問題編 #3
女性で保健体育の松嶋先生は、いつも通りの青いジャージを着て、1年2組が騒いでいる体育館の隅に座って出席簿の表紙をぼんやり眺めていた。
と、生徒らの間で悲鳴が上がったので、顔を上げる。
西の壁に3つある緑色のドアのうち真ん中のドアに生徒らが集まっていた。
松島先生は、嫌な予感がしてそちらに行き、生徒らの人垣を掻き分ける。
「うっ・・・!」
先生は、思わず口を手で塞いだ。
そこでは、真ん中の倉庫のドアの中では、2年生の川野が、体操服を着て白目をむいて、腰と膝を曲げた姿勢で横になっていた。
1年1組は、運動場に集まって、別の先生の指示を受けていた。
ふと、生徒の一人が運動場の隅にある木の集まりを指差して言う。
「あそこにあるもの、何だろう」
「遠くて見えない」
「こら、整列中は静かにしなさい」
「先生、あそこに人が倒れています」
突如、一人の生徒が手を上げる。先生もそちらを見て、「あら本当、大変、ここで静かに待っていなさい」
やがて先生は、しゃがんで「大丈夫ですか」と聞き脈を見て、ぴたりと手が止まった。すぐに後ろに向かって「今すぐ教室に戻りなさい」と叫ぶ。
そこには、田辺の言葉通り、菅野が横たわって死んでいた。
職員室。
「一ノ谷署の是永清太です」
是永刑事は、刑事手帳を先生らの前にかざす。
「で、生徒たちはどうしましたか」
「1、3年生は帰しました」と刑事のそばに立っている校長先生。
「どうしてそのような判断をされたのですか?」
「死んでいるのはいずれも2年生でして」
校長があたふたして頭を下げると、是永刑事は「困りましたね」とため息をつく。
1階の会議室。黒板に対して長机がU字型に二列ずつ配置されており、また黒板の手前には一列置かれている。2年生たちは、1組は窓側、2組は廊下側に並んで座った。
会議室の前に立っている是永刑事は一連の自己紹介を終えた後、机の上の資料を手に取る。
「ではまず、菅野久人、川野輝間とあまり話していない人は手を上げなさい」
そこにいるほとんどの人が手を上げる。「ここで嘘をつくと犯罪ですよ」と刑事が言うと、田代が手を下げた。
結局、その場に残ったのは、長瀬、是永長読、田代、北条、竹井、井伊、羽生、長谷川、中沢、三ツ矢の10人のみになった。
竹井が、会議室の隣にある面接室から戻って来る。
「次、誰が行く」
竹井の言葉に、ただでさえ静かであった会議室はさらに静かになる。
長瀬はふと、隣に座っている是永が、机の上の自分の手に手を乗せていることに気付く。
「怖い」
是永が短く、震えた声で言うと、長瀬は席から立つ。
「大丈夫だよ、是永」
自分を見上げている是永の瞳を見て、長瀬は赤面する。
「それじゃあ、ね」
長瀬は、逃げるように会議室から出て行ってしまう。
すると、是永のそのまた隣の羽生が、是永に一言。
「あまりにも人前でべたべたしているとまた逃げちゃうわよ」
「分かってる」
是永はうつむく。と、羽生の隣に座っている、天井をぼんやり眺めている長谷川が、つぶやく。
「朝霧」
その言葉に真っ先に反応したのは、田代であった。いきなり立ち上がって怒鳴る。
「その名前は今言うな!」
「うるさい」と、長谷川は椅子の下のカバンから本を取り出す。
面接室は狭いが、それでも黒いソファー2つとテーブル1つが向かい合うだけのスペースはあった。
是永刑事の向かいに座った長瀬は、緊張していてなかなか顔が上がらない。
「君、将棋強いんだって」
見知らぬおじさんである刑事からのこれである。長瀬は目を丸くして、かばっと顔を上げる。
「あなたはもしかして」
「長読の父です、娘がよく長瀬の話をしていまして」
「是永が・・・」
刑事はにっこりとした顔でテーブルの上の資料を取ると、それにさっと目を走らせて続ける。
「さて、あなたは菅野さんと川野さんとはどういう関係にありましたか」
「ただの友達です、よくみんなで遊園地に行ったり」
「そうですか‥‥、話は変わりますけど、あなたは今日の6時半から7時までの間、どこで何をしていましたか」
「はい?」
長瀬が驚いた顔を見せると、刑事はため息をつく。
「まだ先生からもさっきの人‥‥竹井さんでしたっけ?まだ聞いていないようですね。実は‥‥、先ほど奥田祐仁さんの遺体が発見されました。その死亡推定時刻がさっきの6時半から7時までの間でしたので、それを聞いているんですよ」
長瀬は絶句する。
「いや‥‥あの、僕は是永‥‥長読と一緒に教室にいましたが、その後長読と喧嘩をして、長読が出て行ってしまったので、それを追いかけていました」
「それを証明する人は?」
「井伊がいたと思います。時間は覚えていませんが、長読が教室を出て行ってからは、後輩に長読がどこに行ったのか聞いてから、すぐに2階に行ったので、後輩は僕の顔を覚えていると思います。その後はトイレで羽生と会ったので、これでその時間は全部他の人と一緒にいることになると思います」
「そうですか‥‥」
刑事は胸のポケットの手帳にそのことを書き込む。
「私の娘のことをどう思っていますか」
いきなりこんな質問が飛び出したので、長瀬はたじろぐ。
「はい?」
「隠さなくでもいいんですよ、そういうところは分かっているんですから」
刑事の急ににこにこした顔を見て、「はい、今朝告白されました」と長瀬。
「それは、さっき言った例の木の下ですね」
「はい」
「本当にあの時菅野さんはいなかったのですか」
「はい」
「そうですか」
刑事はその旨を手帳に記す。
「もう、構いませんよ」
刑事がにっこり。
「はい」
長瀬は、少し緊張が残っていると見えて、立ち上がる時一瞬よろめく。
ドアのところに行ってドアノブに手をかけたその時。
「ああ、質問がもう一つありました」
後ろからの刑事の声。
「何でしょうか」と長瀬が振り向く。
「旧日本兵の『旧』という漢字と言えば、誰を思い付きますか」
長瀬はどきっとしていた。ノブに触っている手も震えている。緊張で集中力が高まったことも一因にあるのかもしれない。
「それは・・・ダイイングメッセージか何かですか」
長瀬が勇気を振り絞って尋ねると、刑事の「そんな感じですね」という返事である。
ドクン、ドクン。長瀬の心臓の音が大きくなる。
唇を噛んでから長瀬は、「いえ、知りません」と笑いながら言った。
「分かりました」という刑事の返事と同時に、長瀬は面接室を出る。
目の前には、廊下の流し台があった。
嘘だ。
これは何かの間違いだ。あの人が犯人である訳がない。
そうだ、あれはただの考えすぎなんだよ。
長瀬は自分にそう言い聞かせてこくりと頷く。無理に笑顔を作る。それでも手は震えていた。
「奥田も殺されたらしい」
会議室に戻った長瀬が真っ先に言ったのが、これである。ただでさえ静かであった会議室は、どんよりとした空気が支配する。
「次は誰が行く?」
会議室に戻った長瀬は、ドアの前でこう聞く。
「私が行く」と言ったのは、是永。
是永が会議室から出て行ってから長瀬は田代の隣の席に座る。
「質問だけど、いい」
「何だよ」
大柄で眼の鋭く輝いている田代に、長瀬はさらに聞く。
「菅野を見つけた時はどんな様子だったの」
「何でそんなことを聞くんだ」と田代。
長瀬は、周りを一瞥してから答えた。
「犯人は田代がよく遅刻するのを知っていてあそこに菅野を置いておいた。それに毎朝必ず練習している川野もあの体育館で殺した。つまり、犯人はあの3人と馴染みの深い人ってことになる」
「何で体育館で死んだって分かるんだよ!」
田代が怒鳴ると、「落ち着け」と井伊がたしなめる。
「昨日、先生があの理科室の骸骨が壊れたって言っていた」
長瀬がそう言ってちらりと会議室の後方を見る。そこに座っている神田先生が頷いている。
「あれは3番目の七不思議で、田代が菅野を見つけたあの木のところは1番目。僕たちには川野も殺されたとしか聞かされていないけど、話の流れからして2番目である体育館で殺したと思う」
「ふん、どうせ後で刑事に言うし、今言う必要はないだろう!」
田代はそう突っぱねて、大きなあくびをした。
「・・・もし犯人がこの中にいるとしたら」
長瀬の言葉で、その会議室中に戦慄が走る。




