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5.

 会場には随分早く到着したのにツアーグッズのお店を見ているうちに次第に人影が少なくなってきた。

「恭也、そろそろ入らないと」

塔子が急かしたが恭也は落ち着きなく周囲を見渡すばかりで、一向に入口へ行こうとはしない。塔子は腕時計に目をやった。開場時間はもう過ぎている。

 塔子のそばを離れて歩きまわっていた恭也がようやく戻ってきた。

「塔子、チケットかして。すぐ戻るからここにいろよ」

やっと入口へ行くのかと思ったが、恭也はチケットを手に走りだして行ってしまった。大勢の客がもう中へ入ってしまっている。


 塔子は次第に不安になってきた。開演まであと十分を切るかという頃、恭也が額に大粒の汗をかきながら走ってきた。

「ごめんごめん、行こうか」

走ってきた勢いそのままに塔子の手を取り、入口へ向かって二人で走り出した。恭也が二人分のチケットを係員に見せ、やっと会場に入ることができた。

「ねぇ、何してたの?」

人波をすいすいと泳ぐように塔子を導く恭也は段々と人の少ない場所へと向かっていく。

「ほら、四列目。すごいだろ?」

得意気に恭也がひらひらさせたチケットはさっきまで塔子が握っていたものとは変わっている。

「なんで? どうしたの、これ!」

恭也はいたずらっぽい子供のような笑顔で何も言わず、四列目の席まで塔子を連れて行った。 ステージがまさに目の前でセットもハッキリと見える。ここに【SEED】のメンバーが現われるのかと思うと塔子の胸は期待で破裂しそうだった。

「ダフ屋さんと交渉したんだ。開演ぎりぎりになると値切りやすくなる。せっかく見るんなら米粒よりも人間の方がいいだろ?」

「ちょっと、それって違法でしょ? それにこんな良い席いくらかかったの!」

「値段とか聞かないの! だいたい違法は違法だけど、オークションでも何でも平気で高価売買してるよ。対面な分、俺は彼らの方が良心的な気がするんだけど」

確かに……と塔子は納得させられてしまい、それ以上反論できなかった。しかしそんな事はライブが始まってしまえば忘れてしまうほどとても些細な事だった。二人は前列で見るライブの迫力と時折聞こえる生声に大きな感動を与えられ、びっしょりと汗をかくほどに会場全体と共に歌い、踊った。


「あー最高だったぁ。今からもう一回でも二回でも行きたいぐらい良かったよね!」

ライブが終わり、二人は帰り道のファミリーレストランで食事をしている。塔子はまだライブの余韻に酔いしれていた。

「それは勘弁して。俺、生活出来なくなるよ……。」

恭也は好物のチーズハンバーグを切り分けながら苦笑いを浮かべる。

「バイト頑張っちゃったの? この時期でもバイトするとか恭也はすごいよね」

勉強で手いっぱいの塔子にはバイトなどとても考えられない。しかも恭也は福岡から出てきて自炊しているのだ。帰宅すれば食事が用意されている塔子と比べると段違いに忙しいに違いない。

「時間は自分で作れば何とでもなるよ。机に向かって勉強ばっかりしてるより医院の手伝いしてると別の意味でいい勉強にもなるし」

「恭也がちょっとの努力で出来る事でも私にはすんごい努力がいるんだよ」

サラダのトマトにぶすりとフォークを突き刺し、塔子は口へ押し込んだ。個人差とはいえ何でも頭にすぐ入る恭也が塔子には羨ましかった。


「でもさ、やっぱり誕生日当日に会いたいよね。まぁ仕方がないんだけど」

恭也は珍しく寂しそうにぽつりとつぶやいた。

「うーん、ウチの親はかなり変わってるからね」

日付が変わるカウントダウンからの両親の祝福ぶりを塔子は思い返して笑ってしまった。

「塔子が可愛くて仕方ないんだよきっと。一人っ子だしさ。俺なんて男ばっかり三人兄弟の真ん中だから、もう放置だよ放置」

自嘲気味に恭也は続ける。

「実家は立派な兄貴がしっかり守ってるしさ。弟はまだ高校生だし……。まぁ仕送りとかバイクとか……、金銭的にはものすごく世話になってるとは思うけど。俺の誕生日なんて覚えてるんだかどうだか怪しいもんだよ。日常の金と物だけ与えてりゃいいと思ってんだ、あの人たちは」

こんな風に投げやりに愚痴る恭也は珍しかった。確かに恭也の部屋は学生が住むには立派すぎる印象を塔子は受けたし、ビッグスクーターだって決して安いものではない。恭也の実家は地元では有名な名家だと聞いている。

「それじゃぁさ、ウチの両親みたいな親なら良かった?」

塔子は恭也の顔を明るくしたくてわざと茶化すように妙なたとえ話をしてみた。

「んーそれはちょっと……。男女の差があるけどもし俺の母親が塔子のお父さんみたいに接してきたりしたら。わー、すげーやだ」

頭の中で塔子の父的な母を想像して恭也は首を横に振りながら笑いだした。

「苦労してんだな、塔子も」

クスクスと下を向いて笑い続けている。その姿を見ていた塔子はホッとしながらも家族をバカにされた気がして少し不満を感じた。

「確かにうざいけど! 結構楽しい家庭なんだよ?」

「いや、ないない。俺にはないわ」

塔子は腹立ちまぎれにウーロン茶を飲もうとストローを取りだしかけた紙の袋を、恭也に向かって吹き矢の要領で飛ばした。

「こら、恥ずかしいからやめなさい。全く子供みたいに……。」

おでこに命中した袋をはらいのけ大人ぶって諭したものの、自分も同じように塔子に向けて袋を飛ばしてくる。

「へたくそ!ハズレじゃん」

 二人は周囲の目を気にしながらも、この子供じみた応酬をしばらく楽しんでいた。ライブで気分も高揚し、心から楽しんだ今日という一日をしっかりとかみしめていたかったのだ。


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