第三話 エリオ、勇者を屠る
エリオは発現したジークフリートを手に取った。
「おい、本当にやるのか。エリオ」
「ええ。聖剣の力を体感すれば、あきらめもつくでしょ」
「……面倒だと言いつつ世話を焼くとは、つくづくお人よしだな」
「黙りなさい。還元するわよ」
言って、リリスへと視線を向ける。しかし、そこにあったはずの人影が消えていた。
消えた……? どこへ――
リリスの姿を探すため、エリオは辺りを見回そうとした。その瞬間、首筋にひんやりとした何かが触れた。
「ごめんね、速過ぎて見えなかった?」
それは、エクスカリバーの刀身だった。
こいつ、いつの間に……。
リリスは全く突然、エリオの背後から現れた。
不敵に笑みをこぼすリリス。
「どう。少しは見直した?」
しかし、不滅のエリオにも焦りはない。背後から剣を向けるリリスに、涼しげな視線を送る。
「別に」
エリオは瞬時に体を回転させた。峰を返し、ジークフリートを振るう。
――が、刀身は風切音とともに勢いよく空を切った。
「──ッ!?」
エリオは目を疑った。
刀身が触れるその刹那、リリスの体が光に包まれ、消えたのだ。
「こっちだよ!」
背後からリリスの声が上がる。と、同時に鈍い剣戟音が響いた。
エリオが背中に斬撃を受けたのだ。
しかし──
「硬!?」
目を丸くさせるリリス。鉱物でも斬ったかのような感触と、無傷のエリオに驚きの色を隠せない。
エリオはゆらりと身を揺らし、不敵に口元を緩めた。
「手にしている間、不滅の体になる。それが、この聖剣ジークフリートの力よ」
「……硬い体。なに、服の下、筋肉ムキムキなわけ?」
「聖剣の力だって言ってんでしょ、馬鹿」
「カカカッ。エリオ、お前ムキムキだったのか?」
鬼の形相でプロメテウスを睨みつけるエリオ。
「黙りなさい、馬鹿二号」
「ごめんなさい」
プロメテウスは無い口を噤み、黙った。
「フンッ! ウチは騙されないぞ。不滅とか……そんな滅茶苦茶な力、ありえない!」
リリスが叫ぶ。体が再度光に包まれ、エリオの視界から消えた。
ギンッ――
響く斬撃音。エリオの体に、リリスの一撃が叩き込まれる。
しかし、当然無傷。文字通り、傷のひとつも残らない。
「……本当に硬いなあ」
「無駄よ。諦めなさい」
「諦めないよ。斬れるまで、斬りつづける!」
斬る。斬る。斬る。
リリスは不滅の少女を斬り続けた。
対するエリオは、守らない。反撃もしない。
ただ悠然と、攻撃を続けるリリスを見やる。
このスピード。速度強化の類いではないわね ……。人間に出せる速さじゃない。となれば、考えられる可能性は――物質変換かしら?
「正解だ、エリオ。その姉ちゃんは、魔法で物質を――自分自身を光に変換してやがる」
エリオの思考を読み取ったプロメテウスが答える。
光……か。どうりで速いわけね。でも――
ふいに、エリオは光速で移動するリリスの目を見据えた。
「――ッ!?」
リリスは後方に飛び、大きく距離を取った。
ねっとりとした脂汗が全身から溢れ出る。
強く、速く、鳴り止まない耳鳴りのように、鼓動が脈打つ。
それほどに、リリスは動揺していた。
「どうしたの? 私と目が合ったことがそんなに不思議?」
「くっ……」
エリオの言葉は、図星であった。
そして、それはリリスにとって初めての経験だった。
プロメテウスの言った通り、リリスの魔法は光属性の物質変換。自分とそれに付属する物質を、光そのものにすることで光速移動を可能とする。
比喩ではない。
字の如く、リリスの速さは光のそれと同じ。
この世界の速度表記にして、秒速約三十万キロメトラ。
だからこそ、そのリリスと目が合うなど、ありえないのだ。
「偶然だ! 光の速度を目で追えるわけがない!」
「馬鹿ね。意図的に決まっているでしょ」
「フンッ! ハッタリで動揺させようってったってそうはいかないよ。不滅の力も、光を捉える力も、ウチは信じない!」
「……眼球の一つでも失えば、信じる気になるかしら?」
言って、エリオはジークフリートを片手に構えた。
右手を差し向け、人差し指で「来なさい」と挑発する。
「やってみなよっ!」
光となり、突撃するリリス。
その軌道上に、一閃。エリオが剣を突き出す。
リリスはそれを紙一重で躱し、エリオの腹部に斬撃を与えた。
しかし、相変わらずエリオにダメージはない。何事もなかったように振り返り、リリスを一瞥する。
「よく躱したわね。右目……抉るつもりだったんだけど」
言い終えたと同時に、リリスの頬に赤い線が走った。
真っ赤な血がぽたりと一筋、流れ落ちる。
リリスは戦慄した。
「まさか……本当に光になったウチが――見えているの?」
完全に、ジークフリートの切っ先はリリスの右目を捉えていた。躱せたのは戦いの中で培った本能的直感だった。
エクスカリバーを握る手が震える。理解できない何かに絡め取られるような感覚に、リリスは恐怖を覚えた。そして、その感情はエリオにも伝わっていた。
「良い表情ね。私が恐いのかしら?」
「……うん。正直、恐い」
エリオはキョトンとした顔をした。
「あら、意外と素直ね。勇者が恐いなんて――」
「――でも、ウチは逃げないよ。勇者は恐怖しないんじゃない。恐怖に打ち勝てるから、勇者なんだ!」
歯を食いしばり、足を広げて構えなおすリリス。
その目は、真っ直ぐエリオを見据えていた。
絶対に諦めない――そう言っているようだった。
「……全く。面倒なことこの上ないわね」
眉間に皺をよせ、顔をしかめるエリオ。
倒すのは容易いわ。でも、こいつに必要なのは圧倒的敗北。相手が不滅でも、光の速度を捉えられても諦めない。それ以上の絶望を与えるには、やっぱりあれかしらね――
「おい、まさか神撃の聖剣を使うつもりか? 死ぬぞ、あいつ」
「大丈夫。死なないわよ」
言って、エリオは右手を天に向かって掲げた。
「滅ぼしなさい。玖の聖剣・ゼウス」
エリオが名を呼ぶと、空が明るくなった。
異変に気付いたリリスが天を仰ぐ。
空よりも遥か上の宙から、何かが降ってくるとリリスは直感した。
「魔法……?」
しかし、リリスは逃げず、笑みを浮かべてエリオと相対した。
「残念だったね。光属性の特殊効果は、魔力の絶対透過――つまり、対魔法無敵だよ! 魔力砲撃は、ウチには効かない!」
「ええ、知っているわ。そんなことくらい」
「へ……?」
光の速度で動き、且つ対魔法無敵という特殊効果。これは、この世界において――否、この世界に限らず、数多の世界を渡り歩いたエリオから見ても、その強さは本物――間違いなく最強種である。
リリス・エンドワーズが弱冠十五歳にして勇者として世に認められたのは、先天的に得ていたこの最強魔法の存在があったからだ。
だが既に、そのことすらもプロメテウスの能力によって、エリオは知り得ていた。
それを知ってなお、ゼウスを使ったのだ。
「その身に刻みなさい。聖剣の力を――」
刹那、天から光が降り注ぐ。
そしてそれは、鈍い重低音と共に、対魔法無敵であるはずのリリスに直撃した。
「――ッ!? うああっ!?」
半径約三十メトラに及ぶその一撃は、術者であるエリオごとのみ込み、周囲の物質を超電導によって蒸発させていく。
凄まじい放電音と、リリスの絶叫が混ざり合う。
ゼウスは十数秒に渡って降り続いた。
エリオの周囲は、一面の焼け野原と化し、黒焦げになって横たわるリリスだけが残った。
小刻みに痙攣を繰り返すリリス。辛うじて、一命は取り留めていた。
「わかったわね? 聖剣を持たない者に、聖剣使いは倒せないのよ」
倒れるリリスの隣に立ち、エリオは言葉を投げた。
痺れで身体の動かないリリスは、唯一動かせる目をエリオへと向けた。その目に映っていたのは、驚愕だった。
「なんで当たるはずのない魔力攻撃が当たったのか、わからねえって顔してるな」
プロメテウスが言うと、リリスは僅かに頷いた。
「……単純な話よ、ゼウスの力は魔法じゃない。ただ、それだけのことよ」
これ以上ない程に、リリスは目を見開いた。
ゆっくりと、パサパサに乾燥した口が動く。
「じゃあ、一体……何?」
消え入るような声でそう聞いた。
エリオは宙を見上げて答えた。
「この世の理を読み解き、扱う力――科学よ」
「かが……く? そんな力……聞いたことも――」
「無くて当然よ。異世界の力だもの」
困惑するリリス。
エリオは構わず言葉を続けた。
「魔法とは違う、科学という力が超発達した世界の聖剣。それがゼウスよ。かの世界では『電磁投射衛星砲』と呼ばれていたわ」
「サテライ……ト……?」
「この惑星の外。星々の輝く宇宙空間から、超圧縮した高熱プラズマを電磁誘導で打ち出せる衛星砲よ。全開で砲撃するためには三百時間ほどエネルギーを充電しなきゃいけないのが難点だけど、威力は魔法を遥かに凌ぐわ」
「凌ぐわ、じゃねえ。ゼウスは殺人兵器だぞ。無駄死にさせないための戦いで、殺そうとするなよ」
「さっきも言ったでしょ。死ぬわけないのよ。この世は必然でできているのだから」
ここで死ぬなら、私と出会ったことに意味が無くなるもの――
そんなことを考えながら、エリオは足元に転がるリリスを見下ろした。
普通の感覚であれば、エリオの理論は狂言である。だが実際、リリスは生きていた。そのことが、必然という言葉に強く信憑性を持たせる。
「たまたま三日前に牛男たちに使ったから、電力不足でゼウスの威力が低かっただけな気もするが……」
「馬鹿ね。それもまた、必然でしょう」
エリオは口元を緩めて、そう言った――




