騒いだ後、質問タイムが始まった。
俺から聞きたいことが幾つもあったからだ。
彼女の答えは驚くべきもので、大分長かったから分かったことを纏めてみる。
宇宙全体を見れば地球のような星々が無数にあるように、複数の次元を見れば異世界というものも無数にある。
その異世界の一つに魔界があり、そこに君臨していた最強の魔王がア二ス・アルクェイド・アルマーニュ。
魔王になるには建国するか王位を継ぐかすればよく、大小様々な国があり、魔王も沢山居た。
魔界の生物はほとんどが魔力を持っており、アニスは特に強大な魔力を誇る魔王だった。
魔王アニスがどれくらい強いのかと言えば、核兵器並みの攻撃能力とそれを防ぎきる防御能力、幾千にも及ぶ魔法を使いこなしたと言うと分かりやすいか。
とはいえ仮に核弾頭ミサイルなんて使われたら防げるのは自分と周囲数メートルくらい。
魔力があれば魔法が使えるが、地球人のほとんどはごく僅かな魔力しか持たない。
地球人で魔力が強い人は超能力者や異能者と呼ばれているらしい。
強大な魔力のため長寿ではあったが、それでもやがて魔王アニスは寿命が尽きようとしていたため、転生の秘術と呼ばれる魔法を開発した。
それは記憶と魔力を保持したまま死んでも転生するというもの。
魔王アニスが転生したのが日本人である神田亜仁鈴。
そのため彼女は地球上に於いて間違いなく最強の存在と言って良い。
ただし精神的にはかなり人間としての身体の影響を受けている。
修復や事故にあった俺を治してくれた治癒、任意の記憶を消せる記憶消去などは彼女の魔法のごく一部に過ぎない。
ちなみにトラックに轢かれそうになった時は、風魔法で車を停める予定だった。
魔王としての感覚だと、車を危ない物という認識がなかったそうだ。
魔界の常識では、自分の家族でもなければ人のために命を投げ出すということはないため、まさか五歳の男の子が自分を庇うとは思わなかったらしい。
あの事故は結局自分の対応が悪かったためだと反省し、トラックの運転手からは事故の記憶は消してトラックの傷は修復で直しておいたそうだ。
ただし速度超過は絶対ダメだと潜在意識に植えつけておいたそうだが。
「ここまでは理解できた?」
「まあ、とりあえずはな。
魔界とか想像もつかないけど」
「そっか、それで受け入れられる?
普通は魔王が彼女って嫌だよね。
耐えられそう?」
「耐えられるっていうか、十年前の時点で大きな秘密を抱えてるのは分かってたから覚悟してた。
まあ、想定してた秘密より大分大きかったけど。
それでこれだけははっきりさせておきたいんだけど、結局十年間も居なくなったのはなぜなんだ?
ここで会ったのは偶然なのか?」
「偶然じゃないわよ。
元々十年くらい経ったら会おうって決めてて、この小鳥遊高校を受けるって知ったから私も受けたってわけ」
「魔法が使えるなら志望校を調べるのもお手の物ってことか。
それで、居なくなった理由は?
どんな理由でも怒らないから言ってくれよ」
彼女はもじもじしながら頬を染めた。
「それはそのう、本気で私のこと好きになって欲しかったからよ。
私は本物が欲しいの」
「本物が欲しい?」
「そうよ。
人格の固まってない五歳の頃からずっと傍に居たら、間違いなく私に依存することになる。
心底依存してしまうとね、私のために生き、私のために死ぬようになるの。
魔界には私に絶対の忠誠を誓ってそうなった人が沢山居たわ。
でも相馬にはそんな生き方をしてほしくなかった。
精神的には自立した上で、私を好きになってほしかったから。
十年経っても忘れられず、生命かけられるくらいにね」
「その答えは想定してなかったけど、言われてみたら分かるなあ。
あ、ってことは、さっきの質問で『はい』って答えてたら振られてたのか。
そしてただ『いいえ』とだけと答えても振られるって、何て意地悪な」
「ふふん、この魔王アニス様と付き合おうって言うんだから、難しいのは当然でしょ。
それに相馬だったら多分合格するだろうなあって信じてたし」
「やれやれ、そう言われたら文句も言えないな。
そういえば魔王ってことは世界征服とか狙ったりしてるのか?」
「そんなことないわ。
魔王というのは魔界に於ける国王の名前で、王者の任務は国民の生命と財産を護り、国家を繁栄させることよ。
世界征服がその目的に対する最善の手段だったら実行するけれど、それが最善だと思う?」
「いいや、思わない。
そもそも国家というのは、その時点の文明の水準に応じて大きすぎず小さすぎず適度な大きさが存在するんだ。
中国を見れば分かるけれど、国土が大きすぎたり人口が多すぎたりすると一つの国としてのバランスを保つ事ができず、ムリ・ムダ・ムラが大きくなっていくばかりだ。
だから超常的な力を持つ存在が世界征服して世界統一政府なんてものを創ってしまったら、逆に人類の悲劇は増すだろうな」
「へえ、分かってるじゃない。
文明の進歩に合わせて国の適切な大きさは広がっていくわ。
二十一世紀中は現在の国家の枠を超えてグローバル化が進むでしょうね。
それでも平和的手段による世界統一政府なんてあと数百年は文明が進歩しないと無理よ」
「まあ、そうなるだろうな。
それで世界征服じゃないなら、アニスちゃんは何を目指しているんだ?」
「私が目指しているのは世界の敵を倒すことよ。
相馬にはそれを手伝ってもらうわよ」
「世界の敵?」
「世界を滅ぼす巨大な獣のことよ。
少しずつ教えて上げるわ。
それから、今日から私のことはアニスって呼びなさいよ。
私はもうちゃん付けで呼ばれる歳じゃないわ」
「わかったよ、アニス」
◆ ◇ ◆
翌日、俺が高校に向かうため家を出ると、そこに彼女が立っていた。
俺の家をなぜ知っているのか、登校時刻はどうやって、そもそも彼女の家はこの近所なのかとか色々と突っ込み所が満載だが、彼女には常識は通用しない。
だって魔王だもん。
だもんって、いかん、自分のテンションがおかしくなってるぞ。
そりゃあ初彼女が出来たらテンションも上がるよね。
高校までは電車に揺られて通学30分ってところだ。
駅を出てからは同じ制服の学生が多く、視線が矢のように突き刺さるのを感じる。
それでもアニスは平然とした顔をしてあれこれと話ながら連れ立って登校したものだから、当然だろうがA組の女子からアニスに俺との関係を尋ねられた。
「ねえ、神田さん、こちらの男子って昨日一緒に居た人よね。
その、親しい、の?」
「ああ、相馬は私のコレよ」
と言いながら小指をたてて見せた。
そんな訳で噂はあっという間に広まり、てんやわんやの大騒ぎになってしまった。
入学式で学年中に知れ渡り、謂わば小鳥遊高校のアイドルになっていたアニスが翌日には彼氏が出来たというのだから推して知るべしである。
「ほうぅじょおおお!」
C組の教室に着くと男子に取り囲まれ怨嗟の声が上がった。
北村のこんな恨みがましい顔は初めてだ。
肩に手を置かれるとコブラツイストをかけられてしまった。
こいつプロレスファンなんだよな。
なかなかに痛いが、これくらいは甘んじて受けるべきだろう。
「おい、どういうこった?
北條、俺はなあんにも聞いてないぞ!
吐け、吐くのだああ」
「ギブギブ、わかったよ、話すから許してくれ」
◇ ◆ ◇
「……というわけだ」
「つまり、お前と神田さんは幼稚園児の頃からの幼なじみで小学中学と違う学校だったために長らく疎遠になっていたがお互いに好意を持っていて、偶々同じ高校に進学し成長した神田さんの姿を見てズッキューーンとなり昨日の放課後に呼び出してお前から告白しOKを貰った、そういうことだな」
「まあ、そうだな」
アニスが魔王であることや10年疎遠だった理由を言わなかったら、大体こんな説明になってしまった。
後でアニスとすり合わせをしておくか。
「お前、幼なじみと再会して付き合うとかどこのラブコメ野郎だよ。
ドチクショー!」
辺りを見渡すと死屍累々で、リアルでorzポーズを見たのは初めてだな。
その日の授業はまるでお通夜のような雰囲気であった。
A組の教室もほぼ同じようなものだったらしい。
昼休みになると多くの学生が食堂に向かい、一部の学生は持ってきた弁当を食べる。
三百~四百円もあればかなりまともなものが食堂で食べられるのだから、弁当を持ってくる学生は少ない。
その少ない一人がアニスだ。
今日も昼休みは屋上に二人で向かう。
不視化の魔法を使っているのだから徹底している。
屋上を使う理由は、食堂で食べたら周囲に会話が漏れてしまうからだ。
かといって遮音の魔法を使うのも不自然極まりない。
断じて俺がアニスにお弁当を希望したからではないのである。
屋上に着くとアニスはアイテムボックスから二人分のお弁当を取り出した。
彼女の料理は変わっていた。
今日のメニューは何が入っているのか分からないピンクのグラタン、マルコーニ(かたつむり型のパスタ)のオーブン焼き、鯨肉ともやしの卵とじだった。
アイテムボックス入りだから熱々なのは良いのだが、見た目がアレで、意外と味は美味しかったりする。
本人にはとても言えないが『意外と』が付くくらいの美味しさといえば分かって貰えるだろうか。
食事をしながらあれこれと話していたが、食べ終わると少し重い話が始まった。
「ところで相馬、世界の敵、世界を滅ぼす巨大な獣と聞いて何を思い浮かべる?」
「そうだなあ、ゴジラとかキングギドラみたいなの?
魔王が居るならそういうのもどこかに居るかもしれないし」
「そうねえ、私が知る限りこの世界に怪獣は居ないわ。
でも世界の敵は相馬も見たり聞いたりしたことが有るはずよ」
「うーん、世界の敵ね。
思い当たらないな」
「あらら、自覚がないからこそ世界の敵が生まれるのかもね。
世界を滅ぼす巨大な獣ってつまり人間のことよ、に・ん・げ・ん」
「へ、人間が世界の敵!?
うーん……それってつまり環境問題とかそういうの?」
「大分近づいたわね。
この地球上で人間ほど大きな力を持った生物は居ないわ。
それこそすべての核兵器、いえそのごく一部でも使用したら地球は小さな太陽になってしまうほどよ。
正確には世界を滅ぼす巨大な獣とは人間の生み出した巨大なシステムのことよ。
具体的には地球全体のことを放置して自分達の利益ばかりを優先している国家や巨大企業集団や軍産複合体のことね。
それらが今や地球を滅ぼしかねないほど悪化しているわ」
「地球を滅ぼす組織が実在したら確かに世界の敵だけど、流石にオーバーじゃない?
地球が滅んだら当然自分たちも滅びてしまうから、そこまで馬鹿じゃないだろ。
一体どれくらい深刻な問題なんだ?」
「例えば、十年前に比べると実感が湧くほどの悪影響が出ているのが温暖化ね。
今のまま悪化し続けて20℃も上昇してしまったら、地球の環境、そして人類全体に壊滅的なほどの影響が出るわ。
ちなみに数百年後に20℃上昇は結構リアルな数字だし、私魔王だからあと数百年は生きるわよ。
相馬にも生きててもらう予定だしね。
そうそう、地球の気温の上昇幅を2℃以下に抑えるには2050年までに二酸化炭素の排出量を4割から7割も削減しなければならないそうよ。(※2014年データ)
そんなのどう考えても現実的じゃないでしょう?」
「……そりゃ無理だな。
それで最強の魔王としてはどうするんだ?」
「私はね、今後数百年に渡って自分と相馬と私達の子孫と私にとって大切な人たちが幸せなら他はどうでも良いの。
だからこそ世界の敵を放置してはおけないのよ。
例えば、もし最善の手段が二酸化炭素排出量世界一位のとある国を滅ぼすことだったら、容赦なくやっちゃうわよ。
でも実際にそうしてしまうと温暖化は大幅に改善するでしょうけど、代わりに多分第三次世界大戦の引き金になるわね。
そうなると私にとって大切な人たちへの悪影響が大きすぎるからやらないの」
私達の子孫なんて言葉が混じってたぞ。
いつの間にそこまで話が進んでいるんだ?
しかし、国を滅ぼすとかこれ多分本気で言ってるよね。
……アニスって本当に魔王なんだな。
「それでね、昨日相馬には世界の敵退治を手伝ってほしいって言ったでしょ」
「ああ、それは覚えてる」
「世界の敵退治を私の感覚だと結構力づくでバーンとやっちゃうのよ。
魔界だと基本的に見敵必殺だからさ。
でもさっき言ったように地球上では色々な組織が複雑に絡み合ってるから、そうしてしまうと悪影響がとんでもないことになるわ。
でね、悪影響を最小限にする最善の手段……とまでは言わないから、考えられる限りベターな手段を相馬に見つけてほしいのよ。
つまり企画・立案を相馬がやって、実践・実行を私と召喚した魔物にさせるってわけ」
食事中の雑談で聞いたんだが、アニスは召喚魔法でドラゴン百匹とか呼び出せるらしい。
透明にして忍び寄るものが使い勝手が良いとか言ってた。
ひょっとして知らないはずのことを知ってるのはコイツのせい?
「それって、物凄く俺の責任が重いよね。
内閣総理大臣が目じゃないくらい、地球の命運を左右する立場に立つってことだよな?」
「まあ、そうなんだけどね。
相馬が嫌だったらやらなくても良いわよ。
放置して完全に危険な状態になってから対応することになるから、相当被害は大きくなると思うけど」
うああ、どうすれば良いんだ。
落ち着け!
自分に選べる選択肢は
1 国家や巨大企業集団や軍産複合体のうち、世界規模で悪影響を出している物を見つけてそれを解決する手段を立案し、アニスが実行する。犠牲者が0というのは有り得ないだろう。
2 自分以外の誰かが解決してくれるのを期待して自分は関わらない。それで解決すれば良いが、どうしようもないほど悪化したら、アニスが力づくで解決。その場合、確実に多数の犠牲者が出る。
3 聞かなかったことにする。……アニスに振られるかも。それに俺が振られても、アニスは2と同じ行動をするんだろうな。ってことは多数の犠牲者が出るのか。
どれを選んでも血まみれの道か。
魔王と付き合うならその覚悟が必要だな。
「分かったよ。
企画・立案を引き受ける。
ただし、犠牲者は最小限にすると約束してくれ」
「ウフフ、相馬ならそう言ってくれると信じてたわ。
約束するわよ」
◆ ◇ ◆
とても大きな問題に対処する時、問題を整理することが大切だ。
やるべきことは目的の明確化・状況の把握・手段の選択・結果の想定に分けられる。
地球規模の問題はあまりにも大きく、解決への道のりはあまりにも遠い。
そして学ぶべきことは山のように有ったが、一つ一つ俺たちは実行していった。
少しずつ良くなってはきているみたいだ。
例えば、どこかの半島の国家が少しずつ民主化が進んでいたり、オゾンホールが縮小化していたり、サハラ砂漠の拡大が止まったりしている。
各国の環境学者は首を捻っているが、原因は不明のままだ。
アニスの姿を見た者の記憶は消してるからな。
飛ぶように月日は過ぎ去り、小鳥遊高校を卒業した後は二人揃ってT大の地球惑星物理学科に進学した。
アニスと同じ大学に進学するために、死ぬほど勉強することになったよ。
そしてT大を卒業して三年、今日は俺たちの結婚式だ。
あ、そうそう、アニスってば前世で961年も生きたのに一生独身だったらしい。
そんな訳で超盛大な結婚式になってしまった。
異世界から現代の日本に転生か転移するタイプの小説があればぜひ教えてくださいませ。
探しても見つからないので書いてみました。
第四回小説祭り参加作品一覧(敬称略)
作者:靉靆
作品:煌く離宮の輪舞曲(http://ncode.syosetu.com/n4331cm/)
作者:東雲 さち
作品:愛の魔法は欲しくない(http://ncode.syosetu.com/n2610cm/)
作者:立花詩歌
作品:世界構築魔法ノススメ(http://ncode.syosetu.com/n3388cm/)
作者:あすぎめむい
作品:幼馴染の魔女と、彼女の願う夢(http://ncode.syosetu.com/n3524cm/)
作者:電式
作品:黒水晶の瞳(http://ncode.syosetu.com/n3723cm/)
作者:三河 悟
作品:戦闘要塞-魔法少女?ムサシ-(http://ncode.syosetu.com/n3928cm)
作者:長月シイタ
作品:記憶の片隅のとある戦争(http://ncode.syosetu.com/n3766cm/)
作者:月倉 蒼
作品:諸刃の魔力(http://ncode.syosetu.com/n3939cm/)
作者:笈生
作品:放課後の魔法使い(http://ncode.syosetu.com/n4016cm/)
作者:ダオ
作品:最強魔王様が現代日本に転生した件について(http://ncode.syosetu.com/n4060cm/)