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問題編 #5

 玄関から飛び出してそこに駆けつけたみんなが見たものは、まもなく燃え尽きようとしていた黒焦げの人の体。ガソリン臭い。

「いやあああああっ!」

 中沢の悲鳴。警官も続々集まってくる。

 長瀬は上を見上げる。真上の4階の教室の窓が開いていて、そこから井伊が呆然とした顔を覗かせていた。

「あそこだ!」

 長瀬は上を指差した。


 警察よりも早く4階に駆け寄ってきた長瀬と竹井は、廊下を見て絶句する。1つの教室のドアの隣の、2メートルくらいの高台のすぐ下に、壺の破片が散らばっていた。そしてそこには、北条がうつぶせに倒れていた。

「北条!しっかりしろ!」

 長瀬が何度も北条の体を揺さぶるが、北条からは何の反応もない。

「北条は死んでる」

 と、高台の隣のドアを開けた井伊。

「井伊!」

「女はそれ以上来なくていい」

 井伊はため息をついて竹井を見る。長瀬はその井伊を押し退けて教室の中を覗きこむ。空き教室とはいえ、机は整然と並べられていた。と、空き教室の隅っこに、うつむいて座っている是永の姿があったので、竹井は叫ぶ。

「長読!・・・もしかして井伊君が」

「違う」

 井伊は、開いている窓のほうを指差す。

「犯人なら、死んだよ。安心しろ。俺が来るのが思ったより早すぎて、是永は殺しそこねたみたいだ。これが遺書だ。是永の前に落ちていた」

 井伊が差し出したそのワープロ書きの3つ折りのA4サイズの文書を、長瀬と竹井は読む。

 中身は簡潔だった。おとといの晩に骸骨を壊してしまったのは自分であり、それをあの菅野、川野、奥田、北条、そして是永の5人に見つかって告げ口されるか不安になって、自分が理科室を使う科学部の副部長であることも関係して殺したこと、殺してから自分がやったことの重大さに気付き自殺する旨が記されていた。そして最後に「田代清輝」の署名。

「田代君が、まさか・・・」

 竹井は口を手で塞いで、そのまま膝をつく。長瀬は黙って、井伊の肩を叩く。

「井伊、ちょっと来てくれ」


 その廊下には、警官が続々と集まって来ている。廊下の東端の窓にもたれて、井伊はため息をついて警官の活動のさまを眺めている。

「まさか田代が犯人だったとは‥‥」

「違うよ」

 その隣にもたれた長瀬は、言う。

「えっ」と井伊は、長瀬を向く。長瀬は、うつむいていた。

「遺書をワープロ書きにするということは、筆跡を隠すことだよね?僕にはそれが、本物の”遺書”だとは思えない」

「‥‥まさか俺を疑っているのか」と、井伊。

「それより、是永はどうした?」

「薬を飲まされたみたいで、寝ている」

「そうか」

 長瀬はため息をついて井伊を見る。

「大丈夫。僕は井伊を疑っていない」

「えっ」と、井伊は目を見開く。長瀬は続ける。

「犯人は見えた。あとは動機とアリバイ崩しだ」


「北条がメールで死んだはずの菅野に呼び出されて、怖がるので俺がついていくことになりました」

 先の面接室で、井伊はソファーに座って、向かいの是永刑事に話していた。

「どうしてその時に警察に言わなかったのですか」

「俺達の中では、まだ菅野が死んだことを信じたくないという気持ちがあったと思います」

「そうですか」

「その後、4階のあの壺のところに行って、菅野に返信しました」

「誰の携帯からですか?」

「北条の携帯からです」

「それで?」

「北条があの壺の真下に来たら突然壺が落ちてきて、北条はすぐ避けたけど足に当たって、うめき出したので毒が塗ってあると思いました」

「それから?」

「すぐに静かになったので、壺がタイミングよく落ちたということは中に犯人とか仕掛けとかがあると思って、ドア(引き戸)を開けようとしたのですが開きませんでした。ドアのあの白く曇っているガラスからは、何か赤っぽいものが窓から落ちたように見えて、それで‥‥」

「どうやって教室に入れたのですか」

「壺のすぐ左のドアは開かなかったので、壺の右のほうのもうひとつのドアを開けました。後で長瀬が来たときにも見たのですが、中から鍵がかかっていました」

「教室に入って、どうしたのですか」

「まず、窓の外を見ました。田代っぽい人が下ですごく燃えていました。すぐそこの床に是永が座っていたので起こしましたが、起こしてもすぐに眠ってしまいました」

「そうですか」


 みんなのいる会議室に、井伊は戻った。是永は保健室に行っていて、いない。中沢と話をしていた長瀬が、井伊を見ると尋ねる。

「どうだった」

「さっきと同じことを言った」

 井伊はそう答えて、長瀬の隣の椅子に座る。

「で、そっちは?」

「いきなりだよ」

 長瀬は半笑いである。

「菅野の件は、もう読めたけど」

「えっ?分かったのか?」

 井伊が目を丸くする。

「どうやってお前と是永が行ってから田代が来るまでの間にあそこに死体を仕掛けたのか分かったのか?」

 長瀬はうなずいて、次に「黙ってろ」と続ける。

「北条と田代が死んだ時、ここを出たのは、刑事の話を含めて、まず竹井」

「うん」

 長瀬の前の席に座っている竹井がうなずく。

「次に僕が、その次は是永が行った」

「うん」と、井伊の相づち。

「田代が携帯で誰かに呼び出されて出た後、是永が戻って三ツ矢と交代したけど是永もすぐに出て行って、その後北条と井伊も出て行った後三ツ矢が戻って羽生と交代した。その後、中沢が出ようとしたら田代が落ちてきて、みんなそこに集まった」

「となると、一回もここを出ていないのは長谷川と中沢だけか。その順番と、会議室があの教室の真下にあることが関係しているのか?」

「さあ。でも刑事と話した人はアリバイがあるし、それ以外は全員出て行ったきりだし」

 と同時に、会議室に是永が入って来る。

「是永、大丈夫か!」

 長瀬が立ち上がって叫ぶ。

「ううん、大丈夫。睡眠薬飲まされていただけ。これからお父さんのところに行かなくちゃ」と、是永。少しげっそりしている様子である。

「是永、田代に何かされたか?」と、長瀬。

「殺すって言われて、睡眠薬飲まされて、うん」

 是永はふらりとバランスを崩したが、すぐに壁にもたれた。

「井伊君の声が聞こえて、その後は覚えていない」

「そっか、じゃ気を付けろよ」

「ふふっ、学君こそ」

 少々寝ぼけた様子で是永はそう答えて、廊下に戻る。

「俺と北条が思ったより早く来たから殺せなかったんだ。それにしてもまだ眠いのに呼び出されるなんて可哀想だな」と、井伊。

「刑事は娘のことが心配なんだよ」

 長瀬はそう答えた後、ぼんやりと天井を見上げる。

「是永は後でいいとして、今のうちに奥田殺しのアリバイを確かめよう」

 井伊がそう言うと、長瀬は頷く。

「はい、はい、はーい!」

 竹井が楽しそうに手を上げる。

「不謹慎よ、美香」と羽生。

「ごめん。で、何時から何時までの間だっけ?」と、竹井。

「6時半から7時までの間だよ」

 長瀬がそう言うと、三ツ矢が「川野のことはいいのか?」

 長瀬は答える。

「川野は、犯人が前もって作った仕掛けで殺された、いわば自動殺人みたいなものだから。じゃ、竹井」

「うん、6時55分くらいに登校したけど、私はいつもバスを使っているし、登校には最低でも10分はかかるから無理なんじゃないかな。お母さんもいたし」

「そっか、竹井は完全に成立だな」と、井伊。

 長瀬は、ちらとみんなの顔を見回す。自分の友達が、よりにもよってあの人がこの連続殺人をやってのけたなどと、自分でもまだ信じたくない。でも、それは顔には出さないでおこうと、そう決めた。

「羽生は?」

「私?6時50分頃まで、生徒会室で生徒会長と話をしていたわ。話が終わってから、3階のトイレに行ったらいきなり長読が入ってきたの。あとは長瀬が見てきた通り」

「それじゃ、次、中沢」

「竹井と同じようなものよ。歩いて行った方が早いし、そもそも家を出たのは7時過ぎだから」

「長谷川」

「6時40分、家を出る。歩いて、50分に学校につく。玄関で三ツ矢と挨拶する。それから後はずっと図書室で一人」

「で、三ツ矢は?」

「僕も長谷川と同じくらいの時間に学校に着いて、その後は教室で友達と話していた。ああ、来る途中にあのトイレの前に長瀬がいるのが見えた」

「是永を除くと、これで全員か‥‥」

 長瀬はそう言って、ちらりと井伊を見る。


 しばらくして。

「なあ井伊、動機に心当たりはないのか」と、長瀬。

 井伊は、答えた。小さな声だった。

「そういえばさっき長谷川が・・・」


 それから少しして、会議室に是永刑事と是永が戻って来た。警官も3人ほど、神田先生と教頭先生、校長先生もいる。

「このような事態になってしまい」

 校長は刑事にたじたじである。

 是永が井伊の隣に座ると、刑事は持っていた手帳を読み上げる。

「犯人である田代清輝は自殺しました。遺書には、昨日理科室の骸骨を壊したのを菅野、川野、奥田、北条、是永の5人に知られて気が動転したと書かれています」

 刑事の顔は悲しそうである。

「田代清輝の遺体には、数センチのロープの燃え残りが付着していて、そこからガソリンが検出されました。あの教室でライターでロープに火をつけてから窓の外で首を吊ったものと思われます。ライターが窓の下に落ちていました。ロープはどこかに輪っかになるように結めば、ロープが火で切れた時に一緒に落ちます」

 刑事はそこまで読み上げてため息をつく。

「すみません、それ以上子供の前で読むのは酷だと思います」

 会議室の後方の机に座っている神田先生が手を上げて立つ。刑事は無理に笑顔を作って、続ける。

「そうですね、それでは子供には帰ってもらって・・・」

「待ってください」

 長瀬が立ち上がる。

「刑事は、何かを隠している。違いますか?」

 刑事は、黙ってばたんと手帳を閉じる。

「黙りなさい」と神田先生が言うが、長瀬は構わず続ける。

「田代は自殺なんかではありません。真犯人は、必ずこの中にいます!」

「黙りなさい!」

 神田先生が怒鳴るが、隣の校長がその手を叩いて「君こそ座りなさい」

 長瀬はポケットから携帯電話を取り出すと、長机の隙間を抜けて、会議室中央の、長机に囲まれた大きなスペースに出る。

「今から、田代の携帯にメールします」

 長瀬はそう言って、携帯をかちかち操作する。

「まだ分析中ですが、田代清輝の携帯電話は、菅野のものと一緒に燃やされてしまった筈です」

 是永刑事がそう言うと、長瀬は首を横に振る。

「確かに田代の携帯は燃やされたかもしれません。でも、ある方法を使えば、この世からいなくなった人にさえメールを送ることができるのです」

 長瀬はそう言って、目の前の友達に携帯の画面を見せる。

「井伊、宛先は誰だと書いてある?」

「確かに田代だよ」と、井伊。長瀬は携帯を引き戻すと、送信ボタンを押す。

「送信しました。皆さん、今すぐメールを確認してください」

 長瀬がそう言った直後に着信音。

 井伊がポケットから携帯を取り出す。

「井伊、どうだ?」

 長瀬が尋ねると、「来ていない」と井伊は答える。

「中沢は?」「来ていないわ」

 こんなやり取りが続いた。

「さて、後はあなただけですよ」

 長瀬が振り向いて言ったその人は、答えた。

「来ていない」

「えー、では皆さんに届いていないようですので、もう一回送ります。これで着信音がしたらすぐに分かりますよね?」

 長瀬はそう言って、もう一回携帯を操作する。

 直後に、また着信音。

 鳴った。その人の携帯のイルミネーションも、見事に青色を出している。

 みんなは、一斉にその人を見る。

 その人は、手をがたがた奮わせて、携帯を握って、画面を見ていた。

”新着メールあり From:長瀬 学”

「まさか‥‥」

 井伊が、その人の真っ白になった横顔を見る。

 長瀬は一呼吸置いて、その人を指差す。

「学校の七不思議になぞらえた連続殺人をやってのけた真犯人は、あなただ!」

 次回から解決編です。

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