問題編 #1
*これは、KMYblog(http://d.hatena.ne.jp/kmyblog/)に掲載された妄想「学校の七不思議殺人事件」を一部修正したものです。
カッシャーン。
白い骸骨は倒れ、真っ二つに砕けた。
それを恐懼の目で見下ろしているのは、一人の生徒。
はっと辺りを見回す。誰もいない。
第二理科室は、閑としている。科学部で一体何をやったのか、焦げ臭い匂いはしたが、部活が終わってから20分も経過しただけに、人影はない。
理科室に6つ設えられている黒いテーブルには何も載っていない。後ろの棚には実験器具や薬品がある。黒板も、きれいに消されている。ただ、骸骨が壊れて床に倒れているだけであった。
彼女は、誰も見ていないのを改めて確認すると、理科室から駆け去った。
初夏のある日の薄暗い夕暮れのことであった。
ここは熊本県一ノ谷市立一ノ谷中学校。2年2組の教室。
騒ぐ生徒たちの声が絶えないその教室に、静かな足取りで先生は入ってくる。
教壇に立った神田進先生は、どんと出席簿を叩くように置き、元気に手を叩く。
「はい、皆さん、席について。出席を取ります。まずは井伊君」
そう言って出席簿を開いた先生は、「はい」という返事を聞き取るとチェックをつけていく。
「今日は・・・やっぱり田代君がいないですね、それでは一つだけ皆さんに聞きたいことがあります」
隣の席の男子と話していた少年、長瀬学は、それを聞いて先生を見る。
「今朝、理科室で骸骨が壊れているのが見つかりました。誰か知っている人がいたら、後で職員室に来て下さい。怒りませんので」
そう言って先生が教室から出て行くのとすれ違いに、田代清輝が息を切らして教室に入ってくる。
「まーた遅刻かよ」
長瀬の右隣の北条木陰が、吐き捨てるように言う。
「ごめん、また寝坊して」
そう言って田代は、長瀬の後ろの席に座る。その田代の右隣の奥田祐仁が、ぼそっと北条に言う。
「科学部副部長には骸骨のこと言わないほうがいいよ」
「骸骨がどうしたって?」
田代に聞かれていたようである。
「壊れたのよ」
奥田のそのまた右隣の羽生かおるが、そう言った。
「何言ってんだよ」
奥田が慌てて言うが、田代は構わず立ち上がって奥田に怒鳴り付ける。
「何だよ、お前が壊したのか!」
「落ち着いて!」
羽生の前の席の是永長読が、制止に入る。
「ふん」
田代は鼻を鳴らす。椅子に座る田代の後ろの川野輝間が、クスクス笑っている。それを聞き付けて、田代は激上して椅子が倒れるほど勢いよく立ち上がる。
「何がおかしい!」
「いやあ、ちょっと七不思議のことを思い出してね」
「七不思議?」
是永の右隣に座っている竹井美香が、不審けに言う。
「あら、美香知らないの?」
羽生が尋ねると、竹井は小さくうなずく。
「あのね、七不思議の1つに、夜に骸骨が学校を歩き回るというものがあるのよ。ええと、何番目だっけ」と是永。
「3番目」と、竹井の後ろの長谷川玲子。
「ふーん、で、他に何があるの?」と竹井。
「1番目」
不意に後ろから声がしたので竹井が振り向くと、そこには菅野久人。
「校庭の隅に森があるだろ?そこに旧日本兵が住んでいて、森に近づいた人を殺して食べている」
「ぎゃーっ!」
竹井が怖がると真面目な顔をしていた菅野はゲラゲラ笑い出す。
「2番目は何だっけ」と北条。
「体育館の中で毎晩バスケットボールの練習をしている男の子がいる。なんでも大会当日に学校に来る途中、事故で死んだらしい」
田代の後ろの川野が言う。
「そろそろ座れよ田代」
川野の勧めに、田代はぶんすかとした顔で座る。
「そう言えばお前、毎朝一人でバスケの練習やってるだろ」と北条。
「ああ、あれを怖がってみんな朝はやりたがらないんだな」
川野はため息をつく。
「その男の子と目が合ったら死ぬんだってさ」
「ぎゃーっ!」
竹井の悲鳴。怖がっているというより、楽しんでいる様子である。
「で、3番目は何だっけ」と是永。
「・・・さっき言った」と長谷川。
「てへっ」と、べろりと舌を出した是永の前の席の中沢聡子が言う。
「4番目は、この校舎の4階と屋上の間の階段の段を数えたら、上りと下りで違うというもの」
その話に、長谷川の後ろの三ツ矢梢が割り込む。
「そして5番目。この学校の4階に昭和天皇からもらった壺があるんだけど、実はあれはレプリカで、本物は玄関に飾ってあったけど一人の生徒がこれを割っちゃったの」
「えーっ!で、その人どうなったの?」
竹井が椅子から身を乗り出す。
「倒れるわよ」と羽生が注意すると、竹井は長谷川の机に手を置いて小柄な体を支える。
「首を吊ったの。そこに霊が出るんだって。校長先生が壺のレプリカを作って4階に祀ったら、今度は4階に出るようになったの。それで4階には誰も寄らない」
三ツ矢が黒く笑いながら言ったので、竹井は悲鳴を上げる。
「あまり大きな声を出すなよ」と、菅野の隣の井伊正輔。
「で、6番目は?」と竹井。
「昔、屋上から飛び降り自殺した生徒がいて、今も窓から見るとね、落ちているときのあの顔がね、見えるらしいのよ」
羽生が楽しそうに言う。
「ぎゃー!で、7番目は?」
「全部知ったら死ぬだろ」
奥田がつっこむ。
「あはは」
竹井は笑って、隣の是永を見る。是永は、顔を真っ赤にしてうつむいていた。
「長読?」
「あの、知ってる?」
是永はそっと竹井に耳打ちする。
「言っちゃいなよ」
竹井がそう促すので是永は思いっきり立ち上がって、さっと長瀬を見る。
「あの、長瀬君」
「何?」
「あの、明日の朝早くに、あの木のところまで、来てくれませんが」
教室はざわっとなる。
「そ、そんなの、ここでもいいだろ」と長瀬は慌てた様子。
「ううん、あの」と是永は口ごもる。
「どうしたの?この変な空気」と井伊が菅野に尋ねる。菅野は小さな声で言った。
「1番目の七不思議には続きがあって、あの森には幹が赤っぽい木があるだろ?その木の下で告ると必ず実るらしい」
その日の夜。長瀬は、ベッドで横になっていた。
眠れない。全然眠れない。
何だよ。
是永の奴が変なことを言うから眠れないじゃないか。
もう一回目を閉じる。
寝付けない。
布団の先を手で引っ張る。
「くそっ!」
もどかしくなって、長瀬は体を勢いよく起こす。
ふと、窓から夜空の月を見た。憎いくらいに明るく輝いていた。
同じ月に照らされて、その人は幹が赤っぽい木に凭れて人を待っていた。
「来てやったぞ」
その人の許に来たのは、菅野である。
「どうした?言っとくけど俺は‥‥」
そう言う菅野の腕に、黙って注射器を注す。
「・・・えっ?」
菅野は、そのままかくんと膝をついて仰向けに倒れる。
それを見下ろして、その人の不気味な笑い声が響いた・・・。